第5話 難しい話は得意ではないのだ
ちょっとややこしいです。
スルゲンを出発してから1時間ほどたった。
既に街並みは見えなくなり、少し開けた平原が辺りには広がっている。
それにしても馬車での移動は楽だがやることがない。
剣を振りたい衝動に駆られるが、馬車の中は剣を振るほどのスペースなど存在しない。もどかしい。
迎賓館に向かうまでの馬車は1人で広々としていたが、今は同じ馬車にマリンとサンが乗っている。
2人とも馬車での移動に慣れているのか、そこまで退屈そうな顔はしていなかった。
「んで、マリン。そろそろ良いかな?気になる点っていうのは?」
話題という話題がないからとりあえず、という形で聞いてみた。
盗賊が襲ってきた件ですこし気になる言い方をしていたマリン。街から離れるまでは言う気はなさそうだったのでこのタイミングで。
「はい、リアさんには関係はないのですが……当事者なのでご説明いたします」
サンには話しても大丈夫なようでそこまで気にせず話し出すマリン。
「まず、前提として私がなぜ敵対関係にあった帝国の方へと危険な道を使ってまで訪れていたか、と言うところからお話しします」
「うん」
そこはたしかに引っかかっていた。
敵対関係にあることに関しては今初めて聞いたが、貴族のお嬢様が何故わざわざ隣国の、しかも危険な道を使ってまで訪れていたのか。
「イーワン帝国は少し前まで新皇帝の座を争って権力争いが多発していまして、内戦や隣国の小国家の代理戦争などさまざまな争いごとが絶えませんでした」
「そうなの?最近は大人しいってお父さん達は言ってた気がしてたけど」
「トライデントの森は王国との間にありますからね。騒ぎを起こして王国を刺激するのを控えていたのだと思います。特に我々が魔術技術を発展させて国力をつけてからは帝国は総力戦を避けていました」
なるほど。
魔術というのはこの世界において戦争の兵器として活躍する。
魔道具を使えばただの兵士ですら魔術を使って攻撃できるのだ。魔術技術の発展=国力という方程式が成り立つほどに。
「そして、最近になって権力争いが落ち着き、新皇帝の下に統治が始まったのですが……内戦を終えた後の帝国には我々王国と戦うほどの国力がないほど疲弊していたのです……いや、しているはずです」
少し曖昧な答え。ただマリンの中には少し違う考えがあるようだ。
「そのため帝国は王国に和平、いや、停戦としての一歩として短期の文化交流留学を提案してきました。陛下はそれを承諾。手始めに辺境伯の娘である私を留学に向かわせたのです」
帝国訪問にはいろいろな思惑があるように見えて、マリンは最初は反対してたものの、王による勅命だったため、国のため、父のためと拒否することまではしなかったらしい。
そこは仕方ないか。貴族の宿命とも捉えれる。
「文化交流自体は問題ありませんでした。……問題は帰国の時です。当初は父の騎士が護衛を務めていたのですが、帝国側が帰りの護衛は帝国が務めると言い切り、騎士達を返したと言ったのです」
「んー?それは変だね」
「はい。その時点でもっと疑うべきでした。ですが私も交流会自体に問題はなく、帝国民からの受け入れもあったので少し油断してまして……失敗でした」
自国の貴族を護衛するなら自国の騎士を。
それの方が安心するし、信頼もできる。
長年いがみ合った敵国の帝国が取る策としては疑ってくれ、と言っているようなもの。
「その後に盗賊に襲われ、リアさんに助けてもらった……というのが今回の襲撃事件の顛末です。ただ、本当に盗賊に襲われただけならば正直に言えば、問題にはなりません」
「そうなの?」
「はい、実際に襲われた場所は帝国も王国も保有できていない空白地帯。どちらの法でも裁けず……できることと言えば私たちの敵討ちを掲げた討伐隊の派遣、程度でしょう」
まぁその辺りが妥当か。
盗賊がどちらかの国から出てくるのであれば責任を取らせるという考えもある。だが、現れた場所はどちらの国の土地でもない。どちらの国も責任がない。
「ですが、私はリアさんのおかげで生き残り、国へと帰ることが出来ました。……そこで、私は先に帰国させられた護衛騎士達がいるか確認をとったのですが……」
「いなかったと」
「はい」
きな臭くなってきたぞ。こうなれば帝国が盗賊を雇い、仕向けてきたと考えるのが妥当だ。
「護衛騎士達の行方は?」
