第7話 酒は呑んでも呑まれるな
マギア王国スペルドア領、主都スペルにきて初めての朝。
今までの野宿生活と一転、雨風が防げる屋根のある部屋に寝ることができて意外と快適だった。いや、スルゲンの迎賓館のベットの方が快適だった。もう一度あのベットで寝たいです。
冒険者ギルドの簡易宿泊所内は人が30人ほど雑魚寝できる大きな広間となっており、部屋に入ると結構な人数で部屋が埋まっていた。
だが、ギルド職員によるとこれでも空いている方だとか。女性冒険者自体が珍しいようだった。男性冒険者がいる部屋は地獄のようにむさ苦しいとか。
ちなみに一泊鉄貨5枚。かなり良心的。
各々好き勝手にしており、武器の手入れや食事、ストレッチ、中にはトランプのようなもので遊んで修学旅行の夜のような楽しげな雰囲気を出している連中もいた。
私もそれに倣って武器の手入れや軽食を済ませて軽く寝支度を済ませて就寝した。
そして朝となった今、私はギルド職員に場所を聞いて日課の素振りをしている。
場所はギルドの裏にある訓練場のようなスペース。
日が昇ってすぐなのだが、ちらほらと私と同じように運動している冒険者を見かける。
依頼掲示板には既に何人か張り付いて待機してたし、冒険者の朝は早いようだ。
「――――ふぅ」
私も仕事をすぐにしたい、とは思ったが最近思う存分に朝練ができていなかった。
なので今日は休日ということにして満足するまで剣を振る。楽しい。
何人かチラチラと見る視線を感じたが、剣を振っていれば気にならなくなっていった。
気がつけば陽は完全に昇りきり、日差しが少し強くなっている。
「あっつ」
時間を完全に忘れてしまっていたようだ。服は絞れば汗が出てきそうなほど汗を吸っているし、激しくお腹が鳴るほどの空腹を感じる。
「着替えよ……」
建物の影になっている場所には井戸があり、冒険者なら自由に使って良いとのこと。そこで水浴びや身体を拭くのが冒険者……というか平民では一般的のようだ。ちなみになぜかここは男女兼用。異世界文化の壁を感じた。
頼りない小さな衝立があるだけで少し恥ずかしいが見られても困るようなものではないので服を脱ぎ、汗を持ってきたタオルで拭き取る。
「あら、先客が居たのね」
「……ども」
そんなことをしていると汗を拭きながらこちらに近づいてくる少し大人びた女性。同性で少しホッとする。
彼女も冒険者のようで、腰にはレイピアのような剣を装備している。
「隣失礼するわね。……さっき見てたけど、凄い太刀筋ね。惚れ惚れしちゃったわ」
「そりゃどうも」
彼女は何気なく隣に座って装備を脱いで汗を拭き取っていく。
胸当てを外したその瞬間にボロンッと効果音が聞こえてきそうな強烈な揺れを伴って連なる双丘がこぼれ落ちる。
「……なん、だと」
なんだこの悪魔的で恐ろしい山々は……。
思わず自分の胸と見比べてみる。
……まだ成長の余地がある。あると思いたい。
「……ふふ。こんなのあっても邪魔なだけよ?戦闘中とか特に」
以前何かあったのか、遠い視線を虚空に向ける。
確かにそんなのがあっても剣を振るのに邪魔かもしれない。でも憧れはある。でもやっぱり剣を振るのに邪魔になるならいらないかもしれない。でも肩が凝るとか水に浮くとかは本当なのだろうか。でもやっぱり剣を振るのに邪魔になるはずだ。でも憧れはある。
「この辺りでは見ない顔だけど、最近スペルに来たの?」
「そうだよ。というか人族の国はここが初めて。最近村を出て、成り行きでここに来たの」
「ということは成人したてのエルフなのね。意外と若いのね」
人族の間では村を出たばかりのエルフは成人したてというのが一般的なのか、それともこのお姉さんが博識なのか。
「お姉さんほどじゃないよ」
「確かにそうね」
くだらない会話に笑みを浮かべ、互いに笑い合う。
「私はリア。昨日冒険者登録したばかりの冒険者ド素人のド新人だよ。よろしくね」
「私はルーア。2級冒険者の魔術師よ。よろしく」
2級冒険者とは驚きだ。大先輩ということ……む?魔術師?
