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異世怪奇譚  作者: ツチノコ太郎
ep.3 魔女
22/29

22 とある覇王の始動


旧時代。それはかつて俺がヒトという弱小種族を頂へと導くことになった戦乱の時代。


触れれば骨も残らず溶ける広範囲の無差別レーザーや、余波だけで集落が消し飛ぶ斬撃。天候を変化させる咆哮に、大陸すら消滅させる拳ーーー


弱者であるヒトにとっては毎秒が絶滅の危機という巫山戯た環境下で生まれた俺は、幸か不幸かその理不尽に抗うだけの力を持っていた。


物心がつきしばらく経ったある日、群れから逸れた上位種を1人で狩った俺は、他のヒトとは違うことを自覚した。


それからというもの、俺は毎日のように鬼や龍を始めとした上位種達と戦い、奴らの技術を片っ端から盗んだ。


楽しかった。限界という壁は存在せず、学べば学ぶだけ飛躍していった。どうやら俺はあらゆる才に恵まれていたようだった。


やがて俺はヒトという弱小種族でありながら、上位種達から恐れられる程の存在になった。


他の種族から、俺に関するとある噂を耳にした。


「ヒトに混ざった怪物がいる」と。


ある時は金狼の群れと三日三晩戦った。俺を大層気に入ったらしい金狼の長がついてくるようになった。


またある時は、上位種による種族間の戦争に単騎で突っ込んで行ったこともあった。流石に軽くない傷を負ったものの、両軍の長をそれぞれ倒し、戦争を終わらせた。


そんなことを続ける内に、気がつけば覇王と呼ばれるようになり、その時代の頂点に立っていた。


数多の上位種の王が集い、俺を含めて話し合いを行なった。その結果全員が心の底から納得のいく結果になったとは言えないが、それでも大きな争いはなくなり、海は透き通り、大地には緑が生まれ、空は青く澄み渡るようになった。


平和になった。


ヒトは暗い地下から解放され、太陽の光を全身に浴びた。


涙ながらに俺の手をとり、地に這いつくばり、感謝の言葉を重ねるヒト。


ーーーありがとうございます、アラン様!


ーーーあなたのおかげです、アラン様!


ーーーこれからも我々をお救いください、アラン様!


彼らが用意した無駄に豪勢な玉座に座り、そんな様子を無表情で見下していた俺は、


心のどこかで思った。


なんだこの気持ちの悪い生き物は、と。


このヒトという種族は、なんだ?


こいつらには誇りはないのか?


生まれた時点でヒトという大きなハンディキャップを背負っていることは分かる。


空を飛べなければ水中で呼吸ができない。大の大人ですら他種族の赤子に殺される始末。


恐れるのは仕方がない。恐怖という感情があってこそ、人は成長するのだから。


だが、ヒトは何もしなかった。


肉体で劣るのならば、脳を使えばいい。


少しずつでいい、情報を集めるべきだった。


寝る間を惜しんで鍛錬し、少しでも力を身につけるべきだった。


力を持って生まれた俺でさえ、鍛錬は怠らなかった。


それなのに、何故力のないお前達が何もしないのか。


なぜ戦おうとせず諦める。最後まで抗え。


1対1で負けるのなら、何十、何百人の力を持って挑めばいい。それを卑怯だなんて生ぬるいことを言う輩が現れるなら、その時は俺が正面からねじ伏せてやる。


それが、何だこの有様は。


俺という存在を盾にして、


両手を組み、膝をつき、首を垂れるだけ。


早々に自分たち、ヒトという存在に見切りをつけ、努力することを辞めた。


お前達が行なったことは、ただ天に願っただけ。


俺という異常者(イレギュラー)が生まれてしまったことによって、本来資格を持たないヒトが表舞台へと姿を現してしまった。


本当に、余計なことをしてしまった。


そこまで考えた俺は、当時唯一の仲間であったエノレアと共に、その時代から姿を消したのであった。


皮肉にも、のちに選定者と呼ばれる、天から力を与えられし存在がヒトの中にも現れることになるのだがーーー



「ーーー様、アラン様」


いつのまにか深く考え込んでいた俺は、上から降ってきた言葉に反応して見上げた。


そこにいたのはこちらを覗き込むハイエルフの少女。肩ほどの長さで切り揃えられたプラチナブランドの髪が風で靡く。


「っと、悪い」


意図してなかったとはいえ、呼びかけに反応できなかったことを謝りつつ、彼女をじっと見つめる。


「……」


もう一度行言おう。振り向いたのではなく()()()()のである。


エリーゼによる氷の華が巻き起こした幻想的な風景を見届けた後、ゾフィの空間袋から見つけた暖房機能付きの天幕で睡眠をとった俺は、朝目を覚ますと再び子どもの姿へと戻っていた。


