第4話 風呂とは命の洗濯である(確信)
ちなみにサブタイトルはかなりテキトーです。
マギア王国、スペルドア領について。
スペルドア領は大きく分けて2つの街によって構成されているらしい。
王国の最終防衛ラインである主都スペルと、今目の前の10メートルほどある城壁で囲まれているのがスルゲンと呼ばれる防衛都市。
このスルゲンはイーワン帝国からの侵攻から守るためにできた防衛都市だ。
大きな城壁の上には至る所に監視所がついている。
壁は長く、南北へと続いており、深い堀も併設していることにより密入国や侵攻をしにくいよう考えられた設計をしているように見える。
「ほぅ……人族の建築技術はすごいなぁ」
魔術はあるとはいえ、重機がないこの世界でよくここまで大きな建築物を作れるもんだ。
「ここは防衛都市兼関所として活用されています。いつ侵攻があるかはわかりませんが商人や冒険者で賑わってるのですよ」
「へぇ」
そう言って馬車に乗っているマリンは少し自慢げに教えてくれた。
城壁の前にはそこそこの行列があり、街道沿いにはバラックのような簡易的な建築物も見える。
「昨日は人っ子1人通らなかったのにここは賑わってるんだね」
「あぁ……あそこの街道は盗賊がよく出るのであまり使われないんです。国の外……というか空白地帯なので国としても対処が難しくて」
「なるほど」
その盗賊は私が狩った奴らのことを指してるのだろう。
どうやらあの街道は帝国と王国を結ぶ道らしく、その土地を巡って帝国と王国は長年争っていたようだ。
たしかに、あの広さの平原があれば国を発展させるのは容易だろう。
「王国から帝国に、帝国から王国を行き来する商人とか冒険者はいないの?」
「多いとは言えませんが少なからずいますね。ただやはりどちらの土地でもない治外法権な部分がありますから、大部隊を組める大商人が行き来するくらいです。冒険者はその商隊に合わせて護衛をしたりで移動しますね」
大人数であれば魔道具を持っている盗賊とはいえ襲うデメリットが大きいし、勝てたとしても持ち帰れる物品には限りがある、ということか。
「城門前の人たちはここから北の街道沿いにあるタルアト評議国から入国する人たちが殆どです。入国税を稼ぐためにあそこで生活して商人や冒険者から物を売り買いしたりしてるんです」
「そんなに入国税って高いの?」
「それなり、ですね。マギア銀貨5枚かかります。代わりに領地を跨いだ移動には税金はかかりませんし、関税を下げたりしているんです」
流石領主の娘と言ったところか。国の内情や基本的な政治的知識は勉強しているみたいだった。
それにしても銀貨5枚……え?そんなにかかるの?
母が持たせてくれたメモには確か50年前くらいで入国税が銀貨2枚くらいだったはず……。
え?倍近くの物価になってる?
