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異世怪奇譚  作者: ツチノコ太郎
ep.2 聖女
8/29

08 恥を知れ

「はあっ、はあっ」


時刻は午前4時前。まだ日が昇るには少し早い時間に、ベルベットは自身の技能によって影の中を全力で進んでいた。


向かうは王宮。目的は先程の一部始終を収めた録音機をノア王の元へと持って行く為である。


(ロイスとは合図があるまで待機っていう約束だったから、飛び出しそうになるのを必死で我慢してたのに結局最後まで呼ばれなかったし……)


頼って貰えなかった不満を覚えつつ、先程の出来事を振り返る。


1時間ほど前、白騎士との戦闘に敗北したロイスを宿に連れて帰り治療を行ったベルベットは、その体に受けていた傷跡に驚いていた。


まるで治療しやすいように最低限のダメージに抑えられた傷。戦闘中のロイスの言葉や態度から察するに、あの白騎士は王都騎士団長で間違いないのだろう。その時はまさかの裏切りにベルベットも同じく驚愕したのだが、手加減された傷跡を見ると騎士団長の意図が分からなくなる。


(聖女は白騎士のことを(ルーク)って呼んでたけど、何か関係があるのか……)


考え事をしている内に、いつの間にか王宮に到着していた。


門の前には複数の警備隊がいたが、こちらの様子に一切気づく様子は無い。


気配遮断と影、この二つの能力を使うことにより容易に侵入すると、複雑な城内を慣れた様子で進んでいく。


やがてあっという間に王のいる寝室前までたどり着くと、ベルベットは呼吸を整える。


(どんな意図があるにしろ王都騎士団長が聖女側にいる以上、正直ノア王のことも疑うべきなのは分かってる……でも、この状況を何とかするには賭けるしかない)


不安な気持ちを飲み込み、影を通って豪勢な扉をすり抜け中へと入った。


部屋には口元が隠れる程の白い髭を生やした男が一人。机に腰掛け、何やら資料に目を通していた。


この人物こそ、王都を発展させ続けた偉大なる王、ノアである。


既に還暦を迎えているにも関わらず、そう感じさせないほど肉体は鍛えられ若々しく、王自ら騎士団の訓練に参加していることは有名な話である。


ベルベットは他に人がいないことを確認すると、技能を解除し影から抜け出した。


「情報屋か、こんな時間に何のようだ」


手元の書類を見たまま、王が驚くことなく口を開く。


実はこの二人には仕事上の付き合いがあり、ベルベットも王宮をよく訪れていたのである。


情報屋の能力を高く評価した王は、表には出ない情報を集めるためによく依頼を出していた。


「こんな時間に申し訳ないが、依頼の件で犯人が分かったので取り急ぎ報告に来た」


その言葉にようやく王が顔を上げる。


「構わん。言ってみろ」


ベルベットは懐から録音機を取り出すと、再生ボタンを押した。


それは先程聖教会にて行われた、ガレノスと聖女の会話であった。


「……」


一連のやり取りを聞き終え、黙る王にベルベットは問いかける。


「聖教会は完全に黒。さらに確定ではないが、同行した王都騎士団副団長曰く、騎士団長のイヴァン氏も関与している疑いがある。今すぐにでも聖教会へ部隊を派遣し、捕らえるべきだ」


「……」


机に肘を付き、手を組みうつむく王。


「副団長のロイス氏も交戦の末負傷、現在治療中。王よ、決断を」


再度呼びかけても反応のない王の様子に、ベルベットの中で不信感が高まっていく。


「情報屋よ。ワシはお主が持つ他には無い能力を非常に買っておったのだ。王都にも暗部は存在するが、隊長は我が強く、その部下共は実力不足。依頼という形でお主には何度も助けられたのは事実」


