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異世怪奇譚  作者: ツチノコ太郎
ep.2 聖女
11/29

11 怨嗟ノ鬼




「あ?」


白。


白白白白。


上下左右見渡す限り白が広がる場所に、ロイスはいつの間にか佇んでいた。


風は吹かず、物音一つ無い空間。


「……は?」


思わず間抜けな声が漏れる。


「なんだ、ここは……」


確かにイヴァンによって心臓を貫かれ、命を散らしたはず。


それにも関わらず生きているどころか体には一切の傷が無い。


夢か?


それともやはり死んでいて死後の世界とやらに流れ着いたのか?


自身の呟きが白い領域内に響く。




「やぁ、初めましテ。アナタに会えて嬉しいですヨ」


突如背後から声が響いた。


「っ!誰だお前」


振り向いたロイスの視線の先に居るのは、白い椅子に長い足を組み腰掛ける一人の人物。上下真っ白なタキシードを纏っており、優雅に白いティーカップに口を付けている。だが不思議なことに顔にモヤがかかっており、どれだけ目をこらしても認識することが出来ない。


「名乗るような名は無いのですガ……便宜上、案内人とでも読んでくださイ」


中性的な声によって年齢や性別を判断することが出来ず、苛立ちを感じたロイスは思わず舌打ちをして睨む。


「質問に答えろ。俺は確かに死んだはずだ」


瞬間、ロイスの元に音も無く現れる白い椅子。促されるままにそのシンプルな背もたれもないパイプ椅子に腰掛ける。


「そうですネ。2352年8月25日12時24分43秒。出血死によってアナタは確かに死亡しましタ」


「……ならここは死後の世界とでも?」


「そんなもの信じてるんですカ?案外可愛い所もあるんですネ」


「……」


案内人が肩をすくめる。その小馬鹿にしたような態度にロイスの苛立ちが増す。


「ここは白キ領域。選ばれた者だけが訪れる権利を得ることの出来る高尚な場所でス。尤もごく稀に迷い込んでくる輩もいますガ」


はた迷惑な話ですヨ!と言いながら再びティーカップに口を付ける案内人。


「選ばれた者……」


「そうでス!君のことはずっと前から目を付けていたのですヨ!私の直感では()()に需要が有りそうな気がしましテ」


そう言いながらカップを白い机に戻すと、パチンと指を鳴らした。


すうっとカップが消えたかと思うと、今度は音も無く案内人の背後に巨大な白い本棚が現れた。頂上が霞んで見える程の高さのソレには、隙間なくびっしりと白い本が埋まっている。


「な……」


超常的な現象にロイスは思わず声を失う。


そんな様子を満足げに見た案内人は一度頷き姿勢を正した。


「これは様々な世界の物語。本ごとに異なった様々な冒険が記されていまス。例えば高度に発達した文明が広がる世界で人工知能と戦う物語や、秘密結社の長として腐った政府と戦う物語。勇者、魔王、博士、パイロットなどなド……。まるでお伽話のような本当の話たチ」


相変わらず本棚を見上げて呆けるロイスに対して言葉を続ける。


「この本1冊1冊が人知れず最後まで奮闘する彼らの存在証明。私たちはこれらに対して敬意を込めてこう呼びまス」



”異世怪奇譚”



「……んで、お前は何が言いたいんだ」


ロイスは突拍子もない話を何とか咀嚼して考える。目の前の人物や自身を呼んだ理由など何一つ分からない。聞いたこともない。


結局ここは何処なんだろうか。真っ白な空間、夢にしてははっきりとした感覚がある。先程から太ももを抓っているが痛みがあるのだ。


ーーー選ばれた者だけが訪れる権利を得ることの出来る高尚な場所


選ばれた……?


