02 白キ領域
ギルドアルカナ支部、通信室にて。
「ーーー以上が紅き戦線の深層探索記録となります。」
「......」
ギルドアルカナ支部長、ノートス=メイナードが報告を終えると、モニターに表示された会議の場が沈黙に包まれた。
「......メイナード、この記録は誠か?」
「はい、データに異常は見られませんでした。紅き戦線の所在につきましても未だ確認が出来ていません。」
ギルド本部長による質問に対し、彼女は冷静に答える。
「紅き戦線ってたしかA級パーティーでも中堅クラスだよな。音沙汰無しってまじかよ...。」
「...報告にあった白って何でしょうか。音も聞こえなかったとか。」
「マレヒト氏の最後の言葉、なんか変じゃなかった?」
「うちのギルドB級までしかいないんですけど...大丈夫かな。」
「だから深層の開拓は反対なんだよ。圧倒的にデメリットの方が大きい。」
「しばらく古翠ノ原生林自体への探索を禁止すべきでは?」
モニター上でギルド支部長達が各々騒ぐ様子を見たメイナードは思わす額に皺を寄せる。
「静かに!貴方たちギルドのトップが慌ててどうするの!?部下に示しが付かないわよ!」
「メイナードの言うとおりじゃ。しっかりせい!」
メイナードとギルド本部長による叱咤により場が静まる。
「とにかく、一度本部で対応を考えます。本日中に対策をまとめて明日には各支部へ通知を送りますので、臨機応変に対応してください。」
「メイナードよ、些細なことでも報告を怠るでは無いぞ。」
ギルド本部副長、本部長による言葉を最後に、通信が終了した。
「......はぁ。」
暗くなったモニターの画面に映った自分の顔を見てメイナードはため息をついた。
開拓都市として近年急激に名を挙げてきたアルカナ地区。その領主にして最高責任者であり、部下からは頼れる上司として、尊敬の念を抱かれてきた彼女は珍しくその表情に陰を落とした。
(皆にはああ言ったけど、これからどうしようかしら。)
どれだけ優秀といえど彼女はまだ20代。過去に類を見ない状況に不安を感じていた。
(一人でうじうじ考えていてもだめね。本部から連絡が来るまで切り替えて仕事しないと。)
黒縁のメガネをくいっと整えつつ、各ギルドと連絡を取るための通信室を後にする。
「メイナード様!お疲れ様でした。会議はどうでしたか?」
茶髪のポニーテールを揺らしながら、受付嬢の一人が心配そうな表情で声をかけてきた。
「エマ、大丈夫よ。本部の対応待ち。明日には連絡があると思うわ。」
エマと呼ばれた彼女は、その整った容姿と明るい性格から、ギルドの受付嬢で一番の人気がある。
「そうですか...。まさか紅き戦線が失踪するなんて...。今日は探索者の皆さんもどこか元気がありませんでした。」
「そうね。みんな彼らのことを尊敬していたもの...」
「......」
「少し早いけど今日はもう帰りなさい。私ももう少ししたら上がることにするわ。」
重くなった空気を意図的に切り替えるように、笑顔でギルド受付嬢達に声をかけ自室に戻ると、残った仕事に取りかかった。
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
「......んんっ」
メイナードは体の痺れを感じ目覚めた。壁に掛けられた時計を確認すると短針が夜中の1時を指していた。どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。
(本部からの連絡もあるし、早く帰って明日に備えないと。)
ややぼんやりとした思考の中、体をほぐしつつメガネをかけ立ち上がる。
「おはようございます。」
「......!?」
声、背後から。
慌ててばっと振り返ると、ポニーテールを揺らしながらにこっと笑う受付嬢が窓際に立っていた。
「エマ!?何してるの!?」
「部屋に戻ったきり出てこないので声をかけたのですが、反応が無くて...。脅かしてすみませんでした。気持ちよさそうに寝ているメイナード様を起こすのも申し訳なく、どうせなら起きるまで待っていようかと。」