「ノア王……」


段々と雲行きが怪しくなっていることを感じ取り、ベルベットの仮面の下に一筋の汗が流れる。


相変わらず俯いたままの王は続ける。


「王都繁栄のため、ワシはあらゆる手を尽くしてきた。暗部という組織を作り、表には出せないようなことも……」


王の右手の甲にシンボルが青白く浮かび輝く。それは王冠の印。


「!!」


「これも王都を守るため、必要な犠牲なのだ」


突如、床一面に魔方陣が広がり光り輝き、室内が地震の様に揺れる。


固まるベルベットの視線の先で、王は静かに右手を掲げた。


「王命・転移”聖教会”」


「っ!」


昼と間違うほどの明るさに思わず目をつぶり仰け反る。


そんなベルベットと王を巻き込み、部屋中をまばゆい光が包み込んだ。






数秒後、ようやく視力が戻ったベルベットは驚愕に目を見開いた。


「ここは……」


虹の光が差し込む巨大な円形の大広間。見上げる程に高い天井には修道服を纏った女性が描かれたステンドグラスが飾られている。


先程までロイスと共に訪れていた記憶に新しい場所。


「聖教会!?なんで!?」


いつの間にか王宮最上階から聖教会地下へと移動していたのである。


「あら、さっきぶりだね情報屋さん」


混乱するベルベットが声のする方へと振り返ると、そこには複数の人物の姿があった。


先程来たときには無かった豪勢な玉座に座るのは王、ではなく修道服姿の女性。聖女ユディ=ポルガーノであった。


ベルベットは聖女の姿に驚き、その後すぐに他の人物の正体に気づき呆然と立ちすくむ。


聖女の背後に控えるように並ぶ6人の男女。


先程まで会話していた王とその妃。王都騎士団長に、妃専属の護衛隊長。聖教会教皇、そして暗部隊長。


どれもこの国を代表する重鎮。


そんな彼らが揃って聖女に跪いているのだ。


(まさか……)


「どうやら気づいたみたいだから、ネタばらしといこうかな。祝福:”盤上ノ遊戯”」


その言葉と共に6人が光に包まれ姿を変える。その身を纏うは純白の鎧、頭部を覆う兜のみが異なり、それぞれが王冠や塔などのチェスの駒のデザインをしていた。


「ヴァイス・シャッハ!!」


「正解!いいね、賢い子は好きだよ」


親指を立てて楽しそうに笑う聖女を横目に、ベルベットは考える。


(一体いつから気づかれていたんだ……)


「最初から、だよ」


「!!」


「君の能力は本当に厄介だよね。おかげでこんなにも遠回りする事になったし」


「最初から……」


「うん!君に依頼を出したのも、研究室の場所をばらしたのも、関係の深いロイス君に接触したのもぜーんぶこの時のため。勿論地下室に来てたのも知ってたよ。そうすれば他に当ての無い君は証拠を持って王様の所に行くでしょ?まあロイス君があんなに興味深い人だとは知らなかったけどね~」


聖女が合図すると、呆然とするベルベットに向かって6人の白騎士が進み出る。


(これはまずいっ)


「技能/影!」


咄嗟に技能を発動し、ベルベットが自身の波打つ影に潜ろうとした瞬間。


「聖域」


「なっ!」


聖教会の教皇、エルダーの一言により部屋が光り輝き、ベルベットの影が消失した。


「聖女様より授かりし「僧侶」としての能力”聖域”。これによって一定範囲内の技能を一時的に封じることが出来る。貴方が抗う術はもうない」


暗部隊長が軽薄な声で続く。


「そういうこった。大人げねえが、仕事なんで勘弁してくれや」


「ああああああああっ!」


能力を封じられたベルベットは必死に抗うも、四方八方から繰り出される攻撃によって耐えきれずに吹き飛んだ。その衝撃でついに仮面が砕け、隠されていた風貌が明らかになる。


「!!」


そのとき、どこからか息を飲むような声が漏れた。


燃えるような赤い髪に深紅の瞳、聖女にも劣らないほど整った顔の()()


