25 一抹の不安
「いいかユーリ、我々は選ばれた存在だ。この場にいるいくらでも替えが効くような有象無象の量産品ではない。この国、ひいてはこの世界にとって必要不可欠な唯一無二の存在なのだ」
これはまだ僕がヒューイではなく"ユーリ=オルヴェーヌ"だった8歳の頃、父に連れられて参加した裏オークション。その中心のステージを囲むように建設された段状の巨大地下施設で、僕は来賓用に設置された最上部のVIP席から会場を見下ろしていた。
熱気に包まれる薄暗い通常席では、商人や探索者、貴族達が口元だけ見えるピエロマスクを付け、ステージに向かって声を上げている。同じくマスクをつけた司会役の男が商品を紹介し、参加者たちは購入希望額を提示するといったシステムなのだが、"裏"オークションという名の通り、この場で取り扱うものは表市場ではめったに流通しないないものや非合法なものが主である。
そのためここは基本的には招待制となっており、一般市民は一人もおらず、さまざまな分野で名を馳せる著名人ばかりが参加している。仮面によって個人を特定することはできないものの、父曰く国の重鎮クラスまでもがよく参加しているらしい。
尤も、そんな上流階層の民であっても僕の父にとっては代わりの利く量産品らしい。
「ふむ。やはりこんな所に居るだけ時間の無駄だが、ユーリの社会勉強と考えれば仕方がないな。ついでにストックが減っている分だけでも補充しておこう」
足を組み、入り口で配布された出品リストに目を落とす父。30代でありながら、既に五大家"風"オルヴェーヌ家当主であり、引き締まった筋肉質な体躯と鋭い眼光が、周囲を震え上がらず程の威風を放っている。歴代当主の中でも特に風魔法の適性がずば抜けて高く、この国で数人しかいない"大魔導士 "の称号を有する。
「3.6.8.9.15.28.45.64.70.91.93.98ーーー」
父が僅か後方に控える燕尾服の老執事へとカタログ上の数字を伝えていく。老執事は次々と数字が伝えられるにも関わらず、紙に控える様子は一切見られない。僕は直接会話したことは殆どないが、父が幼い時から家に仕えている人であり、優秀であることは間違いなかった。
「ーーー110.150.165.169.178.185.189.190.195.198.204、以上だ。金額は問わん、全て落とせ」
「かしこまりました。それでは失礼します」
やがて全ての数字が伝え終わると、その老執事は丁寧な所作で一礼し部屋を後にした。
それからあっという間に時間は進み、オークションが終盤へと差し掛かった。ワイン片手に退屈そうに見下ろす父の隣で、僕は同じく冷めた目で会場全体眺めていた。
視線の先では探索者や商人、貴族までもが落札結果に一喜一憂している。端の方では何かトラブルでもあったのだろうか、女性の探索者らしき人物が倍以上大きい男の胸ぐらを締め上げていた。
(なぜこの人たちは、それほど欲しい物を手に入れることが出来ないのだろう)
今思えば恥ずかしい話ではあるが、当時の僕は本気でそう考えていた。資金は無限ではない。どれだけ欲しくても、普通は我慢することだってあるのだ。
しかし、五大家という超上流層で生まれ育った僕にはその考えはなかった。というよりそんな無駄なことに脳のリソースを割くべきではない、というのが父の考えでありオルヴェーヌ家の教えであった。
「それでは皆さま、長らくお待たせいたしました!本日の目玉商品です!!」
司会者の紹介と共にステージ上に現れたのは1人の幼い少女。白い髪に赤い目をした一見普通の子供であるが、その首や手足は分厚い錠により拘束されている。また、全身に何重にも鎖が巻かれており、まるで猛獣を連行しているようである。
その仰々しい様子に反して、少女はステージの中心で、特に抵抗する事なく静かに佇んでいた。
