第8話 どんな仕事にも下積みがある
「うっう」
「泣きすぎじゃない?」
あの地獄のような酒場から抜け出した翌日。
日課である素振りを終え、井戸で身体を拭いていると二日酔いで死んだような表情を浮かべながら泣き続けるルーアが顔を洗いにきた。
「だって……私の貯金がぁ……」
どうやら昨日の宴会で冒険者業でコツコツと貯めていた貯金の半分が吹き飛んだらしい。
記憶がない上に金もない、救いようがない結末だった。
しかし、奢ると言ったのはルーアであり、他の冒険者やドワーフを焚き付けたのもルーアである。流石に擁護できないし、助けようと思わなかった。
「うぅっ、うっうぇっキモチワルイ」
嗚咽と二日酔いで本当に吐きそうになるのはやめてくれ。朝から吐瀉物なんて見たくないぞ。
最初出会った時のめっちゃ出来そうなお姉さんキャラはどこに消えてしまったのか。同一人物とは思えない。
見てられないので昔の記憶を引っ張り出し、手探りで魔術式を構築する。
なんとか形になった魔術式を展開して、ルーアに解毒魔術をかける。
ルーアの真下に展開された魔術式から淡い光が漏れ出し、ルーアを包んでいくと彼女の顔色は徐々に良くなっていく。
「……解毒魔術?リア、治癒魔術使えるの?」
「ちょっとだけね。お母さんが魔導書集めるの趣味だったみたいで家にたくさんあったのを暇つぶしに読んでたんだ」
父の書斎に敷き詰められていた魔導書は両親が婚約者探しの旅の途中にかき集めた夫婦の思い出の品だった。
剣が振れない雨の日には暇つぶしとして大いに貢献してくれたのだ。
「流石エルフね……治癒魔術の適性はやっぱり高いのね」
「ん?術式を真似れば誰でもできると思うけど」
「それなら治療院なんて必要ないわ。治癒魔術は人体に対する理解が必須なのよ。知識が膨大すぎて人族は一生を懸けて学んで会得していくの」
ルーア曰く、個人個人の異なる身体の仕組みを理解した上で魔術式を組み立てなければならないので人族で治療院に働く人はそれこそ治癒魔術だけを学んできたエキスパートになるらしい。
だが、エルフは長命種のためその知識に対する取得に時間を思う存分に振り分けられる。
だから、エルフは治癒魔術が得意という風潮が生まれたらしい。
私は前世の現代科学による人体構造の理解が少しながらあるから楽に習得できたのが大きいかもしれない。
この世界の人は人間の細胞の仕組みなんて知らないだろうし。
「とにかくありがとう。心の傷と懐は癒えてないけど二日酔いは治ったわ」
「これからは飲みすぎないようにね」
「……リアにお酒を奢るのは2度としないって誓うわ」
私には奢らないがお酒はやめないらしい。
苦笑いを浮かべながらドライヤー代わりの温風が出る魔術を使っているとルーアがそれを目が点になりながら眺めている。
「……なに?」
「それ、魔術よね?もしかして自作?」
「うん。髪を乾かすためだけに作った」
「便利そうね。髪を乾かすために魔術を使うって発想がなかったわ。教えてもらってもいい?」
「良いけど、魔力操作が難しいよ。強すぎると髪焦げるし」
実際魔力を強く込めれば火炎放射器のような使い方もできる。
というかこの魔術自体、攻撃魔術式の応用だ。
魔術式の解説と図面を地面に書きながら口頭で簡単な説明を髪を乾かしながらする。
「なるほど……魔力調節をして『火球』の魔術式を簡略化してるのね。リミッター機構は作らなかったの?」
『火球』とは最もポピュラーな攻撃魔術式。魔術師を名乗るならば最初に覚える代物だが、その強さは魔術師の力量を測るのにも使われる。
改造しやすい単純な魔術式なのだ。民間で使われている魔道具の中にはこの魔術にリミッター機構という必要以上に魔力が注がれないように制限がつけれる魔術を用いた日用魔道具なんかもある。
「他人に使う物でもなかったし、リミッター機構の術式自体が難しくて汎用性に欠けるからね。火の魔石と魔鉱石を使って魔道具にしようとは思ったけどそんな暇があるなら剣を振りたかったから」
