20 これぞ旧時代の頂
「へぇ……それがてめぇの真の姿って訳かよ。ゆっくり待ってやったんだ、これでクソショボかったらすぐに殺すぞ」
視線の先にいる、漆黒の鎧を纏った人物ーーーアランの姿を見て、戦闘体制を取った蛇は口元を上げる。
少し前までの子供の姿とは異なり、自身より頭2つほど高い身長に長い手足。
魔法にあまり精通していない己ですら感じる、まるで広大な海を思わせるほどの莫大な魔素。氷の魔女と呼ばれるエリーゼよりも遥かに膨大なそれは、魔法を扱う者であれば思わず道を開けるだろう。
実際に、数ヶ月ほど前に戦ったとある魔法使いよりも圧倒的に脅威に思える。
しかし、自身は魔法使いではなくただの傭兵。
結局は最後に生きていた方が勝者。
どれだけ化け物じみた魔素を持っていたとしても、この手で心臓を貫けばそれで終わる。
(アイツが使う魔法は未知数。長引く前に一撃で決める)
獲物を狩る猛獣の様に構えた傭兵は、少し離れた位置で佇むアランを見据え、大地を蹴った。
「ーーー」
一切の油断なく突撃し、対象の命を刈り取ろうとしていた蛇。
狙いを定めて一歩目を踏み出したその時、思わず戸惑いの声をあげ、体がぴたりと止まった。
自身の顔を覆うように影が刺す。
遅れて気づく、それが目の前に立つ男によるものだと。
互いの息づかいが聞こえるくらいの至近距離に、笑みを浮かべた覇王が立っていた。
(ーーーあ?)
約10メートル。速さに自信があった蛇よりも速く、なんの予備動作もなくアランはその距離をゼロにした。
「!?てめぇーーー」
瞬時に状況を理解し、右手による突きを繰り出すより早く、アランが拳を振り下ろした。
「おおおおおおおっ!?」
両目を見開き、驚いた表情を見せる蛇。
咄嗟の回避によってアランの右下段突きが鼻先を僅かに掠め、地面に叩き込まれた。
その鋭い一撃は氷の大地に大きな亀裂を生じさせる。
アランの拳を起点に蜘蛛の巣状に長く、深々と刻み込まれたヒビはあっという間に大きくなっていく。
やがて。
大きな音を立てて周囲一体が崩れ、2人を巻き込んで落下していった。
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
天井の水滴が岩盤を打つ音が響く。
水源が近いのだろう、壁の奥から僅かに水の流れる音が聞こえる。
大気中の魔素を吸収して発光する魔光石がライトシアンの輝きを放ち、暗黒の地下世界を幻想的に照らし出す。
アランが落ちた先にあったのは氷点下の大広間。氷城のちょうど真下、深度約30メートル付近に巨大な洞窟が広がっていた。
頭上に広がる大穴は果てしなく先まで続いており、僅かに夜空が見える。飛行手段がなければ地上まで戻るのは厳しいだろう。ーーー尤も、浮遊魔法を使える自分であればなんの問題もないのだが。
「おい、自称覇王さんよぉ」
自身の正面、少し離れた所から蛇の声が聞こえ、アランはそれまでの思考を中断した。
目の前に立っていたのは先ほどまで戦っていた蛇。今の落下の影響か、体の至る所から出血している。だがその顔には相変わらず獰猛な笑みが浮かんでいた。
「いやー、久しぶりのこの体にテンションが上がってつい力み過ぎたわ」
すまん、と片手で謝るアランの鎧には一切の汚れはなく、漆黒の鎧が魔光石の輝きを反射させる。
「ケッ!いちいち勘に触るヤロウだぜ」
そう言いながら、首に手を当てバキバキと音を立てる。いつの間にか靴を脱ぎ捨て素足になった蛇は指先を地面に食い込ませ、這いつくばるような戦闘体制をとった。
「仕切り直しだクソが。さっさとテメェを始末してあのカエル女に金もらって帰るわ」
「せっかくの殺り合いだぞ、もっとゆっくり楽しーーー」
爆進。
音を立てて大地を蹴った蛇は壁や床、天井を縦横無尽に駆け回る。
アランを中心にまるで檻のように閉じ込め、その動きは徐々に加速して行く。
やがて完全に視線を置き去りにし、ガラ空きとなった後頭部へ回転踵落としを繰り出した。
一切の魔法を行使しないシンプルな体術。にも関わらず魔法により身体能力を強化した人物を遥かに上回る速度と力が乗算し、蛇の体は触れるもの全てを粉砕する砲弾と化す。
「シャア!」
しかしーーーその攻撃は届かなかった。