「レイピア持ってるのに魔術師?」
「えぇ。冒険者の魔術師は接近戦もできないとね。でも護身用みたいなものよ。基本は魔術で近づかれたらレイピアって動きをしてるの」
魔術師は基本的に距離を保って戦う。
魔物も対人でもそうだが、距離を保つというのは結構難しいのだ。
特に相手が接近戦メインの戦い方なら必ずと言っても良いほど近づいて攻撃してくる。移動しながら魔術式を安定して展開するには練度が必要だし、前衛が必ずしもいる状況でもない限りは自分でなんとかしないといけない。
流石は2級冒険者ということか。
自分の欠点を理解し、補う努力を怠らない。現実的で無駄がない行動だと思う。
「リアって呼ばせてもらうわね。何かの縁よ、しばらくこの街に滞在する予定だから何か困ったことがあったら言ってくれればアドバイスくらいはできるわ」
「じゃあ私もルーアって呼ぶね。是非ともお願いしたい。長生きしてるけど人族のことなんてさっぱりだからさ」
「私も困ったことがあったらリアを頼らせてもらうわ」
「私に何かできるとは思えないけどね。……あ、早速だけど聞きたいことがあるの」
「良いわよ。何が知りたいの?」
「そりゃもちろん――――美味しいお昼ご飯が食べれる場所」
◇
「あー、美味しかった」
あの後ルーアにオススメされたのはギルドの近くにある大衆食堂だった。
新人冒険者にも優しい値段設定の上、運動後のお腹にしっかりと満足がいく量。そして提供がビックリするくらい早い。電子レンジでも置いてるのかと疑うレベルだった。
もちろん味も文句なしに美味かった。
美味い、安い、早いの三拍子が揃ったこの世界の牛丼屋のような存在だと言えるくらいだ。
出てきたのは牛丼ではないが。
「さてと、腹も膨れたし探索でもしよっかな」
一応、いつまでも雑魚寝というわけにはいかないし、ギルドの簡易宿泊所はあと1週間ほどで閉鎖する予定となっているらしいので泊まれる場所があるか探すのも目的の一つだ。
街をキョロキョロしながら目に入った宿屋に入っては空室確認したり、道中にあった肉串を買って食べ歩きしたりと観光を主に楽しみながら散策する。
昨日寄った宿屋のお姉さんが言っていた通り、観光客のような人たちが多く、屋台や露店もかなり賑わっている。
普段の人通りがどのようなものかは分からないが、様々な人種が入り乱れるその光景はまさに異世界の醍醐味と言っても良いのかもしれない。
散策を始めて大体2時間ほどが経過したころ。
「迷った」
案の定、私は道に迷ってしまった。
何も考えずに知らない街をぶらぶらと歩けば必然だろう。
自分が今どこにいるのか、ここがどの辺りなのかさっぱり検討がつかない。
中世の街並みは見ていて楽しいが……やはりどれも同じような造りの建物が多く、道も区画整理されている所為なのか、同じような風景が続いている。
「さて困ったぞ」
人通りが少ない道に入ってしまったのか、付近に通行人はおらず出店や露店なども見当たらない。
とりあえず何か店が見えたら入って道を訊いてみるか。
そんなことを考えつつ、ぼーっと思うがままに進んでいると一つの店を見つける。
近づいてみると何やら熱を帯びたしっとりとした空気が漂っている。
奥からは金属を叩く音がリズム良く聴こえてくる。
「……オルガ武具」
出入り口であろう扉の上には無骨な文字で彫られた1枚の看板。店をアピールする気は一切ないようで、装飾すらされていない。
「ちょうど良いか」
武器を見てみたいのも目的の一つ。
扉を開けて中に入ってみる。
カランコロン、とドアに備え付けられたベルが音を鳴らす。
中には1人の女性がコクリ、コクリとうたた寝をしており、こちらに気付く様子はない。
店内は少し蒸し暑いが耐えれないほどではない。でもよくこんな温度でうたた寝ができるもんだ。
店内を軽く見渡すと、様々な武具が飾られている。
盾に剣、槍、鎧と多種多様にわたる様々な武具。見た感じとても質が良く見える。
「ほほぅ……」
思わず見惚れてしまうほどの出来栄えの物もちらほらと見れる。
そう、言うなら魂が篭っている。この武具を作った人はきっとこの子らを作るのに命を、魂を賭けている。そう感じ取れてしまった。
「――――あっつい!!」
