24 ノブリベラーレ魔術学園
「ーーーなんで、なんでここにいるのよ!!?」
バサバサバサッ。
書類が落ちる音と同時に、突然目の前の女性が叫んだ。
「っ!」
透き通るコバルトブルーの瞳に、緑色に近い色のショートカットが大人びた雰囲気を醸し出している。質の高い素材が使われた真っ白なガウンの肩部には五大家"水"を象徴する徽章が飾られており、その佇まいと相待って相当に高貴な身分であることが一目で分かる。
またその目を引くような容姿だけではなく、彼女の内面も年齢以上に落ち着いており、家柄に負けていないことを僕自身もよく知っていた。
僕がこの学園で会いたくなかった1人。
五大家"水"次期当主、ロイリー=アルヴァリア。
泰然自若、余裕綽々、意気自如。
本来であれば彼女はそんな言葉が似合う女性であった。しかし、普段とは異なる尋常ならざる様子に、一緒に歩いていた従者らしき人物や周囲の通行人たちが騒ぎ始める。
「大丈夫ですか!アルヴァリア様!?」
「貴様!アルヴァリア様に何をした!!」
一方、当の本人は騒然となる場を気にも止めず、勢いよくこちらに駆け寄ると胸ぐらを掴んだ。
鋭い視線が僕を刺す。
「貴方一体どこで何してたの!?他の2人は!?」
「……」
僕は彼女の問いに答えることなく、しかし目を逸らさずに見つめる。その態度に苛立った様子で彼女はさらに声を荒げた。
「どうして今さら戻ってきたのよ!?私がどんな思いで2年間過ごしてきたか分かる!?」
「……」
「ねぇ、答えてよ…………っ!答えなさいよ!"ヒューイ"!!」
顔を真っ赤にさせて喚き散らす様子に誰もが困惑する中、僕は変わらず無表情で見つめ返す。
その間数秒。息を潜めるほどに重苦しい空気が漂う。
やがて僕の毅然とした態度に何を感じ取ったのか、胸ぐらから手を離すとずるずるとその場に崩れ落ちた。
「……どうして……っ」
「……」
ふと視線を感じ顔を上げると、野次馬達を掻き分けて1人の女性がこちらに向かってきていた。
「ヒューイ副所長殿、入館手続きが終了しましたのでこちらにどうぞ」
「ありがとうございます、アイラさん」
軽く頭を下げて返事をした僕は未だに足元で俯くロイリーを一瞥し、ゆっくりと隣を通り抜けた。すれ違い様、かつての級友に向けて一言伝える。
「ごめん」
「……っ!」
啜り泣く彼女の声を背中に浴びながら、一度も振り返ることなくこの場を後にしようとしたその時ーーー
「おいおい!誰かと思えば欠陥品じゃねぇか!ってハハハハ!なんだその似合ってねぇ眼帯は!お前生きてたのかよ!!」
肩越しに振り返った視線の先には、金髪のオールバック姿の男がポケットに手を突っ込んで立っていた。
「……ガトー」
シルバーネックレスやブレスレットなどの装飾品をやたらと身につけた、大柄で不良のような柄の悪い相貌。
五大家"土"次期当主、ガトー=ロックレアン。
ガラの悪い態度から一見育ちが悪く見えるものの、肩には五大家"土"を象徴する徽章が飾られており、ロイリーと同列の権力を有する貴族である。戦闘面に関しても間違いなく上位に分類され、彼を知らない人は学園内にはいないだろう。
古い付き合いがあり、僕が会いたくなかった1人だ。
立て続けにかつての同級生に遭遇し、初日から計画が破綻したことに思わず眉を顰めた。
「何しに戻ってきたんだ?風んとこの恥晒しが」
「君には関係ないさ」
「へぇ」
僕の淡白な対応に下卑た笑みを浮かべたガトーはポケットから片手を出した。その指には大小さまざまな指輪が付いている。
「っ!ちょっとガトー!貴方何するつもり!?」
「アルヴァリア、テメェは引っ込んでな!」
ロイリーの呼びかけを無視し、その手をこちらへと手を伸ばす。途端に集まる魔素がガトーを青く照らした。
「ロックバレット」
やがて魔法陣から現れたのは手のひらサイズの岩。先端が鋭く尖ったそれが一瞬で数十に複製された。
中級魔法上位、ロックバレット。
基礎的な魔法でありながら、術者の練度によって一度に生成できる数が分かれ、それに応じて階位も変化する。
ガトーにとっては全力ではないだろうが、それでも十分な殺傷能力を誇っていた。
「辞めなさい!!」
「ハハハハハ!病院送りにしてやるよ!欠陥品!!!」
そう叫びながらガトーは構えた手を真下に振り下ろした。まるで散弾銃のように一斉に放たれた岩弾が、雨のように僕の元へと向かう。
「危ないっ!!」
「きゃあぁぁぁぁ!」
周囲から叫び声が上がる。
これから起こる未来ーーー僕が無惨な姿で血に伏す姿を想像したのだろう。皆が目を背けた。
しかし、その未来は訪れなかった。
こちらに迫る無数の岩弾。丁寧に回転まで加えられたそれはかなりの殺傷力を誇る。
それを目の前にして、僕は完全に体をガトーへと向ける。
次いで、一歩も動かず左腕だけで拳を放ち、
全ての岩弾を相殺した。
「ーーーは?」