攻撃用に作ったわけじゃない上に自分だけが使う物だ。自分が操作できれば関係ない。
実験で父の毛はチリチリになったが誤差の範囲。実験には犠牲が付き物。
「リアは剣士だからね、しかたないわね……知識と技術力は本職の魔術師と変わらないわね。転職しない?」
「しない」
私は心も身体も剣士なのだから。
そんな会話をしながら、魔術式を教えたお礼として冒険者のイロハを教えてもらうことにした。
今日から仕事をしなければいけない。ちゃんと自分でお金を稼ぎ、自立しなければ。
◇
「さてさて、最初は採取系でいいかな」
依頼が張り出されている掲示板を眺めているがそれなりに量が残っている。
だが、パッと見渡した限りでは採取系の依頼はかなり少ない。
「あらら、めぼしい依頼は完全に取られちゃってるわね。朝練なんてしてるからよ」
「そうなの?」
隣に立ったルーアは掲示板を一通り眺めてからそう言った。
曰く、依頼は基本的に早い者勝ちで朝一番に張り出された依頼の争奪戦が冒険者最初の仕事らしい。
という割には討伐系や難易度設定が高い依頼はそこそこ残っている。
「あー、これはリアのせいね」
「私の?」
「貴女、昨日殆どの冒険者を潰したでしょ?みんな二日酔いで動けないわ。採取系はお金がない初級冒険者の収入源なの」
つまり、討伐系をメインに動いている初級冒険者以外は私が潰したから依頼が余っているということ?
いや、私のせいじゃないし。
「初級でも受けれる依頼、よね。リアなら私の依頼について来てもらっても全然良いのだけど……流石にそうはいかないし……これとかどう?」
ランクが合わないとそもそも同じパーティメンバーでも依頼を受けることはできないらしい。
身丈にあう依頼をコツコツこなして実績を重ねるのが最も早いランクアップ方法だとか。
するとルーアは1枚の依頼用紙を取って私に渡してくる。
「これが無難ね」
「えーっと、魔草の採取?」
なんだそれ、聞いたことないぞ。
「魔草は魔素を吸収した野草のことよ。リアの技量なら魔力探知使えるでしょう?初級冒険者は魔術師系以外は使えないから余りがちなのよ」
魔草は空気中に漂う魔素を吸収した野草で、決まった種類はないらしい。
比較的近場の草原でもでに入るが、魔力探知か専用の魔道具を使わなければ見分けがつかないらしい。
「微弱な魔力を含んでいるのが魔草。魔力探知で見たらわかるわ。ただ、絶対に根っこから引き抜いてね?放っておくといつの間にか魔物化したりするらしいから」
「植物も魔物化するんだ」
「えぇ。だから魔草の駆除は常設依頼なの。魔物化したら足に絡みついてくるわよ。戦闘中に気が付かずに踏んづけて足を取られると面倒なのよ……長く生きた魔草なんて大型魔物まで食べたりするらしいわ」
食虫植物みたいになるのか。しかも魔力探知しないと見分けがつかないとか自然のトラップすぎて笑えない。
「でも、採取した魔草は魔力回復薬として使えるの。味はクセがあるけど魔術師の必需品よ」
「へぇ」
魔草を煮出して魔力成分を抽出して作られるのが魔力回復薬だそうだ。
とは言え即時性はなく、魔草に含まれた高濃度の魔力を経口摂取して魔力回復の効率を向上させただけの単純な代物だとか。
でも不味くは無いらしい。ただ、人によってはかなり旨味を感じ、中毒症状に陥る人もいるとか。
「魔力って味覚をダイレクトに刺激するから不味くはないんだけど、慣れてないと違和感がすごいのよ。肉の旨味だけを固めた液体を流し込んでる感じでね」
アミノ酸だけで作った液体を流し込む感じか。旨味は強いけど美味しくはないみたいな。
「摂取しすぎると魔力過多で気持ち悪くなるのよね。でも、それが快感になって勘違いしちゃう人もいるのよ」
一種の麻薬みたいなものか。
近い未来には違法薬物として取り締まりが始まったりしそうだな。
対処法としては魔力が尽きかけた状態での接種や摂取後に魔力をしっかりと使うとのこと。
「魔力を使い切った後に飲むとすごい美味しいのよ」
スポーツドリンクかな?