不思議なことにあの俺の鎧と王冠は姿を消し、代わりに今の背丈に合った服が身に備わっていた。


呂との戦闘の際、万能薬によって完全に解決したと思っていたのだがどうやら一時的なものだったらしい。残念な気持ちはあるが、一晩だけでも元の姿で戦えたことを喜ぶべきだろう。ともかく、原因不明のこの現象を一刻も早く解決しなければならい。


ちなみにエリーゼはひっそりと嬉しそうにしていた。彼女にとってはこっちの姿の方が馴染み深いのだろう。


そのほかにも、もう一つ朝から気になることがあった。


「アラン様、これなんてどうでしょうか?」


エリーゼが空間袋から短剣を取り出してふんす!とドヤ顔でこちらに見せる。


確かにやたらと装飾が凝った芸術品にも見える一振りではあるが……。


「いや、それはやめておいた方がいい。見た目ほどの性能はないからな」


「分かりました。それなら他の物にします」


即座に否定されたにも関わらず、なぜか微笑んだエリーゼは躊躇いなくその短剣を地面に置くと、再び空間袋を物色し始めた。


「……」


俺の体の異常と同じくらい気になることがこれだ。なんの心境の変化か、今朝からエリーゼの態度が変化していた。まるで主君を敬う配下の様である。以前のエリーゼを知っているだけにむず痒さを覚える。


さらにはいつの間にか真っ黒なメイド服を着ていた。ゾフィの宝物から引っ張ってきたらしい。


「エリーゼ、今更だが何故メイド服なんだ」


「お気になさらず」


にこっ。


「……そうか。あとさっきから何度も言ってるけどその話し方どうにかならない?違和感しかないんだけど」


「お気になさらず」


にこっ。


「……」


間髪入れずに返事が返ってくる。言葉だけ聞くと冷たく感じるが、本人は笑みを浮かべている。


エリーゼの意思が固いことを再度理解した俺は思わず頭を抱える。


「おいエノレア、お前からもなんとか言ってくれ」


ため息混じりに頭上でだらしなくくつろぐ黄金狼に声をかけた。


「んー?エリーゼがそうしたいなら何の問題もないじゃない」


「いや、俺が困るんだが」


「それなら、すぐに主人様が慣れるために我もそうしましょうか♡」


「頼むからやめてくれ……」


瞬間、音もなく瞬時に人型へと変身し、背中から体を預けてくるエノレア。整った顔がすぐ横に迫り、相変わらず花のいい香りが鼻腔をくすぐる。彼女の手にかかれば性別や年齢を問わず、数多の人物を魅了するだろう。しかし旧時代を共に過ごし、家族同然に思っている俺にとっては何の効果もなかった。


「きゃっ!」


俺は振り帰ることなくエノレアの頭にデコピンをお見舞いすると、再び元の姿に戻った黄金狼を抱き抱え、頭の上に乗せた。


こいつは俺と違い、いつでも姿を人型へと変えられるらしいのだが、魔素の消費効率が悪いのと、移動が面倒だという理由で狼の姿に戻っていた。


絶対に後者が主な理由だと思うが。


何が楽しいのかご機嫌そうにキャッキャしているエノレアを放置し、再度視線を前方に向けた。


そこでは山のように積み上がった武器の中から、エリーゼが楽しそうに自身の武器を選んでいた。


ーーー魔法だけではなく剣術も学びたいです。


今朝、真剣な表情で申し出てきた彼女の姿を思い出し、俺は思わず口元を緩めた。


氷魔法という類稀なる才を持ちながら、貪欲にさらなる才を探求する。その心意気がえらく気に入った。


きっと彼女なら、そう遠くないうちにこちら側へ足を踏み入れることになるだろう。あっという間にこの世界に名を轟かせる逸材である。だから、そのためにも俺たちは全力で彼女を支えていくことにしたのだ。


