28 到達探索者
「……なあユーくん」
「……何も言うなグローリア。僕ら、ついさっきまで戦ってただろ?疲れてるんだよ。2人揃って変なモノを見ることだってあるさ」
執務室のドアの前で固まる2人。グローリアとの戦闘の後、アイラさんにここまで案内された僕たちは、奇妙な現実から目を背けていた。
僕の言葉にグローリアがゆっくりと頷く。
「そ、そうだよな!虹色に光る変なエルフなんて居るわけないし、見間違いだよな!」
「……」
「……ユーくん?」
こちらを不安気に見つめるグローリアに返事する余裕もなく、僕は確認するために再び両開きのドアを開けた。
部屋の中央には来客用のテーブルと向かい合うように置かれたソファがあり、最奥の窓際には学長の仕事机が置かれていた。壁際の本棚には様々な言語の本が敷き詰められているが、その他目立ったものは特になくシンプルな造りである。
「あれ、居ない?」
半分冗談のつもりだったのだが、まさか本当に見間違いだったのか、と困惑する僕の視線の先でルナーレ学長がこちらを見ていた。
ソファに腰掛ける彼女は呆れた顔を向けている。いや、正確には僕たちの背後を見ていた。
(まさか)
瞬間。
トン、と白い革グローブに覆われた手が僕たちの肩に置かれた。
「さぁさぁ、早く座って☆」
「うおぁぁぁぁぁぁぁあ!?」
「ぎゃーーーーーーーー!!?」
背後に立つのは1人のエルフ。水色の透き通るような艶のある長髪を腰まで伸ばし、金のラインが入ったフード付きの純白のローブを身に纏っている。目鼻立ちは整っており、街を出歩けば多くの人の目を引くだろう。尤も、別のとある理由の方で目を引くことになると思うが。
その理由とは虹色に発光する全身。頭頂から足先までが薄い膜で覆われており、常にミラーボールのように輝いているのだ。かろうじて直視できる程度に光が抑えられていることが寧ろ腹立たしい。
そんな虹色のエルフは、飛び上がり後ずさった僕たちの間合いに再び音もなく侵入すると、僕の手を優しく取った。
「「!?」」
(気配が、一切感じない)
先ほど会った時からこの人物の気配がなかった。限りなく薄いとかいう次元では無く、全く無いのだ。あれほどに虹色の光を放ちながらも、気がつけば見失いそうになる。
故に、接近されたとしても反応することができない。
呆然と佇むことしかできない僕に、エルフが視線を向ける。そして、目を閉じてパチンとウインクをした。
「美しい☆」
「えっ」
「ヒューイクン、君は美しい☆」
「何、を?」
困惑する僕を意に介さず、ぐいっと顔を近づけるエルフ。きめ細やかな白い肌、長いまつげ、エメラルド色の瞳。そんな完成された容姿に思わず動揺する。
「たとえどれほどの失意に苛まれようとも、選ばれることのない立場でありながらも必死に足掻き、決して諦めることはない。目的のためであればどれほどの自己犠牲をも厭わない。そんなニンゲンは中々に珍しく、美しい☆」
「……!」
「っ!ユーくんから離れろ!」
遅れて気を取り戻したグローリアが間に割り込んだ。彼女によって繰り出された拳は唸りを上げ、対象である虹エルフの元へと軌跡を描いた。
しかし、エルフの顔に浮かぶのは相変わらずの笑み。あのグローリアの拳を自然な動作で片手で受け流すと、そのまま陶器を扱うように優しく掴んだ。
「なっ!」
「あぁ、グローリアクン。君も彼に負けず劣らず美しい☆」
学園中から闘姫と呼ばれ、羨望や畏怖の目を向けられてきたあのグローリアがまるで子供扱い。いくら加減したとはいえ、両者の間には圧倒的な差があった。
「天から与えられし才に溺れることなく、ひたすら日々研鑽を磨く胆力。現在の立場に満足せず、過去の失敗に向き合い、正しい道を進もうとする向上心。そんな大人びた面がある一方、子供のような素直さを待ち合わせる歪さがまさに一人のニンゲンである証。あぁ、なんて美しい☆」
