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異世怪奇譚  作者: ツチノコ太郎
ep.3 魔女
17/29

17 囚われの魔女と氷魔法

「……っ」


自身の腕に深々と突き刺さる注射器から、体内の魔素が吸い取られる。針に繋がった管を青白い光が流れ、目の前に立つ人物の口を通してその体内へと入っていく。


この城に囚われてから幾度となく繰り返されてきた作業。いや、この女にとっては()()というべきだろう。


いずれにせよ苦痛である事には変わりなく、かといって死なないように調整された姿はまるで家畜。


そんな自分に出来る事はただ歯を食いしばって耐えることだけだった。


やがて数分が経過し、その地獄のような時間は終わりを迎えた。


「ぷっふぁあああああ!ごちそうさまぁ。今回も美味かったよぉ」


愉悦の感情を含んだ野太くしゃがれた声。巨大なドブガエルの様な外見の女性はその太い腕で口元を拭うと、私の腕から丁寧に針を抜き取り後方に控えていた男性に投げた。


「ちょっと!これ高いんですから大事にしてくださいよ」


「うるさいねぇ。せっかくアタシが良い気分になってるのに邪魔しないでおくれ」


骨のように細い男性と巨大な女性。


そんな対照的な2人の会話を無言で見つめていると、こちらの様子に気がついたのか笑顔で振り返った。


「また1週間後にくるわぁ。それまでにしっかり休んで回復させとくようにね」


「欲しいものがあればいつも通りにその紙に書いて、この城の兵士にでも渡しておいて」


そう言い残し、2人は部屋を出て行った。


「……」


暫くドアの方を見つめていた私は、2人の気配が完全に無くなったことを確認すると全身を脱力させ仰向けに倒れ込んだ。


ぽすっと軽い音を立て、柔らかい布団に体が沈む。豪華な装飾が施された高い天井をぼーっと眺めること数秒。大きなベッドの上をモゾモゾと枕元まで這いあがり、一冊の本を手に取った。


寝転んだまま栞を刺していたページを開き、続きを読み始める。


今読んでいる本は、とあるお姫様が城を飛び出して仲間と共に世界を旅する物語。世間知らずのお転婆な主人公が、さまざまな経験を経て成長していく王道物。


ターゲット層は小さな子供向けで、大人が読むには少し物足りないかもしれない。


でも、そんなありふれた話であっても、私はたまらなく好きなのだ。


広い部屋に豪勢な食事。欲しい物は机の上に置かれた紙に書いて、この城の中にいる警備兵たちに渡せばなんでも手に入った。唯一手に入らないのは自由だけだが、それはとうの昔に諦めた。


だからこうして部屋に篭りながらも外に出た気分を味わうことができる読書が、私にとっての唯一の趣味であった。


それからおよそ1時間ほどが経ち、最後のページを読み終えた。


(この話も面白かった……)



「ーーーがせ!」


「ーーーそっちーーー」


「ーーーいや、ーーー!」



寝転がったまま瞼を閉じて余韻に浸っていると、何やら部屋の外が騒がしいことに気が付いた。


一瞬あの2人が戻ってきたのかと身構えたが、大きな窓から見える門の前にはいつもの魔導車の姿はすでに無かった。そこには氷の大地が広がるだけ。


最悪のケースを逃れたことにホッと安堵のため息をついた。


しかし、あの2人が原因ではないとすれば、今なお廊下から聞こえる騒ぎは一体何だろうか。


この城に囚われているのは私だけで、逃げ出したことは一度も無い。そんな状態が1年以上も続けば警備兵たちが気を抜くのは仕方がないことだろう。加えて毎週決まった日にあの2人と護衛の人がやって来ること以外には来客も無かった。


(どうしたんだろう)


普段味わうことのない非日常感に少しそわそわしながら、無意識の内にお椀を持つように構えた両手に氷の花を生成したその瞬間。


トントン。


「っ!?」


窓を叩く音が聞こえて思わず固まった。なぜならここは最上階。地上から30m以上もあるこの部屋の外から窓を叩くことなど不可能だ。


きっと風で何かが飛んできたか、鳥でもぶつかったのだろう。


どちらもまあないとは思うのだが、可能性としてはまだマシだと自分に言い聞かせる。


念の為に発動していた氷の花を小さな刃に変形させ、そのままゆっくりと向いた視線の先にはーーー


「え」


両手とおでこを窓にピッタリとくっつけ、金色の狼らしき生物を頭に乗せた男の子がキラキラと目を輝かせてこちらを見ていた。






・・・・・・・・

・・・・・

・・・



 