聞き覚えのあるフレーズにロイスの動きがぴたりと止まる。


視界の端で興味深そうに見つめる案内人を無視し、思考の海に身を委ねていく。


あれは確かーーー


思い出すのは鈴を転がしたような憎き女の声。


『ある日突然、何者かに導かれるかのように力に目覚めると一瞬で自在に使いこなすことができる』


『その能力を”祝福”といい、使用者をーーー』





「選定者か!」


はっと顔を上げ思わず立ち上がる。


「大正解!さすが、察しが良いですネ!」


同じく案内人が立ち上がり拍手をする。


パチパチパチ。


乾いた音がやけに響く。


「ええ、全くアナタのおっしゃる通リ!漫画でよくあるパワーアップイベントでス!」


「は?まんが?なんだそれ」


「失礼つい興奮していまイ……他の世界の言葉でしタ。こちらでいう物語のことでス」


ごほんと咳をした案内人は再び席に着く。ロイスも合わせて座る。


「既にご存じかと思いますが、アナタの世界には選定者と呼ばれる者達が複数人存在しまス。それこそ因縁のある聖女なんかが一例ですネ」


ロイスは無言で頷く。


「彼らは祝福という異端な能力を各々の目的のために使っていまス。その圧倒的な力の源はここでス」


そう言いながら案内人は背後の本棚を指さす。


「あらゆる世界で無限に存在する異世界奇譚。その中から適合した力があれば、晴れてアナタは選定者となル」


気分が高揚してきたのか愉快げに笑う案内人。尤も、相変わらずその表情はロイスには見えない。


「つまり、俺がその選定者になると?」


確かにイヴァンとの闘いで力を望んだ。だが本当にそんな都合のいい話があるのだろうか。


若干のきな臭さを感じる。


「その通リ!……と言いたい所ではありますが、先程から言うとおり私は案内人。人々を招き、導くだけの存在でス」


がっくりと肩を落とし、大げさな動きをする案内人。


「さっきから何が言いたいんだ、回りくどい言い方はやめろ」


「ふム。そろそろいいでしょウ」


すると案内人の先程までの軽薄な雰囲気が消え、突如膨大なプレッシャーがロイスを襲う。


その大きさは、戦闘中のイヴァンや選定者である聖女の比では無い。


「ッ!」


思わず息を呑むロイスに対して、姿勢を正した案内人が口を開く。


「汝、如何様な力を欲し、何の為にソレを振るうカ」


存在として遙か格上。自然にそう思わせるナニかが、目の前の人物にはある。


思わず地面に膝を付きそうになりながらも、ロイスは今に至るまでの出来事を思い出す。


霊脈の森で仲間を見殺しにした時。


修練場でダンに敗北した時。


聖教会地下で聖女を取り逃がした時。


そして、つい先ほどイヴァンに殺された時。


いつも思う。力があれば、と。


努力はした。毎日毎日休むことなく剣を振るった。


他の冒険者の動きを見て学び、イヴァンという間違いなく王都随一の強さを誇る男に従事した。


間違いなく限界まで自分を追い込んだ自信があった。だがその結果がこの様だ。自身の才能の無さに呆れすら覚える。


……。


そもそも俺が一体何をしたんだろう。


ありふれた小さな村で育っただけの一般人に何を期待したのだろうか。


ほんの少しだけ周囲の人より優れていた。それだけで調子に乗って探索者になったことが間違っていたのか?


何で俺がこんな目に遭わなければならないんだ。


いつからだ?こんなにごちゃごちゃと下らないことに悩むようになったのは。昔は何も考えなかったはずだったろう。


「うぜぇ」


ロイスの口から思わず言葉が溢れる。


「ムカつくんだよ何もかもが。俺を見下すあいつらの目がうぜぇ。お前じゃ決して勝てないだろうと侮るその顔がうぜぇ」


どろり。


イヴァンとの戦闘をきっかけに緩んだ蓋は完全に戻ることはない。負の感情がロイスを黒く染める。


ロイスの根幹にある怨嗟が膨れ上がる。


顔を上げたロイスには、最早案内人の圧力に対する動揺は一切なかった。


「案内人」


「なんでしょウ」


「俺が欲するのは全てを破壊する力。理不尽なこの世界の不条理に復讐する、その為だけに力が欲しい。これが俺の答えだ」


そう言い終わると同時に本棚がガタガタと震え始め、白キ領域全体が地震のように震える。


その状況下でも微動だにせず見つめ合う2人。


やがて徐々に揺れが収まると、本棚から一冊の本が出てきた。


宙に浮く本はゆっくりと回転しながらロイスの元まで降りる。


ロイスが手に取ると、白い本に黒字でタイトルらしき文字が浮かび上がった。


"怨嗟ノ鬼"


