14 聖なる者に裁きを下す
何もかもが順調だった。
ー引き返すことが出来なかった。
全てが思い通りに運んだ。
ー誰かに止めて欲しかった。
聖女と呼ばれるようになってから歩み始めた第2の人生は、自身の思い描いた最善の未来へと駒を動かすだけの単純な作業だった。
ー聖女と呼ばれるようになってから歩み始めた第2の人生は、自身の思い描いた最悪の未来へと駒を動かすだけの単純な作業だった。
王、王女、僧侶、塔、騎士、歩兵。主要人物を筆頭に、王都ハインルッツェを手中に収めるのにそれほど時間はかからなかった。
ー友人、両親、恋人。かつての宝物の全てが両手からこぼれ落ち、後には何も残らなかった。
退屈な日々。
ー後悔の日々。
でも今になってようやく気づいた。それは贅沢な悩みだったのだと。
ーでも今になってようやく出会えた。私の想像の上を行く救世主に。
突如終わりを迎えた、最高の結末を迎える物語。
ーようやく解放される、最悪の結末を迎える物語。
誰でもいいから教えて欲しい、私の未来を。
ー毎日見た悪夢のような未来が来ない、それだけで私は安心した。
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「ーーークハハハハ!俺と遊ぼうぜぇユディ!隠れてないで出てこいよォ!もちろんチェス以外でなァ、勝てなくてつまんねぇからよ……そうだな、鬼ごっこなんてどうだ?この間やりたいって言ってただろ?こんなところでやれる機会なんて滅多にないぞ」
無人の王宮にて、背後から鬼人の嗤い声が追ってくる。
聖女であるユディの未来視に映らなかった展開。分岐した本来あるはずのない物語。
コメディだと思って見ていた映画が、実はホラーだった時のような絶望感。
今日に至るまで全てを見通して来た力は、とある鬼人には通用しなかった。
「痛い。痛い痛い痛い。え?夢かな?夢だよね。きっとそうだ。こんなの悪い夢に決まってるよ」
王宮内1階のとある部屋の机の下で、聖女は蹲るようにして身を潜めていた。
祝福の効果の一つ、自動回復によってとっくに傷は癒えているものの、殴られた痛みは簡単には消えない。
ユディは無意識の内に自身の親指の爪を噛みながら、ぶつぶつと呟く。
「ロイス君が私のところまでたどり着いて、それをロッツォが捉えて連れて帰って時間をかけて洗脳して、そして私の駒になる。それから今度こそ万全な状態であいつらを殺すはずだよ?……なんで私、ロイス君に殴られて、追いかけられて、隠れているんだろ?なんで??」
聖女として過ごした人生で初めて受けた顔への拳による衝撃によって、正常な思考を巡らせることが出来ない。
「あり得ない、あり得ない!だってただの駒なのに!」
自身の修道服が汚れることなど最早気にすることなく、四つん這いで床を叩きながら子供がだだをこねるように喚く。
「俺もあんたの駒だったのか。それは知らなかった」
「そうだよ!だって私はプレイヤーで、あなたは駒、ぜんぶが思い通りにーーーえ……?」
恐る恐る顔を上げた聖女の瞳に広がるのは、机に手を付いてこちらを見下ろす鬼人の三日月のような笑み。
「ヒッ」
2度目の拳が聖女に突き刺さる。
「アアアアアアアッッ!!」
立ち並ぶ王宮の壁を、幾つも幾つも突き抜けながら、机や椅子を吹き飛ばしていく。
壁をぶち抜くたびに聖女の体は傷ついていく。が、どれだけ傷を負ったとしても、祝福によって直ぐに治っていく。
やがて勢いが弱まり、二階へ続く階段の前で高い天井を見上げて横たわる聖女、相変わらず傷ひとつない体をシャンデリアの光が照らす。
「ゆ、ゆめじゃない!?」
声が響き渡る。驚愕に見開かれた目の端には涙が浮かぶ。
「あのヒトは一体何?何なの!何も分からない!何も見えない!!」
ガタッ。
「いやだ、来るな、来るなああああああ!」
後方から聞こえる物音にビクッと反応し、勢いよく立ち上がると、目の前の階段を全力で駆け上がっていく。
紅い絨毯が敷かれた螺旋状の階段を振り返ることなく登る。
2階、3階、4階。階段が果てしなく続くような感覚を覚えながらも目的地に向かって必死で駆ける。