まぁ感覚としては間違いではないか。
「私はこれを受けるわ。ちょっと遠いから明後日には帰ってくると思うから心配しないでちょうだい」
そう言ってルーアは討伐系の依頼書を取って受付の方へ向かった。
スペル付近は魔物被害は少ないらしく、衛兵も治安維持のために魔物狩りをしているので付近の小さな農村から依頼が回ってくるらしい。
「ま、わたしもこれでいっか」
ルーアに渡されたオススメの魔草採取依頼を受付の方へ持っていく。
先に受付を済ませたルーアと軽く挨拶をした後に私の順番となり受付に依頼書を渡す。
「おはよう、嬢ちゃん」
「おっさんおはよ」
受付は冒険者登録した時と同じ筋骨隆々のスキンヘッドおっさんだった。
依頼書を渡すと慣れた手つきで事務作業をこなして小さな木の板を渡してくる。
「依頼達成したらこれとギルドカード、採取した素材を一緒に渡してくれ」
割り印のようなものだろうか。彫られた印を軽く眺めてから腰につけているポーチに木の板を放り込む。
「本来なら魔物を見かけたら気をつけろよとか言うが……ま、嬢ちゃんには必要ないな。もし魔物を討伐できたらその素材も買い取ってやるから安心しな」
「親切だね、ありがとう」
おっさんは私の実力を評価してくれているみたいだが、なんともむず痒い。そこまで強くはないのだが……鍛冶屋のオルガと言い、ルーアと言い過剰評価だ。
「……あと、他の冒険者を酔い潰すのは程々にしておいてくれ。今日消化されるはずの討伐系が余っちまって困ってるんだ」
「あ、あはは……善処します」
私のせいじゃないんだけどなぁ……。
◇
採取した魔草を纏める麻袋を街で購入し、教えてもらったスペルの城壁の外の平原へと私はやって来た。
城壁が少し小さく感じるほど歩いたが十分日帰りできる距離だ。この辺りで採取するか。
「……えっと、魔力探知だっけ?」
ルーアに当たり前のように使えるでしょうと言われた魔力探知だが、実は使ったことは一度もない。
とは言え知識としては昔読み漁った魔導書の中に覚えがある。
魔力纏の容量で少し多めの魔力を目の周りに厚くするだけの基礎的な魔力操作だ。
索敵魔術と違い、見える範囲でしか使えない下位互換のようなもの。
だが、可視化できる点と精度は索敵魔術と数段上と言えるだろう。
「……おー、意外と少ないもんだ」
平原を小さな丘の上から眺めてみると、もやもやとした魔素溜まりのようなものが見える。
だが、10メートル四方に一つあるかどうかのレベル。1キロで銅貨5枚くらいだから見える範囲全部集めても1キロ行くか分からない。根気のいる作業になりそうだ。
だが、こういう下積みはどんな仕事でも大切だろう。大変じゃない仕事なんてないのだから。
「でも、これはこれで良い下積みな気がする」
近くの魔草を根っこから引っこ抜きつつそう考える。
私の索敵魔術は完全オリジナルで魔力纏の応用で魔術式すら必要としない魔術とは言えないかもしれない分類だ。
となると索敵に必要なのはこの魔力探知と呼ばれる技術となる。
索敵は基本的に後衛を担うことが多い魔術師の仕事になりやすい。そうなれば魔力探知を常時発動を必要とされるこの依頼は初級冒険者……つまり、冒険者に成り立ての魔術師には必須技能と言えるだろう。
「魔力消費はないけど、無意識にできるようにならないと行けない……待てよ?」
私には魔力探知ではなく索敵魔術で周囲を警戒している。
でも、索敵魔術では魔草を探知するまでの精度は存在しない。
なら、探知できるように魔力の厚みを増せば索敵精度が上がり良い修行になるのでは?