芯を食ったセリフに目を見張るグローリア。直情的な彼女にしては珍しく、言葉が出ない。
(この人は一体どこまで見えているんだ)
つい今自分に向かって放たれた内容といい、とても初対面の人物が分かるはずがない核となる部分を容易に見抜いた。
それに、先ほどからこちらを見る視線に違和感があった。僕を見ているようで、どこか遠くを見ているような、そんな違和感。
ーーーまるで実験動物を観察しているような目。
ぶわり、と僕の背筋が凍る。
目の前のエルフが見ているのは僕個人ではなかった。ニンゲンという大きな括りで格下の生物として観ているのだ。
その事実に気がついた途端、目の前の人物から得体の知れなさを感じ始めた。
そんな僕の内心をしってか知らずか、エルフはグローリアの手を下ろすと再びこちらに振り返った。相変わらず全身が虹色に発光したままであるが、最早そんなことはどうでも良く感じる。
部屋の空気がズシリと重くなる。一瞬でこの空間を掌握したエルフは自身の顎に手を当て、再び話を続ける。
「そんな立場の異なる二人が互いに想い合い、時には傷つきながらも前を向きーーー」
「その辺にしておくのじゃ、セルティウス」
部屋の中心から馴染みのある声が響き、重苦しい空気が霧散した。
声の元は金髪ツインテールの女性、ルナーレ学長である。手がすっぽりと覆われるほどに大きなローブを纏った小柄な彼女は、ソファに背を預けたままの姿勢で虹エルフへとジト目を向けた。
「なんだい、せっかくこれからだってところだったのに☆」
「これ以上二人を困らせるでない」
「困らせる?そんなつもりは無かったけど。それが事実であるならば謝罪しよう。すまなかったね☆」
言葉とは裏腹に表情は明るく、まるで反省している様子が伝わらない。
「……いや、少し驚いただけなので。謝るほどのことじゃないですよ」
掴みどころのない得体の知れない人物。僕はこの人をそう評価していた。
「がるるるるる」
すっかり警戒するようになったグローリアは僕の背後に避難し、顔だけ覗かせて獣のように威嚇している。彼女も同じく、本能的に警戒しているのだろう。
「おっと、嫌われちゃったかな?美しいヒトからそんなふうに睨まれると悲しいよ☆」
相変わらずニコニコと笑みを浮かべたまま、悲しむそぶりを全く見せない。そんなエルフの様子に、思わず僕とグローリアの声が被る。
「「うそくさ」」
それから仕切り直すようにソファに移動した僕たちは、向かい合って席に着いた。隣にはグローリア、テーブルを挟んだ対角線上にルナーレ学長、そして正面には虹エルフーーーセルティウスさんが座った。
「ヒューイ君にグローリアちゃん、さっきの模擬戦闘見させてもらったぞ。二人ともあんまり無茶はしないでくれ……。グローリアちゃんはただでさえ五大家時期当主という目立つ立場にあるし、ヒューイ君も特殊な立場にあるのじゃぞ?色々言いたいことはあるんじゃが、とにかく無事に済んで良かったよ。模擬戦闘をするなとは言わないけど、次からは一声かけるように!」
すみません……と僕たちははそれぞれ頭を下げる。
「それで、この方は?」
僕はずっと気になっていたことを尋ねた。
「こやつはセルティウス。わしの古くからの知り合いで、今回学園の警備員として呼んだのじゃ」
「改めて、私の名前はセルティウス。美しいものを心から愛する美しいエルフさ。君たちなら好きに呼んでもらって構わないよ☆」
「では、セルティウスさんで。グローリアは?」
「ふんっ」
よほど気に入らないのだろう。まともに顔すら合わせない。確かに僕も色々と思うところがあるものの、代わりに謝罪をした。
「すみません」
「あはは、いいよいいよ。気にしないで☆」
「こやつは気に入ったものには甘いところがあるからの、そこまで気にする必要はないぞ。それにそもそもきっかけはこやつじゃからな」