「アナタを選んだのはやはりあの方でしたカ」


いつの間にか元の雰囲気に戻った案内人が、すぐ隣から覗き込むように本を見ていた。


無視してページを開こうとするロイスを案内人は手を挙げて止める。


「一つだけ忠告ヲ。アナタは確かにこの方のお眼鏡に叶いましタ。しかし、本番はこれからでス。実際に対面して気に入られなかった場合、この場所に関する記憶を全て失い現世に戻ることになりまス。傷に関しては特別サービスで完治した状態にしておきますが、混乱したアナタは再びあの男に敗北するでしょウ。それだけは覚悟しておいてくださいネ」


「はっ、下らねえ。何があろうと俺は自分の感覚に従って行動するだけだ。もう悩むのは止めだ」


きっぱりとロイスが言い切る。


「おや、いらぬお節介でしたカ。失礼しましタ」


軽く頭を下げた案内人は顔を上げると一歩下がる。


「それではロイス=ヴァルフリート様。アナタが無事に戻ってくることを祈っておりまス」


相変わらずモヤによってその表情は不明だが、真剣な雰囲気がロイスに向けられる。


「……ふん」


鼻を鳴らしたロイスは手にもつ本に目を落とし、ページをめくった。




異世怪№24563527263726 


ー怨嗟の鬼ー


その世界ではかつて鬼とヒトが協同して生活していた。


鬼は力を、ヒトは頭をそれぞれ使い、互いに助け合う日々。


しかし、そんな日常はあっさりと崩れ去る。


狩り担当の鬼達が不在の間に、村にいた残りの鬼達が一人残らず殺されていたのである。


女子供の全てが。


理解不能の事態に詰め寄ろうとする鬼達。


そんな鬼達に、いつの間に準備していたのか数多くの武器が向けられる。銃という名の初めて見るモノであった。


ヒト達は口を開く。特に大きな理由は無く、ただ邪魔だっただけとのこと。体格の大きな鬼達は人の何倍も食事をとる。ソレによって被害を受けるのは我々ヒトだと騒ぐ目の前の生き物。


意味が分からなかった。確かにヒトよりも食糧を消費することは間違っていないが、その材料を調達しているのは自分たち鬼であったのだ。そのことを主張すると、目の前の生き物たちはこれまでは仕方なく協力していたが、今の我々にはこの銃がある。鬼に力を借りなくても生活していけるのだとのたまった。


ならせめてそのように言葉で伝えてくれれば良かったのだ。不満こそあれど、いずれは出て行くことになっただろう。だが、ヒトは同胞を皆殺しにしたのだ。ソレも女子供の力なき民達を。


激高した鬼達は雄叫びを上げ突っ込んでいった。しかし、見たこともない鉄の筒によってあっという間に淘汰されていく。やがて一人を残して全ての鬼が息を引き取った。


周囲に焦げ臭い匂いが蔓延する中、残された鬼は大粒の涙を流した。


この時心優しかった鬼は絶望した。


復讐してやると誓った。


初めは余裕の表情を見せていたヒトたちは、どれだけ弾を撃ち続けても倒れることのない相手に恐れを抱き始める。


全身に穴を開け、片眼を失いながらもむしろ力を増す鬼。


一人、又一人と命を刈り取り、やがて全てのヒトを殺した鬼は村へと戻り、同じく非難していた全てのヒトを殺して回った。どれだけ泣き叫ぼうと一切の容赦はしなかった。


騒ぎを聞き駆けつけてきた他の村のヒトを全て返り討ちにした。


やがて誰も来なくなった。


その後は自ら城を建ててひっそりと暮らしたのであった。


たった一人で世界を恨み続けながら。






・・・・・・・・

・・・・・

・・・






「……こわっ」


最後まで読み終えたロイスは思わず呟く。


先程まで覚悟の決まりきっていたロイスですら引くレベルの内容に、思わず本から目を背けた。瞬間、その本が消滅する。


「んで、ここがそのお城ってことね」


視線の先にそびえ立つのは大きな和風の城。広大な敷地内には桜が満開に咲き誇り、風によって桃色の花びらが舞う。夜空には真っ赤な満月が浮かんでおり、幻想的な景色が広がっていた。


