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異世怪奇譚  作者: ツチノコ太郎
ep.4 学園
26/29

26 模擬戦闘


けたたましいブザー音が鳴り響き、闘技場を模したステージがポリゴンの粒子とともに消えていく。後に残ったのは長方形の白い部屋。


【ヒューイの(オール)花弁(ライフ)消失(ロスト)を確認。winnerグローリア】


天井に埋め込まれたスピーカーを通して、無機質な機械音声が模擬戦闘の結果を読み上げる。


僕は冷たい床に這いつくばりながらその音声を聞き流した。


模擬戦闘の設定の一つであるセーフティーにより実際のダメージは残っていないものの、圧倒的な敗北によって心身ともに打ちのめされていた。


やがてフラフラと体を起こした僕は、出口へ歩いていく人物へと視線を向けた。


そこに居るのは先ほどまでの対戦相手であり、この学園で対人戦闘という括りにおいて間違いなく王者の冠を有する生徒。


すらりと伸びた手足、ぴっちりとした黒とグレーの戦闘衣服(バトルスーツ)越しにわかるほど引き締まった体、腰まで伸びたボリュームのあるオレンジ色の髪は先端にかけて黒く染まっている。そんなまるで獅子を想起させるような容姿の女性は、僕の視線に気づいたのかふとこちらを振り向いた。


「……っ!」


思わず歯を食いしばり、握りしめた両手に更に力が加わる。


その顔から読み取れる感情は"無"。


そこには喜怒哀楽といったものは一切なく、まるで路傍に転がる石を見つめるように、僕を見る目には微塵の興味もなかった。


戦闘前とは打って変わって冷めた様子の彼女は、すぐに僕から目を逸らすと、最後まで一言も発することなく修練場から出ていった。


「クソっ!!」


込み上げてきた感情を抑えることができず、壁を殴った。バン!と大きな音が鳴り、近くを通りかかった生徒がギョッとした顔を向けるものの、気にする余裕など全くない。



ーーー残念だ。


あの適性鑑定の日に向けられた周囲の目を思い出す。


冷め切った父、泣き崩れる母。騒然となる会場。


あれほど懐いていた双子の弟と妹は険しい顔でこちらを見ていた。


二度とそんな理不尽な目に遭うものかと心に誓ったはずだった。それでも、学園に入学して約2年半、血反吐を吐く思いで手に入れた魔法を持ってして何もできなかったという事実が体に重くのしかかる。


少し離れたところからこちらを見つめるロザリオやロイリー達に気づいているが、目を合わせることができない。


どんな顔をしているのだろう。心配かはたまた失望か。


ーーー情けない。


自嘲の笑みで口の端を歪ませる。


そして、僕の帰りを待つ皆とは反対方向に振り返ると、全てから逃げるように駆け出した。


その後卒業するまでの約一年間、僕が模擬戦闘をすることはなかった。





・・・・・・・・

・・・・・

・・・





学園に帰ってきて2日目、僕は憂鬱な気分で校舎内へと向かっていた。その原因は隣を並んで歩く人物。


「ーーーでな!"ライ"の奴本当にノリが悪いんだよ!ライが久しぶりに帝国から帰ってきたっていうから誘ってやってるのに、一回も相手してくれないんだ!ひでぇ話だよな?おかげですっかり体が鈍っちまった!」


「そうか」


「高等部を卒業してからはみんなバラバラになって張り合いのある相手がいなくなった!だからしゃーなし1個上の学院生に片っ端から勝負を吹っかけてたんだよ。それも"先生"にしばらく禁止されちまうし」


「そうか」


「下の奴らも全然ダメだ!誰もオレに挑んでこねぇ!こんなに暴れ回ってるのになんで誰も止めにこねぇんだよ。毎日が退屈で退屈で体がウズウズするんだ!」


「そうか」


「それでこのままじゃ死んじまう、もう限界だ!って悩んでた時に、たまたま校舎の前で"ユーくん"と"ガトちん"がやり合ってるのを見つけたんだよ!!思わず叫びそうになったぜ、ずるい!オレも混ぜろってな!」