「はぁ、はぁ、はぁ」
息も絶え絶えにようやく最上階にある王の寝室にたどり着き、大きな扉を開いて中へと入る。
そして、部屋の中心にたどり着くと右手をかざして叫んだ。
「王命・転移”聖教会”」
瞬間、王冠のシンボルと共に床一面に魔方陣が浮かび上がり、部屋中をまばゆい光が包み込んだ。
光が収まり聖女がたどり着いた先は聖教会地下、大広間であった。先日の戦闘の痕跡は綺麗に消え去り、大理石の床が広がっているのみ。また天井には巨大なステンドグラスが飾られており、美しい女性がこちらを見下ろしている。
「ここまで来れば、一旦はなんとか耐えれるはず」
そう呟きながら一歩踏み出したとき、床に映る自身の影が二つに分かれた。
「!?」
驚愕に目を見張る聖女の視線の先で、まるで水面のように波打ち一人の人物が出てくる。トレードマークの黒い仮面はなく、包帯姿の整った顔を惜しげもなく出している。灼熱の色をした髪に深紅の瞳の少女。
王都随一の情報屋、ベルベットが背後に姿を見せた。
「やっぱりここに行くと思っていたよ、聖女サマ」
「情報屋!一体いつから私の影に!?」
「最初から、といいたいところだけど、ついさっきさ。ロイスの影を通してお前の中に潜り込んだ」
「そんな……いつの間に……」
「あれー?お得意の未来視はどうしたのかな?だったらこれも知らないかもね」
不敵な笑みを浮かべた包帯姿の少女は、ユディの背後の床を指さした。
ベルベットの技能”影”のもう一つの能力。それは登録した2つの地点をトンネルのように繋ぎ、影に入った者を転移させることができる力。
聖女の能力が通用しない異常者。その存在が、再び聖女の前に姿を現す。
「あ、ああ……」
ユディの影が波打ち、徐々に浮かび上がってくる鬼人。
「鬼ごっこはもう終わりか?随分あっけなかったが、もうこれ以上何も打つ手が無いんなら、ユディ=ポルガーノ。あんたはもう終わりだ」
ロイスから溢れる闇がユディに放たれる。
「う……あ……ッ!」
気圧され後ずさる聖女は、何かにぶつかって止まる。振り向いた先には満面の笑みを浮かべるベルベットが拳を引いて構えていた。
「やめっーーーーーー」
「これは、この前の分っ!!」
今度はベルベットの拳が、聖女の顔面を貫いた。
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「いい加減そこを通してもらえないでしょうか?このままでは我々がユディ殿に叱られてしまう。……それにあなたは今回の件について関わらないと仰っていた筈では?」
「ふっふっふ。誰から聞いたのかは知らないが、私は直接関与しないと言っただけさ。それに今もこうして此処に立っているだけじゃないか。何か問題でも?」
「それならば、今すぐにその殺気を引っ込めてもらえるとありがたいのですが」
王都ハインルッツェの正門前にて、ロッツォを除いたシュバルツ・シャッハ5人と探索者ギルド最強の男、正義執行が向かい合っていた。
エルフ、ヴァンパイア、ドワーフ、リザードマンといった通称亜人種で構成された彼らは、紛れもないこの世界でも有数の実力者。だがそんな強者たちは揃って顔を険しくしていた。原因は言わずもがな、進路を遮るように腕を組んで立つ目の前の男である。
「はて、なんのことやら。それに獣王、君にとってはこんなものは何ともないだろうに」
戦闘体制をとるメンバーの内、獣王と呼ばれた先頭に立つ男が、再度口を開く。
獅子の頭をしたその男の体は極限まで鍛え上げられ、正義執行と比較しても遜色ない威圧感を放つ。
「我々はこの世界で天に選ばれることのなかった一般人。次元を超えた力を持つあなたに、そのように評価をされる程の実力は有りませんよ」
丁寧な言葉とは裏腹に膨れ上がる獣王の圧。
「ふっ、冗談はやめたまえ。その迫力のある獅子顔に全く似合っていないぞ?」
ピクリと眉を動かし、睨み合う2人。風が強まり、互いのマントが靡く。その背後ではシュバルツ・シャッハ達が各々の武器を構えた。