「こちらは一見普通の少女に見えますが、実態は異なります!」
警備員らしき大男2人が少女を支えると、司会者が少女の口をぐいっと開けた。
途端にざわめく会場。
口の中から現れたのは異様に鋭く尖った長い犬歯。この世界では人の容姿にその特徴を持つ種族は一種のみ。
「吸血鬼」
離れの書斎に置かれていた本で見たことがあったが、実物を目にするのは初めてであった。
彼らは外界の奥深くで暮らし、滅多に人前に姿を見せることはない。物語では日中の行動はできない事が多いが、実態は異なる。我々で言うところの真夏の日差し程度であり、不快感を感じるものの生活に支障はないのである。一方で血を好んで飲むところは変わらない。戦闘面においては文句のつけようがなく、加えて空を飛んだり、闇に紛れたりとさまざまな能力を有する。
そんな珍しい種族が、目玉商品としてステージ上に立っていた。
「世にも珍しい種族、吸血鬼でございます!この可憐な外見にそぐわぬ戦闘力!探索に連れて行くもよし、家で働かせるもよし、その他どんな用途としても使える奴隷となるでしょう!安心してください、この鎖は対象の能力を大幅に減少させる効力を持ちます。また、首につけられた拘束具により、主人の言い付けに反抗することはできなくなっております!さぁ!この超レアな目玉商品は一体誰の手に!初期価格は1,000万からです!それではスタァァァァトッ!」
どっ、と。
司会者があげた腕を振り下ろすと同時に、まるで花火が上がったような盛り上がりを見せる会場。至る所で手が上がり、どんどんと金額が釣り上がっていく。
ふと、ステージ上の少女と目が合った。それは特別席であったからか、もしくは自分と同じような年齢の子供が浮いて見えたのか。どちらにせよ助かるかもしれないという僅かな希望を含んだ視線に対して、僕は一切反応することなく真顔で返した。
確かに司会者の言う通り、かなりの優良物件なのだろう。だが、それと同時に多くのリスクが付いてくることは間違いない。
まず健康面。見た目は健康そうだが、何か病気を持っていて感染するかもしれない。過去には奴隷からうつされた病によって命を落とした者もいる。
次に協調性。いくら契約によって従えたとしても、本人の意思が重要であることは間違いない。上手く協力してもらえるといいが、反抗的であった場合や無気力的であった場合には奴隷としてのパフォーマンスはかなり低下するだろう。
そして最後に外聞。貴族社会というのは情報が命。いくらオークションで顔を隠しているとはいえ、足がつく以上は誰が、どこで手に入れたかなど調べれば容易に分かる。そうなった際に五大家ともあろう者が、裏の世界に顔を出していることが外に漏れてしまい、大問題に発展する。
そんなメリットとデメリットを天秤にかけたとき、僕の考えは後者へ傾いた。
(オルヴェーヌ家には必要ない)
手元の資料によると彼女の登録番号は210。先ほど父が口にした購入予定リストには含まれていなかった。おそらく父も僕と同じ考えなのだろう。
僕のその表情から察したのか、少女は表情を暗くして俯いた。
しかし、僕は考えを変えることはしない。
(哀れだな。君は選ばれなかった、ただそれだけだ)
偽善者ぶることはするつもりはない。確かに残酷ではあるし、なんとも思わないと言えば嘘になるが、これも国を回していくための経済の一つだ。ましてや奴隷なんて可哀想だろう!今すぐ彼女を解放しろ!なんて騒ぐのはお門違いである。わざわざ地位を捨て国を相手するほど愚かではない。
やがてあっという間に1人の肥えた男によって100億という額で落札され、その奴隷は手錠を引かれてステージを後にした。
なるほど、忙しい父がわざわざ貴重な時間を割いてまで僕に伝えたかったのはこれか。