遡ること数時間前。


白キ領域から意気揚々と降りてきたアランは、何故か設定した座標から逸れ、見知らぬ地へ降りてしまった。


混乱の最中、その氷の大地の上にそびえ立つ氷で造られた真っ白な城に見惚れていると、あっという間に武装した集団に囲まれ、この小さな部屋に連れてこられたのである。


「なぁ、他の仲間は今近くにいるのか?そもそも坊ちゃんはここで何をしていたんだい?」


「いや、俺1人だ。ちょっと迷ってしまってな。気が付いたらこんな状況になっていた」


「おいおい、ここは外界深度5領域だぞ?迷子の子供が1人で来れるわけないだろ……」


木製の机を挟んで対面に座る、無精髭を生やしたやる気のなさそうな男が深いため息をつく。


そのまるで小さい子供に言い聞かせるような話し方にイラッとしたアランは、ここにきてからずっと気になっていたことを指摘した。


「おいおっさん。さっきから黙ってたがいくらなんでも子供扱いしすぎだろ」


おっさんは首を傾げる。


「ん?その見た目だと10歳くらいじゃないか。坊ちゃんはまだまだこどもだよ」


「は?俺のどこが……」


「変なやつだな。ほれ、見てみろ」


そう言いながらおっさんが取り出した手鏡に映るのは、脚を組んで椅子に深く座る子供姿のアランであった。


「……はぁ!?」


椅子を後ろに吹き飛ばして立ち上がり、思わず顔を触る。その際に視界に映った手のひらは確かに子供のもの。というよりそもそも視界が明らかに低いではないか。


どうやら白キ領域を出てからここに降り立つまでに若返ったらしい。なんの呪いか知らないが、向こうで半分ほどまで回復していたはずの魔力もそのさらに半分以下まで低下していた。到着場所が逸れたのはこれが原因に違いない。


「まじかよ……」


子供の姿になっていたこと以上に、おっさんに言われるまで気が付かなかったことに情け無さを覚え、その場に蹲る。


寝起きだったことや座標のずれでそれどころではなかったとはいえ、こんなくだらないミスをしたのはいつぶりだろうか。


「あー、まあなんだ……詳しいことは分からないけど、ちょっと休んだらどうだ?おじさんも外で一服してくるから」


そんなアランに気を遣うようにボサボサの髪の毛を掻きながら扉を開ける。


「分かってると思うがこの部屋から出るんじゃないぞー。この部屋の最上階には氷の魔女と呼ばれる奴が住んでる。世にも珍しい氷の魔法を使うって噂だが、ここに居りゃあ取り合えず死ぬことはないから」


返事すること無く俯いたままのアランを一瞥すると、おっさんは気だるそうに部屋を後にした。


1人になり部屋が沈黙に包まれる。窓の外をしんしんと雪が降り、時たま動物の遠吠えのような声が遠くで響く。冷たい石畳の上で座り込み、持ち物一つ無く、行く当てもない。常人であればパニックになるような状況で、アランはがばっと顔を上げた。


