15 とある鬼人の軒昂
異世怪№ 65807646287
ー盤上ノ遊戯ー
その世界では天使達が自由に暮らしていた。
彼らは性別を問わず容姿が非常に整っており、他のあらゆる種族を魅了してきた。
神に仕える者として清廉潔白な心を持つことを心がけ、人々をより良い未来へと導くことに誇りを持っていた。
争いのない平和な日々が続く中、1人の天使が誕生した。その子の容姿は他とは違い、醜く、劣っていた。
とはいえそれはあくまで天使の中での話。他の種族から見るとそこまで酷いものではなかった。
しかし他の天使達はその子を忌み嫌い、誰も関わろうとしなかった。中には直接暴言を吐く者もいた。そこには彼らが大事にしてきた誇りなどはなかった。
どこへ行っても嫌がらせを受ける天使。
居場所なんてものはどこにもなかった。
次第にこころが擦り切れていく中、天使はついに気がついた。
自分が誰にも期待されていない無意味な存在なんだと。
やがて行く宛てもなくふらふらと彷徨っていると、ある日1人の女性と出会った。その人物の名をオルベルク。赤い髪に紅の瞳をした彼女は、今にも倒れそうな天使を半ば強引に家に連れて帰った。
オルベルクは王家の娘だった。王族でありながら、使用人に任せることなく率先して行動する彼女は常に忙しそうにしていた。だがそれでも時間を作って天使の世話をした。
オルベルクは名前がなかった天使に、寂しいからといって花が由来の名前を与えた。理由はわからなかったが、天使はこころがぽかぽかと暖かくなった。
その出来事をきっかけに少しずつ感情を取り戻し、天使の顔には笑顔が増えていった。オルベルクに連れられて城下町へ買い物に出かけたり、また色々な娯楽を教えてもらったり、他にも2人で沢山の思い出を作った。天使はその中でも特に、チェスをする時間と、櫛で髪の毛をといてもらう時間がお気に入りだった。パサパサでこんがらがった汚い糸のような天使の髪の毛は、オルベルクの手によって綺麗な艶のある茶髪に変貌していた。
天使は、初めの頃は勝敗に拘らずにチェスを楽しんでいた。しかし、あまりにも負けが続いた事で悔しいという感情を覚え、持て余していた時間で多くの資料を読み漁り、あらゆる戦術を頭に詰め込んだ。地頭がよかったのか、あっという間に自分のモノにした天使は、相手の次の一手を予測できるようになり、ついにオルベルクに勝利した。嬉しくて嬉しくて、その日は何故か2人で笑いながら泣いた。
気づけばいつしかオルベルクの実力を追い越し、逆に負けることが一切なくなっていた。それでも天使は色々な戦術を試すことが楽しかった。オルベルクは毎回悔しそうにしながらも、戦に活かせる、勉強になると大変感謝していた。
オルベルクが喜んでる様子を見た天使は、もっと彼女の役に立ちたいと考え、今まで以上に自分の時間の多くをチェスの勉強に費やした。その甲斐あってか、相手が出す手を遥か先まで見通すことができるようになっていた。
そんなある日、天使は夢を見た。オルベルクの率いる軍が戦に負ける夢だ。
目を覚ました天使は途方もない不安に耐えきれず、すぐさま部屋を飛び出し、オルベルクに全てを話した。行かないでほしい、ここにいてほしいと必死で説得した。具体的な根拠などない突飛な話を、彼女は決して馬鹿にすることなく真剣に耳を傾けた。しかし、それでも国の一大事だからという理由で天使を置いて戦へ出向いてしまった。
そして、オルベルクは帰って来なかった。
後になって、あれが未来を視る力だと気づいた天使は絶望した。なぜもっと必死で止めなかったのだろう。オルベルクなら、真剣に話を聞いてくれた彼女なら、自分の力について詳しく説明すれば分かってもらえたに違いない。もしダメだったとしても、自分が戦場について行き、あの未来を避けるよう動くべきだった。いくらでも彼女を助ける方法があった。