「あっ」


声を上げたエリーゼに近づくと、彼女は一つの武器を両手で大事に抱えていた。


雪のように白く、氷のように透き通った細剣。一見シンプルな作りに見えるが、(つば)にはめ込まれた銀の宝石が煌めいており、まさに彼女にピッタリな一振りである。


「性能も申し分ないな」


「この子にします!!」


エリーゼは深く頷くと、その細剣を腰に装備した。


「それで、これからどこに向かうんですか?」


「せっかく氷魔法を覚えたんだ。どうせなら魔法に精通したところがいい」


「それなら学園なんてどうでしょうか?」


エリーゼ曰く、魔法に関するあらゆるものが集まる巨大な都市らしい。五大家と呼ばれる由緒ある家によって設立された巨大な学校があり、世界中から数多くの魔法適性のある者が集う。


また、都市の全ての動力源が魔素であり、街灯や看板など街の至る所に魔導具が使われている。


「場所は?」


「問題ありません。一時期私も学園に通っていましたので」


「決まりだな、早速行こう。エノレアもいいか?」


「ええ、主人様と一緒ならどこでも」


「はいはい」


相変わらずいつも通りの頭上のエノレアを軽く流し進み始める。


と、そのとき。


「あ」


エリーゼがぴたりと足を止めた。


「どうした?」


「そういえばエノレアに聞こうと思ってたんですけど、宝物庫って本当に元から開いてたんでしょうか?」


「ええ、ゾフィに言ったとおり、我が辿り着いたときにはすでに空いていたわよ」


エノレアの言葉を聞き、口元に手を当て考え込むエリーゼ。


「それがどうかしたのか?」


「ゾフィは蒐集家として有名でした。そんな彼女が宝物庫を開けたままにするのかと疑問に思いまして。例えば何者かが侵入して開けた、とか」


「……」


「まあ、今となっては過ぎた話ですし、お陰でこの子にも出会えたので。自分から振っといてなんですが、もう忘れましょう!」


自身の細剣に手を添え進み出したエリーゼを横目に、俺はその場に止まった。おそらく同じことを考えているであろうエノレアに呼びかける。


(エノレア)


(ええ、おそらく)


2人が表情に影を落とす。


ここに降り立ったばかりの頃、氷の城の一階会議室で、エノレアの雷によって意識を失ったはずの人物。


俺たちは気づいていた。それが演技だということに。


違和感を覚えていた。下っ端の兵にしてはあまりにも詳しかったのだ。


その時はあえて泳がしていたが、ゾフィと対面して以降は完全に存在を見失った。


いくら教団と蛇という邪魔が入ったとはいえ、2人揃って見失うとは。


思案する様に地面を見つめた俺とエノレアの顔には、三日月の様な笑みが浮かんでいた。





・・・・・・・・


・・・・・


・・・






「ーーーチッ」


外界深度5領域"氷雪砂漠"出口付近を一台の魔導車が走る。


乗車しているのは1人の人物。桃色の髪に猛禽類を思わせる金の瞳、首から左目にかけて2匹の蛇が絡まり合うタトゥーが入った男ーーー"蛇"(リュイ)泰然(タイラン)は背もたれに深く体を預けて、舌打ちと共に顔を顰めた。


先日のアランとの戦闘の末、非常用に携行していた回復薬で一命を取り留めた吕は、動けるようになるまで身を潜めた後、アラン達の目を盗んで戦場を離脱していたのであった。


(......クソ!あのクソババァ共の楽なお守りだと思ってたのが、とんだ大赤字じゃねえか)


ゾフィ達に対する何度目かもわからない恨みを募らせ、未だ思うように動かない腕で強引にハンドルを切る。


(ッてぇなぁ!まだ10箇所以上は骨がイカれてやがる)


吕の脳裏に浮かぶのは宙から逆さまにこちらを見下す覇王の姿。互角以上の戦いをしていたつもりが、知らずの内に偽物と戦わされていたという、あの屈辱感はいつまで経っても薄れることはなかった。


(アイツは負けたとか抜かしてやがったが、今回の殺り合いは完全に俺の負けだ)


吕は自身の左手を翳した。回復薬では完治せず、包帯で覆われたそれは、敗北したことと同時にまた一つ修羅場を超えた証でもあった。


(あの地下洞窟での戦闘の終盤、確実に俺の"引力"は進化していた。今まで異能や技能といった能力ははあくまで戦闘の補助程度に考えていたが、その考えは甘かった。使えるもんはなんでも使わなねぇとアイツには勝てねぇ)