流石に悪いと思ったのか、おずおずと顔を上げたグローリアはペコリと小さく頭を下げた。
ルナーレ学長はそんな彼女を優しく見つめると、話を再開した。
「実はここ最近、なにやら学園内で怪しい動きを見せる者がいるとの情報が入っての。わし一人ではどうにもカバーしきれないと思ってこやつに連絡したんじゃよ。見てわかる通り性格に難はあるが実力は確か。なにせA級到達探索者じゃからな」
「到達探索者!?」
ガタッと、僕は思わず立ち上がった。
「ルナーレクン、それって褒めてる?☆」
「褒めとる褒めとる」
目の前でエルフたちが会話をする中、席を立ったまま動けなくなった僕の隣からくいっと袖を引かれた。
「ユー君、なんだそれ」
「説明しよう!」
僕が口を開くよりも早く、ルナーレ学長が説明を始めた。どこから取り出したのか、いつのまにか赤縁の眼鏡をかけている。
彼女は腰に手を当てるとパチンと指を鳴らした。
途端に何もなかった空間にモニターが現れる。その黒い画面には白い字でこのように記されていた。
A級:超一流
B級:一流
C級:中堅
D級:一人前
E級:半人前
F級:駆け出し
G級:見習い
またしてもいつの間にか持っていた指示棒を、モニターに向ける。
「このように、探索者は探索者ギルドによってランク付けがされている。一番下のG級からスタートし、様々な依頼をこなしていくことでランクが上がっていく仕組みになっているのじゃ」
ふむふむと真剣に話を聞くグローリアの隣で、僕はかつての仲間との探索者生活を思い出していた。
結局F級に昇格してすぐ、僕の探索者としての夢は破れてしまった。あんな出来事が起きなければ、もしかしたらいずれA級探索者になることができたかも知れない。ダンとロザリオと一緒なら、そんな未来もあり得ただろう。
思わず机の下で両手を握りしめた。
いつの間にかグローリアが心配そうにこちらを見ていた。僕としたことが、つい表に出してしまったようだ。
グローリアには手で大丈夫と伝え、できるだけ明るく声を上げる。
「大丈夫ですから、続けてください」
そんな僕に対して学長は、きつかったらすぐにいうんじゃぞ、と優しく言い、説明を再開した。
「基本的な探索者はこのいずれかに分布されるのじゃが、こやつのようにごく僅かな例外が存在する。それがA級到達探索者でありA級よりもさらに上のランクに当たる。ではグローリアちゃん。どうすれば昇格するだろうか?」
「うーん……なんかすげぇモンスターの討伐とか!」
「確かにそれも悪くない回答じゃな!正解は深層領域のソロ攻略じゃ。未開拓領域、通称深層領域、又の名を深度0領域と呼ばれるその場所は、特別な場合を除き、ギルドにより探索を禁じられた探索領域。出現モンスターの危険度、疫病、天候、地形等あらゆる理由によって探索不可能という結論をつけ、深層領域の調査については探索者の自己責任というスタンスをとっておる。探索者の安否について一切の責任を負わないってやつじゃ。そんな領域の最深部まで辿り着き、証明となる探索記録を提出することで認められる」
領域は通常深度が1〜5に分けられる。数字が大きくなるに連れて難易度は上がるのだが、例外として0が存在するのである。凄腕のパーティでさえ足踏みし、大規模な混同パーティであるクランを一時的に組んで攻略する。そんな超高難易度領域を目の前の人物はーーー
「もちろん、攻略したよ。確か名前は"嘆きの渓谷"だったかな。アンデット系モンスターの巣窟だったよ☆」
こちらの意図を汲み取り笑顔で答えるセルティウス。只者ではないことは分かっていたが、まさか世界で数人しかいない到達探索者だとは思ってもみなかった。ルナーレ学長が助っ人として呼ぶことにも納得する。