そう考えて、心の底から後悔した。
それから再び家を出て、行く当てもなく1人で彷徨い続けた。綺麗にしてもらった髪は以前のようにぼろぼろになっていたが、そんなことはどうでもよかった。
やがてとある考えに至った。こんな苦しい思いを2度としないために、これからは全て自分がコントロールすればいいんだと。
生憎天使には未来視があった。この力があれば1人で十分。オルベルクのように自ら戦場に立たずとも、盤外から駒を操り、次の出来事を予測し、自分の物語をハッピーエンドへと導こうと考えた。
それからも天使は毎日欠かさず1人でチェスをやり続けた。こころの何処かであの赤い髪の女性を想い続けて。
そして天使は1人の美しい少女と出会う。
「前、座るよ」
鈴を転がしたような美しい声が聞こえた。私にない、妬ましくて羨ましい声。
「好きにすれば?」
くぐもった汚い声が狭い部屋に響いた。遅れて気づく、自分の声だと。久しく聞いた醜い声。
「じゃあ遠慮なく!」
明るい声と共にガタッと椅子を引く音が鳴り、思わず机に伏せていた顔を上げた。
目の前に金髪の少女が座りこちらを見ていた。相変わらず人形のようにシミひとつない透き通った肌、太陽のように輝く黄金色の髪。そばかすまみれの顔で、ボサボサのツヤのない髪の毛の私とは大違い。
「わざわざ何の用?貴方の体で好き勝手してた私に復讐でもしにきたの?」
思わず棘のある強い言葉が溢る。直後気まずさを感じ、視線を合わせることができずについ俯いてしまった。
「ううん。あなたとチェスをしに来たの」
(……え?)
思わず下を向いたまま固まり、目をぱちくりさせる。まさかこの子からそんな話が出るとは思っても見なかった。
「なに、言ってるの?」
「聞こえなかった?チェスだよ!もう机に準備してるじゃない。ほら、早く私の駒貸して」
呆気に取られた私は、彼女の勢いに流されるまま無意識に白い駒を渡す。
(……まあいいか。どんな意図があるのか知らないけど適当にやったら満足するでしょ)
「ーーー」
チェスを始めてから数分が経った。
おかしい。適当とはいえ決して手を抜いていたわけではなかったのに、視線の先には圧倒的に不利な盤面が出来上がっていた。
「なんで、貴方チェスなんてやったことなかったじゃない」
契約した時、彼女が生まれてから今に至るまでの全てを見た。お出かけすることが好きな彼女が、室内に篭ってチェスなんかしていた記憶は一切なかった。
「あなたと契約してからの長い間、器は私だったんだよ?嫌でも覚えるよ」
その言葉を証明するように、とても素人とは思えないような慣れた手つきで白い駒を前に進めながら、少し呆れたように笑う。
少女が白い駒を動かし、私の黒い駒をとる。
「ーーーッ!」
その一手に強い既視感を覚え、すぐに気がついた。
それは、あのオルベルクが得意だった動き。
「ずっと見てたよ。まともに張り合える相手がいなくて寂しかったよね」
私が何もできない間に、さらに駒を取られる。
今度は、私がオルベルクを驚かすために考えた動き。結局披露することができなくて、それ以降記憶の奥底に蓋をして閉じ込めていたはずだった。
それを、彼女は強引に引っ張り出してきた。
「あなたは知らなかったと思うけど、ずっと私も一緒に戦ってる気分だったんだよ?チェスなんて知らなかったし興味もなかったけど、あなたの努力は全て知ってる。だってこの目で見てきたもの」
この世界で唯一、目の前の少女だけが私の軌跡を知っている。
「色んな人と戦う内に私も遊びたくなった。だってあなた、普段は難しいことばっかり考えてるけど、チェスをしてる時だけは楽しそうな顔してるんだもん。嫌でも興味が湧くよ」
