10 vs龍狩り
"龍狩り"イヴァン=ヴァルフリート。
今日に至るまでに数多くの凄腕剣士を排出してきた名門ヴァルフリート家の現当主にして、ソロでA級上位探索者にまで上り詰めた人物。10代の頃、当時C級だったイヴァンがA級指定モンスター"蒼龍ラ・ヒュヴェル"をソロで討伐し、その功績から二つ名を与えられA級まで二階級昇進した話は有名である。
また、帝国で発行している「探索者マガジン」では、「キミが思う最強の探索者ランキング」にS級探索者の"絶対正義"に次いで3年連続2位を記録したこともあった。
その後も数々の伝説を残してきたイヴァン。そんな男が今、ロイスの前に毅然とした姿で立っていた。
決戦の地はヴァルフリート家修練場。広大な敷地内の屋外に造られたその場所は闘技場に類似した構造をしており、天井は吹き抜けになっている。日頃は警備隊や護衛達で賑わっているが、この日は人一人おらず風が草木を撫でる音が聞こえる。
頭上には雲ひとつない青空が広がり、真上に位置する太陽が二人を照らす。
「あんた、その格好……」
ロイスの視線の先にいるのは、全身蒼の甲冑姿で統一されたイヴァン。頭部には龍を模った兜が装備されていた。
「これか?ずいぶん久しぶりに着た気がするが、やはりどの装備よりも一番しっくりくるな。そういうお前こそ懐かしいものを持っているじゃないか」
鎧越しに聞こえるくぐもったイヴァンの声に反応して、ロイスは手に持つ大剣に目を落とした。一切の装飾のないにびいろの剣。シンプルなデザインのそれは、イヴァンに与えられ鍛錬で使用していたかつての相棒である。本人曰くダンジョンで拾ってきたものの、ひたすら丈夫なだけで付与効果は一切不明らしい。
「あんたにぶっ壊されたからな」
双剣を破壊された戦闘を思いだし、目の前の男を睨み付けたロイスは横を見る。
「最後にやったのは半年以上前か」
壁にかけられたホワイトボードに刻まれる数字は99-0。
ついに一度の白星を付けることが出来ていなかった。
教え子のダンに敗北したことや奥義を修得出来なかったことが積み重なり、鍛錬の期間は減っていきいつの間にかイヴァンとの模擬戦闘の時間も無くなった。
「ロイス」
ロイスが物思いにふけっていると蒼の甲冑からイヴァンの声が響いた。背中の大剣を引き抜く、ただそれだけのことで大気が震える。
「今の俺はヴァイス・シャッハの「塔」でもなければ王都騎士団長でもない。元A級上位探索者"龍狩り"イヴァン=ヴァルフリートとして、これからお前を……殺す」
「やってみろよ」
ロイスは気合いと共にかつての相棒を力強く握り駆け出した。
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
コト、コトッ。
王宮から中心街を挟んで向かい合うように建てられた聖宮殿。その最上階で2人の女性がチェスに興じていた。
「チェックメイト」
「参りました……」
椅子に深く腰掛け退屈そうに頬杖をつくのは聖女ことユディ=ポルガーノ。普段とは異なり背中まで伸ばした艶のある金髪が綺麗に編み込まれていた。
対面に座るのは王都騎士団と並び王都を守る組織である王女直属の護衛隊隊長、ジーナ=ハリスティン。前髪を綺麗に切りそろえた黒髪のショートカットで、背丈は170センチを超え、その引き締まったスタイルとクールな性格から特に同性の人気が高い。この人物もまた、ヴァイスシャッハの一人"騎士"である。
「ジーナ……貴方って普段はあれだけ頼りになるのに、こういう遊びは全然ダメだよね」
「すみません、どうしても苦手で……」
呆れたようにジト目を向ける聖女から視線を逸らし、大きな背丈を縮めながら口を尖らせボソボソと呟くジーナ。部下や市民に見せているいつもの凛々しさは鳴りを顰め、しおらしい淑女の様な態度を見せる。
「今の貴方もギャップがあって好きだよ。それこそファンクラブのメンバーが見たら卒倒しちゃうんじゃない?」
「絶対見せません!……私は誇り高き護衛隊の隊長ですから」
そう言いながら床に片膝をつき聖女の手を取る。二転三転するジーナの態度に呆れた笑いを浮かべた聖女は、盤上にあった白い塔の駒を手に取り、窓から外の景色を眺めた。
今日は聖誕祭当日。中心街は多くの人で賑わっており、風船等で飾り付けされた街の雰囲気はお祭り気分満載である。
2人のいる聖教会から王宮は約5キロメートルあり、中心街を挟むように建てられている。聖誕祭では聖女が護衛を連れてこの間を往復するのが恒例となっていた。日頃お目にかかれない美しい姿を一目見ようと、毎年王都内外問わず訪れる人が後を絶たない。
「聖女様、どうかなされましたか?」
急に黙った聖女を心配したジーナが声をかける。
「いや、楽しみだなって」
聖女は手の中にある駒をじっと見つめる。