「不明です。ですが、このまま帝国を問い詰めたところで盗賊達が襲ったのだろうとしか返答はないと思います。……盗賊達のアジトを見つけたとしてもそこに騎士達の装備や遺体を置いておけば言い逃れは容易でしょう」
「ま、そうなるよね。……でも、マリンは何か核心があるんでしょ?」
「はい」
そう、憶測ならば誰でもここまで辿り着ける。
だが、マリンがここまで憶測を話すということは何かしらの確信があってのこと。
「……実はリアさんが最後に倒した盗賊が死に際に叫んだ名前……覚えてますか?」
「ぜぇんぜん」
全く覚えていない。なんか叫んでいた気はするが剣を握っている時は誰が何を喋ってたなんか思い出せない。
……記憶にあるのは断末魔……悲鳴……なんだ、私が悪魔や化け物みたいではないか。乙女だぞ。麗しき乙女だぞ。
「まぁ、そうですよね。彼は『カルガンタ』と口走っていました。……その名前は私が訪れた帝国の領土を統治する、領主の名前です」
「……でもそれだけじゃ、理由にはならないはずよね?」
「はい。ですが、決定的証拠は押さえています。リアさんが持っている……正しくは盗賊達が持っていた魔道具、それが証拠です」
「これが?」
腰につけている盗賊どもの魔道具が入った布袋を叩きながら疑問に思う。
こんなので証拠になるのかね。
「彼らが扱っていた魔術式……詳しく調べれば帝国が使っている魔術式に酷似しているはずです。いや、そのものなはずです」
「わかるものなの?」
「はい。魔術式には人それぞれの個性があるのはご存知ですよね?」
「うん。雑な人の魔術式とか見ててゾワってするよね」
「その気持ちはわかります……私も学園で他の生徒が使ってるのを見てて――っと、話が逸れました。とにかく、魔術式には個性がある、それは魔道具にも現れます」
「ほぅ」
「盗賊が使っていたその火の指輪に記憶された魔術式は、おそらく帝国の帝宮魔術式が使われているはずです。いや、使われていなければアレほど高度な魔術式はできません」
「なるほどね。つまり、横流ししていたと?」
「帝国は大国です。その大国である帝国の魔術式が刻まれた魔道具が流出なんて、管理体制が杜撰にも程があります。十中八九、帝国の手によって故意に流出させた魔道具……私はそう睨んでいます」
「でも、それをして帝国にメリットはあるの?もし、マリンがあそこで死んじゃったら下手すれば戦争なんじゃ?」
話を聞く限り、帝国は王国との戦争を避けるために今回の件を提案したのではないのか。
帝国のやっていることは自分たちの首を絞める支離滅裂なことだ。
「大義名分が欲しかった……それが理由でしょう」
「大義名分?」
「はい、帝国の兵は徴兵制になることが多いです。訓練されていない帝国民の兵士はもちろん、内戦で疲れ切り、士気がかなり下がっています。そこで大国である王国との戦争……となると、それこそ士気を維持するのは困難となります」
「ってことは帝国は王国と戦争をするために……マリンたちを殺して、何かしらの工作をしたかったと?」
「はい。おそらく、私たちに帝国騎士達を殺されたことにするか……私たちの敵討ちを掲げた討伐隊を侵攻対象として処理するかのどちらかでしょう」
随分と回りくどいことをするものだ。
だが、そこで一つ問題を感じる。
「そこまでして帝国はなんで王国を攻めたいの?勝ったとしても得るものが少ないように感じるんだけど」
「それは……おそらく魔鉱石が目的だと思います」
おっと、なるほど。魔鉱石か。
事前予習してたおかげでなんとか話は読めてきた。
魔鉱石はこの世界の住人にとってなくてはならない必要不可欠の素材なのだ。
理由としてはとても簡単。魔鉱石は魔道具作成に必須の素材だから。
魔鉱石には特殊な性質があり、それは魔術式を保持できるという性質だ。
経年劣化や使用回数により魔鉱石は砕け、交換を必要とするが、それでも無使用なら10年、頻繁に使う魔道具でも1年は持つ。
前世の世界で言うLEDみたいなもんだ。
「王国と帝国の間にあるトライデント平原……私たちが襲われていた場所は国同士による長年の戦争の結果、大量の魔力が分散され、それが地中に染み込んだと言われています」
魔鉱石の生成過程は大抵魔素が行き場を失って地中に染み込むことで生成される。いうならば魔物の鉱石バージョンということだ。
あの平原は程よく動物がおらず、だだっ広い平原だけが続いている。
魔鉱石が生成される条件にちょうど当てはまるのだ。