そんな顔してない。別に楽しいなんて、全く思ってなかった。
チェスをしてる時だけは、余計なことを考えなくて良かっただけ。
「……」
「チェックメイト。はい!残念でした」
そう言って少女がぺろっと舌を出しながらウインクをした。
「……うそ」
負けた。チェスで負けた。それもあっさりと。
私は勝ち続けなければならなかったはずなのに。
1人ぼっちになったあの日から、決して負けてはいけなかったのに。
なのに、どうしてこんなにもこころが暖かいんだろう。
「やったー!実際にやるの初めてだったから緊張した。でも、あのチェックメイトって言葉、一回言ってみたかったんだよね」
机に両手をつき、こちらに身を乗り出して嬉しそうに目をキラキラさせるその姿は、まるで昔の私を見ているようで。
なぜか彼女を直視できなくて目を逸らした。
呼吸を整え、興奮を落ち着かせた彼女は姿勢を正して、こちらを向いた。
「私の話、聞いてくれるかな」
「どうぞ」
勝手にしたら良い。別にやることもないし。
「私は、昔から色んな人に囲まれてきた。沢山の友達がいて、ありがたいことに異性からアプローチされることも少なくなかった」
知ってる。羨ましい気持ちを覚えながらも、どうでもいい人たちからの好意に面倒だと感じた。
「いつも丁寧にお断りさせてもらってたんだけど、ある日、気になっていた方から告白して貰って、お付き合いすることになった」
知ってる。どんな人にだって決して蔑ろにしないで、見てるこっちが呆れるくらい丁寧に対応してた。だからそんな貴方の恋が実ったときは私も嬉しい気持ちになった。
「でもね、バカな私は知らなかった。付き合った相手が私の友達の彼氏だったことに」
それはどうしようも無かった。だってその2人は誰にも言うことなく密かに付き合っていたのだから。
「その友達は私が彼氏を奪ったんだ、お前は最低な女だと騒いだ。以前から私のことが気に入らなかった人たちが騒ぎに便乗して、どう足掻いてもダメな状況になった。色んな人に裏切られて、信じてもらえなくて、もう何もかも良くなって屋上から飛び降りた」
知ってる。この子の周りに居たはずの人達が、突然手のひらを返したように責めて、誰も手を差し伸べたりしなかった。見ていて本当に吐き気がするほど辛かった。
「気付いたら真っ白な部屋にいた。怪しい白スーツ姿の人に案内されて、そしてあなたと出会った」
どうしてそんなに恵まれた容姿をしてる貴方が、私とおんなじ顔をしてるのかが気になって、柄にもなく自分から声をかけた。
「今更言い訳にしかならないけど、あの時余裕のなかった私は、あなたのことなんて見てなかった。あんなに辛そうな顔をしていたのに、手を差し伸べてあげられなかった」
それは、私もそう。自分から呼んだくせにあと一歩踏み出すことができなかった。
「今考えたら当たり前だよね。当時の私があなたと1割も適合する訳なかった。だって、自分のことしか考えてなかったんだもの」
それも、私もそう。貴方の器にしか興味がなくて、契約に失敗することがわかっていたのに、強引に進めた。絶対に止めるべきだったのに。
「聖女に生まれ変わって現世に戻ってからは、弱い私の代わりに酷いことした人たちに強く言ってくれたよね。あの時は本当にスカッとしたよ」
違う。別に貴方のためじゃない。記憶だけじゃなく感情も共有しちゃって、どうしようもなく腹が立ったから自分のためにやっただけ。
「私は知ってるよ。イヴァンさんの息子さんの件だって、本当は裏で必死になって探してたよね」
違う。別に本気で探してたわけじゃない。たまたま気になったことがあったついでに調べていただけ。
「最後のロイス君との戦いだって、私のせいにならないように、後で罪にならないように実は操られていたっていう証拠を残してくれてたんだよね」