行き詰まっていた己の成長の兆しを感じ、思わず口元に獰猛な笑みを浮かべる吕。久しく忘れていた戦うことの楽しさをひしひしと感じていた。


そのまま運転すること数分。氷の地面が徐々に土に変わり始め、外界と内界を分ける灰色のモヤが見えてきた。


(とにかく、まずはこの傷の治療が先だ。他の奴らに揶揄われるのは癪だが背に腹は変えられねぇ。さっさと帰るかーーーーー)


その時、吕の思考が思わず中断された。


原因は魔導車の前方、100メートルほど先に立つ1人の人物。


ボサボサの髪に無精髭を生やし、極寒の地にも関わらずだぼっとしたスウェットにサンダル姿という軽装の中年の男は、気だるそうにポケットに両手を突っ込んでいた。


(あ?なんだあいつ)


「おーい兄ちゃん、悪いんだけどちょっと止まっーーー」


場違いな人物の登場に訝しむ吕であったが、その男の呼び声が聞こえた途端、容赦なくアクセルを踏み込んだ。


重なった疲労とアランに対するストレスにより、呼びかけ通りに大人しく話を聞くという選択肢は一切無い。


一気に勢いを増した魔導車による突貫はまさに砲弾。


それは狙い違わず、棒立ちする人物を真っ直ぐに捉える。対する相手は動く気配もない。驚きによって動けなくなったのだろう、そう考えた吕はこの後訪れるであろう衝撃に備えた。


「はぁ。よっこらせ」


しかし、その予想に反して男は一切怯む様子なくため息をつくと、緩慢な動作で足元に落ちていた短い木の枝を拾い上げた。


突然の奇行に目を細める吕の視線の先で、男は頭を掻きながらボソリと言葉を紡いだ。


「偽りの聖剣(デミ・エクスカリバー)


発光。


詠唱と同時に周囲が白一色に染まる。


思わず顔の前に腕を翳した吕は、遅れて自身の瞳が捉えた情報に絶句した。


一閃。


気がついた時にはすでに遅く、吕が操縦する魔導車が縦に両断されていた。それだけでは無い。氷の大地に深々と入った切れ目は遥か後方まで続き、巨大な氷山すらも綺麗に割っている。


「ーーー!」


衝撃によって外に弾き飛ばされる吕。コントロールの効かない体が大地に勢い良く叩きつけられた。


「がっ……!」


数秒後、男の左右を通過した魔導車が激しい音と共に爆発した。周囲に焦げた匂いが蔓延し、真っ黒なガスが立ち込める。そんな中、血に伏せる吕の視界には枝がぼろぼろと朽ち果てる様子が映っていた。


男はその枝を落とすと煙を上げる魔導車の所まで歩き、懐からタバコを取り出し火に近づけた。


「人の話はちゃんと聞きなさいって習わなかったかい?」


こちらを振り返った男が口から煙を吐く。


「て、めぇ。氷の城、に、居たな……」


朦朧とする意識の中、吕が睨みつける。


以前何度かゾフィの護衛として、氷の城へ赴いた際に見かけたことがあった。


「あー怖い怖い。あんまりおじさんのことをいじめるんじゃないよ」


その言葉に反して落ち着いた様子の男は、吕のすぐそばまで近づくと、上から見下ろした。


至高の魔術師(プリマウィザード)、エルオットだ。先生からの命で悪いんだが、君を連れて帰らないとダメらしい」


エルオットと名乗る男は球状の上級回復薬をむりやり吕の口にねじ込むと、踵を返し内界へと向かい始めた。


「ほれ、これですぐに歩けるようになるだろ。あー、さっきの魔道車斬らなきゃよかった。歩くのめんどくさ」


タバコをふかしため息をつくエルオット。


その背後に、


回復した吕が無言で迫る。


「ったく聞き分けが悪いね」


直前で気付いたエルオットは振り向きざま咄嗟に躱そうとしーーー体に違和感を感じた。


「お?」


その場から動くことができず、寧ろ吕の左手に引き寄せられ、僅かに目を見張るエルオット。


「舐めんな三下ァァァァアアアアァァ!」


異能"引力"で回避を封じ、回転を加えた掌底で急所を貫く。


あの覇王でさえ回避不能だった必勝パターン。


もはや常人には目で追うことすらできない速度で放たれた一撃は、棒立ちのエルオットの懐へと吸い込まれていきーーー






「あ、もしもし。予想通りやっぱりダメだったよ。ーーーそうそう、まったく人の話を聞かないし、人じゃなくて猛獣なんじゃない?とてもじゃ無いけどウチで飼い慣らすのは厳しいと思うよ」