「……いやなんでだよ。それからいつも言ってるけどユーはやめろ」


「なんでだ?ユーくんは昔からユーくんだろ」


僕は足を止めるとため息混じりに横を向いた。


視線の先に居るのは腕を組んで首を傾げる背の高い女性。傾きすぎて転けそうになっていることにはわざわざ触れない。


先端にかけて黒く染められているオレンジ色のボリュームのある長髪をした、獅子を想起させるような姿。半袖半ズボンという楽な格好の下には黒のインナーを身につけている。肩部には五大家"火"を象徴する徽章が飾られていた。


おそらく180を超えているであろうその身長は、心なしか高等部にいた頃よりもさらに伸びている気がする。


ノブリベラーレ魔術学園最強の人物。


五大家"火"次期当主グローリア=ヴォーパール。


五大家の中で最も戦闘に特化した家系であり、過去の大戦において数々の偉業を成し遂げてきた両親から生まれた天才(ハイブリッド)。その証拠に学園に入学してからは一度の敗北も経験していない。


先ほどの会話から分かるように、少々、いや正直学力は高いとは言い難い。しかし彼女の戦闘センスはそれを補ってなお余りがあるほどにずば抜けており、体術や魔法を始めあらゆる武器を自在に操る。


そんな彼女とは物心ついた時から交流があり、ユーリ=オルヴェーヌ時代の僕をよく知っていた。


また彼女は自身が認めた人物をあだ名で呼ぶ癖があるのだが、僕のことをユーくんと呼ぶのはそのような理由からである。


加えてあのガトー=ロックレアンのことを変なあだ名で呼べるのは、この広い学園の中でも1人だけだろう。


「にしてもさすがユーくんだな!ガトちんの魔法は別に弱くねぇ。それなのにあんな風に相殺しちまうなんてよ!」


昨日の僕の真似をしているのか、グローリアはその場で半身になって構え、左手でシャドーボクシングをしている。


口をすぼめてシュッシュッと声を出す様子は幼い子供のようで微笑ましく思うが、放つ拳の威力は洒落にならない。


ジャブのつもりで軽く放たれた拳による風圧が、校舎前に植えられた木々を大きく揺らした。


相変わらずの規格外の力にもはや呆れの気持ちすら覚えながら、その場で立ち止まっていると、不意に彼女がこちらに近づく。


「それ、領域でやられたんだってな」


グローリアが細く白い人差し指を僕の眼帯へ向けた。


「その目だけじゃねぇ。左手と、内臓(ナカ)もいじってる」


さらに一歩近づきこちらの顔を覗き込む。長いまつ毛の下にある澄んだのサファイヤのような瞳が瑞々しく煌めく。


「……」


この女は昔からそうだった。野生の勘というべきか、普段何も考えず馬鹿騒ぎしてる癖に不意に本質を見抜いてくる時がある。オルヴェーヌ家から勘当された時にも、真っ先に話を聞きにきたのがグローリアだった。


「ユーくんが外界のそれも初心者領域で死んだって聞いた時はマジで信じられなかった。父上と母上に聞いてもはぐらかされるし、ほかの五大家のヤツらも何も言わねぇし。けど、ユーくんは生きてた。戦いから退くどころかむしろ強くなって帰ってきた。……不自然なほどに、強くなってる」


何かを言おうとして、言葉に詰まる。


僕の内心を見透かすような鋭い視線に込められたものを如実に感じ取ったから。


目の前の女は心配しているだけなのだ。ただ純粋に。


「オレ、ばかだし口下手だし、上手く伝えたり聞いたりできねぇのは自覚してる。母上にも余計なことを言うなっていっつも怒られてるし。だからそんなオレに出来ることはこれだけだ」


トン、と。


体の中心に拳が触れる。数多くの戦闘をこなしてきた割に、箱入り令嬢のように白く細いそれは強い力で握りしめられていた。


「オレと戦おう、ユーくん!拳で伝え合うってやつだ!」


グローリアが太陽の日差しに負けないくらいの明るい笑みを浮かべる。その姿は昔から変わっていない。規格外の力を持つ問題児にも関わらず、彼女を慕う生徒が多いのはこういう所があるからだろう。