先程までと反して、その顔には焦りはなかった。


「おい、もう良いぞ」


アランの声に反応して背中がモゾモゾと動くと、手のひらサイズの狼のような生物が出て来た。


毛並みは金色でピンと立った耳とふさふさな尻尾が機嫌良く左右に動いている。


その狼は静かにその場に着地すると後ろ足だけで直立した。


そしてこちらを見上げて口を開いた。凜々しい歯がキラリと光る。


「主人様!相変わらず凜々しい姿で格好いいね」


「エレノア、冗談はやめてくれ。この姿をどこからどう見ても凜々しいはずがないだろ」


ふふふ、と口元に手を当てて嗤う様子は、小さな狼の姿にも関わらず不思議と大人びた妖艶さがあった。


この狼の名前はエノレア。旧時代を共に過ごした唯一の仲間である。本人曰く仲間ではなく(しもべ)らしいが。


「いいえ?どんな姿であっても私の主人様だもの。凜々しいに決まってるじゃない」


確かに見た目は少し可愛くなったけど、などと言いながらアランの足に体を預ける。まるで花の様な良い香りが室内を満たす。


しかし、アランは特に気にすること無く両手でエノレアを抱えあげると上に乗せた。


「はいはい。そういうのは良いから。おっさんが戻ってくる前に今の状況を整理しよう」


何やら言いたげな様子のエノレアを無視してアランも椅子に座る。


「前にエノレアに話した通り、無事にこの時代に目を覚ますことが出来た。まあ多少寝坊してしまったが」


「多少?って、ちょ……!」


意味深に首をかしげる狼の頬を指でつつきながら、頬杖をついて話を続ける。


「それからあの白スーツ野郎と話をして地上に降りたまでは良かったんだ。そしたら何故かこんな子供の姿で知らねえところに来てしまった」


「そうみたいね。昔から主人様は何処か抜けてる所があるからねー」


こいつは本当に自分のことを(しもべ)だと思っているのだろうかと疑いたくなるが、話が逸れると面倒なのでデコピンだけで済ましておいた。


「それで主人様、これからどうするの?聞いたからといって我がする事に変わりはないのだけど」


頬をさすりながら尋ねるエレノアに対してアランは、あらかじめ決めていた目的を話した。


真剣な顔で黙って話を聞いていたエノレアは、話を終えるとその表情を崩して笑った。


「ふふふふふふっ、それでこそ我の主人様ね。今世でもあなたの役に立ってみせるよ」


「ああ、頼りにしてるぞエノレア」


「ツッ!……お任せ下さい」


目を見開いたエノレアは姿勢を正して頭を下げた。


その後も旧時代の友との会話を楽しみながら、今後の方針を具体的に決めていると、廊下の奥から1人の気配が近づいて来ることが分かった。おそらくおっさんが戻ってきたのだろう。


エノレアに目で合図し、扉の真横に待機させる。


その数秒後、ガチャっと扉が開き予想通りおっさんが入ってきた。


「おーい、ちゃんと大人しくしてたか坊ちゃん。……お!すっかり落ち着いたみたいでよかった!おじさんも一服して復活したぞーははは」


坊ちゃんにはタバコの良さは分からないか~と若干馬鹿にした物言いに内心苛立ちながらも、無理矢理子供のような(実際に外見は子供であるが)笑顔を向ける。


「うん!落ち着いたよありがとう!」


「そうか!それは何より。それじゃあさっきの話の続きなんだけどーーー」


その言葉は最後まで続くことは無かった。


バチッと雷が光ること一瞬、おっさんが白目を向いてその場に倒れ込んだ。


「……やり過ぎじゃないか?」


「そう?ちゃんと手加減したから大丈夫よ」


笑顔とは裏腹に、明らかに過剰な攻撃からエノレアの機嫌が悪い様子が見て取れる。


おそらく自分の主人様が子供扱いされて居ることに腹を立てたのだろう。


アランは倒れたおっさんの首元に手を当てて生きていることを確認すると立ち上がった。エノレア頭の上に飛び乗る。


「すまんなおっさん。別にあんたに恨みはないが、ずっとここに居るわけにいかないんだ。次に会う機会があれば飯でもご馳走するよ」


特に反応が無いことを確認すると取っ手を引き、扉を開ける。


廊下の冷たい空気が勢いよく部屋へと流れ込み、アランの髪を後方に靡かせた。


「寒いな」


「寒いね」


部屋の外に広がっていたのは氷で造られた長い廊下。床や壁、天井がまるで鏡のように反射し、2人を映し出す。


左側は少し先に玄関が見えており、右側は先程まで取り調べを受けていた様な部屋がズラッと突き当たりまで続いている。


「エレノア」


「ええ、もちろん行くんでしょ?魔女さんのところ」


「ああ、あのおっさんの話からしておそらくハイエルフだ。魔力適正の高いエルフの中でも特に突出した力を持つ上位種。そんな種族である魔女が使う氷魔法なんて中々見れないだろうからな。いつでも脱出できるだろうし、とりあえず最上階目指そうぜ」


「主人様のことだからその氷魔法を覚えるまでここにいることになりそうね」


そんな会話を続けながら右側へと進もうとした瞬間、廊下の奥から数人の警備員が姿を現した。


「あ」


「あー、やっべ」


互いに固まること数秒。険しい顔をした警備員がアランの方へと向かってきた。戦闘を走る人物が片耳に手を当てる。


「総員に次ぐ!先程捉えた子供が部屋の外へと脱出している!直ちに1階玄関まで来るように!」


「どうするの?ピリッとやっちゃう?」


「それも悪くないが、出来れば魔素を残しておきたいからな~……」


ピンチの状況にも関わらず、2人は特に慌てることなく会話を続ける。


「よし、決めた!逃げよう」


そう言うとアランはきびすを返して出口へと駆け抜けた。背後からの静止の声を無視して外に出ると、そこには氷の大地が無限に広がっていた。アランは一瞬背後を振り返り追っ手が来ていることを確認すると、勢いよく飛び上がり、()()()()()()更に上へと進む。