「帝国は内戦を終わらせることができましたが、まだ帝宮の求心力は低いままです。またどこかで反旗を上げられる可能性を秘めています」
「残存する内部の反対勢力を王国との戦争で使い切り、ついでに大量の魔鉱石を手に入れて地盤と地位を確かなものにする……ってことね」
「はい。流石リアさんです……ですが、もう一つ、狙いはありそうですが、憶測の域は出ないので……考えられるそれが大きな狙いでしょう」
まぁ流石にほとんど答えを出してもらってるから考えるのくらいは簡単だ。
この一連の流れ、私から言えることはただ一つだけ。
「――――めんどくさ!」
「っふ、あはははは、リアさんならそう言うと思いました」
「ふふふっ、そうですね。リア様はこんな煩わしいことをするくらいなら斬ってしまえと思うでしょう」
サンの言う通りだ。
そんな面倒な策略を考える前に全て斬り伏せてしまえばいいのだ。
まぁ、流石に今回は国家規模の揉め事だから剣一本で解決、なんてことはできないのは頭ではわかっている。
そもそも私は国家間の争いに首を突っ込む気は一切ない。
「とにかく、私は関係ないってことはよーくわかったよ」
「あ、ですがリアさん。もし帝国へ向かうというなら、やめておいた方が良いと思います。リアさんは帝国の計画を1人で全部覆してしまったのですから」
魔性の笑みを浮かべながらマリンはそう言う。
もちろんだとも。誰がそんな国に行ってやるか。
「……でも、帝国に行ったら問答無用で襲われるから斬れる、つまり強い奴らが出てくるまで斬り続ければ良いってことか」
「ちょっ、やめてくださいよ?そんなことしたら流石に指名手配されちゃいますよ。1人の剣士が国を落とした!なんて洒落にならないですからね?」
「あははは、冗談だよ。流石の私でも1人で一国家を壊滅なんてできないってば」
「で、ですよねぇ!」
「あはははは」
◇
「……どうしたものか」
ハウル・フォン・スペルドアは領主の館にある執務室で頭を抱えていた。
もちろん、頭を悩ませている原因は敵国であった帝国からの提案、文化交流留学が原因だ。
交流会自体は上手く行っている、そう娘であるマリンから報告を受けていた。
最愛の娘を敵地に送り込む、それは他の仕事が手につかなくなりそうなほど気がかりなことであった。
ハウル自身も留学は反対、マギア国王に対して抗議をしたほどである。そもそも、罠の可能性が拭いきれなかったのだ。
とは言え、マリン以外の適任も居なかったと言える。
なぜならばあちら帝国が文化交流留学に選んだ人選は新皇帝の第三皇女。皇族であったから。
留学という名目がある以上、学生でいて、現場での貴族の振る舞いと貴族としての格が必要となった。
マギア王国王家の王子、王女共に学園は卒業しており、有力貴族らの子供は幼い。頼みの綱であるマリンと同じ歳である公爵家令嬢は成績が優秀なものの素行が問題視されており、他国に送るのはとても危険であった。
こうして、白羽の矢が立てられたのは成績優秀であり、辺境伯という国家防衛維持の要である家柄を持ち、貴族としての振る舞いが完璧であったマリンであったのだ。
そんな不安は良くない形で的中してしまった。
『マリンが乗る馬車が定刻を過ぎてもスルゲンに到着しない』
最悪の展開が脳裏をよぎった。
万が一の場合に備え、帝国の第三皇女はスペルに残ってもらい、続報を待つことしかできなかった。
すぐにでもスルゲンに向かい、捜索隊の編成をして捜索をしたいが、皇女がここに残っているまでは何かあった時の場合のためスペルから離れないもどかしさがあった。
こんなことならば最初から留学の件を全て断っておけばよかった、そう後悔をしながら娘の無事を祈った。
事態が急変したのはマリンらが定刻を過ぎて2日後の朝。
スルゲンからの早馬により、マリンが無事に帰国したことが判明した。
胸を撫で下ろし、マリンからの手紙を読み、事態の深刻さを理解する。
「……帝国は何を考えているのだ。くそ、このままでは戦争は避けられない」
このまま第三皇女を帰国させても、帝国の騎士が盗賊に殺されてしまっているため、様々なデマを流し続けて帝国民を言葉巧みに操るだろう。
最悪の展開としては、ここにいる帝国皇女を帰国する手前で暗殺する。その罪を王国へとなすりつけ、大義名分を手に入れた帝国は王国への宣戦布告、報復を宣言するだろう。
例年通りの小競り合いで済めばそれに越したことはない。だが、今回は違う。
