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異世怪奇譚  作者: ツチノコ太郎
ep.3 魔女
18/29

18 黄金狼

あれほど降っていた雪がぴたりと止み、満点の星が夜空に輝く。時たま流れ星が流れ、氷の世界に唯一そびえ立つ城が周りの景色と相待って幻想的な世界を形成している。


氷点下へと至る気温によりうっすらと頬が赤らみ、口から白い息が漏れる。そんな状況で、氷の大地に大の字で横たわるアランは蛇と呼ばれる桃色頭の男を見上げていた。


「あぁ?今なんつった?オレの聞き間違いだよな?」


頭上から逆さに覗き込むように見下ろす蛇が、怪訝そうに片眉を上げる。まるで猛禽類を思わせる金色の瞳がアランの笑みを映す。


「ん?聞こえなかったか?今から俺と殺り合おうぜって言ったんだ」


一瞬の沈黙が流れた後、蛇が「ククッ」と肩を震わせた。


「変わったガキだな。オレに喧嘩吹っかけてくる物好きはお前くらいだぞ」


「そりゃあつまらん人生だな……そういやお前はあの教団って連中とは関係ないんだろ?なんであんな奴らの護衛なんてしてるんだ?」


「仕事だ。別に俺は魔王がどうとか興味はねぇけど、あいつら金払いだけはいいからな」


アランの問いかけに対して、蛇は不機嫌そうに首をゴキッと鳴らす。


「金、ねぇ」


「ふん、聞きたいことは終わりか?今回のあいつからの依頼にお前を殺すことは含まれてないから、逃げるなら今の内だぞ」


「ハハハッ。蛇、お前ビビってんのか。そんなに戦いたくないって言うんなら俺から依頼してやろうか?お前の好きな金ならいくらでも出してやるから戦って下さいお願いしますってな」


瞬間、氷の大地が爆ぜた。


蛇がノーモーションで振り下ろした踵は分厚い氷を粉々に砕き、破片を周囲に飛び散らせる。


しかし、標的(アラン)の姿はそこにはなかった。


「ククッ。ガキの癖して随分達者な口してんじゃねえか。そんなに命がいらねえかよ」


蛇は自身の後方、5メートルほど離れた位置に立つ相手に声をかけた。肩越しに振り返った視線の先では、アランが膝を畳み、屈伸運動をしていた。続けて手首を足首を軽く回した後、その場を2、3度跳ねた。


「ちゃんと準備運動しろよー!せっかくの楽しい時間がすぐ終わったら勿体無いだろ」


「思い上がるなよ、ガキ」


覇王と蛇、2人の強者はその顔に笑みを浮かべ、視線に火花を散らした。





・・・・・・・・

・・・・・

・・・





氷の城最上階廊下にてーーー


「今日のオイラはついてる!ゾフィ様の宝物庫に用事があって来てみれば、まさかあの伝説の金狼に出会えるなんて!」


天井、壁、床。透明度の高い氷で作られた廊下の四方が、向かい合うワルダナとエレノアをまるで鏡のように鮮明に映しだす。


骸骨のような体に纏った白衣を翻し、顔に両手を当ててクネクネと気味の悪い踊りをするワルダナ。そんな人物に対してエレノアは無言でその小さな体に電流を纏わせた。


「おっ!オイラ賢いから知ってるぞ!チミたち金狼は雷の魔法に特化した種族でその体から雷を放って戦うんでしょ、珍しいよね。でもねーーー」


落雷。


ワルダナの言葉を最後まで聞くことなく、エノレアは雷を落とした。


余波が周囲へと流れ、城を大きく揺らす。


やがて揺れが収まり、エノレアが明らかな過剰攻撃だと内心反省していると、


「いやー、びっくり!確かにものすごい魔法だけど、相手が悪かったね!」


黒煙の奥から聞こえてきた声に、ぴたりと動きを止めた。


じっと見つめるエノレアの先では、まるで何もなかったかのように新品同然の白衣を纏った男が元気そうに笑う。


「異能:反魔法(アンチマジック)ーー残念だけど、オイラには一切の魔法が効かないんだ」


ワルダナは白衣の内ポケットから小さなナイフを取り出した。


「オイラに今まで挑んできた魔法使いはみーんなこのショボい刃物で殺した。あらゆる魔法を使ってもなんの影響もなく、ゆっくりと死に近づく現実に、次第に心が折れる。その時の絶望した顔ときたら……!たまんないーーー」