知らず肩に入っていた力が抜ける。


そして、僕は学園に帰ってきてから一番の笑みを向け、一言。


「やらない」


「おっしゃー!そうと決まればさっさとーーーえ?」


修練場へと駆け出そうとしていたグローリアがぴたりと止まり、壊れたブリキ人形のように顔だけ振り向く。


まさか今の流れで断られるとは思っていなかったのだろう。


僕は困惑する彼女に近づくと、落ち着けという意味を込めてポンと肩を叩いた。


「やらないよ。別に戦いに来たわけでも、今更この体のことを説明するつもりもないし。グローリアも先生に怒られたばっかりなんでしょ?やめときなよ」


かつて行った僕とグローリアの模擬戦闘。


去り際の彼女の顔は今でも大きなトラウマの1つとなっている。


わざわざ彼女にそのことについて話すつもりもないが、あんな冷めた顔を浮かべていたのは事実。それなのになぜまた僕と戦おうとするのかが分からない。まさか忘れたわけでもないだろうに。


「え?……いや、でも」


「それに僕はこの後先生に用事がある。あんまりゆっくりできないんだ。そういうわけだから、それじゃ」


納得してもらえるようできるだけ優しい声色で説明した僕は、彼女の肩から手を離して校舎へと足を向けた。


しかし次の瞬間、グローリアが背を向けた僕の腰にひしっとしがみつく。


「ヤダヤダヤダー!今すぐやるんだー!」


(子供かこいつは!)


「おい、はなせ!」


「ユーくんがやるって言うまで離さないからな!」


「ぐえっ」


幼い言動に反し、僕の腰に回されたグローリアの腕が万力のように締め上げる。


「馬鹿力がっーーーは、はなせ……つぶれる」


「やるって言ったら離す」


むすっとした顔のグローリアが下から見上げてくる。僕は今なお締め付ける強さを増す腕に顔を歪ませながら、声を絞り出す。


「や……」


「や?」


「やらん!断る!」


「……絶対離さねぇ」


「いっーーー!?」


ギリギリ。


さらにグローリアの力が加わる。今朝食べた白パンを吐き出しそうになりながらも、しがみついたままのグローリアを引きずって前に進み始める。


昔からいつもこうなのだ。結局僕が折れてこの女の言う通りにしていた。同級生ながら妹のような人懐っこいこいつを甘やかしていたのが良くなかった。


「うおっ!すっげぇなユーくん!」


(こっちはそれどころじゃねぇ!)


キャッキャッと、まるでアトラクションに乗る子供のような反応を見せるグローリアにイラつきながらも歩みを進めていると、周囲がざわついていることに遅れて気づいた。


「おい見ろよあれ、闘姫(とうき)が男にしがみついてるぞ」


「うわっマジじゃねえか!アイツ死んだな」


「いやよく見ろ、そのまま引きずってる……。あの闘姫に抑えられながら歩けるとかあの男、どんな馬力してるんだよ」


「見たことない顔だけど、ここの生徒じゃないのかな?」


「でも知り合いっぽいね。ヴォーパール様のあんな顔初めて見たし」


「ってことはあの男の人も五大家並みの貴族か?」


「もしかしたら恋人なのかも!?」


(しまった、騒ぎすぎた!)


グローリアは日頃数々のトラブルを引き起こす問題児であるが、高い地位、さっぱりした性格、優れた容姿と確かな実力などから昔から高い人気を有していることをすっかり忘れていた。