「わ、ビックリした」
武具に感心と感動を感じているととカウンターでうたた寝をしていた女性が突然飛び起きる。
「まったあのクソ師匠剣を打ってやがるな!?――――ってお客さん!?」
「お客さんです」
「オルガ武具店にようこそ!すみません、気がつきませんでした!あはは」
頭を掻きながら笑う女性店員。
「こーんな寂れた武器屋ですがゆっくり見てってください」
「客か」
すると店の奥から1人の小さなおっさんが出てくる。
かなり無愛想で表情筋はおそらく仕事をしていない。身長はかなり低く、私の胸の位置くらい。筋肉の鎧に包まれ、少し先が白みがかった髭が特徴的……エルフと同じ長寿で知られる鍛治と酒に生きる種族、ドワーフだ。
「……エルフがなんの用だ。弓は作ってないぞ」
「私は弓使わないよ。剣士だから」
そう言って腰につけてある剣をチラリと見せる。
ドワーフはそれを見るや否や目を見開いて近づいてくる。
「その剣を見せろ」
「え?あ、うん」
勢いに負けてしまい、言われるがまま剣を渡す。
ドワーフは鞘から刀身を抜き出し、鋭い眼差しで剣を見つめる。
「……この剣を使ってどれくらいだ」
「えっと、1週間……くらいかな?」
「そうか。お前、この剣はやめとけ」
「む?」
少しむすっとする。
確かに私が使う『神鳴流』は日本刀を使うことを前提とした剣術だ。
鉄剣は前世で言うところの西洋系に近い。剣の術理と剣本体が噛み合っていないことくらいは理解している。
でも、この剣は父が私にくれた贈り物の一つでもあるのだ。剣を見ただけで否定されるほど安い物ではない。
「剣は剣士を映す鏡だ。お前の剣術にこの剣は付いていけてねえ。悪いことは言わん、身丈に合う剣を手に入れろ」
「ちょ、クソ師匠!せっかくきたお客さんだよ!?そんなんだからお客さん減るんじゃん!」
「……良いかクソ弟子。ワシら鍛治師には剣士の強さなんて分からねえのは当たり前だ。だが、剣を見れば剣士の実力を見ることができる。剣は嘘をつかん」
「いやいや、ウチが言いたいのはそんなこと言ってうちの武器買わせないから売上ないって文句言ってるの!分からず屋のクソ師匠!」
なんか喧嘩が始まった。
でも、このドワーフが言うことは一理ある。
この鉄剣は私の剣術には合っていない。それを1週間しか使ってない剣を見て見抜いたこの人の実力は確かな物だろう。
「何を言ってんだクソ弟子。ワシにこのエルフの実力を充分に発揮できる剣は打てない」
「……え?」
「エルフの小娘。この剣をワシに研がせろ。ワシにはそれくらいしかできん……借りるぞ」
そう言うとドワーフは私の鉄剣を持って店の奥に入って行った。……何が何だか。
「あのクソ師匠が……?」
「そんな驚くことなの?」
「え、あ、はい。あのクソ師匠は……今までやってきた冒険者や騎士様に剣をくれと言われても頑なに売らなかったんです。『お前の実力に似合うひ弱な剣はワシの子の中にはいない』とかほざいてまして……」
「その人が逆に私に似合う剣は自分では打てないと……」
「はい……ウチが弟子入りして初めてです。え、お嬢さんそんな強いの?」
「……さぁ?私は私のことを強いとなんて一度たりとも思ったことないよ」
それは事実だ。
実際、私は前世を含めて一度たりとも自分のことが強いと思ったことがない。
まだ、お師匠のように剣は振れてない。
あの雷鳴のように速く、強く美しい剣筋を再現できたことはない。
私の中の強い剣士は、お師匠のような剣士なのだから。
「うへぇ……でもすみません。ああなると梃子でも動かないんで待っていただけます?」
「いいよ。逆にありがたい。メンテはしようと思ってたから」
◇
しばらく待っていると、店の奥から私の鉄剣を持ったドワーフが出てきた。
「ほれ」
差し出された鉄剣を受け取る。
「お、ありがとう」
鞘から刀身を出してみると、まるで新品……いや、それ以上の別物となって帰ってきた。
その美しい輝きを放つ鉄剣に思わず見惚れてしまう。なんと素晴らしい。
「お前、どんな太刀筋してんだ。あと数回実戦していたら鍔からぶっ壊れていたぞ。修理と補強もしておいた。暫くは保つが長くはない。気をつけろ」
「え、あ、はい」
そんな危険な状態だったの?