なんか損した気分だ。
「私お金持ってないからなぁ。その辺の人に素材売って稼ぐしかないか」
てかレッドボアの牙だけで足りるだろうか。こんなことなら皮や骨も持ってくればよかった。
「い、いえ!リアさんは支払わなくて結構です!命の恩人である人からお金は取れません!」
「ご心配しないでくださいリア様。入国税や関税はスペルドア家の権限で無償とさせていただきます」
「え?いいの?」
「もちろんでございます。お嬢様の命の恩人であるリア様からお金をいただくなど、スペルドア家の末代までの恥となってしまいます」
「そ、そうです!」
「まぁ、そこまで言うなら遠慮なく」
人助けには意味があったようだ。
正直言ってかなり助かる。
今の私の所持金はゼロ。今後は日用品も買い揃えた後に食費や宿代……とにかくお金がいる。
しばらくはこの街を拠点にして、日銭を稼いでから色んなところを巡ってみよう。
「あと、リアさん……お父様に今回の件を伝えたいので、主都のスペルまで付いてきてはいただけませんか?」
「主都まで?」
「はい」
話をまとめると今回の一件はかなり深刻な問題らしく、とにかく領主……つまりマリンの父への報告が最優先される上に主都への帰還を急がなければならないらしい。
そりゃあ盗賊に王国の主要貴族が襲われた上に死傷者も出している大惨事だ。まぁ仕方ない。
生きた証人である私もマリンの実家に行くのは仕方ないだろう。報酬もほしいし。
「事情が事情だし、私は問題ないよ。1ヶ月くらいなら付き合っても良いよ」
「い、いえ!旅をしてる方をそこまで拘束は出来ません!スルゲンから主都まで馬車で半日もかからない程度なので!」
「そう?」
私たちエルフにとって1ヶ月なんてすぐなんだが。
……おっといかん。エルフになってからというもの時間感覚がかなりおかしくなってる。
ここは人族の国。人族の流儀には則って行動しないといけないことを忘れないようにしよう。
そんな話をしていると、城門前がかなり騒がしくなっている。
どうしたのだろうかと不思議に思っていると、鎧に身を包んだ騎士たちが大勢出てきてこちらに慌てるように走ってくる。
「マリン様!!」
「ジクシオ!」
どうやらマリンの知り合いのようだ。この子はどんな理由で国外に出ていたかは分からないが、領主の娘が予定の1日遅れで帰ってくればそりゃ慌てもするか。
「ご無事でしたか!!」
「ええ。……色々あって到着が遅れたことを詫びるわ。至急、スルゲン子爵のところへ案内してちょうだい」
「はっ!!承知しました!……ちなみに、そちらのエルフは?」
「私たちの命の恩人、リアさんよ。無礼なことは許されないわ。丁重に案内して」
「なんと……!わかりました!」
なにか大袈裟……というか、かなり面倒なことにはなりそう。
助けたことに後悔も反省もないが、堅苦しい雰囲気は苦手なのだ。
「リアさん。私たちは先にスルゲン子爵……ここの子領主にスペルまでの出立の準備をしてもらいます。こちらの者たちに案内をさせるので迎賓館の方でお待ちください」
「わ、わかった」
そういうと、マリンたちは門の方に馬車を走らせ立ち去る。
ここにきて置いていかれるとは思わなかったがまぁ仕方ない。少し気まずい雰囲気が流れたが、苦笑いを浮かべつつ、膝をつけている騎士に挨拶をしておく。
「えっと……よろしく?」
「はっ。リア殿、お手数ですがこちらの方へどうぞ。入国手続きをいたします」
言われるがままついて行き、大勢の入国審査待ちの列を横目に関所の中へと入っていく。
VIP待遇なのは確定なのか、通された審査室はそこそこの装飾が施されており、高そうな花瓶や絵画なども飾ってある。
「こちらの方へお座りください。おい、リア殿にお茶を」
「はっ!」
豪華なソファへと座るように言われる。
村でも前世でも見たこのない高そうなソファに少し動揺してしまう。
大丈夫だろうか?今の私は旅のままの服装でかなり汚れているのだが……。
とは言えここで立ったままというのもおかしな話だ。意を決してソファへと腰を下ろす。
フワッとした感触が腰を包み、サラサラとした肌触りの良い布がお尻を支えてくれる。
中身は羊毛か綿花か、どちらにしろこの世界の文化レベル……というか前世ですら高級品にあたるだろう座り心地。なんか緊張してしまう。
若い騎士がお茶を持ってきたくらいに入国審査をする騎士が木の板のような物と羽ペンを机の上に置く。
「今回、入国税や関税の方は必要ないとマリン様から申し付けられております。ですが入国手続きは必要なので簡単な書類を書かせていただきます」
「は、はい」
「まずお名前と出身地は?」