空から降ってくる雪を浴びながら1分ほど駆けたところで、明かりが付いている部屋を発見した。その場で停止したアランは窓まで近づくと中を覗く。


室内に居たのは大きな天蓋付のベッドに腰掛ける1人の女性であった。肩よし少し短い長さで少し内側に丸みを帯びた金髪。背丈は平均男性よりも少し大きいくらいだろう。耳はエルフの特徴にあるように長く尖っており、まるで西洋人形の様に整った顔立ちである。


「ねぇ主人様。やっぱりハイエルフみたいね」


「あぁ、ビンゴだ」


アランの視線の先はそのエルフの手元であった。両手をお椀のように構えた中にあったのは氷でできた一輪の薔薇。ソレを確認した瞬間、思わず窓を叩いていた。


ぎょっとこちらを向いた彼女は少し悩んだのち、ゆっくりと近づくと窓を開けた。外の寒さに一瞬顔を顰めた後、小さな口を開いた。


「この騒ぎの原因は貴方たちみたいね。私に何か用事があるんでしょ。色々と聞きたいことがあるけどこのままじゃ風邪引くだろうし、とりあえず中へどうぞ」


アランの見た目が子供だからだろう。少し警戒しているもののすんなりと室内へ通された。


空中を数歩き、暖房の効いた室内へ入ったアランを訝しげに見ながら、エルフの女性は窓を閉める。


「で、貴方たちは誰?」


「俺はアラン。んでこいつがエノレアだ。おっさんーーーこの城の兵からあんたが氷魔法を使うっていうを聞いてな、興味があって来た。」


頭上のエノレアがキュイ、と鳴いた。その様子を興味深そうに見つめながら、突然の訪問の理由に納得したのか少し表情を和らげる。


「そう。私はエリーゼ。お客さんなんて来た事ないから椅子はないけど適当に座って」


アランは細かい装飾が施された豪華な絨毯の上に腰掛けた。相変わらずエノレアは頭上で丸くなっている。


一方でエリーゼは向かい合うようにベッドに腰掛けると、そわそわと何か言いたげな様子を見せる。


「何か気になることでもあるのか?」


「その……もしかしてその子って、金狼?」


「キュイキュイ!」


アランが返事をする前に、エノレアがそうだと言うように返事をした。


「ああ、そうだぜ。この時代ではほとんどいないって話だがよく知ってたな」


「以前読んだ本に出て来たから。まさか生で見られるとは思ってなかったけど」


その言葉に釣られるように、アランは周囲を見渡した。


1人で過ごすには大きな部屋を囲むように、壁に沿って大きな棚がいくつも設置され、中には無数の本が詰められている。


「冒険、恋愛、怪談、辞典、図鑑……すげえ数だな。これ全部読んでんのかよ」


「どれだけ読んでも毎回新しい発見があって、為になる。それに読み終わった後に余韻に浸る時間が特に好き」


自身の趣味の話をできることが嬉しいのか、口元を僅かにあげる。しかしその直後、エリーゼの表情に影がさした。


「それに、ここから出られない私にとっては、本を読むことによって色んな物語へ連れてってくれることが唯一の救いだから」


「ん?なんで出れねえんだ?」


「この城は私にとって住処であると同時に牢獄の役割を果たしている。不自由のない生活を与えられる代わりに、週に一度あの人たちがやって来て私から魔素をとっていく。だから外へは行けない」


「そのとある人ってのは?」


エリーゼのその諦めたような表情に僅かな苛立ちを感じながらも、それを表には出すことなくアランは続きを促す。


「魔王教団って知ってる?かって存在した8人の魔王を復活させようと、各地で行動している集団なんだけど。そこの支部長と補佐の人のことだよ。女がゾフィで男がワルダナって名前。」