「う、そでしょ……」
約1秒。
粉々になった岩はサラサラと周囲へと降り注ぎ、余波がそよ風となってガトーの黒のファーコートを靡かせる。
術を放った本人であるガトーは浮かべていた笑みを引き攣らせ、足元から見上げるロイリーは唖然とした表情を浮かべていた。
「お騒がせしてすみません。この後予定があるので失礼します」
僕はその場で固まっていたアイラさんの腕を引き、静まり返る場を後にするのであった。
背中にさまざまな感情を含んだ視線を感じながらも、今度こそ僕を呼び止める者は誰もいなかった。
「ねぇ、今、あの人魔法使った……?」
誰かがポツリと呟いた言葉がやけに響いた。
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
ノブリベラーレ魔術学園、通称"学園"。
地上約100キロメートル地点に浮かぶこの巨大な建造物は、世界各国から才能ある者が集う500年以上の歴史を誇る教育機関である。
一つの都市に匹敵するほどに広大な敷地内には授業を受ける校舎だけではなく、生活に困ることのないほどのあらゆる施設が存在している。研究所、修練場、大型のショッピングモール、公園etc...。
この地では子どもから大人まで、多種多様な種族が日々研鑽を積んでおり、まさに魔法を扱う者にとっては理想の環境なのである。
また、崇高と自由を意味するこの学園は一寸の狂いもなく正確な五角形をしているのだが、それにはとある貴族達が深く関わっている。
火のヴォーパール家
水のアルヴァリア家
風のオルヴェーヌ家
雷のラーフィルド家
土のロックレアン家
これらの家系は"五大家"と呼ばれ、王族に次いで最高位の権力を有する者たちを指す。
当時の五大家当主が後援者となり学園が創設され、それぞれが今なお各範囲を治めている。
さらに、他の都市との大きな違いとして、大気に含まれる魔素量の違いが挙げられる。その量は数100倍を上回り、どれだけの魔素を消費しようとも無くなる心配は一切ないらしいーーー
「よろしかったのですか?」
長い廊下を歩いていると、同じく隣を歩くアイラさんが心配そうにこちらを見つめた。このビシッとしたスーツ姿の知的な女性はアイラさんといい、僕がここに来た際に受付をしてくれた人物である。
キリッとした細い眉尻が下がり、心配している姿が僕の目に映る。
「はい、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「アルヴァリア様のあのようなお姿は初めて見ました。ロックレアン様はまあ、普段通りと言っては失礼ですが……お二方ともお知り合いだったのですね」
「……ええ、まあ少し」
「そうですか……。そういえば先ほどから気になっていたのですが、そのイヤリングとてもおしゃれですね!お似合いです!」
僕の歯切れの悪い返事から何かを察したのか、アイラさんはそれ以上深掘りすることなくすぐに話題を変えた。
気を遣わせたことに申し訳なさを感じながらも、彼女に感謝して話題に乗る。
「ありがとうございます。これは僕の宝物で……。オルンティアには同じようなアクセサリーがたくさん置いてありますよ」
「オルンティアといえば、あの探索都市ですね。機会があれば行ってみます」
「ぜひぜひ。美味しい料理もたくさんありますので」
笑顔でそう返しながら左耳につけた銀色のネックレスに触れる。一度粉々に砕けたものの、自らの手で大事に修理したそれは、僕の宝物の一つである。
そのまま雑談を続けること数分。最上階に到着した僕たちは執務室の前に到着した。
「それでは私はここで。何かありましたらまた声をかけてください」
「わざわざありがとうございます」
僕はアイラさんを見送った後、ドアをノックした。
「ーーーどうぞ」
すぐに幼い声が返ってくる。聞き馴染みのある声に体の力を抜いた僕は、促されるままドアを押し開けて入った。
中に居たのは面会用の質のいいソファーに深々と背を預け、足を組んで座る少女ーーーにしか見えない人物。
小さな体に不釣り合いの大きなサイズのローブを身に纏っており、手がすっぽりと隠れるほどに余った袖がより彼女を幼く見せている。
「久しぶりじゃの、ヒューイ君。いや、ヒューイ副所長殿というべきか。とにかく再びその顔を見れて嬉しいぞ」
くりっとした大きな目が嬉しそうに細まる。金髪のツインテールがふわりと揺れた。エルフであることを表す長く尖った耳がぴこぴこと上下に動いている。
「お久しぶりですルナーレ学長。相変わらずお元気そうで何よりです。今まで通りヒューイで構いませんよ」
「そうかそうか!ヒューイ君は少し痩せたかの?」
「そうですか?あまり自分では分かりませんが……」