違う。動画を撮っていたのは別に貴方のためじゃない。ロイス君の選定者としての能力を後で詳しく見たくて撮っていただけ。
「あなたは本当は悪い子じゃないよ」
違う……
「だからね、ずっと言いたかったの」
やめて、私より先に貴方が言わないで。
「ごめんなさい」
「私が初めて出会った時、あなたが抱えているものに気づいてあげられなくてごめんなさい」
違う……本当に謝らないといけないのは……
「背負うから。私もあなたの業を背負う」
「ーーーッッ」
キッパリとした少女の声が正面からして、思わず目線を合わせる。そこには一切迷いのない、真夏の青空のように澄んだ瞳があった。
「確かにあなたがしたことは許されない。どれだけの人を振り回して、傷つけて。謝って済むようなことじゃない」
「でも、私だけは理解できるよ。だって知ってるもの、あなたの過去も想いも全部」
少女の言葉は、私の一番深いところに突き刺さった。私が見たもの、感じたもの、オルベルクと過ごしたかけがえのない日々が、夢なんかじゃなくて確かにあったという証。
鼻の奥がつんと感じ、何かが込み上げてくる。
心の鎧が、ボロボロと崩れていく。
「う……うぁっ……」
目の奥が熱くなる。喉が震える。嗚咽が漏れる。
それでも涙が溢れそうになるのを必死で堪え、誤魔化すように笑顔を浮かべた。聖女としての新しい人生で、多くの人に認めてもらうために鏡の前に立って練習した作り物の笑顔。
ーーーもちろんそんなものが、目の前の少女に通用するわけもなく。
「……ばか。私の前で我慢するな!ばか!」
ガタッと。少女が椅子を後ろに飛ばして立ち上がった。
責めるような言葉とは裏腹に、こころの芯に響くような柔らかいもの。いやでも伝わる、私のことを本当に大切に思っていることが。
私が笑顔を崩して顔を歪めると、少女は表情を緩めてとある言葉を紡いだ。
「リリィ」
「あっ……あぁっ……」
リリィ。それはオルベルクがくれた私の名前。私の笑った顔を見て、お花みたいだねって、そう言ってつけてくれた宝物。
彼女を失ってからは誰にも知られることなく、ずいぶん前にどこかに無くしてきた。
けれど、それを少女が探して拾ってきた。
少女……いや、ユディの瞳から涙が一粒頬を伝ってこぼれ落ちた。美しい顔をくしゃっと歪めて笑顔を浮かべた。
「リリィは本当に優しい子。たとえみんなにどう思われていたとしても、私はリリィのことが大好き」
視界がぼやける。
あぁ、これは駄目だ。
これを止める術を、私は知らない。
「ごめ、ごめんなざい……わだじ、わだじぃ……ユディに……ごべん……っ……」
ぽつぽつと、後悔と共に大粒の涙が溢れ、盤上を濡らす。溢れる涙が止まらず、視界がぼやけてまともに前が見えない。
気づいていた。本当はとっくの昔に気づいていた。
未来視というどれだけ優れた能力を持っていても、全てを操ることなんて出来ないのだと。
自分の行いが無意味だという事に気づいていた。
だけど、そうするしかなかった。私には何も残っていなかったから。
オルベルクと一緒に過ごした日々だけが、私の全てだと思っていたから。
すぐそばに、大切な存在がいることに気がつけなかった。
「やっと名前、呼んでくれたね」
いつのまにか目の前に来ていたユディが、そっと私の頭を撫でる。
「辛かったよね。寂しかったよね」
「……うん」
優しい音色。氷のように凍ったこころをゆっくりと溶かしていく。
思わずユディの背中に手を回す。
「頑張ったよね。1人でもずーっと頑張ったんだよね。」
「……うん゛っ」
一度溢れた感情は、止められない。
「もっと早くにリリィに謝るべきだった」
「ちが、ちがう!ユディは何も悪くない!」
ユディの体を強く抱きしめた。華奢な体は細かく震えていた。