「魔王......」


「それとあと一人、護衛の人がいるんだけど、私は直接見たことはない」


「キュイ」


口元に手を当て、何かを考え始めたアランに変わって、エノレアが返事をした。


「貴方、さっきから思ってたけどもしかして私の言ってることがわかる?」


「キュイ!」


「やっぱりそうなんだ。そんなこと本には書いてなかったから驚いた。賢いんだね」


「キュイキュイ!」


2人が親睦を深めている間にアランが思考の海から帰って来た。


「っと悪い。それで、エリーゼはそれでいいのかよ」


「うん......。ここを出たところでいく宛てもないし。特にやりたいこともないから......」


「まあお前がそれでいいんなら何も言うことはないな」


「.......」


部屋の中が沈黙に包まれる。数秒経過し、気まずさを感じたエリーゼがこの話は終わりとばかりに口を開いた。


「そういえば氷魔法。教えて欲しいんだっけ」


「......あぁ、昔の時代でも使える奴は殆どいなかったからな」


「簡単に覚えられるものじゃないと思うけど、いいよ。見てて」


エリーゼから一通り工程を教わると、アランは窓側を向いてあぐらをかきぶつぶつと独り言を言い始めた。


(すごい集中力。この人はもう他のことなんて一切考えてない)


「キュイ!!」


「ん?もちろん邪魔はしないよ。待ってる間2人で遊びましょうか」


「キュイ!」






・・・・・・・・

・・・・・

・・・




アランが城に来てから1週間が過ぎた頃。


しんしんと雪が降り積もる中、城へと続く氷の大地の上を一台の車が走っていた。


地面から約1メートルほど浮上して進むそれは魔導車といい、"発明家"エーテレッテによって作られた魔道具である。大気中の魔素をエネルギーに変えて動くことができ、水陸空どこでも走行することができる非常に便利な乗り物である。


そんな魔導車の中には3人の人物が座っていた。


「ゾフィ様〜!さっき殺した奴らのアレ、オイラに譲ってくださいよ〜!」


まるで黒板を爪で引っ掻いたような不快な声が運転席から響く。


隣にどっしりと座る巨大な女性が眉を顰めてため息をつく。


「ワルダナ、あんたは相変わらずしつこいねぇ……ま、アタシには必要ないからあげるわよ。その代わりしっかり働くんだね」


魔導車を運転していた白衣の男は、ゾフィという女性の声に思わずハンドルから手を離し両手でガッツポーズをした。


「ひゃっほー!さすがゾフィ様!一生ついていきます……!」


スキンヘッドで細い体躯。頬は痩せこけ、髪の毛や眉毛がなく目の下には深い隈がある。まるで骸骨を想起させるような姿の男。名をワルダナという。


「ちょっと!手ぇ離すんじゃないよ!危ないだろ」


「すいやせぇん!」


「ったく……ほらよ、2つともあげるからちゃんと運転しなさい」


ゾフィから手渡されたそれを大事そうに受け取ると、片手で運転しながら懐から瓶を取り出した。そして一つをその中に入れ、もう一つを口に含んだ。


「っぴゃ〜!キク〜!今回のは大当たりだ!めちゃくちゃうまいですよゾフィ様!ありがとうございます!」


「確かに食事は大事だよなぁ。けどお礼なら"蛇"に言いな」


そう言いながらゾフィは後部座席に座り窓を眺める1人の人物へと視線を向ける。つられてワルダナも振り返った。言いつけを守りハンドルはしっかりと両手で握ったままで。そこに座るのは漢服を身に纏い、長いマフラーを首元に巻いた男。桃色の髪が僅かに開いた窓からの風で靡く。


「ありがとなー、蛇!さっきのやつそこそこ強かっただろー!ギルドカードにB級って書いてたし、二つ名も載ってたじゃん!たしかーーー」


「興味ねぇ」


余計な会話は不要とばかりに蛇と呼ばれた男がピシッと言い放った。窓の外を向いたまま視線すら合わせない。


「ガーン!せっかくオイラが褒めたのにひどい!」


「……」


「蛇、相変わらずあんたはつれないねぇ。ま、契約金分はちゃんと働いてくれりゃあそれでいいけどな」


「……ふん」


「お二人さんとも、もうすぐ城につきますよー!」


ワルダナが両手を上げて叫ぶ。


「ワルダナ!ハンドルを話すなっつってんだろ!テメェいい加減にしなよ!」


「ひいいいぃ。すんませんゾフィ様!」


ワルダナの怯えた声が響きながら、3人を乗せた魔導車は氷の城めがけて進んでいくのであった。






・・・・・・・・

・・・・・

・・・





信じられない。


それが、100年以上生きてきたハイエルフであるエリーゼの率直な感想であった。


魔法を扱うことには自信があった自分が10年以上も鍛錬を重ねてようやく覚えた氷魔法。


元々この世界には氷属性など存在しないため、水魔法に温度を下げる魔法を組み合わせる必要があり、そこに至るまでにも更にいくつもの魔法を行使する必要が出てくる。その工程を簡略化し、詠唱を簡略化し、最終的には詠唱を多くても2つまでに抑えてようやく覚えたと言えるだろう。尤も、それでようやくスタートラインに立っただけであり、そこからどのように進化させていくかはさらなる努力が必要になる。


