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異世怪奇譚  作者: ツチノコ太郎
ep.2 聖女
12/29

12 業を背負って

胸に向かい側の壁が見えるほどの大きな風穴を空け、膝から崩れ落ちるロイス。目的のためとはいえ、愛弟子であり義子を自ら手にかけたという事実に、イヴァンの顔がわずかに強張る。


それでも目的のために切り捨てたのは己。


実子(ダン)を選び、義子(ロイス)を切り捨てた。


今更正常者ぶるな、お前は偽善者、人殺しだ。


そう自分を叱咤し、返り血をぬぐい出口へと向かう。


聖女たちが待つ地獄へと足を踏み出したその時、


「イヴァン。もう一度だ、構えろ」


聞こえるはずのない声に、イヴァンは目を見開いた。


「どうした?まるで幽霊でも見たような顔だな」


振り返ったイヴァンの先にはロイスが立っていた。軽口を叩く様子からは普段通りの姿に見える。しかしその身に纏う雰囲気は先程までとは一変し、暗く粘着質のある赤黒いオーラが漂う。


「お前、誰だ」


「あ?何言ってんだイヴァン。ボケるにはまだ早えぞ」


意図せず疑問の言葉が溢れる。


両手に残る一生忘れないであろう感触。ロイスの命を奪ったという"業"をこの先一生背負っていくつもりであった。


だが、目の前にいる男は何ともない様子で立っているのだ。血によって服は赤黒く染まっているものの、破れた箇所から覗く肌には一切の傷跡がない。


そして何より存在感を放つのは額から生える一本の角。暗い黄金色に輝くそれは、ヒトであることを辞めた証。対峙して分かるのは、存在としての格が1段階上がったような感覚。


確かに器はロイスに違いなかった。しかし、内包するのは黒く濁った別のナニカ。


「悪魔に魂でも売ったか」


イヴァンの言葉に応じるように闇がロイスの周囲を蠢く。まるで王に付き従うかの如く。


「悪魔だぁ?確かにそぉかもなぁ。聖女に魂を売ったあんたにだけは言われたくねえけど。クハハ」


ロイスは地面に落ちた大剣を拾い上げると、頭を掻きながらゆっくりと壁へ向かう。たどり着いた先にあるのは風化したボロボロのホワイトボード。ロイスはペンを手に取ると、擦れた字で数字を書き込む。


「さっきの負けで100ー0か。とうとう3桁になっちまったな」


感慨深く呟くロイスは戦場にいるとは思えないほど落ち着いているが、銀の長髪を靡かせ立つ姿には一切の隙がない。


嵐の前の静けさのような雰囲気に、イヴァンは攻めあぐねていた。


互いに沈黙のまま静止すること数秒。やがてこちらを振り返ったロイスは手に持つ大剣へと視線を落とす。


にびいろの丈夫なだけの剣。先ほどの戦闘でも一切の刃こぼれがない。


そんな一見何の変哲も無い大剣を勢いよく振りかぶると、大地を蠢く自身の闇へと突き立てた。


突然の行動にイヴァンが眉を潜めていると、視線の先に異常が生じる。


ロイスがゆっくりと闇から引き抜いた大剣が大鉈へと変化していた。持ち手はそのままに、峰や平の部分は血管のようなモノが浮き出ておりドクドクと不気味に脈打つ。切刃は所々が欠け却って凶悪性が増していた。