乾いた音が鳴り響く。
勢いを消された蛇が見たのは振り向くことなく己の足を掴む灰色の手甲。
「ふん!!」
「ッッツッッ!?」
顔面に迫る大地。
片手で叩きつけられそうになった蛇はもう一方の足でアランの手を弾き、受け身を取った。
そのまま勢いを殺さずに起き上がり、再び大地を蹴る。
「シャアアアアアアアアッッ!!!」
気迫のこもった無数の掌底がアランへと迫る。
全てを迎え撃つ中、顔面へと叩きつけようとしていた一手がぴたりと止まり、蛇のようなしなやかな軌道で腹部へと狙いを変えた。
迎撃されることを予測してのフェイント。
類稀なる体術のセンスに僅かに目を見開いたアランはその一撃を躱そうとしーーー。
「甘ぇな」
胸を中心に何者かに引っ張られ、ピタリとその場に静止した。
直後重い衝撃が体に響き、覇王が爆ぜた。
「ーーー」
大広間の中心から端まで吹き飛ばされたアランが壁に直撃し、地下全体を揺らす。
天井から氷の破片がボロボロと崩れ落ていく。
そんな状況で掌底を繰り出した姿勢のまま静止した蛇は、一つに纏めた桃色の髪を揺らしながらゆっくりと構えを解いた。
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・・・・・
・・・
「ーーーなるほど」
氷壁に背中を預けて座り、周囲の魔光石によって全身を青白く照らされながら、俺は小さくつぶやいた。
柔軟な体から繰り出されるあらゆる体術。まるで獣のような嗅覚が可能とする急停止によるフェイントに加え、異能"引力"を用いた回避不能の一撃。
超攻撃型の戦闘スタイルこそがまさしく奴の真価なのだろう。
ひたすらに自身の得意な近接戦闘を相手に押し付け、反撃させる隙なく命を刈り取る。
猛獣が獲物を狩るように一方的に。
ならば遠距離魔法で奴の間合いに近づかずに仕留めるのが最も合理的な対処法ではあるがーーー
「つまらん」
ため息と共に無意識のうちに発動しかけていた氷魔法をキャンセルし、俺の顔に不満が溢れる。
旧時代でも通用するほどの卓越した実力。おそらく奴がそこに至るまでに積み重ねた鍛錬は計り知れないはず。そんな強敵に対して、部が悪いからと甘えた理由で避けていいだろうか。
ーーー否、否否否!!
俺は誰だ?
旧時代の王、"覇王"だろう。
これまでがそうであったように、窮地こそ最大の好奇。
奴の戦闘技術を全て吸収し、正面から完膚なきまでねじ伏せる。
それこそ俺が歩んできた覇道。
そんなことを考えながら体を起こした俺は、正面を見据えたまま立ち上がり、足を踏み出した。
1歩、2歩、3歩。
ゆっくりと、されど堂々と。
外套を翻し、まるで王の斡旋のように傲慢に歩みを進める。
やがて大広間に戻ってきた俺は、その中心でこちらを睨む蛇へとさらに向かう。
「ーーーてっきりてめぇも遠距離で魔法をぶっ放して来ると思ったんだが、他の奴らとはちげぇみたいだな」
そう口にし、蛇は楽しそうに笑う。
「オレが今まで殺ってきた奴らはみんなそうだった。魔法を使えないオレのことを勝手に格下だと決めつけ見下し、好き勝手に騒ぐ。そのくせ自分が負けそうになった途端に野蛮だ、卑怯だと喚きやがる」
過去の出来事を想起するように虚空を眺めていたかと思えば、金色の瞳がギュルっと動き、こちらを捉えた。
「違うよなぁ。あいつらはスポーツでもやってるつもりか?オレらがやってるのは命を賭した殺し合いだろうが。そこにはルールなんてものはねぇ。自分が持ってるもんを搾りカスになるまで全て出し切って最後に立ってた奴が勝ちだ」
2人の距離は5メートルを切るが、俺の歩みは止まらない。
「別にオレに合わせて戦えなんて言っちゃいねぇ。テメェの殺り方を押し付けられなかった癖にぐちぐち言い訳するんじゃねぇって言ってんだよ......なぁ、お前ならわかるだろう」
「あぁ、全くもって同意見だ」
1メートルを切り、互いに手を伸ばせば届く距離でようやく静止した。
「ーーーーー」
流れる沈黙。ピリピリと肌を指すような緊張感が、俺にとっては堪らなく心地が良い。
まるで示し合わせたかのように2人が同じタイミングで動いた。
超絶近距離での殴り合い。