きっと、人知れず後悔を繰り返したのだろう。私と同じように。
「リリィ、私ね。色んなことがあったけど、毎日幸せだったよ」
「ーーー」
「1人で何も出来なかった私にとって、リリィがそばにいてくれることがとっても心強かった」
「ーーー」
「ありがとうリリィ。1人ぼっちでどうしようもなかった私を、ずーっと守ってくれてありがとう。こんなに広い世界の中から私を見つけ出してくれてありがとう」
「ーーーっぐ」
「愛してるよリリィ。私はこれからもずっと、リリィを忘れない」
「あぁぁぁあああ!ごべんなざいぃぃ!わだじが!全部悪かった!!」
こころの壁が粉々に崩れて滝のように感情が溢れた。
思わずユディの服をさらに強く握りしめた。そんな私をユディはそれ以上に強く抱き返してくれた。
そうして私たちはしばらく2人で涙を流しながら、今までの時間を埋めるように抱きしめ合った。
「はい!できた。ほら見てみなさい、リリィはこーんなにも可愛いんだよ。紛れもない天使だね」
鏡の前に立っていたのは綺麗に髪の毛を整えた私だった。
ユディが櫛で整えてくれた。それをきっかけにふと昔の思い出が脳裏をよぎり、また泣きそうになる。
「もう、また泣くの?って言いたいけど、わかってる。これが好きだったもんね」
感傷に浸りながら、ユディが慈愛に満ちた顔で私の髪の毛を撫でる。
その姿は私よりよっぽど聖女に見えた。
私は涙を堪えながら、ずっと胸に秘めていた思いを伝えることにした。
「ねぇユディ」
「なーに」
「……いっぱい迷惑かけたけど、ほんとに今更だけど」
「うん」
「……私にこんなこと言える資格なんて無いかも知れないけど」
「うん」
「私と、友達になってください」
ユディからの答えを知るために、もう未来視なんて必要なかった。
「はい。喜んで」
私は本当に久しぶりに、心の底から笑顔になれた。
「もう一回!もう一回しよ!」
「ふふっ。焦らないの」
「いくよーっ!ユディ、これでどうだっ!」
「甘いねリリィ。はい、その駒もーらいっと」
「あぁーっ!なし!今のなし!やり直しを申請します!」
「駄目でーす。その申請は却下されました」
「けちー!」
「ふはははは。何とでも言うがいい」
「ぷっ」
「ふふっ」
「「あはははははははっ」」
小さな部屋の真ん中で、2人の少女が寄り添いながら、花のように笑い合うのだった。
ふわり、と。
一片の白い羽が、空を舞った。
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
聖教会地下での聖女との戦いから3ヶ月後、俺とベルベットはとある場所に訪れていた。
「どうだ?なかなかいい出来だろ」
「うん!いいんじゃない?」
外界深度4領域、霊脈ノ森深部。俺がかつて探索者時代に不屈の剣として最後に戦った場所。
やや紅葉が始まった木々の中で、ぽっかりと穴が空いたような空間。
俺はその場所に建てた3つの立派な墓碑を撫でた。どれも俺が自ら作ったものだ。
「あれから一度も来れなくて悪かった。お前らから目を背け続けて、すっかり遅くなっちまった」
選定者になる際に過去と向き合った俺は、ようやく自分の気持ちに折り合いをつけることができた。
「すぐに頂上まで行って、最高の景色を見せてやるから待ってろよ」
「と、Fランクの新人探索者が申しております。せっかくBランクまで上がってたのに勿体ない」
俺の横に立ったベルベットが何やら文句を言いたげな顔をしている。
「いいんだよ、これで。こいつらにズルすんなって怒られそうだし」
ベルベットの言うとおりかつてBランクまで到達していた俺は、ギルド支部長からの特例で同じランクから再開出来ることになったのだが、その場で丁寧に断った。なんとなくそれは違う気がしたのだ。