包帯まみれの体に、血濡れの服を纏う。手には大鉈を持ち周囲には闇が蠢く。


そんな人物が赤黒いオーラを放ちながら笑みを浮かべて歩いてくる様は、まさしく鬼人であった。


やがてイヴァンの正面で止まると目と鼻の距離で向かい合う2人。


緊張が極限に達する。


先に動いたのはイヴァン。先手必勝とばかりに右横から勢いよく切り込む。対するロイスは首を僅かに傾け、ギリギリの距離で躱す。


この時、死の淵から舞い戻ったロイスは完全に間合いを支配していた。


互いの武器が大物である以上、躱すことが出来れば大きな隙が生じる。


そのままロイスが攻撃に転じようとして、再び頭を傾けた。


直後、元いた場所を左から大剣が通過した。あまりにも早い切り返しに、先ほどから違和感を覚えていたロイスは半歩下がると口を開いた。


「あんた、なんかやってんな」


そんなロイスに対してイヴァンは反応することなく再び距離を詰める。


イヴァンの異能は反慣性(アンチ イナーシャ)。その言葉の通り、自らの意思で慣性を無視する能力。通常、物体が動こうとするときや止まろうとする際に外部からの力が必要になるが、この能力によって一切の力が不要になる。例えば剣を全力で振り、急停止をする事は困難であるが、瞬間的に反慣性を使うことによって勢いを無くし、一切の負荷なく切り返すことが可能になる。


故に体制を整える動作を削ることで常に攻め続けることが可能である。


先程の轟雷の連続使用がまさにそうであった。


(攻撃の間にラグがねえ。おそらく何らかの異能を使ってやがるな……。くそっ、今までずっと手加減してたってことかよムカつくな)


ロイスはこの能力について知らなかったものの、自身の異能である第六感によりおおよその正解を導き出していた。


(ま、逆に考えればそれだけ追い詰めてるってことだな。今は特に気にする必要はないか)


考え事をしている間にも加速し続けるイヴァンの攻撃。全ての技が連鎖し完結しない。


大剣ではあり得ない連撃。重さに速度が加わり破壊力が何倍にも膨れ上がる。まるで龍が空を泳ぐように、縦横無尽に切り結ぶ。


やがて、その勢いのままついにロイスの胴と頭を両断ーーー


「こんなんじゃ足りねぇなぁ!もっとだ、もっと全力を出せ!全てを出し切って空っぽになった瞬間、あんたは狩人ではなく餌となる。俺はその力を喰らい尽くして、更に深みへと沈む!」