目線を合わせたまま、互いに防御する事なく放たれた拳や掌底が相殺し合う。
「シャア!」
蛇が繰り出した掌底が不自然に静止した。
しかし、先ほどとは異なり俺はフェイントに釣られる事なく、本命の右膝蹴りを左手で受け止めるとさらに一歩踏み込んだ。
「ふっ!」
放ったのは速度重視の右拳。手首のスナップによってまるで鞭のようなしなやかさで蛇の顔に向かう。
僅かに目を見開いた蛇は首を捻って躱ーーー
「!?」
鼻先でぴたりと止まる俺の拳。するりと軌道を変えたそれは、完全に隙を見せた蛇の腹部を撃ち抜いた。
「ーーーが、ぁ……!?」
目を見開いた蛇の体がくの字に曲がり、僅かに浮かび上がる。遅れて鼻と口から血が吐き出された。
その吐血を顔の前に翳した左手で受け止めた俺は、続けてアッパーを繰り出した。
しかし、その一撃は不発に終わる。
鼻と口から血を流しながらも笑みを浮かべた蛇が、顔の横に手を伸ばしたかと思えば、そこへ引っ張られるように俺の拳が流れたのである。
その拳を蛇は虫を払うように軽く弾くと、頭上から頭を振り下ろした。
鈍器が衝突したような鈍い音が響いた。
(ーーーやはり、厄介な異能だな)
体を後方に仰け反りながらも、瞬時に背中から地面にまっすぐ氷魔法を生成して体を支える。
と、同時に着地した蛇の足にも氷が広がり動きを固定した。
「氷魔法!?」
さらに背中の氷魔法を伸ばして振り子のように起き上がった俺は、お返しとばかりに腕を組んだまま、奴の顔面にヘッドバットを放った。
「ガァア!?」
鈍い痛みにふらつく蛇。
しかし、その後の攻撃は引力によって左へと逸らされる。
(頭突きが通ったということは、おそらく異能の連続使用は不可能。おそらく数秒のクールタイムがあるはず)
異能"引力"の使用頻度が上がり始めていることから、徐々に蛇に余裕が無くなってきていることが分かる。
(つまり、決めるなら今!)
蛇の右手に引っ張られた俺の左手による突きを強引に引き戻し、続けて右手を突き出した。
先ほどの速度重視の拳とは異なり、決着を付けるための全力の一撃。
腰を落とし、全体重を乗せたボディーブローが蛇の脇腹へとーーー。
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
得意分野である体術、それに異能"引力"を加えた独自の戦闘技術。気の遠くなるような修練の末に得た力は、今まで無敗を誇っていた。
この瞬間までは。
全てを出し切ってなお正面からねじ伏せられるという、生涯初めての体験。
獲物を狩るつもりが、いつの間にか狩られる側へと。
クールタイムによって異能を使えるまで残り5秒。そのわずか数秒が、気の遠くなるほど長く感じる。
その間に迫る奴の拳。確実にこちらの命を断とうとしていることが分かるほどに力のこもった腕。
だめだ、防御が間に合わない。
これが、敗北ーーー……
『もう、そんな顔しないの』
ーーあ?別に普通の顔だろうが。何勝手なこと言ってやがる。
『ほら見て!私は大丈夫だよ?こーんなにも元気だから、ね?』
ーー舐めんな。テメェに心配されるほど弱くねぇ。
『......ばか、それで兄ぃが傷ついちゃったら......私......』
ーー心配すんな、オレがなんとかしてやるからよ。
『そんな風に言われたら......期待しちゃう...よ......』
ーーーククッ。大船に乗ったつもりで待っとけ。すぐにテメェの医療費を揃えてやるから。
『......わかった。でも約束して。勝手に死んだら怒るから』
ーーーあぁ、約束だ。オレは負けねぇ。
カッ、と蛇の瞳が大きく見開かれる。
「ッツ!舐めんじゃねぇぇぇぇぇえ!!」
「!?」
蛇が翳したのは左手。それをアランが視認すると同時に、ぐいっと全身が引っ張られる。
左右の手による異能の連続使用。
この窮地において、蛇の異能が殻を破り次の段階へと進化を果たす。
「シャァァァァァァァァア!!!」
顔中から血を出しながら気合いと共に放たれた蛇の突き。手首を回転させ、まるでドリルのように螺旋状に回転する右腕。
それは決着のつもりで放った攻撃の反動により、硬直するアランへと真っ直ぐに向かい、
漆黒の鎧ごと体の中心に深々と突き刺さった。
(殺った!)