「......」


いつものようにベットに腰掛け、膝の上にエレノアをのせたエリーゼは目の前で集中するアランを眺めながらこの1週間を振り返っていた。


初めて出会った時は変わった子供だとしか思っていなかった。こんな誰も住んでいないような外界の辺境の地へやってくるなんて普通じゃあり得ない。


実際に話をしてみると妙に大人びていて、それでもどこか見た目通り子供っぽい所もあって、いつの間にか気に入っていた。


そんな子からお願いされたということで、なんとなく氷魔法のコツを教えたのだが、そこからが異常だった。


いざ練習を始めたかと思えば、一切集中力を切らさないのだ。1人で地面と睨めっこしながらぶつぶつと何やら呟き、時折何か閃いたかと思えばまたすぐにその場で考え事をする。


風呂やトイレといった必要最低限の行為はするのだが、その間もこちらの呼びかけに対してはうわの空で、常に頭の中で思考を繰り返していた。


あまりにもその状態が続き心配になったので一度声をかけようとしたが、エノレアに制止された。2人の付き合いが長いことは一度話に聞いていたので、よくあることなのだろう。それからは気にしても仕方がないと割り切ることにして、いつも通り読書をしたり、たまにエノレアと遊んだりして時間を過ごした。


そして、アランが来てから1週間が経つ今朝、ついに成し遂げたのであった。


やたらと寒いと感じながら目を覚ましたエリーゼが目にしたのは、絨毯の上にあぐらを描き、目を瞑るアランが氷に囲まれている姿であった。


綺麗な正方形に生成されたその氷はまるでマトリョーシカのように順番に並べられており、完全にコントロールしている様子が一目で分かった。


たった1週間。エリーゼが費やした時間が無駄に感じてしまうほどの才能を目の当たりにした瞬間であった。あまりの衝撃に目を見張るエリーゼの膝の上でエノレアが嬉しそうに鳴き声をあげていた。






「ーーーふう。とりあえずこんなもんか」


自身の体から発される冷気を鎮めながら、アランは久しぶりに肩の力を抜いた。それと同時に周囲に生み出されていた氷魔法が跡形もなく消滅する。


旧時代では魔法は後回しにしていたこともあり、現代に来てからは真っ先に磨こうと思っていたのである。そんな中ハイエルフであるエリーゼと出会えたのは渡りに船であった。


「......ずっと聞こうと思ってたけど、あなた一体何者?流石にこの短期間で一から氷魔法を覚えられるなんておかしい。それに私がハイエルフだってすぐに気付いたみたいだし。」


「だから言ってるだろ、覇王だって。そこのエノレアと一緒に旧時代からきたんだよ」


「覇王って......。そんなお伽話信じるわけないでしょ。いい加減なこと言わないで」


ジトっと見つめるエリーゼに対して、困ったように頭を掻くアラン。事実であるがどうも信じてもらえないらしい。


「いや、だからーーー」


それでもなんとか説明しようと口を開いた瞬間、


「ただいまぁ!愛おしいエリーゼちゃん!アタシが帰ってきたよぉ!」


勢いよく開かれたドアの奥から、一人の女性が現れた。その人物はアランとエノレアの姿を目にとらえると、訝しげな表情をする。


「あぁ?なんだいお前たち。知らない顔だなぁ」


しわがれた声が広い室内に響く。


「え、あっ、もうそんな時間!?」


エリーゼが時計を見て焦った様子を見せる。


そんな状況で、アランは一切動揺することなく振り返る。


「ちょっと外の様子を見て来てくれないか」


「キュイキュイ!」(任せて)


アランからの指示を聞いたエノレアは軽く頷くと、ドアの隙間から廊下へ出た。


「内緒話はもう終わったかぃ?」


「あぁ、わざわざ待ってもらえるなんて随分と余裕じゃねえか。お前こそ誰だよ」


エノレアを見送ったアランは改めて目の前の女と向かい合う。ガマガエルのような外見の女はおそらく2メートルを超えるほどに大きく、更には腕や足が子供姿のアランの体と同じくらい太い。


「ぐふふふふふふふふふふ。余裕だぁ?当たり前だろう」


下品な声で笑うとその巨顔をぐいっと近づけ、ゾフィはアランのことを見下ろす。


「アタシは優しいからな。お前みたいな子供相手に情けの一つくらいやってあげないとなぁ。それにあんなちっさな動物1匹逃したところでなんともないさ。今頃アタシの部下に捕まってるだろうよ」