瞬間、鬼人の大鉈が音もなく真下から現れ、イヴァンの大剣を弾いた。


下から振り抜いた姿勢のロイスと、不意をつかれたイヴァンの視線が交差し、2人の時が一瞬止まる。


そして次のモーションに入るイヴァンより素早く、赤黒いオーラを纏った大鉈が蒼龍の鎧を捉えた。


「~~~ッ!」


鎧を砕き、脇腹に突き刺さる大鉈に思わず苦難の声を上げるイヴァン。


「クハッ!」


ロイスが嗤う。あのイヴァンと対等以上に渡り合っているという事実に。


闇が嗤う。死に近づく者を歓迎するかのように。


鬼が嗤う。あらゆる業を吸収し、己の糧とする狂った男に愛おしさを感じて。


常に強さを欲していた。力があれば、と挫折するたびに考えていた。


それが今や自分の思うがまま。戦場を支配しているという愉悦。何でもできるという万能感。


これこそが天に選ばれし存在、"選定者"。


たまらずロイスの内部から黒がごぼりと溢れる。


「ク、クハはハははははハは」


加速する斬撃が、イヴァンに反撃の隙を与えない。


「ずるいよなぁ、あんたらはいつもこんな景色を見てたのかよ!……最っ高だな!!」


一撃一撃が必殺。まるで死神の鎌のようにイヴァンの鎧に傷をつけ、命を削り取っていく。先程受けた意趣返しの様に大鉈による斬撃が止むことなく続く。


やがて、ピシッ、と。


蒼の鎧全体にヒビが入り、ついに頭を覆う龍の角が折れた。


「クハハハハハハハハハハハハハッ!何が龍か!ただの蛇ではないか!!」


それでも一切止むことのない攻撃の嵐。


闇が骸を形づくり、イヴァンへと纏わりついていく。戦場の至る所から怨嗟の声が上がる。


明確な死のイメージ。


ロイスが放つ赤黒いオーラが増し、手にもつ大鉈が呼応する。浮き出る血管が脈打ち、刀身がさらに大きくなっていく。


ニヤリと。


ロイスが三日月のように唇の端を吊り上げた。


その表情を目の当たりにしたイヴァンは引き離すように強引に奥義を放つ。


「轟雷」


突然至近距離で炸裂する轟音。不意を突くように強い光を放ち、上段から斬り下ろす。


しかしロイスは一切瞬きすることなく躱すと、無表情で大鉈を振りかぶった。


「ようやく底が見えたな」


一閃。


闇を纏った横薙ぎが、イヴァンを象徴する蒼き龍の鎧を完全に砕いた。


「相手に出さされる技ほど脆いものはない」





砕かれた鎧の断片が宙を舞う。


大の字で後方へと吹き飛びながら、イヴァンの血に濡れた瞳が晴天を映すーーーー




初めは探索者になるつもりなど無かった。いずれ実家を継ぐからと、両親の教えに沿って目標なくひたすら剣術を磨く日々。その日もいつもと変わらず鍛錬していると、鉄格子の向こう側から同い年ぐらいの少女がこちらを見ていた。


「ねえ、どうしてそんなにつまらなそうな顔をしているの?」


「そういう顔なんだ。別につまらなくなんかない」


「うっそだー!じゃあさ、私がもっと面白いことを見つけてあげる!」


それが、後の妻との最初の会話だった。それからは毎日のように手を引かれて街へと連れて行かれた。


両親も感情の無い人形の様な俺を心配していたのか、鍛錬の時間が少なくなっても特に何も言ってこなかった。むしろ妻を気に入り、大層可愛がっていた。


逢瀬を重ねるにつれ彼女の笑顔に惹かれるようになり、成人すると同時に結婚した。


ダンが生まれ、使用人達と皆で暮らす幸せな日々。


だがある日、突如流行った謎の病によって全てが壊れた。


原因不明の伝染病。作物は育たなくなり満足に食事ができず、薬も手に入らない。


ついに、助けることが出来なかった。


突如現れた聖女様によって解毒剤が作られ、病は解決したものの、亡くなった妻は帰ってこない。


何もできなかった。外界のとある場所にあるという万能薬を探しに行こうとしたが、ギルドランクの指定があるという理由で止められたのだ。


これが、一つ目の”業”。


世界に名を轟かせることで、妻が天国からでも自分を見つけられるようにと、また今後同じことがないようにと考えた俺は、その日のうちに探索者登録をし、何者かに取り憑かれたかのように必死で依頼をこなした。


周囲の静止を断り、ソロでひたすら高難易度領域に挑む日々。


朝から晩まで外界に行き、ボロボロになって帰宅し泥のように眠る。


その時の俺は息子であるダンのことなど考える余裕が無かった。


気づけばA級探索者になっていたが特に興味はなく、無心で依頼をこなしていた。そんなある日、ギルドのフロントで依頼を眺めていると、受付嬢達の様子が騒がしかった。どうやらとあるパーティーから緊急信号を受けたとのことだった。そこは霊脈の森というB級パーティーですら容易にいけない高難易度領域であった。皆が互いに押しつけ合っている様子に無性に腹が立った俺は、受付嬢から詳細を聞き1人で救援に向かった。背後では人と関わろうとしなかった俺が、自ら救援に向かった事実に驚愕し騒ぐ声が聞こえていたが無視をした。