小型の通信機に向かってエルオットが話しかける。


「ーーーそうだね。まあぼちぼち戻るとするよ。それで他の人達はもう戻ってるのかい?ーーーははは。まあすぐに帰ってくると思うよ。ーーーうんうん。それじゃあ」


電話を終えたエルオットはタバコをふかすと、足元に視線を落とした。


「さっきのあれは正直驚いたよ。まだまだ発展途上っぽいし、もし君があの覇王と戦わずに万全な状態だったとしたら……うーん、おじさん負けちゃってたかも」


そこにあったのは、自らの血で真っ赤に染めた大地に横たわる吕の姿であった。





・・・・・・・・


・・・・・


・・・






探索都市オルンティア。初級から上級まであらゆる領域へのアクセスが容易で、数多の装備やアイテムが集うその地は、日々多くの探索者が集まる。


その中の酒場の一角では、深夜にも関わらず探索帰りの人で賑わっていた。


命懸けの探索を終えた自分へのご褒美として、ジョッキに並々と注がれた酒を豪快に飲み干す男達。


種族問わず肩を組み、ある者は歌を歌い、またある者は踊りを踊る。


しかし、そんな一見隙だらけに見える彼らの平均ランクはC〜Bと高く、それぞれが一級品の装備を身につけていた。


おそらく獣人だろうか、猫耳と尻尾を生やした若いウェイトレスが、注文を受け忙しなくテーブル間を行き来している。


そんな煩くも明るいロビーから少し離れたカウンターに、どかっと音を立てて男が座った。


「お嬢ちゃん、そんなところで寂しく飲んでねぇで俺と飲もうぜ」


声をかけられた女性は男に視線を向けると、にこりと微笑む。


腰ほどまである青みがかった灰色の髪を高めのハーフツインにし、デフォルメされたドクロマークの大きなヘアピンで止めている。首には黒いチョーカーを付けており、また左右それぞれの耳にある複数のイヤリングが頭上のライトを反射させ輝く。フードのついたオーバーサイズの服の袖から僅かに見える白く細い指には、黒と金の派手なネイルが施されていた。


そんな個性的な格好であったが、本人の容姿が優れていることもあり、男は一切気にしていなかった。むしろ自分に向けられた笑みによって頬を赤く染め、だらしない笑みを浮かべている。


「えー?どうしよっかなー」


女は机に肘をついた状態で手に持っていたグラスを左右に振る。氷がカラカラと音を立てた。


「お兄さんがウチにご馳走してくれるならいいよ」


開いた口から僅かに見えた舌先に、丸いピアスがついている。


「……っ!あぁ!もちろんだせ!マスター!この子に一番いいヤツを頼む!」


「キャー!お兄さん素敵!」


すでにほろ酔い状態の男は、さらに気分が高揚していく。


2人で会話を続けること10分。互いに一息ついたタイミングで女が訊ねた。


「ねぇ、お兄さんは"常勝の誓い"っていうパーティのこと、何か知ってる?」


「ーーーんぁ?あー……」


「ーーー」


声を詰まらせるその姿から、おそらく期待した答えが返ってこないのだろうと見切りをつけた女は無言で席を立った。


その女の冷めた表情を目にした男は慌てて声を上げる。


「っ!あぁ!あいつらのことか!思い出した!」


「……ほんとに?」


「あぁ、かなり前のことだったから記憶が曖昧でな」


「ーーー」


じっと、男の目を見つめた女は再び席についた。その様子を見た男はほっと胸を撫で下ろした。


「それで、何でもいいから知ってることを教えてくれる?」


「教えるのはかまわねぇが、探索者っつうもんは情報が命。ただでおしえるわけにはいかねぇ。そうだな、あれの勝者の予想が当たった方の言う通りにするっていうのはどうだ?」


女は無言で指を刺す方に視線を向けた。


2人の視線の先では、大きな木製の樽を中心に人だかりができていた。場を仕切っている男の話によると、賞金付きの腕相撲大会が行われているらしい。


ルールはシンプル。チャンピオンを名乗る大男に腕相撲で勝てば、隣に置かれた大きな樽に入った賞金がもらえる。


「ほら、ちょうど次の試合が始まるぜ……って、これはダメだ。どう見てもチャンピオンの勝ちだろ。賭けにならねぇ」


人だかりの中心で、チャンピオンと対面するのはまるでカマキリのように細長い体をした男だった。背は互いにそれ程変わらないものの、ほとんど筋肉がなくひょろっとしている。七三分けにした艶のある黒髪がキッチリと揃っており、やや釣り上がった細い目をしている。足元には大きなアタッシュケースが置かれていた。