蹲る彼女の想像と異なる容姿に、周囲の動きが止まる。


視線を一身に浴びたベルベットは追い詰められた状況にも関わらず、深呼吸するとその瞳に強い光を宿して立ち上がり周囲を睨み付けた。


「耳の穴かっぽじってよく聞け!この都市を代表する者共よ!」


先程までの彼女からは想像も付かない異様な雰囲気に呑まれ、誰もが声を発する事が出来ない。


()はこの世界が大嫌いだ!人々が絶えず争い、力ある者が絶対者として上に立つこの世界が!平等などという言葉が存在しないこの世界が!」


「生を()けたその瞬間に立場が決まり、当然のように豪勢な食事を摂る者もいれば、泥水をすすって耐え忍ぶ者もいる!」


ベルベットの紅い瞳がまるで宝石のような輝きを放つ。


「オルベルク……」


そんな彼女の様子を見た聖女が思わず素の表情で名を呟く。ベルベットの堂々としたその立ち振る舞いに、とある亡国の王妃の姿が重なる。


「そんな世界がたとえどれほどクソッタレであったとしても!」


その人物はかつて砂漠の地にて、最後まで闘い続けた一人の女性。


「人の上に立つ者が、力なき民を守る立場にある者達が!」


赤い髪に紅の瞳をした彼女は自ら最前線に立ち、市民達の希望として軍を率いた。


「道半ばで諦めることはあってはならない!ましてや信頼や期待を裏切ることなど絶対に許してはならない!」


ベルベットは足を引きずるようにして一歩前へと進んだ。疲労や緊張から、足だけではなく全身が細かく震えていた。それでも彼女は前だけを向く。


「たとえどれほどの素晴らしい成果を得たとしても!それが!民の屍の上にあるのなら!」


さらに一歩進むと、大きく息をすってベルベットは叫んだ。


「お前達に!誇れることなど!何一つないっ!!」


「……!!」


大気が震え、その勢いにノアが思わず一歩下がった。数百年の歴史を誇る大国の王が、今にも倒れそうな一人の少女に気圧されたのである。


彼女に備わるのは、まさしく王の器。


ノアは己が得意とするその胆力で敗北したことに遅れて気づき、激昂した。


「貴様の様な小娘に何が分かる!上に立つ者の苦労は常人には理解できないのだ!」


しかし一切怯むこと無くベルベットが睨み返す。


「そんなに我が身が大事か!苦しむ民がいる、その事実がある限り、上に立つ資格などない!」


最早怒りが限界に達した王は、無表情で聖女へと進み出た。その距離は目と鼻の先。


「技能:巨人族の腕」


見下ろす王の片手が巨大化し、ベルベットへと襲いかかる。


(最後まで自分を貫いたんだ!なんの後悔もない!!)


ベルベットは自身を襲う衝撃に思わず目をつぶる。


「……」


しかしいつまで経っても静かな状況に違和感を覚えると、恐る恐る目を開いた。


(誰……?)


そこにはベルベットを庇うように一人の大柄な男が立ち、左手の中指のみで受け止めていた。


王都騎士団長であるイヴァンよりも一回り以上に大きく、衣服越しでも分かる鍛え上げられた筋肉に覆われた背中。


中心に黒い字で大きく”正義”と書かれた白いシャツに赤色の短パン姿、そしてサンダルを履き、縁日に屋台で子供が買うようなヒーローのお面を付けていた。


この場違いな格好をしている人物こそ、ギルド唯一のS級探索者にして聖女と同じ選定者である。


ふっ、と。


疲労が限界を超えたのだろう、ベルベットは気を失い倒れ込んだ。そんな彼女を男は支えると、そっと両手で抱え上げた。


「あなたの負けさ、ノア王」


腕の大きさを元に戻した王が何か言おうとして、聖女に止められる。


「”正義執行”、なぜ貴方がここにいるの?貴方が自ら介入してくるなんて、初めて見たんだけど」


「おかしな質問だね聖女クン。私はたまたま散歩をしていただけさ。深い意味なんてないよ」


「散歩でここに入ってくる方がおかしいでしょ……やっぱり貴方と話すの疲れるわ」


「本人に直接物申せるそのメンタル。私も見習いたいものだねぇ」


その男がわざとらしく両手をあげて首を左右に振る。


「……」


聖女が一瞬、珍しくその顔を歪め苛立たしそうに口元をひくつかせた。


しかしすぐにいつもの表情に戻すと、いつの間にか部屋を出ようとする男に声をかける。


「正義執行、貴方やっぱりウチに入らない?今はフリーなんでしょ。手伝ってもらえると非常に助かるんだけど」


ぴたり、と。


正義執行が足を止める。


「何度誘われても答えはNOだよ聖女クン。私の王は生涯ただ一人だけさ」


「それは、オルベルクのーーー」


聖女がその名を発した途端、室内を途方もない圧が襲う。


「……!!」


まるで重力が何倍にもなったかのように感じ、指先一つ動かせない。


「なに、心配しなくていい。今回の件に関して私が直接介入することはないさ。それだけで勝ちが決まってしまうようなものだからね」


普通の人物であれば鼻で笑われるような台詞だが、実際にこの男一人によって制圧されている状況を見れば、決して虚言ではないことが分かる。


「ーーーもっとも、そちらから向かってくるなら話は別だけどね」


「っ!」


さらに圧が増し、体が地へと沈んでいくような感覚を味わう。


ぱっ、と。


途端に何事もなかったかのようにその圧が消え去った。


滝のような汗を流し、呼吸を整えるヴァイス・シャッハ達。


一見余裕そうな聖女も、珍しく真剣な表情をしている。


そんな面々を振り返り、正義執行が続ける。


「それと、これは忠告ではなくただの独り言なんだが、あまり彼を見くびらない方が良い。油断していると寝首をかかれることになるかも知れないよ」


「ロイス君のこと?確かに興味はあるけど、貴方が気にするほどなのかな。それに私は結末を知ってるしね。まあ一応その忠告は受け取っておくよ」


まるで気にしていない様子の聖女をみて、正義執行は再度首を振ると、ベルベットをまるで宝物のように大事に支えながら部屋を去って行った。


「送還:対象全て(オール)


ヴァイス・シャッハを帰還させた聖女は腕を組み一人考える。


(正義執行……。彼は明らかにあの子を助けに割り込んだ。さっきまではこんな未来は見えなかったのに。聞きたいこともあったから正直逃がしたのは痛いけど、彼がこれ以上介入してこない分プラマイゼロ、か。動きが読めないし、面倒ごとしか持ってこないし、やっぱり苦手だな)





そして時は流れ、王都ハインルッツェは生誕祭当日を迎える。


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