対するアランは笑みを浮かべたまま無言で佇む。その一切の怯えを見せない様子にゾフィは興味深そうに片眉を上げた。


「待って!私が勝手に招いただけでこの子は関係ない!今すぐ出ていってもらうからそれで許して!」


「だめだぁ。お前の存在が外にばれちまえば援軍がくるかもしれないだろ。このガキはここで始末する」


エリーゼの懇願が響くも、ゾフィは一切考えを改める様子を見せない。


「そんな......!」


思わずその場に膝をつくエリーゼを横目で見ると、ゾフィはなんの予備動作もなく右腕を振り抜いた。


「っ!?」


しかし、その拳はアランの体を捉えたものの、わずかに後退させただけであった。


「......ほぉ。口だけじゃあないみたいだねぇ!」


「カエル野郎、お前は口だけみたいだな」


片手で凌ぎ切ったアランの挑発に対して、額に僅かに血管を浮かび上がらせる。その大きな目玉をぎょろつかせるとアランを睨みつけた。


「小僧が、あんまり調子に乗るんじゃないよぉ!」


アランに捕まれた右手を強引に振り解くと、懐から一つの袋を取り出した。無地の皮でできた袋の口を解くと中に腕を突っ込む。


そこから取り出したのは色とりどりの宝石。素人目からでも価値がわかるものばかりであった。中には特殊な魔力を帯びたものも含まれている。


突然の奇行に訝しむ2人の視線を浴びながら、ゾフィはその大きな手に握った宝石を口に突っ込んだ。


「......」


「なにを......!?」


「っぷ。まぁ見とけよぉ。今から死ぬお前にいいもんみせてやるからよぉ。」


ゾフィは大きなゲップをすると、右手を頭上に掲げた。あと少し伸ばせば天井に当たるだろうと思われるそれの様子がやがて変化し始めた。


ボコボコと筋肉が波打ったかと思えば、次の瞬間腕が肥大化し、表面に大小さまざまな宝石が浮かび上がる。


「へぇ!面白いなお前」


その様子をアランは興味深そうに見届ける。


「これを見てまだそんな態度でいられるとはなぁ。よっぽど能天気なガキだよ」


ゾフィは続ける。


「ぐふふふふふふふふ。アタシの異能は悪食(あくじき)。あらゆるものを食べ、その力を取り込むことのできる力さ」


「私の魔素を食べてたのって......」


今までの行為の理由がなんとなく分かり、思わず声を上げるエリーゼ。そんな彼女へと振り返ったゾフィは深い笑みを浮かべる。


「あぁ、あんたらエルフの魔素を食べることで魔法の適性を身につけようと色々試してたのさぁ。おかげで魔力量は随分と上がったよありがとなぁ。尤も、他にも理由はあるんだけどなぁ」


「......」


自身の力がアランを苦しめる後押しになっていることにショックを受け、俯くエリーゼをニヤニヤと見つめるゾフィ。


そんな中、しばらく黙っていたアランが口を開いた。


「つまらん」


「あぁ?」


「お前はつまらんと言っているんだ」


突然の言葉にゾフィは呆けた顔を見せ、一方でエリーゼは俯いていた顔を上げる。


そんな状況で相変わらず腕を組んだ不遜な態度のまま、笑顔を引っ込めたアランはすうっと目を細めた。


「なんの苦労もせず得た力にはなんの魅力もない。さっきから見せびらかしてるその能力もただただ恥ずかしいだけだ」


「貴方......」


はっきりと言い切ったアランの姿に、エリーゼの体が震える。いったいこの小さな少年はどれほどの経験をして来たのだろうか。


「ぐふふふふふふふふ!?ガキの癖に随分と偉そうに知った口を聞くじゃねえか」


「事実を述べただけだ」


瞬間。爆発音と共に振り下ろされた右腕がアランの体を再び捉え、更に膝の後から爆発させて勢いを増加させ、床ごと斜めに吹き飛ばした。


アランの小さな体は3度ほど天井と壁を貫き、最終的には壁を砕きながら氷の大地へと吹き飛ばされていった。


「そんなっ!?」


「行かさないよぉ!」


思わず窓へと駆け寄ろうとするエリーゼの体をゾフィは片手で掴むと後方へ投げ捨てた。


「きゃあッ!?」


勢いよく吹き飛んだ体はドアへとぶつかりその場にうずくまる。


「ぐふふふふふふふふ。何が魅力がないだぁ!?肝心の力もねえ癖に偉そうにするんじゃないよぉ!!どれだけ綺麗事を言おうが結局は力こそ全てさ。さて、大事なお友達もいなくなったことだし、お楽しみの時間としようか」