「本当に、ダメか……?」


周囲からの好奇の視線に焦っていると、彼女にしてはしおらしい控えめな声がした。その声はわずかに震えており、落ち込んだ表情を浮かべている。


本当に卑怯だと思う。


「はぁ……わかったわかった、僕の負けだ。やるからさっさと離してくれ」


ため息と共に降参の意味を込めて両手を挙げる。


「!?」


両目を大きく見開き、にぱっと口を大きく開けるグローリア。真っ白い歯がきらりと輝く。


「やったー!!早く行こうぜ!!!」


さっきまでの落ち込んだ姿は見間違いだったのだろうか。


元気を取り戻したグローリアは勢いよく地面から跳ね上がると、一気に駆け出した。


ーーー僕を小脇に抱えて。


「ちょ、おい!!」


「うおー!久しぶりのユーくんとの模擬戦だー!!やるぞー!!!」


「目立ってる!目立ってるよグローリア!ちゃんと行くから……っ!話を聞け!!」


ちょうど授業が終わり休憩時間になったのだろう。生徒が次々に校舎から出てくる。


すれ違う生徒や教師達にギョッとした顔を向けられながら僕は修練場まで連行されたのであった。


「あっ、ヒューイ、とグローリア!?なんでーーー」


すれ違う人の中に顔馴染みの緑髪の女性が紛れていたが、それどころでなかった僕は視線を合わせることをしなかった。





・・・・・・・・

・・・・・

・・・





【戦場:荒地、難易度:normal、制限時間:10分、オプション:セーフティー】


無機質な機械音声が模擬戦闘のルールを読み上げ、部屋内部の真っ白い壁や天井がポリゴンの粒子に包まれ変化していく。


そして、数秒後。


部屋中を光が包み、気がついた時には荒地のど真ん中に立っていた。


時刻は夕刻だろうか。オレンジ色の陽光が乾いた大地を照らしている。周囲には一切の植物が生えておらず、西部劇でよく目にする植物ーーータンブルウィードが風で転がっている。


「ワクワクするな、ユーくん!」


視線の先には戦闘衣服(バトルスーツ)を見に纏ったグローリアが腕を組んで仁王立ちしていた。


待ちきれないのだろう。10メートルほど離れた先に立つ彼女は子供のような満面の笑みを浮かべている。もし彼女が獣人なら尻尾をブンブン振っていることが容易に想像できる。


(獅子というより大型犬だなあれは)


「無理やり連れてこられたんですけど?」


「つれねえこと言うなよー」


互いの頭上には学園の校章でもある五大家をイメージした5つの花弁(ライフ)が浮かぶ。これは生命の残量を可視化したものであり、受けたダメージの大きさによって砕けていく。そしてこの花弁(ライフ)が全て砕けた時点で敗北となる。


【グローリアからオプション変更申請が届いております。セーフティーを解除しますか?】


ポーンという効果音と共に目の前にメッセージが出現する。


僕はそれを無視して視界の端に寄せた。


「するわけないだろ」


「ちぇー、つまんな」


模擬戦闘では実際のダメージは受けず、代わりに可視化された生命が減っていく。それがセーフティーであり、互いの同意があれば解除することができる。便利である一方であまり慣れすぎると実際の戦闘に支障が出るため程よく調整する必要はあるが、好んで解除する人はいない。


目の前の戦闘狂を除いて。


「僕はさっきのもまだ許してないからな」


「ん?なんの話だ?」


「降ろせってずっと言ってたの聞こえてなかったのか?多分、今頃噂になってるぞ僕たち」


道中、エントランス付近で従者を引き連れたロイリーとすれ違った。普段クールな彼女のあんぐりと口を開けた姿がはっきりと記憶に残っている。昨日あんな別れ方をしたばっかりに、次に会うときは気まずいだろうなと考えていたのだが、それとは別の意味で気まずかった。


よく分かっていない様子のグローリアが首を傾げる。そんな彼女に再度詳しく説明しようとした時、システムアナウンスが天井から流れた。


【カウントダウンスタート、5、4ーーー】


息を整え、緩んだ思考を引き締める。


半ば強制的に連れてこられたものの、簡単に負けるつもりはない。勿論やるからには手を抜くつもりもない。特にグローリアには嫌な記憶があり、それを払拭したいと言う気持ちは正直ある。


すでにヒューイの体は自然と戦闘状態に移行していた。


その場で一度屈伸をして体をほぐす。


【ーーー3、2】


(二度とグローリアにあんな顔はさせない)


【1】


集中力が高まり景色が遠ざかっていくような感覚を覚える。グローリアも体を半身にし、戦闘体制を取る。


【0ーーーstart】


着火。


「ーーー行くぜユーくん!」


開始の文字が表示されると同時、グローリアが地を蹴る。赤い線が尾を引き、互いの間合いが一瞬でゼロになる。


コンマ1秒後、


全身に炎を纏った状態のグローリアの拳が視界に広がった。


かつての敗北が脳裏をよぎる。以前は何も理解できないままこの一撃でノックアウトしてしまった。


だけど、今は違う。


グローリアは開始の合図と同時に軽く跳ねた後、瞬時に地を這うような低姿勢で足元まで接近し、目の前で拳を放っただけ。


要するに僕はその一挙一動の全てを、この目で見ていた。


(ーーーーー)