自分が強くなるなら苦労に越したことはない。早速実践してみる。
とりあえず試験的に魔力纏を100メートルほどまで縮めて魔力の質を上げていく。
「……うー」
結構難しい。魔力消費をなくすために放出するわけにはいかないので風船のように魔力が分散しないように膨らませるのは至難の業だ。
範囲を縮めて再挑戦。
半分の50メートル範囲を自身の魔力で満たすようにイメージする。
それでも上手くいかない。さらに範囲を縮めて10メートルほどに狭める。
「……これならいいけど、っう」
精度は魔力探知と同等まで昇華することはできた。
だが、脳内に入ってくる情報量が桁違いすぎて気持ち悪くなってくる。
索敵魔術範囲内にあるすべての物質の動きが伝わってくる。風に靡く草のしなりや小石の形から小さな虫の動きまで。
「うぇ……」
あまりの情報量に気持ち悪くなり、索敵魔術を解除してその場に座り込む。
これでは実用的ではない。
それに範囲が狭すぎる。半径5メートル程度の範囲でしか感知できない。こんなのでは目視で見たほうが効率的だ。
感じ取れる莫大な情報の取捨選択が必要となってくる。
「見えない範囲だけ探知を広げる?それでもえげつない情報量……実用的じゃないなぁ」
魔術式として構築する手段もあるが、それは難しい。
魔力を放出することとなる上に1人の人間に処理できるような術式ではなくなってしまう。移動するたびに、新しい物質が範囲内に入ったら術式を再構築するような頭脳が必要だ。それこそ、スーパーコンピュータを常に持ち歩かないと不可能なレベル。実に非現実的だ。
「魔力の厚みを調節するのが現実的かな」
1時間ほど試行錯誤を繰り返し、私を中心に半径20メートルを魔力で満たしていく。
だが必要魔力もかなりの量だ。制御するだけで一苦労でこれを使いながら戦闘なんて不可能に近いだろう。
「鍛錬あるのみ、かな」
できないことはできるまでやる。不必要な場所の魔力を薄くしたり、効率的に範囲を広げるのが妥当だろう。
この索敵魔術の原理は身体の感覚を広げているだけのシンプルな技術だ。極めることができればまたそれこそ精度の向上につながる。
精度を上げた索敵魔術を使いながらひたすらに魔草を採取し、気がつけば陽は傾き始めていた。
「また明日かな」
魔草採取は常設依頼と言っていたし、暫くはこれでお金を稼ぐとするか。
足りなかったら討伐系を受注して足しにしよう。
◇
スペルに住み始めて早くも1週間が経過した。
王国から正式に皇女様の亡命が宣言されてからスペルに留まる人も少なくなり、宿屋に空きができたことに伴い冒険者ギルドの簡易宿泊所も閉鎖されることとなった。
事前に見つけていた鍛錬ができる裏庭付きの宿屋に留まることをできたので寝る場所の問題は解決したといえる。
個室でベットもあるので雑魚寝にはならないし、異様にうるさいイビキも聞こえなくなるのはありがたい。
冒険者ギルドの仕事もかなり慣れてきた。
索敵魔術の精度と制御は苦戦はしているが実用的な範囲内に運用できている。
範囲は私を中心とした半径50メートル程度だが、試行錯誤の結果が出たのだ。
すべての物質に感知するようにするのではなく、範囲内に入った魔力だけを感知できるように工夫をしたのだ。このおかげで作業効率は上がったがとはいえ、このままでは魔力探知よりも範囲が狭い。まだまだ鍛錬は必要。
「よっ、リア」
「シバ」
魔草を引き抜いていると、見慣れた魔力が近づいてくるのに気がついた。
知り合いだったので気に留めなかったが用があるのか話しかけてきた。
「どした?」
彼はシバ。犬型獣人の青年だ。最近村から出てきて冒険者として登録した、私の同期的な存在。
ルーアオススメの食堂でご飯を食べているときに相席になってから仲良くさせてもらっている。
普段は情報共有や晩酌に付き合ってもらう程度の仲だ。
「実はな、付近の森でミノタウロスが目撃されたらしい。俺たちがいつも魔草を採取してる近くだったから教えようと思ってな」