正義執行はそんな彼らを気にする素振りすら見せず、獣王から視線を逸らさない。
「なぜロッツォ殿を通したんですか?私が行かなくとも彼1人で十分だと思うのですが」
「確認するためさ、彼に備わるものが王たる器なのかどうかを」
「ロイスという少年のことでしょうか?少々買いかぶり過ぎでは?……とはいえやはりユディ様のお怒りを買うことは避けたいので早く向かうことにしましょう」
そう言いながら背中の大剣を抜く獣王。対する正義執行は相変わらず何も持たず腕を組んだまま仁王立ちしている。1人対5人という数的不利な状況にありながら、その仮面の下では笑みを浮かべる。
「見る目が無いねぇ。人の上に立つ者として失格だよ、獣王」
「ほう。あなたがそこまで仰るとは、少し興味が湧きました。それならばこの後自分の目で確認してきましょうか」
王都外にて、怪物達の戦いが始まろうとしていた。
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・・・
聖教会地下にて、ロイスとベルベットに挟まれる形で頬を抑えて俯く聖女。周囲を青白い光が漂い、受けた傷は癒えているものの、一向に動く気配がない。
「……ロイス、なんかおかしくない?」
「あぁ」
二人が訝しみ、聖女の出方を伺うこと数秒。
「ーーーーあは」
突如、聖女が顔上げた。先程までの怯えた様子が無くなり、纏う雰囲気が変化する。それはこの世界の上位者が放つ圧倒的なオーラ。
「ッ!」
格下の存在であるベルベットが大粒の汗を浮かべてその場に固まり、鬼人のロイスでさえ僅かに目を見開く。
聖女が顔を覆った指の隙間から覗く両目には魔方陣が浮かんでいた。その蒼いサークルの中に浮かぶ6種類の駒が回転する。
「あはははははははははははは!もういい、何もかもどうでもいい!」
狂ったように嗤う彼女は天を仰ぎ、両手を掲げる。ステンドグラスの輝きが虹色に照らす。
「ベルベット!下がれ!」
僅かに遅れたロイスの第六感がけたたましく鳴り響き、咄嗟に叫ぶも一歩遅かった。
手を伸ばした視線の先に、一片の白い羽根が舞う。
「祝福”盤上ノ遊戯”。異界降臨”、天獄”。」
王都の全ての時間が、停止した。
ロイスに手を伸ばしたまま固まるベルベット。彼女はまるで石のように動かない。
次いで一切の音が無くなり、虹色に輝く天井のステンドグラスを除いて世界が白黒に染まる。更には2人を囲むように巨大な6種12体のチェスの駒が出現し宙に浮かぶ。
「なんだ、これは」
「やっぱり君だけは例外かぁ。本当になんなの」
初めて聞く声に、ロイスががばりと聖女に振り返った。
視線の先ではユディの体から、まるで分裂するように1人の人物が出てきた。背丈はユディと同じく小柄で、濁った茶髪が無造作に腰まで伸びている。純白の衣を纏った体の頂点に半透明の輪っかが浮かび、背中に生えた白い羽が存在感を放つ。その姿はまさに物語に出てくる天使そのものであった。
「ユディ、なのか?」
意識を失い床に横たわるユディを鬱陶しそうに見ながら、僅かに宙に浮かぶ天使。
「あは、ははははははは。あーあ、ロイス君のせいで計画が滅茶苦茶だよ。あの子との契約もこれで終わって私の寿命もあと僅か。どうしてくれるのさ」
聞き慣れない声で、慣れ親しんだ口調で目の前の天使が話を続ける。
「この子はただの器だよ。君と違って1割も混ざらなかった欠陥品。勿体ないから私が貰っちゃったんだー。見た目だけは悪くなかったからさ」
「要するにあんたが元凶ってことで良いんだな?」
「そうだよ〜。ユディっていう名前のヒトは無関係ーーー」
約2メートル。
ロイスは予備動作なしで飛び上がり、一瞬で距離を詰めると躊躇なく大鉈を振り上げた。
「轟雷」
赤黒いスパークを纏った大鉈による鋭い一振りが聖女を縦に両断する。しかし、コンマ1秒にも満たない速度で傷が塞がり、ぎょろりと聖女の瞳がロイスに向けられる。
「無駄だーーー」
一閃。
最後まで聞くことなく今度は横に両断する。確かな手応えはあるものの、瞬時に再生する天使の体。
「ちっ」