ちろちろと小川を透き通る水が流れ、時たま鹿威(ししおど)しの音が心地よい音色を奏でる。


「とてつもないな。これを一人で準備したのか」


ロイスは物語から勝手に大雑把な人物を想像していたが、そんなことは無いらしい。


そのまま本来の目的を忘れぼーっと魅入っていると、勝手に門が開き始めた。


「早く来いってか?せっかちな城主だな」


ハッ、と鼻で笑ったロイスは城内へとその身を投じた。





内部へと招かれたロイスであったが、更に驚愕は深まっていた。


壁や柱は黒を基調とし、至る所に金で模様が施されている。その上質さは王宮や聖宮殿とは比べものにならない。


再びロイスが足を止めていると、奥の方からぱたぱたと足音が聞こえ、暗闇から一人の人物が現れた。


「おい貴様、いい加減にしろです。主が待っているです」


10歳前後だろうか、赤と金の着物を着た黒髪の少女。ややつり上がった目は冷たい印象を受けるものの、整った顔をしている。


「あ?なんだお前。主人とやら以外に住んでるヤツがいたのか」


てっきり一人で暮らしていると思っていたロイスは首をかしげる。


「なっ、失礼な!ヒト風情が偉そうにするなです」


ぷんすかと怒る少女の額には2本の角が生えていた。


「お前、鬼か」


「お前お前うるせーです!ツムギには主から授かったツムギという名前があるです!以後名前で呼ぶですよ」


「知らなかったんだからしょうが無いだろ。おま……ツムギこそ俺のこと貴様って呼んでんじゃねえか」


「そんなの知らないんだからしょうがねーですよ」


「お前……」


「あー!またお前って呼んだです!はっ倒すぞです!」


「舐めんなクソガキ!」


そのまま2人でギャーギャーと騒いでいると、奥からもう1人の人物が出てきた。


「おい……うるさいぞ、何やってんだ」


頭を抑えて眉をしかめる鬼。


背丈は3メートルほどあり、ツムギと同じような赤と金を基調とした着物を纏っている。


男まさりな言葉とは裏腹に、長い睫毛に大きな目、透き通るような肌をしており、太もも辺りまで伸びた夜色の髪は一切のほつれが無く、光を反射している。


「主!こいつがツムギを虐めるです!」


振り向きその姿を確認したツムギがひしっと足にしがみついた。


「ったく、どうせツムギが噛みついたんじゃないのか?」


「ちげーです!こいつがツムギのことお前って呼ぶです!」


「主……?」


目の前に立つ鬼はその口調とは裏腹に、女性であった。てっきり男だと思っていたロイスは驚く。


「おう、よく来たなロイス。俺はこの城の主のチハルだ、よろしくな」


「……」


二カッと豪快に笑う彼女の姿が、先程読んだ物語の人物と一致せずに固まる。


そんなロイスをみてツムギが声を上げる。


「おい貴様!主を無視するとは良い度胸してるじゃねーかです!」


「っと、悪い。ロイス=ヴァルフリートだ。よろしく」


そう言い目の前の人物と握手を交わした。その手から伝わってくるのは圧倒的な格上の力。


「っ!」


思わず目を見張るロイスは、脳内で警戒度を一気に引き上げた。それだけでは無い。ツムギからも先程は気が付かなかった強大なプレッシャーを感じる。信じられないことにその大きさはイヴァンを遙かに上回る。


