03 常勝の誓い
「常勝の誓いの皆様、ランクアップおめでとうございます!」
探索者ギルド2階の会議室に受付嬢の快活な声が響く。
「やーっとFランクか!子守りとか街のゴミ拾いとかのだりぃ依頼とはおさらばだぜ!なぁヒューイ!さっさとモンスターどもを狩りに行こうぜ!」
僕の左隣で足を組んで座り、金髪の少年が騒いでいる。
「だめだよダン。今日は3人の新しい装備を見に行くんでしょ?」
「そうよ!これから私のアクセサリーを見に行く約束なの!ね!ヒューイ」
「別にそんな約束してないけど......」
僕の右隣で赤髪の少女が立ち上がり、満面の笑みを浮かべながら見下ろす。
「ロザリオにアクセサリー?やめとけ勿体ねぇ」
「キサマ、コロスゾ」
2人が取っ組み合いの喧嘩を始めた。何故か僕を間に挟んで。
僕らはとある学園の講義で知り合い、卒業後もこうして"常勝の誓い"という大層な名前でパーティを組み、依頼を受けている。
Gランクのパーティはモンスターを討伐するような依頼を受けることはできず、街の清掃や店の手伝い、薬草の採取などの依頼を受けなければならない。
そういった地味な作業をコツコツ続けること半年、ようやくFランクへの昇格が認められたのだ。通常は2、3ヶ月、早くて1ヶ月で昇格するのだが、残念なことにうちの問題児2人が頻繁にヘマをするおかげで、昇格に時間がかかった。
昔から2人に振り回されてきた僕を心配する声は少なくないが、お互いに遠慮なく言い合える関係を意外と気に入っていた。(不満はもちろんあるが)
その後もやれ早く上位種を倒したいだの、やれ流行りのあの服が欲しいだのと、騒ぐ2人を引きずるようにして探索者ギルドを後にした。去り際、受付嬢の笑顔が引き攣っていたのは気のせいだと願いたい......。
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翌日、僕は1人で探索者ギルドを訪れていた。今後の方針について、昨日の受付嬢に相談するためである。
他の2人はというと、装備を見て回った後、昇格を建前に酒場で夜遅くまで飲み、揃って二日酔いで宿にこもっている。(結局ロザリオのアクセサリー代は僕が支払った。解せぬ)2人ともかなり酔いやすい体質らしい。僕も同じくらい飲んだのだが、こっそり自分にかけた回復魔法のおかげで気分はスッキリしている。
ちなみに酒酔いに対して回復魔法が効くことを2人は知らない。僕頼りになっても迷惑なので教えるつもりもないが。そのまましばらく反省して欲しい。
そんなことを考えながら、探索者ギルド2階の休憩室に到着した。昨日の受付嬢は不在だったので、仕方なく初心者向けの資料に目を通すことにしたのだ。
扉を開き休憩室に入る。中は想像していたよりも広く、手前に30人程度の座席があり奥に本棚が並んでいる。目当ての本をすぐに見つけ、適当な席に座りペラペラとページを捲った。
”探索者ガイド~入門編~”
・小鬼
討伐難易度 ★☆☆☆☆
討伐証明 耳
外見は子供くらいの大きさで、肌は緑色をしている。
個体ごとの戦闘力は脅威では無いが、基本的には集団で行動しているため油断は禁物。
戦闘力という点ではFランクになりたての初心者におすすめだが、深追いはしないように。
(なるほど、ダンもモンスターの討伐をやりたがっていたし、明日は小鬼の討伐依頼を受けることにしよう)
次のページからは違うモンスターの情報が載っていたが、知っておいて損は無いということで、その日は閉館時間まで読み込むのであった。
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「よっしゃあ!いよいよ冒険の始まりだぜ!見ろよこの防具!ピッカピカに輝いてやがるぜ!」
「新品なんだから当たり前じゃない。それよりヒューイ、このイヤリングどうかな?似合ってるでしょ」
2日後、ようやく体調が回復したらしいバカ2人を引き連れて、街の外縁部まで来ていた。
気だるそうにしている門番に探索者ギルドで渡された通行証を見せ、外にでる。
この世界では僕たちが生活する”内界”、家畜などの動物や植物が生息する”外界”、下位通常種から上位種といったモンスターが生息する”領域”の3つに分けられている。街から街への移動は外界を通れば可能であるため、普通の人が領域に行くことはまず無い。領域へ行くには、探索者ギルドでFランク以上になるか、その他特別な理由が必要なのだ。