体勢を立て直す為に地上に着地し、ロイスは頭上で笑みを浮かべる天使を見つめた。
「もう!時間は沢山あるんだから落ち着きなよ。気にならないの?ここはどこか、私は何者か、外はどうなってるのか、そこの情報屋は無事なのか、とかさ」
「……」
「せっかく2人きりなんだし、もっと楽しんでよ~。……いいもん、勝手に話すから。ここは君の居る世界から切り離された空間。分かりやすく言うと君の鬼さんが居る世界と同じものを異世界から無理矢理繋いだってことだね」
「……」
「通常、契約を切った者は現世に残ることが出来ないんだけど、この天獄内は特別なんだ!どれだけここで過ごそうが、外では1秒も経過しないんだよ?凄いでしょ!」
「……」
「ロイス君が外に出る為には私が解除するか、私を殺すかの2択なんだけど、どっちも無理かな。天井にステンドグラスが有るでしょ?あれは魔素を吸収して貯めておくことが出来る装置なんだ。王都中から毎日少しずつ貯め続けていたんだよ」
「……」
「そして今この装置が保有している魔素量は、あのイヴァンが使用した切り札の100倍にも及ぶ!だからロイス君がどれだけ私にダメージを与えようとも無駄なの!そこの魔素を消費して即座に回復する!そして、何も通じないことに気づいて絶望する未来が訪れる!それまでせいぜいあがくといーーーい……?」
刹那、ロイスの体の奥深くから膨大なエネルギーを感じた。
次いで違和感を感じて床を見ると、天使の腕が転がっていた。傷は瞬時に再生するも、斬られた事実に一切気がつかなかった。
「ん?」
首をかしげる天使は、遅れて事実に直面する。
「……な……なに…………した、の?」
ロイスの周囲に漏れ出す黒。
それは深い悲しみと、無念さを併せ持っていた。
とある鬼が絶望し諦めた世界から、今なお抗い続ける理不尽な世界へと、次元を超えて伝わる怨嗟の叫びを、ロイスは確かに感じた。
ヤミが叫ぶ、行き場を失い積もりに積もった怨嗟を晴らしてくれと。
闇が叫ぶ、この世界に抗うためのありったけの力をよこせと。
元々絡まり合っていた2つはさらに深く、深淵へと沈んでいく。やがて核となる体の奥深くで完全に同化した。
無数の怨嗟が、ロイスの力を無限に引き出す。
その結果が現世に影響を及ぼした。
ロイスの銀の長髪が頭頂から毛先に向かって鮮やかな夜色に染まっていき、漆黒の瞳はとある世界を照らす満月のように紅く輝く。
続いて、度重なる激闘でボロボロになった黒のコートを上書きするように、白い木綿の布と黒の帯が出現し、全身を上から下まで覆っていく。やがてそれは袴へと変貌し、無地の上から金色で桜が舞い散る様子を描いた。
そして、最後に手に持っていた大鉈の様子が変化する。片手で正面に差し出されたソレは、まるでかさぶたが剥がれるようにボロボロと崩れ落ちていき、中から一振りの太刀が現れた。黒を基本とした刀身に袴と同じ金の桜の装飾が施され、誰が見ても分かる業物へと変化した。
そのあまりの美しさに戦闘中であることを忘れてうっとりと眺めていた天使は、
ロイスが僅かに鞘から抜いた次の瞬間、
「……ッ!?」
全身の肌を粟立たせた。
驚きに跳ねた体は、次第に恐怖で震え出す。
「ロイス君……あなたのそれ、一体何……?」
天使は気づいた。その太刀が抱える業の重さを。
天使は気づかない。死を超越したはずの己が目の前の男に気圧され、いつのまにか後退しているという事実に。
かつての大鉈の比ではない。今にも嵐のように暴れ出し、周囲一帯を更地にしてしまうのではないかと思わせるような獰猛さを持ち、それでいて水を打ったような静けさをも備えているという歪さ。
刀身に閉じ込められた無数の怨嗟が、早く早くと獲物を招く。
ロイスは子供をあやすように無言で優しく鞘を撫でると、左足を引き、腰を落とした。視線は天使を捉えて逃さない。
「聖なる者に、裁きを下す」
虹色の光が降り注ぎ極限の緊張に包まれる白黒の空間で、純白の袴を纏った鬼人がまるで演舞のように美しく、そして静かに抜刀した。
連続の斬撃を受け、足の指先から頭まで細かく切り刻まれるも、全身を青白い光が覆い、瞬きの間に傷を無効化していく。