この人物の名はルナーレ=オラディアといい、幼い見た目に反して数100年以上生きる大魔導士である。5属性全てに適性があり更には複数の固有魔法を自在に操る。そんな彼女に憧れて学園に入学する生徒は数多く、僕も彼女を目標にあらゆる参考書を頭に叩き込んで日々研鑽を重ねた。ーーー尤も、なんの適性もない僕が使えるようになったものは殆ど無かったが。
当時の記憶を思い返すだけで気分が沈む。
「むぅ。また良くないことを考えてるじゃろ」
ずいっとルナーレ学長がこちらを覗き込んだ。西洋人形のように整った顔がすぐそこまで迫り、慌てて距離を取る。
「あー、いや、大丈夫です!ちょっと考え事をしていただけなので!」
僕の突っぱねるような態度にルナーレ学長は眉を寄せ、口をぷくっと膨らませた。
かつてよく目にした学長の、見た目通りの子供っぽい一面に思わず苦笑する。
「君は昔から1人で抱え込む所があるからの。卒業してからもその性格は変わってないみたいじゃな……っとすまない。とりあえず座ってくれ」
促されるままソファーに腰掛けると、部屋の端からふわふわと2人分の紅茶カップが漂ってきた。湯気の立つそれにはいつのまにか中身が注がれている。おそらく彼女の魔法によるものだろうが、どういう原理で浮いているのか一切分からない。
やがて目の前にたどり着いたカップを手に取ると2人して口へと運んだ。暖かな紅茶が体内に広がり、先ほどまでの悲観的な考えが和らいだ。
そんな僕の様子を見つめたルナーレ学長はカップを机に置くと足を組んだ。
「勝手で悪いとは思うておるが、詳細はすべて調べさせてもらったぞ。あの日、君たちの探索パーティ"常勝の誓い"に起きた事件や他の2人のこと」
脳裏にあの雪の日の出来事がフラッシュバックする。一生忘れることのない記憶。耳に残る2人の声。
「それから、君の体のことも。まったく随分と無茶をしおって」
「……」
机の下で左手の拳を握りしめる。眼帯の下が疼く。
「まだまだ解決していないことも沢山あるじゃろうが、今この場でヒューイ君に伝えたいことは一つだけじゃ」
顔を上げた。そこには先ほどまでの愛嬌のある幼い顔ではなく、真剣な表情をしたまさしく学園の長がまっすぐこちらを見ていた。
何を言われるのだろうか。
思わず身構えること数秒。室内の空気が凍る。
額から一粒の汗が流れ落ち、ごくりと唾を飲み込んだ。
その間もルナーレ学長はこちらをじっと見つめる。
わずか数秒が気の遠くなるように感じる中、突然にかっと口元を釣り上げた。
「おかえりヒューイ君。また会えて嬉しいぞ」
「っ!」
固まる僕に対して笑みを浮かべたままの学長が優しく促す。
「ほれ、君からも言うべき言葉があるじゃろ」
僕は一度喉元で止まったそれを、再び口にした。
「ただいま、帰りました」
「うむ!」
ルナーレ学長が腰に手を当て、満足そうに頷いた。
その後完全に落ち着いた僕たち2人は、学生時代の頃のように会話に花を咲かせた。
「あらかじめ"エーテレッテ"の奴から話は聞いておるが、予定通り1ヶ月間ここにおるんじゃろ?」
「ええ、暫くお世話になります」
「定期的にここに来ていいからの!1週間、いや3日……いや、毎日来るといい!」
「そう言ってもらえて大変嬉しいですが、ルナーレ学長にもお仕事があるでしょう。ちゃんと顔は出しますから」
興奮して立ち上がった学長に対して、苦笑しながらやんわりと止める。
「絶対じゃぞ!」
ポスッと、再びソファーに座った学長は背もたれに体を預けた。
「はい。それと、先生に会いたいのですがどこに居られるのでしょうか?」
「"ディアナ"か?奴はタイミングの悪いことに今日は休んでおっての。明日は出てくると思うぞ」
「そうですか。また明日訪ねることにします」
その後急用が入ったルナーレ学長に別れを告げ、執務室を後にした僕は昇降機で一階まで降り、中庭に出た。
人口の芝生が敷かれた中庭の中心には、花に囲まれた大きな噴水が置かれ、水の音だけが反響している。
他に人がいないことを確認すると、端に設置された青いベンチに腰掛けた。学園の中でも高台に建設された校舎のこの中庭からは、整備された街並みを一望することができ、学生時代はよくここで外の景色を眺めていた。
時刻は夕暮れ時。オレンジ色の日差しが街を照らす。
授業終わりだろうか、友人達と楽しそうに話す制服姿の生徒や、武器を携えて修練場に向かう人達が視界に写った。中には魔法の使用が制限されているノーマルエリアにもかかわらず、許可を取らずに魔法を使用し注意を受ける人もいた。
(変わらないな)
僕たちがここを卒業して約5年。数え切れないほどの出来事があった。今だ整理できていないことも沢山ある。向き合わなければいけない人達もいる。
心に一抹の不安を抱えながら、それでもこの思い出の地が当時のまま残っていたことに安堵し、1人感傷に浸った。
そのまま夕焼けの景色をボンヤリと眺め、やがて無意識のうちに過去の出来事を思い返しながらゆっくりと目を閉じた。