剣を壊すところだったのか。そんな状態になったらお師匠に合わせる顔がなかった。というか怖すぎて震えてしまう。
「ちなみにどれくらい保つ?」
「今まで通り使うなら5年くらいだな」
「短いなぁ」
「……長命種のしばらくって意外と長いんだよなぁ」
なんか女性店員が言っているが気にしないでおこう。
「お代は?流石にタダでやってもらうのは気が引けちゃうよ」
「いらねぇ……と言いたいところだが、それだとお前の気が済まねえか。クソ弟子。防具を見繕ってやれ」
「え!?いいの!?」
「どうせエルフの嬢ちゃんは大した防具つけないだろう。だが、いざという時に防具は身を守ってくれる。それは覚えておけ」
「なるほど……忠告ありがとう」
「よーし!採寸しますよ!ほらほらこっち!」
「ちょっ」
なんか興奮している女性店員に背中を押されて個室のような採寸室まで連れていかれる。
身体のあらゆる箇所を採寸されるのがなんだかむず痒い。
「ちなみにお客さん、どんな防具が良い?」
「軽くて丈夫で伸縮性があるのが良いかな。関節は自由が効くもので」
「了解!えーっと、なら皮系防具が良いね。その辺のなめし革だと耐久性がないから……魔物の皮がいいかな。あ、予算ってある?」
「相場がわからん」
「そりゃ仕方ない!えっと、大体お客さんの要望を完璧にするなら大体金貨2枚有れば充分かな。安くて良いなら銀貨5枚でもいけるよ!」
意外と高いんだな、防具って。
でも命を守るものだし……ケチって重症、剣が振れなくなるって最悪のオチだけは回避したいな。
あまり結婚資金であるハウルさんからの謝礼金は使いたくないが背に腹は変えられないか。
「なら金貨2枚で」
「太っ腹!ありがとう!これで今月もウチの給料が確保できたよ!」
本音がダダ漏れ。
もう少しオブラートに包むとか建前を出したりして欲しいものだ。でも悪意はないから悪い気はしない。
でもウエストを測りながら太っ腹って言わないでほしい。
……太くないもん。細いもん。引き締まってるもん。
採寸と素材を決め終わって部屋から出るとドワーフが近づいてきて1枚の便箋を私に渡してきた。
「これは?」
「ワシの師匠への紹介状だ。ワシの腕ではお前に見合う剣は打てん。じゃか、師匠なら可能だろう。王都の手前、ここから北西にある鍛治の街……ファイトスにワシの師匠がいる」
「その人にこれを渡せば良いの?」
「あぁ。何処にいるかはわからんが鍛治師ギルドにワシの師匠、ドルゲンに会いたいと……オルガの紹介と言えば教えてくれるはずだ」
分からないのか。
彼曰く、ドワーフ族は己が決めた拠点に居座り、永遠と死ぬまで鍛治師としての腕を磨くらしい。だが店の場所や工房の場所は変えることが多々あるとのこと。理由は様々で土地の区画整理や気分転換に……なんて場合もあるとか。
ま、エルフと同じ長命種だ。人族の街に住んでいたら拠点はコロコロ変わるのは仕方がないことか。
◇
お金は後日持ってくることを約束し、オルガ武具店を後にした頃には夕暮れ時となっていた。
女性店員……ククリ(採寸中に仲良くなって名前を聞いた)から本来の目的である冒険者ギルドの場所を教えてもらいその記憶を頼りに昼間とは別の賑やかさを出している街を歩いていく。
それにしても有意義な1日だった。
剣を思う存分に振れたし、冒険者の知り合いもできた。
武器は買えなかったがメンテはできたし、防具だって買えた。
もう一つの目的である宿屋は残念ながら見つからなかったがしばらく時間はかかるだろう。
原因である皇女様はこの国から出れないみたいだし。