「ったく仕方ないね〜。しばらくこのCランクのお姉さんが面倒見てあげるとしましょう」
驚いたことにベルベットはいつの間にかCランクの探索者になっていた。
高ランクの探索者が同じパーティーにいれば、一番下のランクであっても上のランクのクエストを受けれるということで、しばらくの間俺たちは一緒に行動している。
一刻も早くランクを上げなければ、ベルベットにいつまでも調子に乗らせるわけにはいかない。
「それで、さっきの話だけど本当に良かったの?あのまま王都に残っていれば地位も財産も何もかも手に入ったのに、ぜーんぶ断っちゃって」
聖教会地下で目覚めたユディは、やはり俺が戦った聖女とは別人であった。
最後の戦闘の録画が残されていた事や、俺の証言から彼女も被害者であることが認められたものの、本人の有無を言わせぬ申し出により、有罪判決が下されることになった。
聖教会は解体となり、関係者も全員が逮捕。国王は退任となり、代わりにその息子が新たな王に任命された。一時は混乱が広がったものの、さすが由緒ある王家というべきか、新たな国王が20にも満たぬ年にもかかわらず、スムーズに騒ぎを収めた。
その国王本人から勲章授与の話があったのだが、王都を出る予定の俺は全ての申し出を丁寧に断り、金品は全てヴァルフリート家の使用人に回すよう伝えた。
当主であるイヴァンは修練場での戦闘の後一命をとりとめており、病院で丁寧な手当を受けたのち他のヴァイスシャッハの面々と一緒に逮捕されることとなった。
ちなみにロッツォとかいう筋肉オカマバニーガールは、いつの間にか行方をくらましていた。あの時俺の轟雷を直撃したにも関わらず、いまいち手応えが無かったことから相当な実力者であることは間違いだろう。
いずれ来る再戦に備えて、今まで以上に力をつけなければならない。
「あれ見せてよー。黒髪のやつ。かっこよかったじゃん」
「しつこいな!いつまでもいじってくんじゃねぇよ」
証拠の提出として、王都に駆けつけた審問官長とベルベットと一緒に何故か残されていた聖女との戦闘記録を確認した。ベルベットはその時の俺の格好についてよっぽど琴線に触れたようで、小馬鹿にしたように何度も話題に出してくる。
「そういえばベルベット、お前女だったんだな」
「ん!?」
突然固まったベルベットが、壊れたおもちゃの様にゆっくりとこちらを向く。
「ユディから聞いたぞ。あんなに綺麗な髪と目をした可愛い女の子だとは思わなかったって」
ユディが連行される前、随分と雰囲気の変わった彼女がいたずらっ子のような顔で俺に話してくれた。
彼女曰く、昔の知り合いの顔にそっくりなベルベットのことが気に入らないらしい。
「あ、あの女……!やっぱりボク、あの女のことが嫌いだ!!」
拳を握りしめ、ユディの姿を思い浮かべるベルベットに音も無く近づいた俺は、最近買い直したらしいシンプルなデザインの仮面をガシッと掴む。
「そこまで言われたら気になるだろ、見せろよ。別に減るもんじゃねぇし」
「やーめーろ!離せ!」
「俺の秘密は話しただろうが!不公平だぞ!」
「それとこれは別の話ですー!残念無念!」
「……よーし分かった。手加減はしねぇ」
「ぎゃー!やめろおおおおおお」
「お前ら何してるです!いい加減待ち疲れたです!」
2人で騒いでいると、背後から呼び声が聞こえた。
振り向いた先には赤と金の着物を着た黒髪の少女が、不機嫌そうに木に背中を預けて立っていた。
あの紅い満月に照らされた大きな桜の木があった世界で、チハルと一緒に居た鬼の少女、ツムギである。
おそらくより深く祝福の力を引き出したからか、聖女との戦いの後気がつけばこいつが現世にいた。
本人に理由を聞いても分からないらしく、仕方がないので一緒に行動している。