現場に着くと、大量の虎猿に囲まれる少年の姿があった。周囲には仲間のものと思われる装備が転がっており、間に合わなかったのだと罪悪感を覚えた。


きっとこの少年は、自分のように業に囚われて生きていくのだと憐れんだ。


しかし、いざ目を見て話すと驚愕した。奥底に膨大な闇を抱えながらも理性が押さえ込み蓋をしていることが伝わった。生きることを諦めていなかったのだ。


比べて自分はどうか。思考を放棄してダラダラと生きる日々。目の前の少年と比べて自分の幼稚さに恥ずかしさを覚え、柄にも無く少年に叱咤し、家に連れて帰った。


それからの日々は久しぶりに充実していた。正直なところロイスに剣術の才能は余りなかったが、決して諦めないという強い意志を感じた。教えたことは朝から晩まで反復し、ボロボロになりながらも着実に力を付け成長していった。いずれダンを交えて3人で依頼を受けるのも悪くないなと、久しぶりに空を見上げて頬を緩めた。


しかし、愚かにも俺は気づいていなかった。ロイスが轟雷を覚えられないことに悩んでいることに。学園に行くまで殆ど話すことの無くなったダンが、家を出て別のところで探索者を目指そうとしていることに。


そんなある日、家に帰ってきたダンに講師として付けたロイスが模擬戦で敗北した。


一切責める気などなかったが、どう声をかけて良いか分からずいつの間にか2人との距離が出来てしまった。


声をかけるタイミングを伺い続ける日々がしばらく過ぎ、次にダンが実家に帰ってきた時に話をしようと決めた矢先、探索者として初めて外界に行ったダンが帰ってこないという話をギルドを通して耳にした。


どうやらイレギュラーに巻き込まれ、消息を絶ったとのことだった。


慌てて現場に行くと、目の前に広がるのは初心者用領域とは思えないほどの壮絶な戦闘の痕跡が残されていた。


必死で探したが、何処にもダンを初めとしたパーティーメンバーの姿は無かった。


またしても俺は何も出来なかった。


これが、二つ目の業”。


それからしばらく経ったある日、聖女様に突然声をかけられた。


彼女曰く、ダンを助ける方法があるらしい。


もう一度声が聞きたいと、会って謝りたいと天に願っていた俺は、藁にもすがる思いで聖女の指示に従った。


己が非人道的な行為をしていることは分かっている。聖教会がまともな組織でないことは百も承知だった。誰に何を言われようが言い返す権利などないことも分かっている。だがそれでも、ほんのわずかにでも息子が生きているという可能性が残っているのなら、しがみつくしかなかった。


その結果手にしたのは3つ目の業。


妻も息子も失い、つい先ほど義子すらも自ら手にかけた。


天国に行った妻がどこからでも見つけられるように、ひたすら上を目指した。


その結果、手元に残ったのは虚しさだけ。


間違いばかりの人生。


何もかもが遅かった。後悔しかしなかった。


だが、それでもまだ負けるわけにはいかない。


「結局あなたは強敵と戦ってる時が一番楽しそうな顔してたわね。でも、私はそんなあなたの表情が大好きだった。だから、私がどこからでも見つけられるように、この先もずっとあなたは最強であり続けてね」


全戦全勝、それこそ俺が亡き妻に出来る唯一の存在証明なのだから。



イヴァンは両目を見開く。自身の血によって赤く染まった空が視界に広がる。


(空が、青いな)


ロイスによって吹き飛ばされ、背中から崩れ落ちそうになるイヴァン。今にも消えそうな命の炎。そこに薪が焚べられる。


「ーーー技能:業炎(ヘルフレイム)龍鎧(ドラゴンアーマー)


ボソリと小さな声でつぶやく。


瞬間、現れたのは空を埋め尽くすほどの青白い粒子。


驚愕に目を見張るロイスの視線の先で、イヴァンの体が業火に包まれた。





風が吹き始め、空を灰色の雲が覆う。


王宮に掲げられた獅子と二本の剣が記された旗が大きく靡く。


「おや...?」


初めに異変に気がついたのは、王都随一の魔法使いエルダー=シャルマークであった。一般人には分からないほど小さな、しかし確かにいつもと違う感覚。例えるなら酸素がほんの少し薄くなったような息苦しさ。