回転。


僕のグローリアの動きを捉えた視線に気付いたのだろう。僅かに目を見張る彼女を横目に、くるりと体を捻って躱す。顔すれすれを通過する炎拳。僕はその勢いに身を任せて真横に倒れ込む。


「シッ」


短く息を吐きながら、青白く輝く左足の蹴りを繰り出した。魔素を体に纏わせる魔装(まそう)という技術。これによってグローリアの炎を無効化する。


「おっ!?」


まさか躱すどころかさらに反撃(カウンター)まで来るとは思ってもみなかったのだろう。


完全な意識外からの攻撃に、それでもグローリアは冷静に対処した。


突き出した拳から吹き出した炎の勢いによって、ジェット機のように真後ろに後退し、攻撃の範囲外へ。


僕の力のこもった蹴りは、ごうっという大きな音を立てて炎の幕を両断した。


と、ととっ、と大地を踏み抜く軽い音とともに間合いが大きく開く。


「ーーーやっぱりユーくん強くなってる」


戦闘狂のスイッチが入ったのだろう。無邪気な笑顔はなりを顰め、代わりに獣のような獰猛な笑みを浮かべるグローリア。


そんな彼女に対して僕は、片足を振り上げた姿勢のまま無言で見つめ返した。





数秒後、互いの頭上に浮かぶ5つある花弁の1つが、音を立て半分に砕けた。






「うそでしょ」


信じられない光景に生徒の1人が絶句する。


普段多くの生徒で賑わう食堂が、水を打ったように静まり返っていた。麺を啜ろうとしていた生徒が、箸で持ち上げた体制のまま固まる。その原因は、生徒一人一人が所持するデバイスが映し出している映像。


無数にある内の、とある一組の模擬戦闘の様子。


学園最強。


闘姫(とうき)』。


入学してから今に至るまで、対人戦闘において他の一切の追随を許すことのなかったグローリア。そんな彼女と今なお互角の攻防を見せている男の姿に、学園中が注目する。


困惑、驚愕、興味、憤怒、感動、嫉妬、後悔。


数多の感情を含んだ視線が、画面越しに1人の男に集中する。


「チッ」


「……っ!」


"土"の当主は顔を歪め、"水"の当主は全身を震わせる。


どれだけの修羅場を越えたのだろうか。その容姿にかつての面影を残しながらも、実力だけを見ると全くの別人。


模擬戦闘は校舎内だけではなく、学園内のどこからでも視聴することができる。戦闘が始まる前にヒューイとグローリアが騒いでいたという情報はあっという間に広がっており、生徒だけではなくあらゆる人物が興味を示していた。