「私も聖女様の美しい振る舞いを見れることが楽しみです!護衛は任せてください。誰にも指一本触れさせませんので」
「ありがとうジーナ。すごく頼りにしているよ」
「は、はわわっ……」
聖女の微笑みを一身に受けたジーナは顔を赤らめ、腰を抜かした様子でその場に崩れ落ちる。
そんな彼女を放置して聖女は立ち上がると、窓を開いてバルコニーに出る。
太陽の光が反射し、黄金の髪がキラキラと輝きながら風で靡く。
眼下に広がるのは王都の街並み。老若男女、種族問わず多くの人で埋め尽くされている。
(本当に楽しみだよ。待ってるからね、ロイス君)
ユディは自身が目をつけた一人の騎士を思い浮かべ、まるで恋する少女のように深い笑みを浮かべた。
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
「シッ!!」
鋭く息を吐いたロイスは沈み込んだ体制から弾けるように飛び出し、地面スレスレを這うように駆ける。
そのままあっという間に10メートルの距離を瞬時に縮め、勢いを上乗せした威力で上段斬りを放つ。
対するイヴァンは一切引くことなく、その場から一歩踏み出し下段切り上げを放った。余程力が入っていたのだろう、踏み込んだ大地がひび割れる。
二振りの大剣が激突し、オレンジ色の火花と共に耳をつんざくような金属音が大気を震わす。
押し切れないと即座に判断したロイス空中で反時計回りに回転し、途中で剣を左手に持ち替えて追撃する。
が、その攻撃は紙一重で躱され、今度はイヴァンの大剣が真横からうねりをあげて向かって来た。
「チッ!」
ロイスは舌打ちしながら仰け反り躱す。そのまま後方に宙返りをして距離を取った。
戦闘開始から既に5分が経過していた。
ブランクのある武器によって思うように動けずやや息が上がるロイスに対して、一切動じることのないイヴァン。その差は明確であった。
「おい、なんだその動きは。負抜けているようだが」
「は?もーちょい待てよ、じきに慣れる」
「早くしろ。お前の遊戯に付き合っている暇などない」
決して視線を逸らしたつもりはなかった。しかし、瞬きをした瞬間にはすでにロイスの眼前に蒼騎士の姿が大きく広がっていた。
「!!」
咄嗟に剣で防ぐも、激しい衝撃に襲われたロイスの体は軽々と後方数メートルも吹き飛び壁に叩きつけられる。
「ーーーぐ、くっ!」
カメラのフラッシュを直視したように白く染まる視界の中、次の攻撃に備えてすぐさま立ちあがろうとするロイス。
しかし、その瞬間には既に真横にイヴァンの姿があった。
「ぁぁぁぁあ!」
殺気に反応し反射で剣を振り抜く。しかしイヴァンは己の剣を地面に突き立てることで十字に衝突させその攻撃を相殺した。
「うぐっ……」
再び金属同士がぶつかり激しい音が響く。
咄嗟の攻撃で思うように力が入っていなかったのだろう、まるで城壁を叩いたような衝撃に耐えきれず、ロイスは剣を手放した。
「愚かな」
瞬間、イヴァンの鋭い蹴りがロイスの腹部に深々とめり込む。
「ーーー」
声にならない痛みに悶絶するロイスを無視してそのまま空中へと蹴り上げる。
ロイスの体が軽々と宙を舞い、地上から数メートルに達するところまで打ち上がった。
その間にイヴァンは地面に突き刺さる剣を引き抜き背中の鞘に戻すと、ロイスを追うように空へ飛び上がる。そのまま一瞬でロイスを追い越すと大きな手で頭を鷲掴みにした。
「!?」
もがくロイスに対して一切躊躇するなく、大きく振りかぶると球を投げるようにして地面へと叩きつけた。
その衝撃に大地がひび割れ、屋敷が大きく揺れる。
体の芯に響くような痛みに悶えるロイスに対して、音も無く地面へと降り立ったイヴァンがゆっくりと歩み寄る。
「戦闘中に武器を手放すなとあれほど伝えたはずだが、忘れたのか?」
いつのまにか回収していたロイスの剣を投げる。
「拾え。まさかもう終わりではないだろう」
その言葉に悶絶していたロイスの動きが止まる。ガリッと大地を握りしめてゆっくりと立ち上がる。
ロイスはその場で体を動かし、自身の骨に異常が無いことを確認すると剣を拾い上げた。
「当たり前だろ、丁度体がほぐれたところだ」
「そうか、なら問題ない。続きだ」
その言葉をイヴァンが言い終えると同時に、ロイスが地面を蹴り飛ばす。
「オオオオオッ!」
吸い込んだ酸素を全身に巡らせ右上段から斜めに振り下ろす。
何度目かも分からない程のつばぜり合いを繰り広げながら、ロイスの表情に焦りが見え始める。
イヴァンに一切の隙が無い。完璧な間合いと無駄の無い動きで全ての攻撃に反応して合わせてくる。
(くそっ、強え……)
ロイスが挫折していた半年の間、目の前の男は更に技量を磨いていたのである。
武器や技の質、速度に体力、精神力。個人の能力をグラフにすると何一つイヴァンを上回ることが無い。
だが今回こそは、何があったとしても諦めるわけにはいかない。
もっと、もっと速く!