これほどまでの工作、かなり前から計画されていたことだろう。
マリンの報告からあった盗賊団への魔道具流出。
灰の盗賊団は最近できた組織ではなく、帝国の内戦が起きたとほぼ同時期からの被害報告がある。
その時から盗賊団は帝国との繋がりがあったと考えるのが妥当だろう。
とはいえ、行動の制御が難しい盗賊を何年も利用していたというのなら手綱を握っている帝国中枢の人間が存在している。
そして灰の盗賊団をコントロールするために何人か帝国の諜報員を潜り込ませているのは確定的だ。
マリンが持ってくる盗賊団達の魔道具がその事実を裏付けてくれるのは間違いない。
「問題が多すぎる……」
マリンの無事が確認できたのは幸運だったが、目下の問題は現在国内に待機させている皇女だ。
対策を練る必要がある。だが、どうすれば良いのか分からない。
少し胃が痛くなるほど頭を抱えていると執務室の扉がノックされる。
「誰だ」
「イーワン帝国帝宮近衛騎士、ソワーズございます。ハウル辺境伯、少しよろしいでしょうか」
「……あぁ、入れ」
扉を開け、1人の女騎士が執務室へと入ってくる。
表情には苛立ちが見える。どう考えても帰国延期をさせている抗議だろう。扉すら閉め忘れ強い足取りでハウルへと詰め寄る。
「ハウル辺境伯。いつになれば我々は出国できるのですか。ローズ殿下にはまだ残された公務があるのですよ。いつまでもここで足止め……理由もなくなど、監禁に等しいです」
捲し立てるように詰め寄る帝宮近衛騎士であるソワーズ。
「……そちらの気持ちは痛いほどわかる。だが、今しばらく待ってほしいのだ。状況が状況……貴殿らにも関係してくるのだ」
「なら!!理由をお話しください!帝国にはローズ殿下の帰りを待つ帝国民がいるのです!!」
イーワン帝国第三皇女、ローズ・アルメニア・イーワンは長きにわたる内部抗争や権力争い、内戦によって疲弊した民に寄り添い、さまざまな奉仕活動から、身寄りのない子供や家を無くしたものへ炊き出しの提案など学生の身でありながら帝国の公共福祉に多大なる影響を与えた人物として有名だ。
そのローズを讃え、親しみを込めて聖女と呼ばれるほど、多くの帝国民からの支持を得ている。
しかし、裏を返せばそんな聖女が王国の手のものによって暗殺された、などというデマが流れた瞬間、帝国民は一丸となって打倒王国を掲げてしまう。
怪しい動きが絶えない帝国へ帰国させるのは、まさに敵に塩を送るようなもの。
さらに言うならば、ハウルは嫌だったのだ。
マリンと変わらぬ年頃の娘が、政治的思惑に利用され、殺されるなんてことはあってはならない。
「ソワーズ、ハウル辺境伯がお困りですよ。やめなさい」
「で、殿下っ」
扉が開けっぱなしだったからか、ソワーズの大きな声は廊下の方まで響いていた。
「部下が大変失礼致しました、ハウル辺境伯」
「いえ、謝らないでくださいローズ殿下。……こちらが無理に引き留めているのです」
「ですがハウル辺境伯……流石にこれ以上は私でも他の近衛騎士達を抑えるのが難しくなってきました。ですので、何が起きているのか説明がないとこちらとしても強硬手段を取りかねない状況です」
「……わかっております」
もう、無理か。
せめてマリンの帰還を待ってから行動に移すべきなのだが、こうなれば物的証拠がないまま今掴んでいる情報を伝えなければならない。
ただ、これは帝国を侮辱する、挑発している行為に捉えかねない。
「旦那様、お嬢様がお帰りになられました」
少し小走りにこのスペルドア家の筆頭執事が部屋まで来て報告をする。
まさに吉報、ハウルは思わず立ち上がり表情を明るくする。
「――――っそうか!……ローズ殿下、ソワーズ殿。今しばらく待ってほしい。今からここに私の娘とその知人を通す」
「……ハウル辺境伯。それは今必要なことなのか?」
疑心的な視線をハウルに向けるソワーズ。
「必要なのです。早く通せ」
「はっ」
◇
主都スペルはかなり大きな街だった。
城壁に囲まれているのはもちろん、街を歩く人もさまざまでエルフの姿も少ないものの見かけることができた。知らない顔だったのでうちの村の人ではないようだ。
石畳の道はスルゲンよりもかなりしっかりしており、馬車の行き来も激しい。
「スペルは防衛都市として建設され、そこからは評議国との貿易によりここまで発展してきました。昔はここが最前線の都市だったのですが、お祖父様の代で帝国へ一矢を報い、領土を拡大し、スルゲンを含めた土地がスペルドア領として認められたのです」