学園の至る所で、ヒューイの正体を知る人物たちが動き始める。


ヒューイは自身が及ばす影響を過小評価していたのである。


そんな中、とある空き教室で一人、フードを深く被った人物がモニターに映る眼帯の男(ヒューイ)をゆっくりと指でなぞった。






戦闘開始から数分が経過した。荒地の至る所は大きく砕け、炎の残滓が残り、あたり一体を黒い煙が覆う。焦げ臭い匂いが充満していた。


「はぁ、はぁ……」


表情を歪め肩で息をする。ダメージこそないものの積み重なった疲労は反映され、僕は思わず膝に手をついた。


初めのうちは拮抗した戦いを繰り広げていた僕たちであったが、徐々に実力差が開き始めた。


彼女の花弁は3、僕の花弁は1。


昔の差を考えればよく頑張った方だろう。


自身の成長を感じ、悔しさと共に満足感すら覚えていた。そんな僕から諦めの感情を鋭く読み取ったのか、グローリアが声をかけてくる。


「ユーくんめちゃくちゃ強くなってんな」


体から炎を昇らせる彼女は眉を顰める。


「でも、だからこそやっぱりおかしい」


「なにが?」


「だっておかしいだろ!このオレとまともにやりあえるユーくんがそんなしょぼい場所でくたばる訳ねぇ!」


エーデル大平原。それが、僕たち常勝の誓いが訪れた初心者領域。受付嬢に勧められるがまま訪れたその場所で、僕たち3人は地獄を体験した。


「そういえばユーくんだけじゃ無かったよな?確か他にも連れがいたんだったか。えーっと、確か……ダン=ヴァルフリートとロザリオ=オーシャンだ!なるほどなー」


嫌な予感がした。良くも悪くも真っ直ぐなグローリアは、思ったことを包み隠さず伝える癖があり、昔から周りの地雷を踏み抜いてきた。


幼馴染であった僕たち五大家の面々もよくトラブルに巻き込まれたのだ。そんな彼女の標的が、今回は僕に向かっていた。


「グローリア、やめろ」


僕の静止の声は、自分の世界に入ったグローリアには届かない。


そして、彼女は一切の悪気なく、禁句(タブー)を口にした。


「あの2人が()()()()だったか!」





「ーーーは?」


「オレも経験あるからわかるぜ!正直迷惑だよなー、実力に見合った行動しない身勝手な奴。後からフォローするこっちの身にもなってくれよって思うだろ?点数稼ぎのつもりか知らねぇけど、大人しくしてりゃあ良いのにな。ま、オレはここしばらくはずっとソロだから問題ねぇけどな!」


「ーーー」


あの日の光景が脳裏をよぎる。


1人戦場に残されながらも、最後まで戦うことをやめなかったロザリオ。


絶望に叩き落とされながらも、仲間である僕を最後まで笑顔を絶やすことなく見送ってくれたダン。


あのとき、ロザリオとダンは間違いなく最後まで僕の憧れた探索者だった。


"常勝の誓い"の名に恥じぬ、勇敢な姿であった。


ロザリオも、ダンも、とてつも無い才能を有していた。もちろんそれが努力して身につけたものであることも深く理解している。そんな2人が探索者になりたいという身勝手な僕についてきてくれたのだ。彼らは仲間である以上に僕にとっては大恩人である。


オレがあの2人を忘れることはこの先一生ない。




それを、足手纏い、だと?



コイツハ、ナニヲイッテイル?



自分が認めた人以外興味はなく、そこに悪気は無かっただろう。長い付き合いからそれは身に沁みて理解している。




だが、これはダメだ。


目の前のこいつはラインを超えた。


排除すべき、敵だ。




カチッ。


体の中で、スイッチが切り替わる音がした。





・・・・・・・・

・・・・・

・・・





焦げ臭い匂いが漂う中、グローリアは無言で佇むヒューイを見据えた。


こちらの花弁は3、向こうは1。


先ほどまでの戦闘を振り返る限り、この差が覆ることは万に一つもない。


(びっくりするくらい強くなってたなー)


グローリアは戦闘中にも関わらず、既に勝ちを確信していた。


揺るぎない絶対的な自信。それは彼女が今まで築き上げてきた実績からなる確かなモノであった。


久しぶりに満足感を覚えた。まさかここまで張り合えるとは思ってもみなかった。


もっと鍛錬すれば、もしかしたらいずれは自分をも上回ってくれるかもしれない。


そんな期待をグローリアは胸に抱いた。


(ライの奴、もしかしたらユーくんに負けるかもな)


最近付き合いの悪い幼馴染の悔しがる顔を思い浮かべて、内心ほくそ笑む。


そしてその場で軽く跳ねると、全身から炎を放出しながら瞬時にヒューイの眼前に迫り、


「ユーくん、楽しかったよーーー」


ーーーまたやろうね、と。


轟音と共に地面が破壊され、爆炎が辺り一体を焦土へ変える。


両手の爪を突き立て、上下から包み込むように構えた。己が得意とする技の一つーーー炎牙(フレイムファング)。獅子が獲物を噛み砕くように、対象を炎の牙が粉砕する。


そのまま炎牙(フレイムファング)を突き立てようと両手を振り下ろした。その両手に込められた魔素量は常人の数倍。余波だけで舞い散る岩片すら燃やし無へと帰す。例えどんな物質であっても例外なく焼き尽くす煉獄の爪牙が、たった1人の人間へと襲いかかった。




ヒューイの残り僅かな花弁(ライフ)などひとたまりもないーーー




ーーー筈だった。






魔高炉(まこうろ)起動ーーー段階(フェーズ)1」





(へーーー?)




目の前で俯くヒューイから、ボソリと冷淡な声が放たれたその時、全身の産毛が逆立った。


「ーーーっ!?」


次の瞬間、攻撃を仕掛けたはずのグローリアの視界が反転し、その体が遥か後方に弾け飛んだ。


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