あまりにも実力に差があった故に気がつかなかったのである。


初めての経験に大量の汗を流すロイス。


確かにあの胡散臭い案内人の言うとおり、自分の命は今、目の前の鬼の手の中にあった。


ロイスなどさじ加減一つで簡単に消し飛ぶ矮小な存在であり、選択を間違えた先に待つのは、死。


理不尽な力の差。ロイスが喉から手が出るほど欲する力が目の前にある。


そう、世界に抗う程の力がすぐそこに。


どろり、と。


ロイスの中に黒が漏れる。


「……は、ははっ」


窮地にも関わらず、握手をしたまま俯くロイスには思わず笑みが浮かんでいた。


「何で笑ってやがるです……こいつ、気持ち悪いです……」


いつの間にか圧が消え去り、目の前の鬼を見ると頬を赤らめ愉悦の表情を浮かべている。


失礼な声が聞こえたが放っておいた。


「ク、クハハハハハハ。俺を前にしてその表情、やはりぬしを選んだことは正しかった!」


手を離し、両手を掲げて天井を見つめるチハル。そんな彼女をツムギが不満そうに見つめる。


「主、本当にこいつでいいのです?」


「あ?文句なしの満点だ!おいツムギ、この目を見ろよ!ロイスが抱える闇の深さこそ俺の力を使うのに相応しい」


ツムギの頭を雑に撫でながらそう言うと、ロイスに視線を向ける。


「ぬしの奮闘は映し鏡から見ておった。全く、どの世界にも抗いようのない理不尽があるのだな……。俺はお前の核心に惚れた。10割だ、全て持って行くと良い」


「!?何言ってるです!そんなのヒトが耐えられる分けないです!」


「それぐらい出来ねえとは言わせないぜ。俺が気に入った男だ、問題ない。それとも何だ?ロイスが心配か?」


「なっ……ちげーですよ!こんな雑魚どうでもいいです!もう知らねーです!」


そう言うとツムギは踵を返して暗闇へと消えていった。


「クハハ。あいつは不器用だが根は良いヤツなんだ。色々失礼なことを言ったと思うが許してやってくれないか」


頭を掻きながら申し訳なさそうにするチハルに対して首を縦に振る。


「ああ、俺も大人げなかったし、別に気にしてねえよ。それよりさっきの話なんだが……」


「10割のことか?あれは選定者になる者に与える力の割合のことだ。勿論その量が多ければ多いほど比例するようにより大きな力を得る。だが、体が持たないんだよ普通は。例えるなら小さな風船に一気に大量の空気を入れると破裂するだろ、ぬしらヒトもそれと同じだ」


「なるほど……」


確かに先程身をもって体感したあの力が全て自分に入ってくるとなるとーーー


いや、破裂するのだろうか。


なぜか自分なら、目の前の鬼の力に限っては特に問題ない気がする。


「ああ、ぬしの考えている通り何事にも例外は存在する。それは共通点だ。与えるモノと授かるモノ、互いに通ずる感情があれば、力は溶け込む。ぬしも見たのだろう、俺の冒険譚を」


共通する感情。そんなモノは分かりきっている。


「……怨嗟」


それは恨みの感情。動機こそ違えど、鬼とヒトは世界を恨み復讐を誓った。


「通常どれだけ適合したとしても7,8割が限界。だがロイス、ぬしが戦うの相手は世界だ。聖女だけじゃない。この先ぬしには数えきれぬほどの理不尽が訪れるだろう。そのときに立ち向かえる力が欲しいんだろう?」