「ライト……これは」


試しに指先に光を集めようとするも何の変化もない。魔法が発動しないという、エルダーの長い人生において初めての現象に1人首を傾げていると次の瞬間、王都中が停電に見舞われた。


「おい、魔法が出ないぞ!」


「服の体温調節機能が消えてる!どうして!?」


生誕祭のために多くの人が集う中心街で騒ぎが生じる。


すでに準備を済ませ、王宮内に待機していた残りのヴァイスシャッハ達も混乱していた。


「ありゃ、あいつらとの通信が切れちまった」


「聖女様!これは一体!?」


「王都中の魔素が全て消えているね」


魔力生成元素、通称魔素。


元素の一つとして大気中に存在する粒子。多くが謎に包まれているが、魔法を使用する際には空気中にある魔素が消費される。とある発明家"エーテレッテ"の作品をきっかけに、電力や水力に変わるエネルギーとして使われる事になった。


この王都でもらゆるエネルギー源として人々の生活を支えている魔素。しかしこの瞬間、王都全ての魔素が一瞬で消え去った。


加えて突如降り始める雨。度重なる異常に民衆の不安が大きくなっていく。




「大丈夫、すぐに元に戻るよ」


そんな中、聖女ただ1人が曇天の空を見上げて微笑んだ。





「おいおい、まじか」


イヴァンの底を引き出し、勝ちを確信していたロイスの目に信じ難い光景が映る。


視界を染めるのは無薄の青白い粒子、魔素。


魔法を発動するために必要なエネルギー。


その量は先日聖教会地下にて、ガレノスとの戦闘で見た光景の比ではない。


やがてその光の全てがイヴァンの元へと吸い込まれて行った。




ロイスの根源が闇であるのに対し、イヴァンのそれは炎であった。冷静沈着、泰然自若、幼少からそれらの言葉が似合うほど大人びていたイヴァン。探索者になってから今に至るまで一度の敗北がなく、ただひたすら己を鍛え上げる日々。


多くの業を背負った男は、自らに枷をかけるように意図的に目を逸らし続けていた。


闘うことの楽しさから。


いつしか忘れ去り、今にも消えそうな蝋燭の先ほどの小さな炎は、ロイスという教え子にしてかつてない強敵との戦闘により一気に膨れ上がり、そして、


全身を焦がした。


イヴァンの体が炎で燃え上がる。赤ではなく青色に。


炎の色は温度により変化する。赤から黄、白へと。そして10000℃へと達することで青色になる。


やがてその青い炎はゆっくりとイヴァンの元へと凝縮していき、失った鎧に替わって龍の姿へと変容した。さらには先ほどの鎧には無かった尾や翼までもが炎によって再現される。


何より驚くことは、宙に浮かんでいるという事実。異能か技能によってかは定かではないが、空中に佇んでいた。


炎と共に増していく圧。その大きさは選定者へと至ったロイスでさえ思わず唾を飲み込むほどに。


一瞬自分と同じ存在になったのではと疑ったが、見上げた先から感じるものは純粋なイヴァンの力。驚くべきことにヒトの身でありながら人外の領域へと至っていた。


龍人対鬼人。


まるでお釈迦話の様に、2匹の怪物が対峙する。




ぽつ、ぽつと。


上空を覆う曇天から雨が降り始め、あっという間に豪雨に変わる。しかしその雨がイヴァンに触れることはない。青く燃える炎のあまりにも高い温度によって全て蒸発していくのである。


イヴァンから気化した煙が立ち昇る。


龍人の瞳が地上の鬼人を捉えると、指を閉じた手を頭上へとまっすぐにと伸ばす。


筋肉が膨張し、龍人を起点として龍が塒を巻く様に雲が渦巻く。


「ま、さか」


ヴァルフリート流の奥義である"轟雷"。その構えと酷似している。


「ロイス」


イヴァンが口を開くと同時に炎が消えていく。そのことに一瞬安堵しそうになるがすぐに過ちであることに気づいた。消えているのではない、一点へと凝縮しているのだ。その先は天へと掲げる真っ直ぐに伸ばされな手。