「なんと、ありがとう」
冒険者同士の情報共有は頻繁に行われる。一つの情報が生死につながることになり得るからだ。
「ならシバもこんなところきちゃ危ないじゃない。……近くにはいないみたいだけど」
索敵魔術の精度を落として範囲を広げてみるが今のところ怪しい動きは感じられない。
「俺には鼻があるからな。ミノタウロスの臭え獣臭くらいすぐ気づくさ」
そういって自慢の鼻をちょんちょんっと触る。
獣人族の特徴は驚異的な感覚器官の発達が挙げられる。
それこそ、犬や猫の嗅覚や聴覚の良さがそのまま引き継がれており、人族やエルフと比べると高い身体能力を有している。
そのかわり魔力操作が苦手らしく、肉弾戦などの前衛を務めることが多く、パーティの前衛には1人はほしい人材だとルーアは言っていた。
実際にシバは大きな大剣を背負っており、一度レッドボアと対峙したときにはその剛腕で真っ二つに切り裂いていたのが印象的だ。
「流石にミノタウロスは俺たち初級冒険者にはキツいからな。アイツらの怪力は熊の獣人を有に超えるらしいぜ」
「へぇー……熊の獣人ってやっぱりハチミツが好きなの?」
「緊張感のかけらもねぇな。……ハチミツは大好物だぞ。赤ん坊の頃からミルク代わりに食ってるぐらいだ」
赤ん坊にハチミツはダメだと思うのだが……まぁ人と構造が違うのだろう。気にしてはダメだ。なんて言ったってここは異世界なのだから。
「ミノタウロスか……野生の牛が魔物化したやつらよね?見たことないんだよねぇ」
「俺は一回見たことがあるぞ。とにかくデケェ。3メートルくらいはあるな。知能も上がるみたいで石器程度の武器は平気で作るし、倒した冒険者の装備を奪うこともあるらしい」
なんとも面倒臭そうな奴だ。
そういえばそろそろククリが防具の受け取り日だ。普段から装備して身体に慣らしておかないと行けないし、明日にでも買いに行くか。
◇
「待ってましたー!ウチのお給料ー!」
翌日、金貨2枚をギルドで引き落としてオルガ武具店に入った瞬間にククリが私に抱きついてきた。
抱きつくのは全然良いのだが、私のことを給料って呼ばないでほしい。
「これでなんとか今月も生きていけます!」
「はいはい、それで頼んでた防具はできたの?」
「ええもちろん!こちらへどぞ!」
試着室のような場所に案内されてククリに防具の着方や手入れの仕方を聞きながら装着していく。
「リアさんは小さいから作りやすかったですよー!特に胸の辺りとか」
「殺すぞ?」
「ひぇっ」
抱きつくのも私のことをお給料呼びしたのも別に気にしてないがそれだけは許さない。絶対に許さない。末代まで呪ってやる。
防具の微調整も手早く済ませてくれたので、軽く体を動かして不具合や違和感がないかチェックする。
関節も動きやすいし、素材も軽くて付けている感覚があまりないほど。キツいところも動きが阻害される感覚もない。
「良い感じですかね?」
「うん。ばっちし。ありがとね」
何気なく店内を見渡してみるが店の奥からは何かを擦る音は聞こえるだけであのゴリマッチョドワーフの姿は見えない。
それにしてもお客の1人も見えない相変わらず寂れた店となっている。
「よくこんな感じで経営できてるよね」
「あはは、もっとあのクソ師匠に言ってやってくださいよ。本当に大変なんです」
ククリは目に暗い影を落としながらぶつぶつとつぶやく。
「腕は良いのに自分の見込んだ人にしか武器は売らないし、ようやく凄い人が来たと思ったら自分じゃその人に合う剣を打てないとかほざくし……防具と武器じゃ利益率が違うのになんでそんなこともわからないのかな……」
どうやら鬱憤はかなり溜まっているようだ。
ちなみに武器と防具では利益率が違う要因は損傷の頻度が関係してくる。
単純明快な話だが、防具は正直にいえば一度の瀕死になりうる攻撃を守ってくれる程度の代物だ。そのレベルの攻撃を何度も喰らうような実力なら魔物狩りや冒険者になるなんてことは向いていない。すぐさま引退をすべきだと思う。