「名前はリア。出身地はえーっと、トライデント?の森奥地にあるエルフの村出身。村の名前は……あったかな?」
そういえば生まれてからこの方あの村に名前があるとか一切聞いたことない。みんな村って言うし、あの森の名前すらマリンが言っていたのを思い出したくらいだ。
「トライデントの森というと……アルス村ですね。ごく稀にそちらから若いエルフの方が入国されます」
あの村アルスっていうんだ。
今更なことをエルフじゃない人から教えてもらった。
自分の出身地くらいの名前は教えてくれても良いじゃないか父よ。
「御年齢は?」
「150歳です」
「そうですか、なら成人したばかりなのですね」
騎士は私の年齢は驚かなかった。
軽く話を聞いてみるとエルフ自体はよく来るみたいで、若いエルフは大体成人の伝統により追い出されたエルフというのはここの関所ではよく耳にするとか。
「申し訳ない話ですが、私たち人族の感覚ではエルフの方は見た目じゃ年齢が分かりませんから……聞くしかないんですよね」
エルフの若い期間はかなり長い。
600歳になっても見た目は人族の20代や30代と変わりがないのだ。
700歳を超えると急激に老けてくるらしい。
それでも300年くらいは生きるのだからやはりエルフの寿命はバグってる。
「ドワーフ族に比べるとマシですよ。ドワーフ族の方はほとんど見た目が変わらないですからね。判断基準は髭と髪の毛の色らしいです」
と苦笑いしながら騎士はスラスラと用紙に文字を書いていく。
雑談もこなしながら仕事をする様は有能さが見え隠れして、なんだか尊敬してしまう。
「最後にこちらの方をお持ちください」
必要な書類は書き終わったのか、それを部下に渡して代わりに一枚のカードのようなものを渡される。
「これは?」
「入国証明書のような物です。別領地に行く際にこちらの方を関所の方で提示していただければ通行税が免除されます」
「ほほぅ」
そういえば入国税は高いが領地を跨いだ移動にはかからないとマリンが言ってた気がする。
だが、国民の領地間の移動に税金をかけなければすぐに領民が減ったり、もっと条件の良い他の領地に移り住んでしまう。それを減らすための策というわけか。
「今回は入国期間を設けておりませんので、何年でもこの国に滞在できるように致しました。ですが、出国の際にはその関所へとお返しください」
「わかりました」
ビザの役割もあるようだ。
商人なんかは滞在期間が長かったり、商売をするための許可など様々な項目があるのだろう。
カードをよく見てみると私の名前や年齢などの個人情報、滞在期間などが記入されている。
よかった、文字も家で覚えたものと一緒のようだ。助かる。
「ではこれから迎賓館の方へお送り致します。さぁ、こちらへ」
「あ、はい」
言われるがままついて行き、高そうな馬車へと乗せられる。
4人乗りの馬車に1人だけとは何か寂しいような、ようやく1人になれて落ち着けるような、複雑な感情が込み上げてくる。
しばらくすると馬車は動き出し、少し揺れる。
想像してた馬車の乗り心地とは違い、思ったより揺れは小さく、椅子の材質も良いおかげか、かなり快適だ。
「おぉ〜……異世界だ」
窓に広がる景色はとても壮大だった。
日本にいたら一生見ることはなかったであろう景色。
石畳の道に石造の建物。
見る限り人通りはそれなりに多い。ちらほら人族じゃない獣人族のような猫耳やウサ耳に犬耳の人も歩いている。
道から少し外れた場所には露店や屋台など賑わっているところも見える。
「……本当、人生……いや、エルフ生?には何があるか分からないものだ」
これから何があるのか、どんな人と出会うのか。どんなものを食べるのか……どんな強い人と戦えるのか、とても楽しみだ。
私の未来の旦那様は見つかるのか……見つかってほしいなぁ。
いろんな想いを馳せながら私は流れていく街の景色を堪能した。
◇
「えっ!?お風呂あるの!?入りたいです!!!」
「は、はい。では準備いたしますので少々お待ちください」
10分ほど馬車に乗っていると、目的地の迎賓館とらやに到着した。
既に外には執事服に身を包んだ初老の男性とメイド服に身を包んだ30代半ばの女性が出迎えてくれていた。
軽く挨拶を交わし、メイドさんに施設の案内や部屋の場所を説明してもらっている時に教えてもらったのだ。
この屋敷には、風呂があると。
あまりの出来事に思わず叫んでしまった。
毎日身体は拭いていたものの、やはり風呂がなければ疲れも取れない上に汚れも取れない。
これから婚活する乙女としてそれは由々しき自体である。
メイドさんは同じ女性だからか、少し戸惑いながらもそのことを瞬時に理解してくれた。
よっしゃ!風呂だ!お風呂だ!!