今回は初めての討伐依頼ということで、小鬼1体の討伐にしておいた。想定通りダンが文句を言っていたが、すぐに2回目も受けるからと説得した。探索者、特に初の討伐依頼での死亡率は非常に高い。先日のガイドブックにも深追いはしないようにと記されていたし、安全マージンは余裕をもって取っておくべきだと判断した。
門を出てしばらく歩き、ようやく目的地にたどり着いた。今回向かう場所はエーデル大平原という領域だ。出現するモンスターは小鬼を初めとする下位通常種が基本で、初心者向けである。特徴としては、時期では無く場所によって季節が分かれていることが挙げられる。季節ごとの農作物が年中収穫可能と言うことで、商人や農家による採取依頼が多い。
「ここを通ると領域だ。2人とも油断しないように」
外界と領域の境目には灰色に濁ったモヤのような仕切りがある。これにはモンスターが嫌いな成分が含まれているらしく、基本的にヤツらが通ることが無いが、ごくまれに抜けてくる個体もいるので油断禁物である。
「俺の剣さばき、しっかり見とけよ!」
「いーっぱい倒してお金稼ぐぞー!」
「今日は1体だけだってば」
僕の話を聞いていたのかと思わず頭を抱えそうになるが、元気いっぱいな様子の2人を見て毒気を抜かれる。まあ彼らもやるときはやるので大丈夫だろう。......多分。
「それではこれから、”常勝の誓い”初の討伐依頼に向かう。対象は小鬼1体。命大事にいこう。」
自分の顔を両手でパチンと叩き、緩んだ気を引き締めながら3人揃って領域へ足を踏み入れた。
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「さむっ。ねえダン。その金ぴかの防具貸しなさいよ」
「はぁ?そんな薄着で来るからだろ。ぜってえ無理」
8月という夏真っ盛りな時期にも関わらず、そこには白銀の世界が広がっていた。おそらくここは冬の領域なのだろう。幸いなことに雪は降っていなかった。
「ほらロザリオ。これで我慢して」
自分の肩を抱きしめぶるぶると震えるロザリオに、念のため鞄に詰めておいた上着を渡す。
「ありがと!!さっすがヒューイ用意周到じゃん!大好きー!」
「現金なヤツだな......」
「ヒューイはなんだかんだ甘いんだよなー」
ざく、ざく。
静寂の中、雪を踏みしめながらしばらく進む。前を進む2人の顔は見えないが普段の騒がしさはどこへやら、やはり緊張しているようだ。いつもこれぐらいおとなしいと助かるのだが、なんてしょうもない事を考えていたときだった。
「おい!見ろよあれ!」
ダンが前を向いたままヒソヒソと話す。言われるがまま前方をよく見ると白いイノシシのようなモンスターがいた。
「あれは突猪かな。下位通常種だ。落ち着いて対処すれば問題ない。ダン、やれるかい?」
「余裕!おまえらは見とけ」
ダンがそう言って背負っていた大剣を構える。学生時代から剣術の成績だけはずば抜けていた彼なら問題ないと判断し、ロザリオの手を引いて後退する。
「ロザリオ、一応援護の準備しておいて。僕も詠唱の準備をしておくよ」
「任せなさい」
ロザリオは弓術、僕は魔法使い。学生時代からこと戦闘面においてはバランスのとれたパーティーなのである。
2人の準備が完了した直後、こちらに気づいた突猪がすさまじい咆哮とともに地を蹴った。
まるで大型の馬車が殺意をもって突っ込んで来るような感覚に、一瞬足がすくむ。
しかし、そんな僕とは対照的にダンは冷静に剣を上方に掲げる。
「うおらああああっ!」
太いかけ声と共に、地面を踏み込むと大剣の刃を真下に振り下ろす。
銀の軌跡を描きながらダンの剣先が突猪の額に見事命中し、両断した。
断末魔を挙げる間もなく、中心から綺麗に両断された巨体は、大きな音を立てながらその体を白い大地に沈めた。
剣先に付いた血を左右に切り払うようにして飛ばすと、背中に背負い直したダンが振り返る。
「いこうぜ!」
まるで何もなかったかのようににかっと笑みを浮かべながらそう言う彼を見て、体の力を抜いた。
「やるじゃーん!さすが剣術バカ!ロザちゃんポイント1点あげるね!」
「バカは余計だ!......んでそのポイントが貯まるとどうなるんだよ。」
「私に貢ぐ権利を贈呈します!」
「くっそいらねー!」
「なんでよ!!」
ロザリオがダンの元に駆け寄り、普段と変わらないやりとりを繰り広げる。
(大丈夫だ。僕らの力は通用する)
初の領域での戦闘ということで思っていたより緊張したらしい。いつの間にか握りしめていた両手を緩める。
「おーい!いくよー!」
前方で手を振る二人にわかったと手をあげて向かう。
(次は僕が殺そう)
そう固く決意し、前を向いた。