「ありゃあどっかのぼんぼん貴族か?あの細い身体は探索者じゃねえだろ。冷やかしか、それともただのバカか……どっちにしろ秒殺だな」


「ならウチはあのメガネ君にかけるね」


「ーーーっておいおい嬢ちゃん!俺の話聞いてたか?それはわざと負けに行ってるようなもんだぜ。もうじきに始まる、ほんとうにいいんだな?」


「もちろん」


この女はもしかして俺に気があるのではないか。


わざと負けようとしてるのかも。


と、自身に都合の良い妄想を広げる男。視線を斜め上へと向け、ニヤニヤの気味が悪い笑みを浮かべる。


そんな中、


ヒラヒラと。


男の周囲を場違いに美しい白い蝶が舞っていた。


カウンターを挟んだ先にいるマスターが不思議そうな目を向けるものの、興奮状態の男は一切気づく様子はない。


女はまるで緊張した様子なく、頬杖をつくとまるで世間話をするかのように、声をかけた。


「じゃあ、ウチが勝ったらお兄さんの命を貰うからね」


「ああ、もちろんいいぞーーーえ?」


反射的に頷いた男が女に話しかけるよりも早く、勝負が始まった。




酒場の一角。円状に観戦する探索者達の中心で、自らをチャンピオンと名乗る人物は首を傾げていた。


樽を挟んだ先で立つ男。


筋肉のない痩せこけた体からは一切の覇気を感じない。先ほど試合をしたE級探索者の方がまだマシだと思える程に。


「両手で」


「ん?あぁ、まあ君なら両手でも問題ないとは思うが、一応ルールは片手ーーー」


「両手でするのは貴様だ」


(は?)


目を見張るチャンピオンはその場に硬直する。


「何を呆けている?早くしろ。これだから低能は会話が疲れるのだ」


男はメガネを外すと左手で握りしめる。


そして、そのまま右肘を樽につけた。


一拍置き、会場がざわめきを取り戻す。


メガネ男の無謀さに吹き出す者も少なくない。


「だっはっは!おもしれぇこいつ!」


「チャンピオーン!あんた負けちゃうかもな!ははははは」


「だれかチャレンジャーに賭けるやつはいねぇのかよ!もちろん俺は嫌だぞ!」


チャンピオンは自身に飛んでくるヤジに舌打ちをすると、樽に右膝をつく。


「舐めんなよてめぇ」


そして司会者にぶっきらぼうに催促を促す。


「おい、早くしろ」


「よ、よし。それじゃあ3カウントでスタートだ!一発勝負だからな、やり直しは無しだ! ほら、会場の皆様方!一緒にコールを頼む!せーーの!」


「「「「「「3」」」」」」


「おいメガネ。あんまりイキんじゃねぇぞ」


「ーーー」


「「「「「「2」」」」」」


「一瞬で楽にしてやるからよ」


「ーーー」


「「「「「「1」」」」」」


ゼロ


「じゃあなーーー」


「ーーー筋・肉・魔・法!」


カウントゼロの合図と同時に男の体が一気に膨張し、衣服がはち切れた。中から現れたのは鋼の筋肉。


「ンンンンンンンンンンッッ!」


次の瞬間、チャンピオンの視界が反転した。


「は?」


足が地面から離れ、仰向けで天井付近まで浮き上がる大男。


「……は?」


自由を失った体はすでにコントロールを失い、木製の樽へねじ込まれる。


「マッッッッッスーーーーーールボムッ!」


ミシッ。


樽とチャンピオンが接すること僅か一秒。


バギャッ。


そのままタルを砕き、間抜けな顔をしたチャンピオンは床へと叩きつけられた。


鈍い音を立てた男はボールのように何度も床を跳ね、やがて料理を乗せたテーブルに突撃して停止した。


「ーーー」


静まり返る会場。


勝者の決まりきっていた出来レースに、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべグラスを掲げたまま停止する観客たち。