「この、祝福は、どんな、傷をも、完全に、癒やす!その、刀が、どれだけ、凄くても、関係、ない!君は、このまま、無限の、牢獄で、私と、同じ、時を、過ごすんだ!!」
血走った目を見開き、白い羽根を振りかざして叫ぶ天使。周囲には無数の羽根が舞い散る。
「あなたの、体力は、いずれ、底をつく!だから、さっさと、無駄な、抵抗は、諦めて、楽に、なるの!」
体を斬られて、すぐに癒える。また斬られて、すぐに癒える。
「無駄!無駄、無駄ァ!いい、加減、諦めろォ!」
斬、癒、斬、癒、斬癒、斬癒、斬癒、斬斬癒、斬斬癒、斬斬斬斬癒、斬斬斬斬癒、斬斬斬斬斬斬癒、斬斬斬斬斬斬斬斬ーーー
「ーーー!?」
「なあ、ユディ」
ロイスの攻撃速度が、天使の回復速度を上回り始めた。
「最近気がついたんだが、どうやら俺は諦めが悪いらしい」
青白い光と共に斬られた箇所から回復するも、それを上回る斬撃。
回復が追いつかず完全再生ができない。
「あんたの無限の回復と俺の無限の攻撃、どっちが上だろうな?」
「ーーー」
片や1割も同化する事なく、自ら戦場に立たず盤外から指示を出すだけの傍観者。
片や10割の力を完全に己のものとし、独り戦い続けた孤高の戦士。
どちらが優れているかは明白であった。
「クハハハハ!表舞台に出ること無く、外から全てを支配したつもりか。今ぬしの目の前にいるのはただの駒ではなく同じ土俵で戦う敵。思い通りになるわけがないだろう」
赤い光に照らされた和室の畳の上に黒髪の鬼があぐらをかいて座り、酒を片手に笑みを浮かべた。
「やはり俺の目に狂いはなかった」
斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬癒、斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬癒、斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬癒ーーー
魔素が放つ青白い光が天使を照らし続ける。必死で手足を動かそうとするも、その部位が欠損し続けることにより一歩も動くことが出来ない。
(まって、追いつかなーーー)
斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬ーーー
気づいた時にはすでに遅し、ロイスは構えを解くと静かに鞘に収めた。
斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬癒ーーー
それでも止まることなく続く斬撃。
ロイスの太刀はまるで降り続ける豪雨のように、天使の体を遥か未来まで刻み続ける。
斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬ーーー
己の結末を知るために、もはや未来視など必要なかった。
ーーー死
突如突きつけられた明確な結末に、ゾッと天使の背筋が凍る。
「いや、だ……」
涙を流すことすら許さず、裁きの雨は続く。
そしてついに、無限に蓄えられていた筈だった装置内の魔素が底をついた。
四方を囲むチェスの駒が全て粉々に砕けると、連鎖するようにガラスの割れる音が響き渡り、天井に飾られたステンドグラスも砕け散る。
色とりどりの破片がキラキラと降る中、ロイスは闇夜に紛れる亡霊の如く無言で佇む。
もはや回復能力を失った天使が一方的に刻まれていく様子をじっと見つめ、静かに口を開いた。
「怨嗟ノ太刀、"業雨"」
その言葉と共に、天使が体に受け続けていた衝撃が無くなった。
ーーーロイス君の攻撃が、終わったのだろうか。
……いや、違う。終わったのは攻撃ではなくーーー
聖女としてユディ=ポルガーノという少女に宿り、この王都ハインルッツェで数多くの民を魅了し、全てを意のままに操ってきた天使。しかし、彼女が見た未来はついぞ叶うことはなかった。
やがて彼女は、髪の一本すら残すことなく完全にこの世界から消滅した。
次回エピローグです。