「ほへぇ」
自分の家族が発展させた土地が誇らしいのが、スペルについてからはマリンはずっとこの調子だ。
「……うん、たしかに良いところだね。みんな笑ってる」
大人も子供も老人も関係なく、領民の笑みは絶えない。
マリンのお父さんやお祖父さんはいい統治をしてきたのだろう。いや、良い統治をしなければ領民たちがここまで明るい表情をすることはできない。
「はい、お父様は……スペルドアは私の誇りです」
領民や土地柄を褒められたのが嬉しいのか、満面の笑みを浮かべるマリン。
ほんと、眩しいくらいだよ。
「着きました。ここが領主邸です!」
小窓から見えるのは迎賓館なんか比べ物にならないほどの大豪邸だった。
野球場が丸々入るほどの大きな庭は大きな噴水を中心に綺麗に整備されており、庭師のような人が何人かで整備をしている様子が見れる。
「でっか」
「庭園の広さは王国で1、2を争うほどの広さなんです。庭園には小さなお茶会ができる場所があって花の香りも楽しめて心地良いんですよ」
「この広さなら目一杯剣を振っても迷惑かからなくていいね」
「着眼点はそこなのですか……」
「リア様らしいですね」
私の判断基準は剣を振れるかどうかだ。将来家を建てるなら道場を建てる。絶対に。
もし家に裏庭がなかったら森を切り開いていたに違いない。
すると馬車の扉がノックされ、すぐさまサンが反応して扉を少し開ける。
何か話しているようだが、私が聞いたところでよく分からないかもしれないので聞き耳は立てずに今は異世界らしいこの景色を目に焼き付けておこう。
数秒後、閉じていた大きな門が開かれ、馬車が動き出す。
「サン、どうしたの」
「実は今回の文化交流留学の帝国側……つまり、帝国の第三皇女が今訪問しているようでして」
「えっ、ローズ殿下が?」
「あれ?帝国側は帰ってなかったってこと?」
「それが、今回の襲撃を受けて旦那様が出国を見送らせていたようです」
なんでそんなことをしたのだろうか。
私が考えたところで政治的な思惑や思考は私には理解ができないし、分からない。
とりあえず、思考を巡らせている様子を見せているマリンの言葉を待つか。
数秒待つとマリンは考えがまとまったようでゆっくりと話し出す。
「もしかして、お父様はローズ殿下が暗殺される可能性を考えているかもしれません」
「はぁ?誰に?皇女……ってことは帝国の皇族でしょ?」
「帝国が、ですよ。……王族というのは、いえ、権力体制というのは一本の柱ではないのです。さまざまな人間の思惑が絡み合って歪なバランスの上に成り立っている……それが国というものです」
マリンは今回の帝国の思惑について話そうとしたが、不意に口を閉じた。
「……とりあえず、私から話せれるような内容ではない気がします。お父様に判断を仰ぎます。リアさん、今のことは内密にしてください」
「なんかもどかしいね。まぁ全然良いよ」
正直にいえばドラマを見ている気分で話を聞いている。
自分には関係ないからね。たぶん。
そんなことを話していると馬車は領主邸の前に止まり、馬車を降りるように言われ、言われるがまま降りて軽く背を伸ばす。
「んくぅ」
流石に10時間近く馬車に乗りっぱなしだったのだ。身体が凝り固まってしまう。
軽くストレッチをしたいところだが、マリンはすぐに面会をすると言い、領主邸の方へ慣れた足取りで向かう。
私もそれについて行き、キョロキョロと辺りを見渡しながら長い廊下を歩く。
すっごい場違い感が否めない。
「マリン、一応言っておくけど、私に礼儀作法は期待しないでね」
「わかってますよ。リアさんは気にせずいつも通りで大丈夫です」
そう言ってもらえると少し安心だ。
無礼者め打首だ!なんて言われてみろ、私はこの国の騎士を薙ぎ倒しながら逃亡くらいはするぞ。
「け、剣は抜かないでくださいね?」
「もちのろん」
私がそんなに戦闘狂に見えるのだろうか?
長い廊下の先にある扉の前まで着くと、マリンはそこで立ち止まりノックをする。
「お父様、マリンでございます」
「マリンか!入れ!」
マリンが扉を開けると、30代ほどの男性がマリンに走り寄り強く抱きしめた。
「マリン……よかった。本当によかった……!」
「お、お父様!?」
「……無事で……よく無事に帰ってきた」
これがマリンのお父さんの……えっと、ハウル?さんだっけ?