視線の先にあるのは鎧を貫くオレの腕と、僅かに目を見開いた覇王。
強かった。今までやってきた相手の中では群を抜くほどに。
久しく忘れていた戦うことの楽しさを存分に感じた。最高の時間だった。
そして、オレの異能は進化を果たした。
まだまだ強くなれるという可能性を感じる。
アイツの為にまだまだ戦える!!
……踏み台となってくれたコイツには感謝しないといけねぇな。
尊敬の意を込めてこの腕を引き抜き、一思いに殺してやろう。
「ーーーあ?」
まてよ。
なに、笑ってんだコイツ……ッツ!?
腕が抜けねぇ!
それになんだこの感覚は、人体を貫いた感覚じゃねぇ!この冷たさといい、まるで氷を……!?いや、まさかーーー。
「ーーーまいった、完全に俺の負けだわ」
今にも命の炎が消えるはずの男が何ともないように、軽いトーンで口を開く。しかし、その言葉とは裏腹に俺の腕をガッシリ掴んだまま離さない。軽く引くが動く気配がない。
さらに驚いたことに、俺の腕を起点に奴の体にヒビが入っていく。
「最後にやられたのはあれだ、たしかあの龍人とやり合った時だったか」
楽しそうに話す男の体から色が落ち、薄い青色の塊が現れていく。
それは氷。やがてピシピシと音を立てて崩れ始める。
「てめぇ……一体何時から」
オレの声が届くより早く完全に奴の体が崩れ、その背後に巨大な氷の拳が出現した。
天井まで届くほど大きなソレは、まるで意思を持つかのようになめらかに動き、
刹那。
重い衝撃と共に視界が真っ白に染まる。
意識が戻った時には既に地上よりも遥か上空。眼下には氷の大地と小さくなった氷の城が見え、この領域全体を一望することができる。
「……が、ぎっ……!?」
たった一撃で全身の骨が砕けたのだろう。軽く力を入れるがぴくりとも動かせない。
なんだ、一体何が......。
痛みと衝撃によって混乱するオレの視界に、1人の人物が写る。
一切の汚れのない漆黒の防具を身に纏い、王冠を携えたその男は、上下逆さまに氷の玉座に腰掛けていた。
豪勢な肘置きに頬杖をつき、重力に沿って雪のように白い髪を垂らしこちらを見下ろすその傲慢な姿はまさに王。
そいつは未だ理解が及ばないオレへと話しかける。
「蛇、お前の名は?」
夜空に縫い付けられたように動くことのできないオレの口から自然と言葉が溢れる。
「吕。吕泰然」
覇王は満足げに頷くと、ニヤリと口の端を上げた。
「呂か、覚えたぞ。この覇王に勝利したお前に、褒美として見せてやろう。これが旧時代の、そして魔法の頂!」
肘をついたまま人差し指と中指を立て、空へとかざす。
「ーーー」
数秒後、そこに集まったのは莫大な青白い光。
オレが生まれてから今に至るまで見たことのないほど膨大な魔素であった。
それはやがて巨大な人の像へと姿を変えていく。
城など比較にならない程に大きく、左右二つの顔に4本の腕を持つその像はゆっくりと立ち上がるとその内の一つの腕を大きく後方に引き絞る。
その予備動作だけで嵐のように風が吹き荒れた。仮に覇王によって宙に浮かされていなければ容易に吹き飛ぶほどに。
「久方ぶりの強者との戦いに敬意をーーー覇級魔術其ノ十禄、"獄大亜天門金剛力士阿吽両神像"」
覇級魔術ーーーそれは各魔法を限界まで極めた覇王がさらなる修練の末に得た、唯一の固有魔法。
満点の星空に浮かぶ巨大な石像。その意思のない無機質な瞳が吕という蟻よりも矮小な存在をはっきりと捉えた。
「バケモンかよ……」
次元が、違う。さっきまでの戦闘が子供の遊びに感じるほどの絶望感。奴は負けたと言っていたが、これではどちらが敗北者かは明白。
「ははっ……こいつは本当に割に合わねぇ仕事だったな……恨むぜあのクソカエル女」
ポツリと呟いたオレは動かない腕を強引に動かし、夜空に逆さに座る覇王へと中指を突き立てた。
「アラン、次は殺す」
「ああ、次は勝つ」
今のオレが出来る唯一の挑発を噛み締めるようにゆっくりと頷くと、対する覇王は親指を下へと振り下ろす。
ーーーわりぃ「 」、オレの負けだ。
密かに心の中で病室に横たわるアイツに謝ると、残っていた力を全て抜き目を閉じた。
完敗したからだろうか、悔しさはあるものの自然と顔には笑みが浮かんだ。
直後、大きな音を立て隕石を思わせる一撃がオレを捉え、氷の大地へと深々と突き刺さったのであった。