「先に帰って良かったのに。もう1時よ?明日も早いし。」
「家はすぐそこなので!途中まで一緒に帰りましょう!」
笑顔で話す受付嬢を横目に、呼吸を整える。
「次からは待たなくていいから。分かったわね?」
「分かりました。でも、メイナード様も無理はしないでくださいね。」
(部下に心配されるくらい顔に出てたのね...。今日は全然駄目ね。)
一人で密かに反省しながら受付嬢とギルドを後にして自宅へと歩みを進める。
喧噪な昼間と打って変わり、静寂な街を二人で歩く。
ふと空を見上げると巨大な満月が夜の街を照らしていた。神秘的なソレはまるでこちらを見下ろしているようで、じっと見つめている内に意識が吸い込まれるような気がして思わず目をそらした。
「報告書のことなんですけど。」
不意に左隣を歩く受付嬢が正面を向いたまま口を開く。
「白って何だったんでしょうか。」
「......え?」
彼女の表情は見えない。普段よりも無機質な声にメイナードは思わず聞き返す。
「真夜中の原生林の中で、上下左右見渡す限り真っ白。その状況で襲ってきた白いナニカ。不思議なほど情報がありませんでしタ。」
「...そうね。他のギルド長も対応に困っていたわ。」
「加えて報告書の最後でハ、マレヒト氏本人と思われル音声で、それまデとは打って変わっテ異常はないとノこと。まるでナニカを隠スかのようニ。」
思わずその場で歩みを止め、口に手を当て目を閉じる...。
(言われてみれば確かに違和感がある...。こんな事件が今まで聞いたことも無いなんて...。)
そのまま思考の海に沈みそうになり、慌てて顔を上げる。先程から受付嬢の様子がおかしいことが気になりーーーーーーーーーー
「ーーーーえ?」
白。白白白白。気がついたときには先程までの夜と打って変わって真っ白な場所に立っていた。
「はっ!?え!?」
言葉を失う。自分が目の当たりにした異常に。
上下左右見渡す限りの真っ白。報告通りの状況に気が動転する。
「は?白?どうし、て?」
先程まで夜の街を照らしていた大な月も無ければ、閑散な夜の街も無い、そこにあるのは白のみ。
緊張で騒がしい心臓の音とは裏腹に、不自然なほど物音一つ聞こえない。
(ここは安全地帯よ!?どうして白キ領域が!?)
ここで遅れてもう一つの違和感に気づく。先程まで隣を歩いていた受付嬢の姿が見当たらない。
「エマ!?どこに行ったの!?」
白い空間を当てもなくさまよう。
気がおかしくなりそうだった。どれだけ歩いても変わることのない白。もはや前に進んでいるのかも分からない。
「......」
自分は今何をしているのだろうか。どこに向かっているのだろうか。そもそもここはどこなのか...。
「......」
「......」
「......」
頭の中に白い絵の具を垂らしたように、徐々に思考が鈍っていく。朦朧とした意識の中で、不意に視線を感じ、緩慢な動作で振り返るーーーーーーー
「本日も特に目立った問題はありませんでしタ。以上で定例会議を終わりまス。」
モニターの画面上でギルド本部副長が会議を締めると、通信が終わり画面が暗くなる。
固まった体をほぐし、メイナードは席を立つと、そのまま通信室を後にした。
自室に戻る途中で一人の女性とすれ違う。
「メイナード様!本日もお疲れ様でした。体調はどうですか?」
赤髪のポニーテールを揺らしながら、受付嬢の一人が心配そうな表情で声をかけてきた。
「セシリア。大丈夫よ。いつもありがとう。」
セシリアと呼ばれた彼女は、その整った容姿と明るい性格から、ギルドの受付嬢で一番の人気がある。
「メイナード様がギルドアルカナ支部長になってから3年、大きなトラブルも無く、私は幸せです!」
笑顔で話す受付嬢を見て、こういう明るさが一番人気の秘訣なのかしらと、密かに考えながらメイナードが口を開く。
「異常ハありません。でシた。」