第29話 後夜祭
地平線の先に陽は没して、青い夜空に星が輝き始めても、東央大の祭りはまだ終わらない。
最後のメインイベント、後夜祭だ。
コンサートの撤収作業を終えた部員たちが、メインステージのある中央広場へ足を運ぶと、ちょうど各部門のグランプリを発表しているところだった。
二日間続いたお祭り騒ぎの興奮からか、表彰が行われるたび、詰めかけた学生たちは大はしゃぎする。
セルリアンが表彰に名を連ねることは当然なかったが、いちかは達成感と共に、熱に浮かされた若い空気を味わっていた。
そのとき、
「……い、おい!」
声の後に、わずかに肩を突っつかれる。
初めて自分が呼ばれているのに気づいて、振り向くと後ろに碧音がいた。
サングラスを胸ポケットにしまっているのが珍しい。
いちかは、初めて見る彼の素顔を前にして、やや驚いた。
全体的に整った造りの、人を惹きつける相貌だった。
いつも顔半分が隠れていたから、気づかなかった。
そして、どこか見覚えがある気がする……
「お前、ちょっと来い」
碧音は短く唸ると、手招きもせず群衆の外に進んでいった。
「え、まだ後夜祭途中なんですけど……」
いちかは主張するも、聞いてもらえる訳もなく。
仕方なく、後から膨れ続ける人混みを掻き分け、逆流して、集団から離れたところに出た碧音に合流する。
「なんですか? 何か用?」
いちかが怪訝さを前面に出しながら尋ねる。すると、
「お前、ヤマノに行くってのは、本気か?」彼は出し抜けに言った。
「えっ? はい、行くつもりですけど」
「そういうことじゃねぇ。どんくらい本気かって聞いてんだよ」
それは、尋問のようだった。
いちかは、理解が及ばないまま答える。
「それは勿論、絶対行きたいですけど。でも今は人も足りないし、それどころじゃ……」
「チッ……」
「え、今、舌打ちしました?」
いちかが聞き返すと、碧音は苦い顔で人差し指を立てて告げた。
「いいか、条件はこうだ。ヤマノでもなんでもいいから、とにかく翠に一日でも長く音楽を続けさせろ。あいつにピアノをやめさせるな。それができるなら、セルリアンに入ってやるよ。練習にも出てやるし、協力が必要ならしてやる」
いちかは彼の提案に更に戸惑ってしまった。
その条件は、いちかに有利すぎる。
「それは願ったり叶ったりですけど……でも、なんでそんなに翠さん中心なんですか?」
「どうでもいいだろ」
「彼女だからですか?」
「かのっ――はぁ⁉」
碧音の叫びに、近くにいた学生たちが振り向いた。
「え、だって、付き合ってるんじゃないんですか?」
「お前……気色悪ぃ誤解しやがって……」碧音は生気が削がれたような表情をした。「あいつは俺の姉。俺はアレの弟」
「えぇ⁉」
いちかは目を剥いて、彼の顔をマジマジと観察する。
言われてみれば、その顔立ちには、確かに翠の面影があった。
なるほど、だから見覚えがあったのか……
しかし、あんなに人懐こい人の弟が、これだけ無愛想とは。
「そもそも苗字で気づけよ」碧音がぼやく。
「そういえば、翠さんの苗字知らなかったかも」
いちかが気づくと、碧音が鼻で笑った。
「お前、意外と他人に興味ないのな」
「……そんなことはないですよ」
反論しつつ、いちかは後で嘘つき雄也を一発殴ろうと決意した。全然『そういう関係』なんかじゃなかったじゃないか。
「ま、なんでもいいや。とにかく、頼んだぞ。長ければ長いほどいいから」
「なぜ?」
「……知らなくていい。気にすんな」
眉を顰めるいちかを残して、碧音は眩しいステージを背に暗闇へと消えていった。
東央大学の後夜祭は、二十一時まで続く。
学生たちの狂騒と歓声は、まだまだ、秋の夜空に拡散してやまない……
― 3RD CHORUS : 学祭編 了 —
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