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記憶を喰う者たち 2

荒れた平原の先に、薄暗く広がる巨大な砦の残骸が見えてきた。近づくにつれて、不穏なざわめきと、どこか煤けたような匂いが混じり合った風が、ひんやりと肌を撫でる。


「……着いた、みたいね」


街の入り口は、廃材と汚れた布で築かれた簡素な門になっている。その奥に広がるのは、かつての石壁や崩れた塔がそのまま住居となり、その間に粗末な家々が密集した、異様な風景だった。まるで、朽ちた巨躯に人々が寄生したかのような光景だ。人の往来は多いが、その顔には生気がなく、誰もがどこか疲弊し、虚ろな目をしている。まさに、リズが言っていた通りの光景だ。


「ここが……記憶市……」


俺は息を呑んだ。この街の空気は、これまで感じたどんな場所よりも重く、悲しい。


そして、そのざわめきの中に、複数の魔法使いの気配が混じっているのを感じた。それは、聖記会の狂信者や審問官とは違う、もっと個人的で、混沌とした魔力の波動だった。


「気をつけろ。ここには、お前を狙う奴もいるだろうし……」


俺の言葉は、途中で途切れた。


「違法な記憶の売買は禁止する!」


街の入り口付近で、突然、怒号と声が響き渡ったのだ。漆黒の甲冑を纏った騎士たちが、記憶市の一角で人々を厳しく尋問していた。彼らの手には、奇妙な形をした刃物が握られており、それは記憶を検知する道具のようにも見えた。彼らは、街の混乱とは裏腹に、統制の取れた動きで記憶を売買しているらしき者たちに近づいていく。


「あれは……忘却の騎士団。…どうしてここに」


アリセが静かに呟いた。


「聖記会とは違うのか?」


俺が尋ねると、アリセは首を振った。


「騎士団は聖記会との関係は否定をしているの。自分たちこそが記憶の純粋な「守護者」と言って…」


騎士団は、街の中央で記憶の売買を行っていた商人らしき男と、その客の女を取り囲んだ。女は恐怖に震えながら、小さな結晶を隠そうとする。


「発見! 記憶の不法売買! 記憶は神聖なものであり、人為的に売買されてはならない!」


騎士の一人が叫び、有無を言わさず男と女の腕を掴んだ。二人は抵抗するが、騎士は容赦なく彼らの腕を捻り上げ、地面に引き倒す。女が持っていた結晶が弾け飛び、中にあったらしい記憶の光が辺りに散った。


その光景を目にして、俺の右腕が、再び奇妙な熱を帯び始めた。ハウザーから喰らった記憶の残滓が、俺の意識の奥底でざわめいている。脳裏に、見知らぬ断片的な映像がフラッシュバックし、他人の感情がじんわりと心に染み込んでくる。


──このままでは、俺は俺じゃなくなる……。


他者記憶喰らい(メモリア・イーター)の禁術。そのリスクが、今、目の前で記憶を売買した者たちを連行していく忘却の騎士団の姿と重なった。彼らの「正義」もまた、記憶を「破壊」する行為に他ならない。俺のこの力も、同じ道を辿るのではないかという、拭いきれない恐怖が胸を締め付ける。


俺は無意識のうちに右腕を強く握りしめた。この力は、あまりにも危険すぎる。


「トオル? どうしたの?」


リズが心配そうに俺の顔を覗き込む。アリセも、無言で俺の右腕をじっと見つめていた。


「いや……なんでもない。ちょっと、疲れただけだ」


俺は努めて平静を装ったが、内面の動揺は隠しきれなかった。


「『浄化』する!」


騎士の一人が叫び、有無を言わさず男たちを引きずっていく。彼らは抵抗するが、騎士は表情一つ変えず、有無を言わせない力で連行していく。その光景は、一見「正義」に見えるが、その冷徹な執行には、どこか不気味なものがあった。


俺たちは、人目を避け、記憶市の奥へと足を進める。街の至る所で、記憶を売買しようとする者たちと、それを監視・連行する忘却の騎士団の姿が見えた。彼らの介入は、記憶市に秩序をもたらしているようにも見えるが、その背後には、決して表には出ない、深い闇が潜んでいるように感じられた。


記憶市という混沌の中で、俺は新たな「記憶を喰らう者」として、自分の力と、この世界の倫理に、静かに震えていた。

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