こう見れば大きな領土を持つ領主というより、子煩悩な父親のように見える。
盗賊に襲われた、と報告を受けてたのだろう。こうなるのも仕方ないか。
「お、お父様!は、恥ずかしいです!リアさんもいるんですよ!?」
「おっと、すまない。……貴女がリア殿で間違いないか?」
「そんなところです」
マリンはお父さんと少し距離をとり、かなり恥ずかしかったのか頬を少し赤く染めている。
「大変恥ずかしい姿を見せてしまった。申し訳ない。……リア殿、私はマリンの父、マギア王国スペルドア領領主、ハウル・フォン・スペルドアだ。娘の危ないところを助けていただき、最大限の感謝を」
と、深く頭を下げるハウルさん。
「ご丁寧にどうも。私はリア。見ての通りのエルフ。私も襲われたし、気にしないで」
軽く挨拶をしたが……だが、あの2人がとても気になる。
ハウルさんの行動に少し驚きが隠せない様子で眺めているソファに座った2人。
1人は騎士なのか、立派な装飾がついた鎧を身に纏っている。……だが、なんとも言えない。訓練はしている感じはするが、流石に見た目では強さを測れない。魔力纏は使っているがジクシオさんほどの厚さは感じられない。
もう1人は身なり気品共にマリンと同レベルと言える。
いや、雰囲気はマリンのそれとは違うような気がする。
「お父様、そちらの方々は……」
「あぁ、すまない。紹介させてくれ」
「それには及びませんよ、ハウル辺境伯」
気品のある少女は微笑みながら立ち上がりスカートの端を少し摘んで腰を落とす。
「……初めましてマリンさん。私はイーワン帝国第三皇女、ローズ・アルメニア・イーワンと申します。こちらは私の近衛騎士、ソワーズ・マシア」
騎士は頭を軽く下げ、少し無愛想な感じが否めない。
「ご丁寧にありがとうございます殿下。私はハウル・フォン・スペルドア辺境伯の娘、マリン・フォン・スペルドアと申します」
おぉ、お嬢様同士の挨拶だ。
なんか私には一生できない気がする。する気もないが。
「リアさん、でよろしかったですか?」
私の名前はさっきの会話で聞いていたのか、優しい微笑みを私に見せながら聞いてくる皇女様。
「あ、はい。リアです」
「殿下。挨拶はこのくらいで良いでしょう。……説明させて頂けるのですよね。ハウル辺境伯」
高圧的な態度は変えない近衛騎士の人。
偉そうというわけではないが苛立ちが見え隠れしている。
少し幼い。感情抑制が苦手なのだろうか。……いや、私からすれば人族の年齢は大体子どもみたいなものなのですけどね。
「あぁ。まずはマリンたちが巻き込まれたことを伝えよう――――」
そこからハウルさんはマリンたちが盗賊団に襲われたこと、そこで私が助けに入り、犠牲は出したものの無事に帰還できたということを話した。
マリンが事前に伝えている、と言っていたので大した訂正をする必要もない説明で私は口を挟まずに話を聞き流しながらサンが淹れてくれた紅茶を飲んでいた。
うん、美味しい。今度淹れ方を教えてもらおうかな。
話を聞いた皇女様は少し動揺しているようだったが、高圧的な騎士は突然テーブルを強く叩いた。
「ふざけないでください!……灰の盗賊団は帝国騎士団でも手を焼くほどの強者ばかりです!それを……このエルフ1人が倒したと?眉唾にも程があります!」
「ソワーズ……!」
「それにその件が殿下の足止めの理由にはなりません!ふざけるのも大概にしていただきたい!!」
「そ、ソワーズ!」
「殿下!もう帰国致しましょう!これ以上ここに居ても無駄です!」
私は話を聞かない騎士を見ていられなくなってしまい、声をかける。
「あのさ、皇女様の話もハウルさんの話もまだ終わってないよ?少しは落ち着き――――「エルフは黙っていろ!!」……はぁ?」
あまりにも身勝手な発言に私の堪忍袋の緒が切れそうになる。
立ち上がり、騎士を睨みつける。
「な、なんだ」
「弱い犬ほどよく吠える、ってよく言うけど……まさにその通りだなぁって思って」
「……なんだと?エルフ如きが調子に乗るなよ」
お?やるか?私は売られた喧嘩は買う主義だぞ。
「り、リアさん!?」
「エルフを馬鹿にした?……よーし、ならば――「ソワーズ!!!!」……はぁ」
剣の柄を握ろうとした瞬間、皇女様が大きな声で騎士の名前を怒鳴りつけるように呼んだ。
私がどうこう言うより皇女様に任せた方が良いと判断して諦めてソファにドカッと座り込み、苛立ちを抑えるように紅茶を口に含む。
マリンは安堵の表情を浮かべ、胸を撫で下ろしていた。
名前を叫ばれた騎士は顔を強張らせ、背筋を伸ばしていた。
「ソワーズ、私や貴女は帝国の代表としてここに居るのです。軽率な発言や行動は控えなさい」
「し、失礼しました」