彼らの視線を一身に受けた男は、先ほどの衝撃で倒れたのだろう、ツボから転がってきた金貨を摘むと拾い上げた。


「ふん。なんだこの程度か。探索都市といっても所詮は低能の集まり。大したことないな」


言葉を吐き捨てると人差し指と親指だけで金貨を半分にへし折った。


「何だとてめぇ!」


「ぶっ殺すぞ!」


あまりの言われ様に腹を立てた探索者たちが男に掴み掛かる。


しかし、それぞれを片手で弾くとそのまま顔面を掴んだ。


「「なっ!?」」


足が地面から離れる。


左右それぞれ1人ずつ掴んだまま、上へと掲げる男。周囲はそんな様子に驚愕し、誰も言葉を発せない。


「く、そが!」


「やめ、離せ!!」


耐え難い痛みにその場で暴れる探索者。しかし、どれだけ叩かれようともぴくりとも動かない。


「が、があぁああああ」


「や、やめ……」


「お、おい!もうやめろ!!」


観戦していた他の探索者が呼びかけるも、男は一切反応せず、むしろ力を強めていく。


そして、あっさりと。


パチュッ。


聞いたことのない音を立てて、男たちの顔を握りつぶした。


「魔法とはパワー。パワーとは筋肉。つまり魔法とは筋肉である!!」





「な、なんだあいつ……やべぇ」


先ほどまで賭けをしていた男は、騒ぎに便乗していつのまにか女が席を立っていたことに気がついた。


「嬢ちゃんはどこに……」


代わりに周囲を飛び交う、無数の白い蝶。その数はいつの間にか酒場内の至る所に姿を見せていた。


「あ、なんでこんなとこにーーー」


ざわざわと声が行き来する中、入り口付近に先ほどの女を発見した。


「おい!嬢ちゃーーー」


こちらを肩越しに振り返る女。隣には先ほどのメガネ姿の男が並ぶ。先ほどとは異なり、チャンピオンとは比較にならないほどの筋肉を身に纏っている。


女はこちらに視線を向けるとウインクと共に口を開いた。


「じゃあね〜、ご馳走様。獄炎蝶(ごくえんちょう)、"起爆"」


瞬間、部屋を満たしていた蝶達の羽にドクロ模様が浮かびあがり、

大爆発を巻き起こした。





燃え盛る酒場から2人の人物が姿を現す。


あれほどの爆発の中にいたにも関わらず、両者とも一切の汚れが見受けられない。よく見ると全身を覆うように半透明の膜がかかっていた。


「残念、ここもハズレだったか〜」


「全く、とんだ無駄足だったようだな。これなら家で腕立て伏せでもしていた方が100億倍有意義だった」


ボロボロと膜が崩れていくのを横目に、男は大きなアタッシュケースを開いた。中にあったのはびっしりと等間隔に敷き詰められたメガネ。そのうち一つ取り出し着用した。


「いっつも思うんだけど絶対そんなにいらないでしょ」


「必要に決まっているだろう!これだから凡人は理解に苦しむ」


「あれー?キミよりウチの方がトータルスコアは高かったはずだけど?」


「……無駄話は辞めてさっさと学園に戻るぞ。先生を待たせるな」


「っ!あはははは。やっぱキミ、面白いわー。何なのあの暴論。魔法が筋肉なわけないでしょ」


「黙れ。それ以上口を開くな」


148名。


これは翌日、探索都市内で報じられたニュースが報じたたった一晩のうちに意識不明の重体、もしくは死亡した探索者の数である。


犯人の特定には至ってないものの、被害者は皆揃って同じことを離すのであった。


至高の魔術師を名乗る男女2名に襲われた、と。





・・・・・・・・


・・・・・


・・・







大粒の雨が屋根を打ち付ける音が室内に響く。


昼にも関わらず辺りは灰色に薄暗く染まり、曇天の空では時たま稲妻が走る。


ずらりと並ぶ大小様々な建物からは、一切の物音が聞こえず不気味なほどに人のいる気配がない。


そんなどこか重苦しい街の風景を、1人の人物が窓から眺めていた。


「先生、至高の魔術師(プリマウィザード)全員との連絡がつきました。遅くてもあと1週間以内に全員が揃うと思います」


「わかった。ありがとうルドくん」


学園都市のとある一室。培養液に満たされた巨大な半透明の硝子の前に立つ人物は、入り口から投げかけられた声に応じる。


「やめてください。それはもう既に使用済みなんですから」


ルドと呼ばれた青年が頭を左右に振った。


「はっはっは、すまない。どうしても記憶から抜けなくてね。今回は学生の時から合わせて一番長いこと使ってたんじゃないか?」


「ええ。なかなか変えるタイミングがなく……。それに私も少し気に入っていたもので」


振り向くことなく話を続ける。


「そういえばキミは覚えているかい。王都で起きたあの出来事を」


「もちろんです。この目で直接拝見してきましたから」


遡ること2年前、王都ハインルッツェにて大規模なクーデターが起こった。王の独善的な統治に限界が訪れた民や兵たちが立ち上がり、王都騎士団や正教会との激しい争いが繰り広げられた。長きにわたる戦いの末、正教会のトップであった聖女が敗北し、当時の王も交代となる結果に至った。その大事件はあっという間に世界に広がり、多くの人を騒がせたのであった。