「何だツムギ。先に家に戻ってるんじゃ無かったのか」
「ッ!あんまりにもおせーから戻ってきてあげたのに!」
地団駄を踏むツムギをベルベットがなだめる。
「まあまあムギちゃん落ち着いて。これあげるから機嫌治してほしいな」
「ふん!別にそんなものでつられるような軽いツムギじゃねーですよ」
言葉とは裏腹に、ベルベットが差し出した棒付きキャンディを即座に受け取ると、そのまま口に含んだ。
これから同じパーティーとして行動するベルベットには隠すわけにもいかず、俺の祝福についての全てを話した。さすがに驚いていたものの、ロイスだからという理由で納得された。解せない。
ベルベットはツムギのことを愛称で呼び、対するツムギもすぐに気を許した。俺の時とは違って2人はすぐに打ち解けている。別に悔しくはないが。本当にこれっぽっちも思ってない。
「いや食ってんじゃねえか」
「ベルベットが可愛そうだから食べてあげたです!」
「ムギちゃんは優しいね。ありがと」
「やっぱりロイスとは違っていいヒトです!こんなやつ放っておいてさっさと行くです!」
そう言うとツムギはベルベットの手を取り駆けだした。
「わっ!危ないよムギちゃん!……ロイスも早く来なよー!」
「おう!すぐ行く!」
みるみるうちに離れていく二人を横目に、俺は背後を振り返る。
視線の先にはまるで俺を送り出すかのように、3つの墓碑が太陽の光に照らされていた。
ーーー今度こそ、約束を果たすから。
そう誓った俺は一切振り返ることなく、探索者としての新たな一歩を踏み出した。
ep.2 聖女 完
『速報です。王都ハインルッツェで起きた一連の事件について、証拠動画と関係者からの証言により一時的にポルガーノ被告の無罪判決が下されました。しかし、その後急遽本人からの申し出により、本日有罪判決へと覆ることとなりました。これに伴い聖教会解体や国王の交代が確定し、情勢は大きく変化すると見込まれます。また正門前には何者かが争った形跡が残っており、今回の事件に関連性があるとみて調査を進めています。今後も情報が入り次第、追ってお知らせいたします。ーーー続いてのニュースです、学園都市にて、新薬の開発がーーー』
プツッ。
「あ、もしもし僕です」
誰もが寝静まった夜更けに王都の路地裏を1人の人物が歩く。
綺麗な茶髪をしたその人物は、身につけた黒縁の眼鏡を指で触れる。
「先生。あれから特にめぼしい物は見つかりませんでした。ーーーはい。聖女と鬼人の戦いはとても興味深かったです。ーーーもちろん映像は複製して持ち出してるんであとで見てください。ーーーええ。選定者同士の戦いなんて滅多に見れませんよーーーそうですね」
腕輪型の通信機を起動し、ホログラムモニターに表示されたとある人物と通話しながら進んでいると、酔っ払いの探索者と肩をぶつけた。
「いてぇな!何しやがる!って……おいあんた、よく見りゃあ可愛い顔してんじゃねぇか、ちょっとそのつら貸せーーー」
その探索者がニヤニヤと下卑た表情を浮かべて手を伸ばした瞬間、
「ーーーえ」
首から上を失った。
そのまま胴体は数歩進み、やがて地面へと転がった。
「ーーーいや、大丈夫ですよ?ちょっと羽虫が鬱陶しくて。ーーーいえ。それでは、これからそちらへ向かいます。ーーーはい、了解しました。それでは失礼します」
通話を終えた人物は、手に持った頭をその場に投げ捨てると何事も無かったかのように再び歩き出した。
大きな満月が照らす夜の王都に、鼻歌だけが響き渡った。
今回で聖女編は終了です。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
まだまだ謎の多い本作品は続きますので、今後とも応援のほどよろしくお願いいたします!