ロイスの集中力が極限に達し、イヴァンの速度に追いつき始める。
ここでイヴァンを超えられなければ、俺に存在価値などない。
「う……お、おおおおおおおお!」
全てを絞り出すように全力の雄叫びを上げ、両手で握った大剣を上段から振り下ろそうとしたそのとき、蒼騎士から放たれる圧が膨れ上がる。
天に掲げるように両手で上段に構えた姿勢。肥大化する筋肉が鎧越しにも分かる。
ロイスが覚えることの出来なかった奥義。
(不味い!)
「ヴァルフリート流、轟雷」
晴れた空に、雷が落ちた。
まるでそう錯覚してしまうような衝撃が獰猛な雄叫びを上げロイスを襲う。
一瞬の逡巡。技能で迎え撃つか回避するか悩むこと僅か1秒、先程の戦闘を思い出して咄嗟に技をキャンセルして躱した。
目と鼻の距離を剣先が通過し、衝撃波がロイスの体に傷を付ける。
(読み勝った……!)
それでも賭けに勝ったロイスはがら空きのイヴァンに斬りかかろうとして、戦慄する。
砂埃が舞う中、視線の先にいる蒼騎士の剣先は地面から僅か数センチの距離で不自然に急停止していた。通常あれだけ力を込めていれば、躱された際の咄嗟の対応が難しいはず。にもかかわらず、その背中には一切の隙が無い。
異能である第六感が反応し、激しい警告音を鳴らす。
(嘘だろ!?)
ロイスの目に映るのはまるで時間を停止したように止まるイヴァン。その目線はこちらを捉えている。
片膝をつきながら振り向きざまに下から切り上げを放った。
「轟雷・弐式」
イヴァンにとって過去一度しか披露したことのない奥義の連続使用。轟音を振りまく剣先はうねりを上げ、意表を突かれ動揺するロイスの腹部を完全に捉えた。
まさに龍が空へと昇るように、大地から天空へ縦一直線に光の筋が走る。
ロイスは僅かに後退したことで両断されることは無かったものの、そのダメージは聖教会で受けた傷の比ではない。
全身から滝のように鮮血を吹き出し、思わず剣を手放し膝を折る。
痛覚が無くなり、視界が暗くなっていく。
(これが、死ーーー)
体が前へと傾き頭部から地面に倒れながら、ロイスの脳内に浮かぶのは過去を追体験するような様々な思い出ーーーでは無かった。
思考を占めるのはただ一つの感情のみ。
”怨嗟”。
聖女が憎い。全てを見通していると言わんばかりの傲慢さが気にくわない。
イヴァンが憎い。裏切り者の癖して助けようとする中途半端さが気にくわない。
不屈の剣が憎い。人の意見を聞かずに勝手に色んなものを背負わせる無責任さが気にくわない。
そして何より、俺自身が憎い。力が無いがために何もなせない無能さが気にくわない。
全てが憎い。聖教会が、王宮が、この都市が、この世界が憎い。
どろり、と。
ロイスが意図せず蓋をしていた負の感情が黒い液体のように溢れ出る。
一度漏れ始めたソレは治まることなく、あっという間に全身を満たした。
閉じかけていた目に焦点が戻り、咄嗟に自身の傷口を躊躇無く握りしめる。
「イ”ヴァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ン”ン”!!」
見開かれた目は真っ赤に充血し、全身から大量の血を流しながらも倒れずに死の一歩手前で踏みとどまった。
殺す。目の前の男を殺す。
息途絶えたはずが、もはや執念のみで再起する。
体の痛みなど無視し、剣を拾い上げながら顔を上げ、再び斬りかかろうとして固まった。
「」
ロイスの視線の先にあるのは低姿勢で大剣を後方に引くように構えるイヴァンの姿であった。その目には油断など一切ない。獲物を完全に仕留める鋭い視線。
「轟雷・参式」
まるで物語の主人公のような奇跡の復活。
そんな義子に対して一切関係ないとばかりに冷静な声で放たれた一振りは、閃光と爆音を轟かせながら空気を切り裂き、
ロイスの心臓を深々と貫いた。




