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記憶を喰う者たち 4

感想待ってます。

個人的に喜びます。

その時、リズが震える声で口を開いた。


「ね、ねえ、トオル……もし、この人が記憶市のことをよく知ってるなら、私の記憶のことも、分かるかもしれないの……?」


リズの視線が、ザックの袋にちらりと向かう。彼女は、自分が売った記憶の詳細を何も覚えていない。その喪失が、どれほど彼女を苦しめているか、俺には痛いほどよく分かった。


俺はザックの目を見た。


「あんたに、この街の情報と、他の魔法使いのこと、それにリズが売った記憶についての手がかりを教えてほしい」


ザックは訝しげに俺を見た。


「それが、どういう『対価』になるんだ?」


「対価は、あんたを街から無事に逃がすことだ。その代わり、この街を出たら、もう二度と密売には手を出すな」


俺は言い切った。ザックの顔色が変わる。魔法使いに命じられる形とはいえ、この危険な記憶市から逃げ出せる上に、密売を辞めるという条件。彼にとっては、願ってもない話だろう。だが、彼の目には、わずかな戸惑いも浮かんでいた。長年続けてきた生業を辞めることへの躊躇か。


「そ、そこまでしてくれるってのかい!? 分かった! やる! 俺の知ってることは全部話すぜ!」


ザックは必死に頷いた。アリセは、そんな俺たちのやり取りを、ただ静かに見つめていた。


ザックは約束通り、俺たちに記憶市の内部構造、主要な記憶の売人や泥棒の縄張り、そして、時に聖記会からの目を掻い潜って活動する野良の魔法使いたちの情報を詳しく教えてくれた。彼の話によれば、記憶市には特定の情報交換場所があり、そこでは様々な記憶の残滓が取引されているという。リズの記憶の手がかりも、そこにあるかもしれない。


そして、忘却の騎士団についても、ザックは詳細に語った。


「奴らは、本当に厄介だぜ。見つけたら問答無用で『浄化』だからな。特に、子供や弱者を狙ってるって噂もある。記憶が純粋だから、汚染される前に保護をしたいって建前で連れて行っている。」


ザックの言葉を聞きながら、俺は記憶市の闇の深さを改めて感じていた。


その時だった。


ザックが指差した先、人通りの少ない路地の奥で、複数の忘却の騎士団が、一人の幼い少女を追い詰めているのが見えた。少女は恐怖に顔を歪ませ、記憶の結晶を抱きしめている。


「穢れた記憶を抱くな! 」


騎士の一人が、冷徹な声で少女に迫る。その手からは、奇妙な魔法が放たれようとしていた。


──くそ、子供相手にまで……!


俺は思わず、リズを見た。彼女が以前、記憶を売った時の怯えた姿と、今の少女の姿が重なる。自分の何かを喪失感が、再び俺の胸を焼いた。


俺の足が、再び衝動的に動こうとする。だが、その時だった。


「やめて!」


隣にいたアリセが、何の躊躇いもなく、俺よりも早く少女の前に飛び出していた。彼女は身を呈して、騎士の放つ波動から少女を庇う。


「何だ、この女は!? 記憶の純粋性を汚すか!」


騎士の一人が驚き、魔法を放とうとする。それでもアリセはそれでも少女を背に庇い魔法を受け止めようとしていた。その瞳には、今まで見たことのない、微かな「怒り」の感情が宿っているように見えた。


──アリセ……!


俺は迷いを捨てた。リズの記憶を探すため、そして、今目の前で無慈悲に記憶を奪われようとしている少女を、そしてアリセを守るため。


俺は、右腕を忘却の騎士へと突き出した。


「《他者記憶喰らい(メモリア・イーター)》!」


明確な意識を持って、俺は禁術の名を口にした。俺の右腕から、黒い靄のようなものが噴き出し、騎士の身体を包み込んだ。騎士は一瞬、硬直する。彼の意識の奥底から、まるで吸い出されるかのように、彼の「記憶」が俺へと流れ込んでくるのが分かった。


痛みと、他人の感情の混濁。それでも、俺は引き返さない。俺が喰らったのは、騎士の使命感、訓練の記憶、そして……彼が「記憶の純粋性」を信じる理由。


「う、ぐっ……!」


記憶を奪われた忘却の騎士は、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。彼の瞳は、虚ろで、生気を失っていた。


アリセは、背後の少女を庇ったまま、俺の顔を振り返る。彼女の瞳には、驚きと、そして……芽生え始めたばかりの、「他者を守りたい」という微かな感情が揺れていた。


俺は、自分の右腕をじっと見つめた。禁術メモリア・イーター。この力を使えば、俺はもう、自分の大切な記憶を失わずに済む。だが、その代償は、相手の「記憶」だ。目の前で虚ろな目をした騎士の姿が、俺の胸に重くのしかかる。


「……これが、俺の力……」


記憶市という混沌の中で、俺は新たな「記憶を喰らう者」として、自分の力と、自分が自分ではなくなる感覚に震えた。ザックは恐怖に目を剥いて俺たちを見つめ、リズは安堵と困惑の表情を浮かべていた。

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