「よろしい。座っていなさい。発言は許しますが次失礼な態度を取ったら退出していただきます。……申し訳ございませんリアさん、ハウル辺境伯。お話の続きをよろしいですか」
「いえ……荒唐無稽なことを先に話したのはこちらです。ですが、証拠と殿下をここに留めている理由はあります。リア殿、よろしいですか?」
「ん?あぁ、はい。これよね」
私は腰につけていた布袋を机の上に置く。
皇女様は少し戸惑いつつ「失礼します」と一言告げてから袋を開けて中の指輪を手に取る。
「……これは」
「それが証拠となります」
「……で、ですが、これは……でも……ありえません……」
信じれない様子で指輪を眺める皇女様。
指輪の内側を入念に調べ、何かしらの魔術式も起動していた。
数分ほど指輪と睨めっこして、納得できたのか指輪をテーブルの上に置いて少し重いため息を吐いた。
「……確かにこれは、帝国のものです。しかも宮廷魔道具師、ムトが作ったもので間違いないかと」
「……っな!?それは本当なのですかローズ殿下!?」
よく分からないが帝国の宮廷魔道具師とやらが作ったもので間違いないようで、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる皇女様。
「リアさん……これを、本当に灰の盗賊団が持っていたのですか?」
「間違いないよ。襲ってきた盗賊は10人。その全員が付けてた」
「……そう、ですか。……つまり、お父様は……」
「……そうなります」
話が読めないが、皇女様はかなり絶望しているようだ。
先ほどの優しい笑顔は消え俯き、涙を堪えているようにも見える。
「ローズ殿下。私はこの状況で王国から追い出す真似はしたくない。それは王国のためでもあるが、貴女のためでもある。……今一度問いたい。王国で帝国への牽制を行うか、今すぐ帰国するかを……選んでいただきたい」
しばらく皇女様は答えを出すことができなかったが、意を結した表情を見せ答える。
「……帝国へ牽制を行います。ハウル辺境伯、助力をお願いしてもよろしいですか」
「もちろんです。すぐに陛下へ連絡しましょう、魔道通信を行います。殿下はこちらの方へ。リア殿、しばらくお待ちを」
話がまとまったようでハウルさんは皇女様を連れて執務室を後にした。
部屋から遠ざかっていく足を音が聞こえなくなった頃にマリンが大きなため息を吐いたので、少しびっくりする。
「どうしたの?」
「どうしたの?じゃありませんよリアさん!!帝国騎士を斬ろうとしたじゃありませんか!?」
「ん?あぁ、流石にカッチーンってなってさ。まぁ斬るつもりはなかったよ。寸止め寸止め」
「寸止めでもダメです!!流石に擁護できませんよ!剣は没収です!!この敷地内では剣は使わせません!」
「そんなぁ……」
私の腰から剣を奪い取りマリンは頬を膨らせ、そっぽを向いてしまった。
◇
「結局、皇女様はどうなるの?」
マリンの機嫌が治るまで少し時間はかかったが私たちは未だに執務室に放置された状態だった。
サンが出してくれたお菓子と紅茶を楽しんでいたが流石に気になるのでマリンに聞くことにした。
「おそらくローズ殿下はこのまま王国に駐在する形にはなると思います。このまま帰国しても……暗殺されるのが見えていますので」
「それがよくわからないんだよなぁ」
なぜ帝国は自国の皇女を暗殺しようとするのか、そこまでして帝国にメリットはあるのだろうか。
するとマリンはキョロキョロとあたりを見渡し、小声で話し出す。
「ここからはお父様の許可を得ていないので、私の独り言……と言うことにしてください」
「わかったよ」
どうやら無関係な人に話す内容ではないと判断したのだろう。
「……ローズ殿下は帝国民に人気なんです。公共福祉への支援、貧しい民や内戦で家族を失った子どもたちのために孤児院を作ったりと、聖女のようだと敬われています」
「ほうほう」
確かに彼女からは滲み出る慈愛の心を感じた。
「その人気は他の皇族よりも、皇帝よりも高いと噂で聞いたことがあります。そんな皇女が王国へと留学に行き暗殺された、となれば帝国民の王国に対する敵意が明確となります」
ということは、戦争の火種に容易にできる。
一度着いた憎悪の炎は簡単には消せない。
「……そして、他の皇族からすれば次期皇帝候補であるローズ殿下も失脚できる」
「一石二鳥ってことね」
「はい。ですがこれは表向き……本来の目的は憶測の域は出ませんが……」
「?」
よく分からないがマリンの脳内には別の目的が描かれているのだろう。
「……帝国は、勇者を召喚しようとしているのかもしれません」
「ゆ、ゆうしゃ?」
なんだ、いきなりゲームのような要素が始まったぞ。
魔術もそうだったが、まさかこの世界はゲームかなんかの世界なの?