「まあさらにこの上にS級があるのじゃが、実質1人だけの専用的な称号になるので説明は省かせてもらう。……と、まあ探索者のランクについてはこんな感じじゃ!こやつは一応それなりにやるってことが伝わったかの?」
「ええ、それはもうしっかりと……」
隣のグローリアも警戒心を少しだけ緩めていた。
それから少し雑談した後、僕とグローリアは帰路についた。
パタン、と部屋のドアが閉められる。2人が執務室から退室すること数秒、ルナーレは僅かに緊張した様子で口を開いた。
「実際に直接会話して、2人はどうじゃ?」
「どちらも美しかった、勿論あの人ほどではないけどね。そうだね、約束通り依頼を受けてもいいよ☆」
ルナーレはその回答にほっと胸を撫で下ろした。気が抜けたのか、ソファに沈み込むと目を閉じた。
「頼んだぞセルティウス」
「もちろんさ。ルナーレクンには恩があるからね☆」
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
時刻は深夜1時。ルナーレと別れたセルティウスは、いまだ賑わいを見せる商店街から離れ、ひっそりと静まる住宅街を進んでいた。
物音ひとつない閑静な通りをゆっくりと歩く。真っ暗な空間で、体から放たれる虹色の光がやたらと目立つ。
そのまましばらくして、ぴたりと立ち止まった。そして誰にも聞こないほど小さな声で呟いた。
「ビンゴ☆」
直後、後方から男の声が投げかけられる。
「ーーーこんな夜更けに目立つ姿で出歩くとは、少々自惚れが過ぎるのではないでしょうか」
「ケヒッ。ケヒヒッ」
暗がりから姿を現したのは二人の人物。一人は教会の神父のような格好をしており、ズケットと呼ばれる半球型の帽子を被っている。また首には十字架のシルバーネックレスを下げ、背中には大きな弓を背負っている。
もう一人は緑色の大男。目は虚で口からはよだれを垂らしている。異様に手足が長く、その全長は3メートルを超えるだろう。両手にはそれぞれ鋭く尖った鉤爪が装備されている。
「なんだよー、ツエー気配がしたから期待したのにロイス様じゃねえじゃん」
「是。"主要リスト"より対象の識別開始。ーーー結果、A級到達探索者【天穿】セルティウスと完全一致。本人の証明完了」
さらに続けて正面、5メートルほど離れた先にも、セルティウスを挟むように二人の影が現れた。額から2本のツノを生やした少女は棍棒を肩に担いであくびをし、隣の男性は無表情で瞬きすることなく直立している。胸元には何やらピコピコと赤いランプが点滅しており、よく見ると頭の頂上には細いアンテナが立っていた。手には一本の剣が握られている。
「一応確認するけど、私に何の用かな?☆」
4対1という数的不利、それも挟まれ逃げ場がないという状況にもかかわらず笑みを浮かべる。そんな余裕を見せるセルティウスに対し、神父は眉を僅かに歪めたものの、すぐに表情を戻した。
「我々は魔王教団支部長。永年の悲願達成のために、障害となる貴方にはご退場願おうと思います」
大弓、鉤爪、棍棒、剣、4人の支部長が獲物を構えた。
「大人しくこの場で死んでください」
「ケヒッ」
「さっさと終わらせようぜ〜」
「エネルギー装填、武装展開。これより対象を排除します」
裏の実力者4人からの殺意を一身に受け、それでも到達探索者は笑みを崩さない。
「君たちこそ自惚れすぎじゃない?たった4人でこの私に挑もうというのだから☆」
虹色の輝きが増す。セルティウスは両手を広げ、数歩進んだ。水色の長髪がさらりと靡き、まるで舞踏会を演じる主役のように夜のステージを踊る。その様子はまさに"美"であった。
「本気で私を殺そうというのなら、一国の兵の全てを連れてくることをお勧めするよ。尤も、それでも敗北することは万に一つも無いけどね☆」
そう言って夜空に浮かぶ半月と同じく口元を歪め、死神のように嗤った。