「これがおれの底だ。超えてみろ」


膨れ上がる圧力。天候が雷雨へと悪化し、勢いを増した大粒の雨がロイスの顔をうちつける。


顔を顰め目を細めるロイスとは対照的に、イヴァンの目が見開かれる。



「我が背負いし数多の業よ、この世に顕現し雷の咆哮を轟かせーーー」




「ーーー"業"雷(ゴウライ)」 




空が爆ぜた。


イヴァンが青く燃え上がる腕を振り下ろした直後、耳をつんざくほどの爆音が王都を揺らす。


それはまるで巨龍の咆哮。


轟く雷に業火の蒼炎が合わさる。


巨大な龍の姿へと化した斬撃が、地上の小さな生物へと狙いを定めて襲いかかった。


その一撃は対象の意識を奪い、周囲ごと破壊する。正に大自然の暴力。後には何も残らない。


そのはずだった。


龍人(イヴァン)が見下す先が鬼人(ロイス)でなければ。






空一帯を青白く染め上げるほどの大きな衝撃に襲われながらも、ロイスの顔には少年のような笑みが張り付いていた。


それは決して侮りでもなければ、諦めたわけでもない。敵ながら感心したのであった。一度殺された相手にも関わらず、どこか誇らしさすら感じていた。


それでこそイヴァン=ヴァルフリートであると。


自分が越えるべき存在だ、と。


瞬間、ロイスの角が崩れ、闇が消滅した。同時に大鉈の変化も解けて元の無骨な大剣へと戻る。 


しかしロイスには一切の動揺なく前を向いたまま、大剣を上段へと掲げる。


幾千、万回と繰り返してきた動作。


かつて一度も出来なかったヴァルフリート流の奥義。


ーーーなぜだろう、失敗する気がしない。


「ありがとう」


口から溢れた言葉は感謝。それは何に対するものか、本人すら気が付かない。


そして、無駄のない自然な動作で一歩踏み出したロイスは、大剣を振り下ろした。


「轟雷」


地上に稲妻が生じた。


放たれた雷は轟音を鳴らして大地から飛び立つと空から降ってきた龍と衝突する。


拮抗すること一瞬、龍が雷を飲み込む。


地上へと襲いかかる蒼龍。しかしそれでもロイスの表情に焦りは無い。


そのまま顎を開きロイスを飲み込もうとーーーー


瞬間、龍がまるで何かに引っ張られるように急停止し、反転した。


「!?」


ロイスの放った轟雷に付与された効果、それは反射。対象の攻撃を自動で反射し跳ね返す。


宙へ浮かぶイヴァンに左手の拳を向け、笑みを浮かべた。


「技能:自動反撃(オートカウンター)。イヴァン、あんたの業は俺が背負ってやるよ。……だからもう休め」


地上から迫る龍と鳴り続ける轟音によってロイスの声は聞こえないが、それでも意図が伝わったのだろう。イヴァンは構えを解くとわずかに口元を上げ脱力した。


唸りをあげ、龍が主人を飲み込み焼き尽くす。


それでも勢いは弱まることなく天へと駆け上り、


曇天の空を両断した。


雲が消え去った青空の下、全身を黒く焦がしたイヴァンが地へと落ちていく。


A級上位探索者、王都騎士団長、ヴァイスシャッハ、ヴァルフリート流現当主。


数多くの肩書を持つ王都最強の男が、激闘の末ついに破れた。


その様子を黙って最後まで見届けたロイスは壁にかけられたホワイトボードに数字を記すと、戦場を後にする。


ゆっくりとした足取りで入り口に辿り着くと、イヴァンの方へ振り返り、深くお辞儀をした。


100ー1


ロイス初の白星がついた瞬間であった。





winner ロイス=ヴァルフリート





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