意識が朦朧とするエリーゼの視線の先で、先ほどの袋から針のついた管を取り出したゾフィが醜い笑みを浮かべた。






・・・・・・・・

・・・・・

・・・






アランとゾフィが対面した直後、エレノアは宝物庫の場所を目掛けて廊下を駆けていた。


(もしかしたら主人様の力を取り戻すものがあるかもしれない!)


敬愛する主人に頼まれた時の状況を思い出し、思わずニヤけるエレノア。しかし次の瞬間視線を鋭くし、後方を振り返った。


ひた、ひたと氷の上を歩く音が響く。


やがて廊下の奥から現れたのは白衣を纏った1人の男。


まるで骸骨のような細い体躯。頬は痩せこけ、髪の毛や眉毛がなく目の下には深い隈がある。おそらくエリーゼが話していた組織の1人だろう。


その男はエレノアの姿に気がつくと血走った目を大きく見開いた。


「おや?おやおやおや!?」


板を爪で引っ掻いたような耳障りな金切り声。思わず目を細めるエレノアの前で、その男は指で輪っかを作ると、その隙間からこちらを覗き見る。


「狼のような外見に、美しい金色の毛並み。もしやチミは金狼じゃないか!?今やその殆どが姿を消し、毛1本ですら宝石以上の価値があると言われる希少種!まさか生きているうちにお目にかかることができるとは!!」


興奮冷めやらぬ様子の男は仰々しい様子で右足を引き、右手を体に添え、左手を横方向へ水平に差し出した。


「オイラは魔王教団支部長補佐、ワルダナ。短い間だけど、よろしくお願いします」


姿勢を解いたワルダナは内ポケットから一つの瓶を取り出した。ガラスでできたそれにびっしりと詰められたのは様々な大きさの()()


ワルダナはコルクでできた蓋を回して開けると、中からそれを2つ摘んで自身の口に放り投げた。


「ぴゃー!うまい!これは間違いなくこの前殺した親子の目だなぁ!あの時の怯えた顔といったら......!思い出すだけで興奮が止まらないよー!」


ワルダナは瓶に蓋をすると両手で大事に抱えて頬擦りをすると、


「さて、さっさといただくよー!」


じゅるりと涎を垂らして舌なめずりをした。


「キュイ」


その不気味な様子を見たエレノアはピリッと体に電流を纏わせた。







・・・・・・・・

・・・・・

・・・





先ほどまで降っていた雪が止んでいる。


雪が積もる氷の大地で仰向けに横たわりながら、満天の星空を眺めていると一つの人影が頭上からアランを覆う。


桃色の髪を眉下辺りで綺麗に切りそろえ、長い髪の毛を後ろで等間隔に結んで丸く膨らみを作っている。冷ややかさを感じさせる端正な顔には、首から左目にかけて絡まり合う二対の蛇の入れ墨が存在感を放つ。

漢服と呼ばれる長い袖の衣装を身に纏い、長いマフラーを巻いたその人物は、まさに猛禽類のような獰猛な目で見下ろした。


そんな男は腕を組み鼻で笑う。


「ーーーあぁ?なんだガキ。あそこからあの勢いで降ってきてなんともねぇのかよ。キメェな」


蠱毒を生き抜いた者だけで構成された傭兵集団、蛇。そのトップである男と会敵した。


背丈は成人男性の平均ほどであるが、服の上からでもわかるほどに一切の無駄なく引き締まったその筋肉はまさに芸術品のよう。


あのゾフィというカエル女とは比べものにならない程の強さを感じる。


そんな屈強な大男でさえ逃げ出す状況にもかかわらず、アランは大の字で逆さまに見上げた状態で無意識に口角を上げた。


かつて頂点へと上り詰めた世界とは異なり、今世ではこちらが挑戦者(チャレンジャー)


ーーーあぁ、悪くない。


他の2人の状況などすっかり思考から消え去り、代わりに旧時代の数々の死闘を思い出し久方ぶりに戦闘狂の血が騒ぎ始める。


「よう、お前強いだろ。はやく殺り合おうぜ」


その幼い容姿に似合わぬ傲慢な言葉を受け、すうっと細くなった蛇の双眸が金色に煌めいた。


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