「リア、また会ったわね」
「ルーア」
声をかけられたので振り向いてみると少し疲労の表情が拭いきれないルーアがいた。
「リアは今から帰り?」
「うん。武器のメンテと買い物が終わったところ。ルーアは何してたの?」
「宿探しよ。当分はここを拠点にしようとしてるんだけど……いつまでも雑魚寝は身体が休まらないからね」
それは私と思うところだ。だが、彼女の表情を見れば結果がわかってしまう。
「予想はつくけど、結果は?」
「惨敗よ。1週間は雑魚寝ね」
肩を落としてため息をつくルーア。
どうやら今日一日、宿探しに翻弄したようだが何処も満室だったようだ。
宿探しは程々にして街を散策したのは間違いではなかったようだ。
旅慣れしてそうなルーアが探しても見つからないものを私が見つけれるわけがないのだから。
「リア、ということだから今晩空いてる?」
「……どういうことかは分からないけど、予定はないかな」
「なら、呑みに行きましょう!」
「えっ」
そう言うとルーアは私に抱きつくように肩を組んでくる。地味に力が強いし、その無駄に実った果実を押し付けるのはやめて頂きたい。
「安心しなさい!先輩冒険者が奢ってあげるわ!思う存分呑みましょう!」
「ちょ、私お酒なんて飲んだことないんだけど?」
「じゃあ大丈夫ね!」
何が大丈夫なのだろうか、できれば教えていただきたい。
宿屋が見つからなかった鬱憤を晴らすかのようにテンションが高いルーアに連れられ、私たちは近くにあった酒場へと赴いた。
「店員さん!エール2つ!」
「はーい!」
空いている席に通されると同時にメニューを見ることなくエール2つ頼むルーア。
あの、私は呑むとは一言も言ってないんだが?
ルーアは楽しげにオススメの肴を私に語りながら店員に次々と注文していく。
「ルーアはお酒好きなの?」
「そうね、大好きよ。お酒って将来の不安も過去の後悔も忘れさせてくれる魔法の飲み物なのよ?」
なるほど、私にとっての素振りと同じようなものなのか。
少し待つとたっぷりとエールが入った木のジョッキがドカンと力強くテーブルの上に置かれる。
「待ってました!……さて、リア。これだけは約束よ。どれだけ酔っ払ってもホイホイと男にはついて行かない、これが淑女の呑み方よ」
「どれだけ酔っ払ってもっていう前提が既に淑女じゃないような」
「細かいことは気にしない!ジョッキを掲げて!お手を拝借!リアとの出会いに!」
言われるがままジョッキを手に持つ。
「……ルーアとの出会いに?」
私が続けて言うとルーアはニヤリと笑みを浮かべ、私のジョッキに自身のジョッキをぶつける。
「乾杯!!」
「か、乾杯」
ルーアはそのままジョッキに入った大量のエールを水のようにゴクゴクと流し込んでいく。
その様子を見て私も人生初のエールを口の中に流し込む。
口の中に広がるのは想像とは違い、意外とフルーティーな香り。それを後押しするかのようにほろ苦さと微炭酸が喉を刺激する。
目を見開きながら味わったことのない味に感動しつつ本能のままエールを胃の中に流し込む。
魔術でわざわざ冷やしているのか、少し熱気のある酒場と歩き疲れによって火照った身体を清々しいほど冷やしてくれる。
「――――ぷは」
「くー!良い呑みっぷりねリア!」
気がつけばジョッキの中身はルーアと同じように空っぽ。
生まれて初めて、前世を含めて本当に初めてアルコールを摂取したがこんなに美味しいものだったとは驚きだ。
こりゃお師匠が毎日のように飲んでしまうのも仕方がないのかもしれない。
「すみませーん!エール2つ追加で!」