とりあえず、と部屋に案内され、風呂のための準備を始める。
とは言え、清潔な下着と部屋着くらいしか用意するものはない。部屋に置いてあるベットを横目に、今すぐにでもダイブしてフカフカそうな毛布に身を沈めたい気持ちを押し殺し、お風呂の準備ができるのを待つ。
数年はとても早く感じるのにこういう時の数十分が長く感じるのはなんなんだろう。待ち遠しい。
しばらく待っていると、メイドさんが呼びにきてお風呂の方へと案内をしてくれる。
「汚れたお召し物はこちらの方へお入れください。洗濯をして明日の朝にはお持ちいたします」
「ありがとう!」
では、早速お風呂を楽しもう。
服を脱いでいき、指定されたカゴに入れていく。
……ぐちゃぐちゃに入れておくとはしたない気がするので一応丁寧に畳んで入れておく。
さてお風呂、と思った瞬間、私の視界にあるものが映る。
「……え?誰これ?」
手を振ってみたり、少し触ってみると向かい側の女性は私と同じ動きをしている。
「……え?これ鏡?」
前世ではかなりありふれた物、鏡だが……映っているのは前世の私とはかけ離れた存在だった。
肩にかかるくらいに切り揃われた輝くような淡い金色の、シルクのような柔らかく細い髪の毛。程よく高い鼻に綺麗な二重で強調された大きな目の中には美しく輝く翡翠色をした瞳。
程よく小さな口とぷっくらと膨れている唇。きめ細やかな白い肌。
なによりも、エルフの特徴と言える尖った長い耳。
「これ……わたし?」
たしかにこの世界に生まれて一度も鏡は見たことない。村にはそんなものは一切存在しなかったから。
水面に映る自分の顔は何度も見たことはあったがやはりそこまで精度は良くなく、綺麗には映ってはいなかった。
「……あひゃー」
前世の世界にいたらアイドルデビューどころか世界トップクラスの女優になれるほどの美貌。思わずマヌケな声が漏れ出てしまった。
「……目の色はお母さん似、髪と口はお父さん似かな?2人の子だから綺麗だろうとは思ったけど……まさかここまでとは」
じっくり観察すればするほど本当に自分なのか分からなくなってしまう。
でも一つ、ありがたいことはわかった。
「化粧しなくても大丈夫だね」
化粧なんて分からない。前世でも今世でも一度もしたことがない。
前世でのクラスメイトの女子の話を盗み聞きしていた限り、化粧は死ぬほど面倒臭そうだった。
やらなくても良い顔ならやらなくて良いじゃない。それが最善だ。
遠くから母の『貴方は女らしさがないんだから美意識はしっかりしなさい!』と叱責が聞こえた気がするがそんなことは気のせいだ。絶対気のせいだ。
ついでに視線を顔から下の方に移し、じっくり眺める。
「ここの成長の気配はない……ま、まだ150歳!これから成長の余地はあるはず!!」
エルフは細身の女性が多い……というのはかなり有名な話。
血筋的にも大きくなりようが無いのは理解できるが期待はしておく。
そんな様式美のような一連の流れを一通り済ませた私は早速お目当てのお風呂の方へ向かう。
蛇口は付いていたが、どうやら魔道具のようで魔力を流せばお湯が適温で出てくる。前世のように最初は水が出てくるというわけではなく、すぐにお湯が出てくる。前世より優れていた。
「うー、汚れが落ちていくー」
石鹸のような化学アイテムは無いものの、湿らすと泡立つ『コクの実』とやらが詰まった布で洗うのがこの世界の一般的なものらしい。
感覚としては前世のボディソープほどではないものの、しっかりとこべりついた皮脂や汚れを落としてくれる感覚。