一閃。


今度は真横に雷の極太のレーザーがワルダナを焼き払った。


常人では骨すら残らないほどの一撃。しかし、やはり目の前の男にとっては意味を成さない。


「残念、これも無傷。縦でも横でも、斜めでも。全方向からの魔法はオイラには効きませーん。これで分かっーーー」


多撃。


複数展開された魔法陣から、雷の複数の細いレーザーが同時にワルダナを襲う。しかし、


「だぁー!しつこい!別に防げる数にも上限はないよ〜。……はぁ、そろそろ面倒になってきたから終わらせよっかな」


すべての魔法を無効化し、ニヤニヤと笑みを浮かべて近づくワルダナ。そんな様子をじっと見つめたエノレアはくるりと後ろを向き、駆け出した。


「やっぱり逃げるよね。本当に魔法使いってのは同じ反応ばっかりでつまんないなー」


残念な表情でぽりぽりと頭を掻く。


そして、ギョロリと目を見張ったワルダナは、逃げ出した金狼を仕留めるべく動き始めた。


「おーい!そっちはゾフィ様の宝物庫しかない行き止まりだぞー!無駄な抵抗は諦めてとっとと諦める方が身のためだよ。……ヒヒッ、チミの目玉はどんな味なんだろう……じゅるり。あぁ、もういいよね!我慢できない!!」


目を血走らせ、涎を垂らしながらナイフを持った狂人が廊下を走る。


「さあ!さあさあさあ!その顔をじっくりとオイラに見せておくれ!チミはどれだけ怯えた顔をしてるんだ、ろーーー」


エノレアを追いかけて廊下の突き当たりを曲がったワルダナは、突如視界に映った光景に思わず足を止めた。


「ーーーえ?」


「ふふっ。いらっしゃい。そんな惚けた顔をしてどうしたのかしら」


脳内に直接響くような、甘く妖艶な女の声がワルダナの鼓膜を揺らす。


今ちょうど曲がったばかりの廊下のさらに突き当たりにある宝物庫。その大きな両開きの扉の前に一人の女性が鎮座していた。


そこにいたのは大きな尻尾を椅子代わりにして寛ぐ獣人であった。


肩あたりまで伸びた金色の髪。その頭部にはピンと立った2つの耳がある。


くびれた腰に豊満な胸。まさに世の中の男性が理想とする美の象徴がそこにいた。


まるで花魁のような、白い肌を惜しげもなく曝け出した服装を纏い、太ももの付け根までスレッドが入ったミニスカートが隙間風によってひらひらと舞う。風に乗って花のような良い香りがワルダナの鼻腔をくすぐる。


そんな妖艶な美女は、未だ口を開き呆然と立つワルダナに対して、濡れた瞳で流し目を向ける。


そんな軽い所作一つでさえ、「ほぅ」と、思わず声が漏れてしまうほどの魅力があった。


「ほら、そんなところにいつまでも立ってないで、こっちにおいで」


その魅惑的な声に導かれ、ワルダナは夢を見てるかのようにゆっくりと進む。1歩、2歩と進み、そのまま手を伸ばそうとしてーーー


「ふふっ。素直な子は嫌いじゃないけど、やっぱりダ・メ」


目の前の美女がこちらに向けた手に電流が迸り、次の瞬間。


落雷(サンダーメテオ)


「!?」


耳をつんざく爆音と共にワルダナの体に一筋の雷が落ちた。当たり前のように無効化しながらも、先ほど受けたばかりで見に覚えのある攻撃に思わず目を見張る。


「ん、んん??チミ!もしかしてさっきの金狼か!?」


「ええ、そうよ?」


あっさりと認めてクスクスと笑う絶世の美女に対して、ワルダナは混乱した様子を見せる。


「!?人型になるなんて聞いたことないぞ」


「そりゃあ、ただの金狼じゃないもの」


「何を……?」


「私たち金狼ってね、誇りを何よりも大事にしているの。そんな種族で唯一自分たちの王と認められた者だけが上位種へと至る。その際に人型へと変化する力を得るの」


「その絶対者を敬意を込めて、黄金狼と呼ぶ」


「それが、チミだと」


先ほどの獲物を見る目とは異なり、男は僅かに警戒した様子を見せる。


「我、思ったのだけど、魔法が効かないって色々あると思うの」


ふと、こちらを見つめるワルダナに対して、黄金の人狼が頬に手を当て呟く。


「んん?」


「例えば①ダメージを受けても即座に回復するタイプ、②その身に攻撃を受けてもなんの効力もないタイプ、③障壁のようなものを周囲に展開して防ぐタイプ、④魔法に魔法をぶつけて打ち消すタイプ、とかね」