2杯目が到着すると同じくらいにいつの間にか頼んだらしい酒の肴も次々とテーブルの上に並べられていく。
「わぁ」
「じゃんじゃん飲んで食べましょ!」
まずは真っ先に目がついた鳥の胸肉のステーキを手に取る。
一口噛めば鳥の肉汁とほろほろと口の中で崩れていくお肉。すかさずエールで流し込むとエールが肉の旨味を引き出してくれる。
「ん〜〜!!」
「美味しそうに食べるわね。本当にお酒初めてなの?」
「うん。村にはお酒置いてなかったし、成人してなかったし」
「律儀なのねぇ。あ、リア。こっちも美味しいわよ」
言われるがままルーアが勧める肴を食べてはエールで流し込むという作業のような至福の時間を繰り返していた。
そして、数時間が経過したところでルーアの知り合いらしき冒険者が乱入してくる。
「いけー!ケビン!男の意地を見せろー!」
「リアさんやべぇ!!」
何が発端かはよく覚えていないが何故か私は男冒険者と飲み比べを始めていた。
しかし私の小さな身体には無限にお酒が入っていく。
「うぼべばっ」
エール飲み対決を始めて20杯を超えたところで男冒険者は口からエールを噴き出しながらぶっ倒れた。
「りあのかちー!」
ルーアは完全に出来上がっており、私ではなくぶっ倒れた男冒険者の腕を掴み上げて勝利コールを高らかに宣言した。
「嬢ちゃんすげぇな!俺とも勝負しろ!」
マジで誰かわからないガタイのいいドワーフが乱入。
私の腰くらいはあるであろうエールが入った樽を何処かからか持ってきた。
誰だよこんなの頼んだやつ。
でも、私の身体のどこにそんな量が入るのか分からないが樽の中身を飲み干した頃にはゲロをぶち撒け酔い潰れた冒険者たちと樽を頭から被ってピクリとも動かないドワーフたちという地獄のような光景が広がる酒場。
そこには私とシラフの店員以外立っていなかった。
明らかにドン引きしている店員と目が合い、苦笑いを浮かべる。
「あー、支払いはこの子に」
いつのまにか私の足にしがみ付いて離れようとしないルーアを指差しをすると店員は何か悍ましい物を見る視線を私に向けてくる。なんか傷つくのだが?
だが今回の一件で分かったことがある。
どうやら私は酒が死ぬほど強いらしい。
うん。こんな呑み方は2度としないように心に誓おう。
裏設定的な補足説明的なやつ
オルガ武具店看板娘、ククリについて
人族の17歳。幼少期から武器や防具が大好きでオルガの極められた逸品に一目惚れして弟子入り志願。
その審美眼は極められており、オルガもそこに関しては認めている。しかし、経営に関してはもっぱら才能がなく、それを鍛えるためにオルガは店員として働かせている。
武器を作りたいククリと武器作り以外を教えたいオルガとの間に齟齬があり、ククリがクソ師匠と呼び始めてからオルガもクソ弟子と呼び始めた。
人を見る眼も鍛えてほしいオルガだが、口下手な性格が影響して上手く教えれてない。
ルーアの淑女なりのお酒の嗜みについて
冒険者に成り立ての頃にお酒を飲みすぎて当時組んでいたパーティメンバーの男性と一夜を共に過ごしてしまった。
それによってギクシャクとした関係性となりパーティは解散。それ以降、お酒を呑んでも男について行かないという堅い決心が生まれた。
リアのザル具合に関して。
そもそもエルフ族はお酒がかなり弱く、一滴も呑まない。
だが、リアは魔力纏による肝機能の強化を無意識におこなっており、尚且つお酒が強いという突然変異によって泣く子も黙る酒豪へと進化した。
前世でもザルだったが披露することなく逝去。