眼下に広がる無数の量産品。我が身を差し出すことしかできない奴隷も、その商品を売買して生活している運営も、嬉々として参加している探索者や商人、貴族も、誰もが皆等しく選ばれなかった側であるということ。
要は立場の違いというものを教えたかったということだろう。
五大家という家の格を。その重さを。
そう結論づけた僕を、横目で見た父は軽く頷くと席を立った。背後にはいつの間にか老執事が控えている。チラリと振り返った僕をじっと氷のように冷たい瞳で見つめていた。
家を継ぐに値するかどうかを見定めているのだろう。
父を先頭に興奮冷めやらぬ会場を、出口へと向かって歩く。僅か後方には相変わらずピッタリと老執事が付き従う。
すれ違う人々が父の姿を目にするや否や端に避け、王の斡旋のように道ができる。仮面越しにもその圧から誰であるかが分かるのだろう。尤も、それが誰であるかは暗黙の了解で口にすることはできない。命を犠牲にしてまで口外しようとする愚者はこの場にはいなかった。
父はそんな周囲に一切反応することなく、ただ前だけを見据えて突き進んでいく。
この人は一体どこまで先を考えているのだろうか。僕が大事にされていることは理解している。だがそれは僕の才能であって僕自身ではない。
8歳にして他の五大家はおろか、大魔導士である父にも迫るであろう魔素量を誇るという才能だけを、大事にしているのである。
果たして僕はその大きな期待に応えることができるのだろうか。
仮に期待に応えたとして、僕はその力で何を成すのだろうか。
不安と若干の期待の入り混じった混沌とした感情の行き場が分からず、僕は馬車に乗るまでひたすら前を歩く大きな背中を見つづけた。
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
「ーーーイ、ヒューイ!」
頭上から声が響き、目が覚めた。ぼやけた視界にこちらを見下ろす制服姿の少女が映る。
「……んぁ?」
「もう!なに寝ぼけてるのよ。もうすぐ授業が始まるわ。早く戻らないと!」
どうやら僕は昼休憩の間に中庭のベンチで眠っていたらしい。
確か次の講義の科目は、ーーー薬学か。
既に教科書は一通り目を通しているし、講義を受けなくても今の段階で合格点を取る自信がある。別に無遅刻無欠席を目指しているわけでもないし、あの教師のことだ。一度休んだくらいで評価を落とされることはないだろう。
よし、寝るか。
わずか1秒にも満たぬ間にそう結論づけた僕は、噴水の水が流れる音を耳から堪能し、暖かな太陽の日差しを浴びながら再び深い眠りへとーーー
「こら!二度寝しない!」
ゴッ。
「いっ!?」
体の芯まで響くような鈍い音が鳴り、意識が一気に覚醒した。
慌ててベンチから体を起こすと、正面に拳を振り抜いたまま固まる少女ーーーロザリオがいた。
艶のある赤髪を肩で切りそろえた美少女と言っても過言ではない綺麗な顔立ち。背は女性にしては少し高く、160センチ半ばぐらいだろう。2人で並んで歩くと僕の頭一つ分くらい下になる。
学園内にファンクラブがあるほど人気のある彼女は、とある事件をきっかけにここ最近よく話すようになった同じ特進クラスの生徒である。
初めの頃は僕にテストの成績で負けることに腹を立て、よく突っかかってくるような彼女であったが、ここ最近はそんな様子はなく、むしろアヒルの子のようにどこにでも付いてくるようになった。
僕も特に断る理由はなく、学園での生活はロザリオとつるんで過ごしているのだ。
ファンクラブの会員達からの、射殺すような視線は気づかないふりをしている……。
「……別に殴らなくてもいいだろ」
いまだズキズキと痛む頭を抑え、軽く睨む。
(暴力に屈するような弱い男ではないんだよ僕は!!)