鋭く尖った爪を順番に立てて説明する。たったそれだけの単純な動作でさえ不思議と目が惹きつけられる。


「この中だと②が一番厄介で、①と③と④はそれぞれ無効化を上回るほどの攻撃を浴びせればいいだけだから簡単だわ」


「それでさっきから色んな方法で異なる魔法をぶつけてるのだけど、困ったことに貴方は②のタイプだってことが分かった」


「……チミの言う通りなら、さっさと負けを認めるしかないと思うけど」


あっさりと自身の魔法の仕組みを見破られたワルダナは無意識のうちに爪を噛んだ。


本人は気づいていない。この時すでに、エノレアが戦場を支配していたことに。


「いいえ?」


「は?」


ようやく自身の金色の尾から立ち上がったエノレアは右手を掬うように天へと向ける。


()()って言葉は知ってる?エリーゼちゃんに見せてもらった参考書にはどこにも載っていなかったのだけど」


「ましゅく?なんだそれ......」


怪訝な顔を向けるワルダナの反応から、エノレアは納得がいった表情を見せた。


「そう、やっぱり現世には残っていないのかもしれないわね。魔縮っていうのは、発動した魔法を圧縮して小さくすることよ」


右手の上に青白い光が集まり始め、やがて一気に膨れ上がった。それはやがて巨大な槍へと変化した。


「……ヒヒッ、どんなに凄いものだったとしても所詮は魔法!オイラには効かないってまだ分からないんだね!!」


未知の事柄に対して一瞬怯むも、自身の経験から敗北の未来を否定して叫ぶ。


「貴方はさっきいろんな魔法を無効化してきたって話していたけれど、違う人から同じ魔法を受けたことはある?」


「……ないけど」


「実力者ほどプライドが高く、他の人と異なった魔法を使いたがるものだからね。だったら二人の魔法使いが、基礎魔法の火球を打ち合った時にどうなると思う?」


もはや完全に黙った相手に対して自身の考察を披露する人狼。徐々にその声は大きくなり、彼女が楽しんでいる様子がはっきりと伝わってくる。


「単純な話で、その魔法に込められた魔素量が大きい方が勝つ。それだけだよ。でもね、一つの魔法に込められる魔素の量には上限があるの。その上限いっぱいになった魔法を圧縮することで、込められた魔素の量は変わらないままで、空いた容量にさらに魔素を込めることができるってこと」


「……」


「だから魔縮ができればできるほど魔法の威力が上がる」


「で!だから何なんだよ!」


「結局何が言いたいかというとねーーー」


遂に苛立ちがピークに達したワルダナの動きを、エノレアは手を向けるだけで静止し、今までの説明の核心を伝える。


「貴方の反魔法、()()()()()()()()()()()()()?っていう話」


紫紺の稲妻を周囲に散らしながら、雷槍の先端がゆっくりとワルダナを捉える。電流が床から壁、天井へと流れ、廊下全体が電気の包囲網と化した。


ワルダナの周囲だけが反魔法の影響でぽっかりと穴が空いていた。しかし、それでもエノレアの笑みは崩れない。


「ーーーいや、出来るでしょ。話聞いてた?反魔法だよ、反・魔・法!」


「でも、すべての魔法を試した訳じゃないんでしょう?だったら我の魔縮した魔法、無効化できるか分からないじゃない」


かつて旧時代の王が唯一の仲間と認め、最強の戦闘種族を統べる金狼の王。雷魔法に特化した彼らの中でも圧倒的な魔素を誇る黄金狼の()()


「ーーーーー」


「うふふふ。心配しなくても大丈夫。生憎弱者をいたぶる趣味はないの」


声を失うワルダナの視線の先では、指先ほどまで小さくなった雷槍がエノレアの両手に閉じ込められるようにして浮かぶ。限界まで魔縮された影響か、周りの空間を歪ませてギチギチと音を立てている。


この時、ワルダナの絶対の自信が初めて揺らいだ。


(オイラには魔法は効かない……はずなのに、この震えは一体なぜ?)


膝がガクガクと震え、気付かぬうちに額から一滴の汗が流れ落ちた。


そんな男の様子を視界に収め、これから起きる未来に確信を持つエノレアはニヤリと鋭い犬歯を見せた。


両手をまっすぐ伸ばしたまま、両足を肩幅に開いて構える。


「穿てーーー紫電(ブリッツ)壱槍(アインシュペーア)


雷光、爆音。


中指と薬指のみで弾かれた極小の槍は、まばゆい光に怯んだワルダナが瞬きをするまでに僅か数センチの距離まで迫り、


「ーーー」


なんの反魔法の影響も受けずあっさりと、頭蓋を貫いた。


それでもなお雷槍の勢いは衰えることなく、城の壁を全て貫き、遥か彼方へと消えていった。


金狼の王はバチバチと余韻の雷を残し、煙を上げる指先を静かに下ろす。


「完全な反魔法など存在しない。これが我の持論よ」


エノレアの脳裏に浮かぶのは一人の人物。


王の立場である自分が生涯で唯一全てを捧げようと思えた男。


「ふふっ。あの主人様に仕えているんだもの。これくらい出来なきゃ叱られちゃうわ」


その美しい身体を翻してゆっくりと歩くエノレアの背後で、痩せこけた白衣の男が能天から大量の血を流して崩れ落ちた。





氷の城最上階宝物庫前、勝者"黄金狼"エノレア。






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