「大量の魔鉱石と人の魂を使い、異界から勇者を召喚する……それが勇者召喚の魔術です」
なんだそれ。なんか前世のクラスメイトのオタク連中がそんな会話をよくしていた記憶はある。
まさが現実の話だったのか?
「勇者はこの世界に召喚される際、大量の魔素を取り込み、魔力に変えて自身の力として扱えます。……それこそ1人で地形をも変える大規模魔術までも使えると言い伝えられているのです。なによりも勇者は伝承では……」
少し戸惑いが隠せない様子のマリン。
「魔法を、使えるらしいのです」
「魔法……たしか、願いで理を凌駕する奇跡、だっけ?」
魔術と魔法の違い。
この世界で魔術はどこまで行っても魔力との等価交換であり、世界の理から抜け出すことはできない。前の世界で言えば魔術というのは科学に近い代物。
だが、魔法は違う。無から有を生み出し、この世の全てを超越する奇跡だ。人知を超えた……神に近い力を持っていると言われている。
それが、魔術と魔法の差。埋まることのない圧倒的な差なのだ。
「まさか、勇者を召喚して魔法で王国を倒すとか?」
「王国も、魔族の国も、評議国も……この大陸全てを狙うつもりなのでしょう。……新皇帝は野心家とは聞いています。可能性が高いと私は考えています」
勇者の力を使って世界征服……か。でも、それは勇者の力を御することができて初めて成立する。帝国はそこをどうするつもりなのだろうか。
「まぁでも、憶測の域は出ない……と」
「はい。……話を戻しますが、帝国はその儀式を行うために王国と大規模な戦争を願っている……というのが私なりの考えです。憶測は出ませんので、魔鉱石を狙っている、と考えるのが妥当かと」
「とにかく、皇女様は暗殺される可能性が高いと」
「ほぼ確実でしょう。ローズ殿下もそれを理解してしまった。実の父親が自身の暗殺を画策している……上手く隠していましたが内心は……想像に容易いです」
「なんともまぁ……」
不憫な話だ。
民のために働き、民のために動いてきた彼女は民を贄としてされる儀式のために殺される。これを不憫と言わずなんというのか。
「おそらくお父様は陛下直属の密偵を使い今回の私の暗殺の件、帝国の裏切り、戦争への可能性を帝国内で噂を流す予定かと。帝国がどんな対応をするかは不明ですが、重要なのは帝国民に『ローズ殿下は生きて、暗殺の可能性が消えるまでマギア王国に亡命する』という筋書きが周知されることです」
帝国民が王国に対してヘイトを高めなければ戦争になったとしても士気の問題で大規模な戦争にはならない。
「……とにかくローズ殿下の今後は王国への亡命という形に収まるかと」
「難しい話だけど、なんとか理解はできたよ。ありがとうマリン」
「いえ……私としてはこのような人族の争いごとにリアさんを巻き込んでしまったのが悔やまれます」
「小難しいのは分からないけど気にしないで。半分自分から突っ込んだようなものだし。それに、私は剣しか興味ないからねぇー……正直に言えば剣が振れればどうでもいいってのが真っ先に出てくるよ」
「…… すこしリアさんの性格が羨ましくなりました」
「マリンも150年生きればこんな感じになるよ」
「そんなに生きれません……」
裏設定的な補足説明的なやつ
ハウル辺境伯はかなりの茶狂いでその影響でマリンもかなりのお茶好き。
綺麗な場所でお茶を飲みたいという理由で庭園を作ったが後悔はしていない。ちなみにポケットマネーで作った上に祭りの際には領民に公開しているので、領民は好意的。
ハウルは無駄遣いをしないので領民は安心して生活している。