そんな僕の内心を見抜いたように、にっこりと笑ったままの彼女は再び拳を握りしめた。
「何か言った?」
「いえ、なんでもないです」
「いい?油断してるのも今のうちだからね!次の試験では私の名前があなたの上にくるから」
びしっとこちらを指さすロザリオ。春の心地よい風が赤い髪を靡かせる。
「でもさ、こうやってゆっくり息抜きすることも大事だろ?こんなにも良い天気の日に中庭で昼寝しないなんてもったいないじゃないか。ほら、隣座りなよ」
彼女にもこのベンチの良さを知ってもらおうと考えた僕は、端により、隣を叩いた。
顎に手を当てうんうんと唸っていた彼女は、やがて誘惑に負けたのか、静かに隣に座った。
「何よ」
「いや、断られると思ったから」
大袈裟に目を見張る僕を不満げに見たロザリオは、ため息をつくとベンチに深くもたれ込んだ。
互いに前を向いたまま特に何かを話すことなく、遠くに広がる街並みを眺める。
「まあ、たまには悪くないわね」
「でしょ」
そしていつの間にか2人揃って夜まで寝てしまい、次の日に2人揃って講師から大目玉を喰らったのであった。
ちなみに互いに肩を寄せ合って寝ていたらしく、その様子を見ていたファンクラブ達からの視線がさらに厳しくなっていた。
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
「ーーー寒っ」
意識が覚醒した瞬間、僕の目の前に広がっていたのは夜空であった。
腕につけたシルバーリングを軽く二度叩き、空中にモニターを起動させる。そこに表示された時間は22時15分。学長との面会後、中庭で休憩しているうちにいつの間にかガッツリ寝てしまっていたようだ。
変な体勢で寝ていたからか体の節々が痛い。
バキバキと関節を鳴らし、ゆっくりと伸びをして立ち上がろうとした時、腹の音が鳴った。
(そういえばこの街に来てからまだなんも食べてないや)
自主学習や研究をしているのだろう。夜遅くにも関わらず活気あふれる校舎を抜け、大通りを歩く。僕が学生の時から大きな変化はなく、迷うことなくあっという間に目的地である商店街へと辿り着いた。そこはさまざまな飲食店が連なっており、1日を通して必ずどこかは空いていると言う点から、多くの人で賑わっている。
僕はそのまま門をくぐって中へと進もうとし、
「っ、すみません」
「おっと!悪いな兄ちゃん」
どんっ。
突如曲がり角から現れた人とぶつかった。まだ寝起きの状態が抜けきっていなかったからか、人の接近に気づかなかった。
僕は慌てて目の前の人物に向き合った。
ボサボサの髪の毛に無精髭を生やした中年の男。室内で着るようなスウェットにサンダルを履いている。口にはタバコを加え、上機嫌にニコニコと笑っていた。
遅れて鼻をつんと刺すような匂いがする。おそらく先ほどまで酒場で飲んでいたのだろう。その証拠に目の前の人物は、やや顔を赤く染め、ふらふらとおぼつかない足取りをしている。
一瞬視線が交わり、示し合わせたように互いにぺこりと頭を下げすれ違いーーー
「ーーーちょっと待ってください」
僕はその場で足を止め、男を呼び止めた。視線は前を向いたままで振り返ってはいない。
多くの人が行き交う中、自身の背後で男が立ち止まった気配がした。道の真ん中に立つ僕たちをを迷惑そうな顔をした人が横切るものの、今はそれどころではない。
「……」
違う。
僕が気になったのはその匂いではなかった。
酒の匂いでは隠しきれない、体の奥底まで染みついた別の匂い。
数千、いや数万以上の人間を切り伏せた者が漂わせる、こべりついた血の匂い。
その男は武器を持たない丸腰にも関わらず、昔戦った暗殺ギルドの連中とは比にならないほどに強烈な血の匂いを放っていた。
「何か用かい?」
前を向いたまま立つ僕と同じく、男はこちらを振り返る事なくタバコをふかす。
「っ!」
つい今までの軽薄な姿は鳴りを顰め、代わりに全身に無数の剣を向けられたかのような感覚に陥る。
景色が遠のくような感覚に陥り、徐々に増していく緊張感。
意識を戦闘状態に切り替えようと左手を握りしめたその時、
「なんだぁおめぇらぁ!じゃまだぞぉ!」
今にも倒れそうな足取りで、酔い潰れた男が割り込んできた。
それを合図に、限界まで張り詰めていた緊張感が霧散する。
「……いえ、人違いでしたすみません」
(こんな道のど真ん中で争うべきではない。別に何かされたわけでもないし、この人が人殺しである証拠もない。僕が学園で目立つのも良くないし、やめておこう)
「そうかい。おじさんの方こそぶつかって悪かったね」
そう言うと中年の男は再び機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら去っていった。
周囲の店からガヤガヤと酔っ払い達が騒ぐ声が聞こえる。
今のやり取りですっかり食欲のなくなった僕は、店によることを諦めて帰路についた。
胸に一抹の不安を抱えながら。
「今の、確かヒューイとかいう名前だったか。欠陥品って聞いたたんだが全然違うな。そんなつもりなかったのについ威圧してしまったよ」