そのかわり武器は何度も使う上に消耗が激しい。何よりも攻撃をしなければ相手の攻撃の威力を下げることはできない。攻撃は最大の防御ということだ。
交換頻度やメンテナンス費用を諸々考えると武器を売った方が圧倒的に利益となる。
「普段どうやって生計立ててんのさ」
純粋な疑問だ。剣を作るのもタダではない。材料費や炉のための燃料費だって必要となってくる。
「基本的には武器防具の修繕ですねぇ。クソ師匠は武器は売りたがらないですが修理や研ぎは請け負うんですよ」
なるほど。一応店の利益を考えて譲らざる負えなかった妥協点がそこなのだろう。
「燃料……炉は魔術で何とかしてるって感じですね。ドワーフって炉に対する火魔術のプロですからね」
ドワーフは鍛治と酒に生きる種族だ。
酒を作るための魔術や鍛治に必要な火の魔術を扱えば右に出るものはいないと言われるほど。
「クソ師匠の良いところは下戸すぎて酒が飲めないってところです!ドワーフのくせに!」
と、ケタケタと笑うククリ。
たしかにドワーフでお酒が飲めないというのはかなり珍しい。いや、だからこそ彼は他のドワーフより鍛治に直向きなのだろう。
「騒がしいぞクソ弟子」
ククリの笑い声に反応したのか、店の奥から大量の汗をかいているオルガが出てくる。
店内の温度から炉は付けていないようだが、何をしていたのだろうか。
「やっほ、オルガさん。お邪魔してるよ」
「エルフの嬢ちゃんか。クソ弟子の世間話に付き合わなくて良いぞ。うるさくて仕事ができん」
嫌味ったらしいが言葉の表現が苦手なオルガらしい言い方だ。
しかし、ものすごい汗だ。それだけで彼の武器に懸ける情熱が伝わってくる。
火を使ってない作業場でやっていた仕事というのは先ほどククリが言っていた武器の修繕だろう。
修繕ということでも一切手は抜かない。大量に発汗するほどの集中力。本当に職人の鑑と言える。
「そうだ、この前紹介したシバに武器を作ってあげるんだってね」
「……あぁ。まだ拙いがあの犬っころには見所がある」
実は仲良くなったシバにオススメの武器屋を教えてくれと頼まれたのだ。と言っても知っている武器屋なんてここしかないからここのことを伝えてみた。
彼は技術はないが努力ができる。鍛錬は欠かしていないようだし、それは着実にジバの力になっている。
「流石リアさんですよね!クソ師匠が納得できる人材を連れてくるなんて!」
「クソ弟子、おめぇは何でもかんでも客に売りつけようとすんな……身の丈に合わない武器は身を滅ぼす」
オルガはぶっきらぼうで言いたいことはズバッと言う性格をしている。
だけど、それは彼の優しさからきているのだ。
自身の実力と武器の性能が噛み合わなければ大事な場面で取り返しのつかないミスをする。
自身が作った武器にプライドを持ってはいるだろうが、それ以上に彼は使い手のことを考えているのだ。
「んじゃ、私はそろそろ行くね。魔草採取しなきゃだから」
「まだそんな仕事してんのか。お前さんなら魔物くらい狩れるだろ」
「下積みはしっかりとしないと、だからね。ククリもしっかりと下積みするんだよー」
そう言い残して私は店を後にする。
さて、今日も魔草採取といきますか。
裏設定的な補足説明的なやつ
シバについて
獣人族犬系男子、15歳。
女手一つで自身を成人まで育ててくれた母親のため、まだ幼い妹のため、出稼ぎのために冒険者に。
獣人族特有の強靭な力で大剣を振り回す根っからの前衛。
本人は自覚していない上に未熟だが大成する器を持つ人物。柴犬をイメージした獣人。リアには本能で勝てないと悟っている。
食堂で相席となったリアを目の前にしてビビり散らかし尻尾が内側に丸まったのは秘密。
ルーアから教えてもらった知識をあたかも自分の知識の様にシバに披露するリアの姿は良く目撃されている。