「ああ、その通りだ!何の躊躇もいらない、全てよこせ。」


「それでこそ俺が見込んだ男よ。ならば早速行動に移すぞ。時間が惜しい」


瞬間、チハルは一切の躊躇いなく自信の胸に手を突き立てた。引き抜いた手にはビー玉サイズの黒い球が握りしめられている。


「飲め」


「は?」


「これを飲むだけだ。はようせい」


「いや、なんか気持ち悪い……」


「ええい、急に女々しいな!良いから飲め!」


目にもとまらぬ速度で口の中にねじ込まれる。体内に入ってきた異物はロイスの影に溶け込み、一気に膨れ上がった。


「あがっ……があ」


呼吸が出来ずロイスはその場に倒れ込んだ。そのまま意識が遠くなる。


「俺は手遅れだったが、ぬしはまだ間に合う。その力で全てを覆せ」


徐々にぼやけていく視界の端で、ツムギが柱からひょっこり顔を出したかと思えば、下まぶたを指で下げ、舌を出してきた。


「ク、ソガキ、次あったら、ぶっとば、す」


その言葉を最後に、完全に意識を失った。






・・・・・・・・

・・・・・

・・・






先程とは異なりヤミが広がっていた。


何処までも続くほどの深いヤミ。そんな世界に一人立つロイス。だがその表情には一切の困惑が無い。


少しして、目の前の空間にヤミが集まりヒトの形になる。シルエットだけであるが、一目で分かった。不屈の剣時代の己の姿であった。


顔の無い黒い少年が口を開いた。


『お前があいつらを殺した。3人もの人生を棒に振るった』


「ああ、その通りだ」


『チッ』


ヤミが崩れ、再び形を成した。それはダンの師として教えていた頃の己の姿。


黒い青年が口を開く。


『お前がダンを殺した。もっとお前が強ければ、ダンに負けることは無かった。』


「ああ、その通りだ」


『ダンがあの時負けていれば、慢心すること無く更に自信の技術を磨いたに違いない。やはりダンを殺したのはお前だ』


「ああ、その通りだ」


『チッ』


今度は消えない。そのままヤミは続ける。


『お前は王都で暮らす多くの子供を殺した。もっと早くに気付いていれば、こんなことにはならなかった』


「ああ、その通りだ」


すると空間のあちこちにヤミが集まった。それはヒトの形になる。


『『『お前のせいだ』』』


不屈の剣のメンバーがロイスを責める。


『『お前のせいだ』』


ダンとイヴァンがロイスを責める。


『『『『『『お前のせいだ』』』』』』


無数の子供達がロイスを責める。


無限に響く糾弾の声。


一身に受けたロイスはしかし、三日月のように口元を歪めて嗤った。その表情に一切の怯えはない。


「ああ、その通りだ」


その瞬間、ロイスの足下から闇が飛び出した。ソレが向かう先はロイスではなく同じヤミ。


『なっ!!』


闇が広がり、ヤミを飲み込む。


ロイスは静かに目を開いた。その瞳は漆黒に染まっている。


「クハハハハハハ。この程度のヤミで俺を、俺の怨嗟を全て呑み込めるとでも?あいつらの命を奪ったのは事実。今更逃れるつもりはない」


ヤミと闇。鬼とヒトの(ごう)が混じり溶け合い一つになる。


「俺の中で見ておけ、全て背負ってやる」


その言葉を切っ掛けに完全に一つとなった闇が玉座となり、ロイスは腰掛ける。


この瞬間、新たな選定者が誕生した。力を欲した男が、世界に抗いうる力を手に入れた。


額に生じた1本のツノ。鬼とヒトが混じり、鬼人となる。


ヒトだった存在の格は遙か高みへと。


鬼人が立つ。いつの間にか作られた闇の城の頂上に君臨する。


漆黒に染まる闇の中で、選定者が嗤うーーー






・・・・・・・・

・・・・・

・・・






「お帰りなさいまセ。どうやら無事に成ったようですネ」


正面には案内人が立っていた。どうやら始めの白キ領域に戻ったようだ。


「ああ、あんたには感謝してるよ。ありがとう」


そう言うロイスは、まるで新しい玩具を手にした子供のような無邪気な笑みを浮かべていた。


「いえ、私はただの案内人。導きに従っただけでス」


視線はロイスの角に向かう。その言葉とは裏腹に、喜びの感情が漏れていた。


そして案内人は指を鳴らした。その瞬間、白キ領域がまるでガラスの様に粉々に砕けていく。


「あの聖女に、世界に示してくださイ。今ならアナタの牙は全てに届き得ル」


徐々に遠のいていく声を聞きながら、鬼人となったロイスの顔は深い笑みを浮かべた。




澄み渡るような青空。頭上の白い太陽がロイスを照らす。


戦場へと帰還したロイスは、自身に背を向け出口に向かう男に声をかけた。



「イヴァン。もう一度だ、構えろ」




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