「ーーーと、表向きにはこのように報道されているが真実は異なる」


「ええ、あれは審問官たちによる偏向報道です。おそらく隠したい情報があったのでしょう」


「仮に真実が漏れたとして、信じる者はほとんどいないと思うけどね。たった1人の兵士によって、王都騎士団、正教会の両陣営が敗北した、それも僅か半日で、などと」


「先生のおっしゃる通りです。当のロイス=ヴァルフリート氏はその前から行動に注意しておりましたが、とてもそのような力を秘めているとは思えませんでした。やはりどこかのタイミングで至ったようです」


「それにしてもキミが撮ってきてくれた選定者同士の戦いは大変興味深かったよ。あれはまさしく理不尽の押し付け合いだった」


記憶を思い出すように目を閉じる。


「ここ数年、立て続けに選定者が誕生している。これまで私が認知していた聖女、正義執行、黄金帝に加えて、王都の鬼人を筆頭に、大和大国の千剣や未来都市の創造者、中亜共和国の暴獣......。今まで秘匿されていた選定者という存在が公になりつつある。まるで天が何かに備えているように」


推し黙る青年に対して言葉を重ねる。


「王都は聖女率いる聖協会という大きな力を失い、彼らによって保たれていたこれまでの均衡は完全に崩壊した。日陰でこそこそしていた教団の連中も日に日に目立った動きをするようになってきた」


無数の管に繋がれ目を閉じ、全身を脱力させ培養液に浮かぶ人物をガラス越しに触れる。


「長かった研究もようやく最終段階に差し掛かる。我々もそろそろ動くとしようか。新たな時代に置いていかれる前に」


灰色の空に、巨大な雷が轟いた。





ep.3 氷の魔女 完































とある未開拓領域、通称深層領域、又の名を深度0領域。空を覆い隠すほどに巨大な木々が生い茂る森の中を、タイヤの無いバイク型の魔導車 ー魔導零輪車ー が音もなく走っていた。ハンドルを握るのはゴーグルをつけた1人の少年。


漆黒の髪が風で靡く。


ギチ。


腕時計と小さなポーチ以外は何も身につけていない軽装姿で、他の探索者から見れば命知らずだと呆れられるだろう。


ギチギチ。


ギチギチギチギチ。


爪で黒板を引っ掻いたような不快な声が暗い森に反響する。


少年はゴーグル越しに背後を振り返った。先ほどから後方100メートルほどの距離から徐々に迫ってくる怪物がいるのである。


くねる長い肢体、鋭利な無数の足、鋼の装甲。


見上げるほどに巨大なムカデ。おそらくギルド未登録であるそいつは、少なくともA級を凌駕していることだけは分かる。その証拠に怪物が通過した道には様々な種類のC〜B級モンスターの死骸が切り裂かれ、噛み砕かれ、無惨な姿で転がっていた。


黒い艶のある背は鋼よりも硬く、先ほどから木々を薙ぎ倒しているにも関わらず一切の擦り傷がない。その躰は薄暗い森の中で妖艶に輝いている。


少年と怪物の追走劇が続くこと数分。


やがて、両者の距離が数メートルまで縮まった。


ギチギチと不快な声を上げ今にも飛びついてきそうな巨大ムカデ。大きな口から垂れた酸性の唾液が地面を溶かす。


対する少年は、乗っていた魔導零輪車を反転し停止させると、その場でゴーグルを上にずらした。中から現れたのは燃えるように煌めく真紅の瞳を有した右目と、黒い眼帯に覆われた()()


落ち葉が敷き詰められ、ぬかるんだ地面に降り立ったその少年は、何かを確かめるように()()を軽く握ると、落ち着いた様子で口を開いた。




「ーーー能力上昇(ブースト)








ーーーとある少年は帰還する。













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