気持ちいい。
「ぷはっ」
頭からお湯をかぶり、軽く頭を振って水を払う。
リンスやコンディショナーが有れば髪がキシキシすることはないのだが、流石にその辺はないみたいだ。
でも、メイドさんはヘアオイルを後で持ってくると言っていたから問題はないはず。
身体を隅々まで洗い終わったら、いざ浴槽へ。
浴槽は前世とは違い、陶器のような感じだが質感はあまり変わらない。香水を入れているのか、かなり良い匂いがする。細かい気配りだ。流石貴族様のお風呂。
ゆっくりと足先からお湯へと浸けて行き、徐々に全身を入れていく。
「ふああ〜」
幸せすぎる。実に150年ぶりのお風呂。
この世界にきてから初めてのお風呂だ。
程よい湯加減に身体がゆっくり温められ、溜まりきった疲れが一気に取れていく感覚が心地いい。
「……本当にマリンたちを助けてよかった〜」
150年間夢見たお風呂に入れたのだ。報酬なんてもはやどうでもいい。てかこれが報酬でもいいくらいだ。
マリンにはお礼を言いたい。そして誓おう、また襲われてたら必ず助けると。
「幸せぇ〜」
◇
エルフ生初のお風呂を満足するまで堪能して、私はお風呂を上がった。
これ以上入っているとのぼせてしまいそうだ。名残惜しいが仕方ない。
部屋に戻った後、しっかりとヘアオイルを塗りつつ風魔術で温風を出し髪の毛を乾かす。
最初は髪の毛が焦げるほど熱量を強くしてしまったり、人が吹き飛ぶほどの風量にてしまっていた魔術も慣れればドライヤー代わりになる。
「100年くらい前だったかなぁー。あの時は実験台にしてすまなかった父よ」
もちろん自分ではなく父に向けて使った。
父の髪の毛が燃えてアフロみたいになった時は笑いを堪えながら説教を受けていたのが懐かしく感じる。
部屋に置かれていたコップに魔術で作った水と氷を入れぐいっと飲む。
「ぷはぁ。コーヒー牛乳とかなら最高だけど、贅沢は言わないぞぉ」
火照った体に冷たい液体が入るのはとっても気持ちがいい。
そんなことをしていると部屋の扉がノックされる。
「はーい」
「失礼します」
私の返事の後にメイドさんが扉を開けて綺麗にお辞儀をする。
「お食事の準備ができました。マリンお嬢様がご一緒に、とのことです」
「マリンも来てるの?わかった、すぐ案内して」
部屋着のままだが……まぁいいだろう。この国のマナーとかわからないし、私は客としてここに滞在を許されているようだし。
細かいことは昔から苦手なのだ。
「案内いたします。どうぞ」
メイドさんの後をついていくと、少し大きな扉の前まで来る。
扉が開けられるとそこには数十人は一度に会食ができるほどの大きな食堂。
迎賓館というくらいだし、他国の要人や護衛などが一同に食事できるように作られているのだろう。
「リアさん!」
「やぁ、マリン。……で、どこに座ればいい?」
「こちらへどうぞ」
言われるがまま中にいた執事に案内され、マリンの向かい側の席に座らされる。
マリンの後ろにはサンも控えている。まぁ流石にメイドさん達は同時に食べることはなさそうで座ろうとはしない。
「あー、マナーとかそういうのは疎いから粗相があっても許してね」
「大丈夫ですよ。命の恩人であるリアさんには誰も文句をつけさせませんよ」
ニコッと可愛らしい笑顔を見せてくれるマリン。
すると執事さんが私の前に料理を置き始めて食事となった。
……高そう。えっと、ナイフが右でフォークが左だっけ?
箸はないのかな。……いや、郷に入れば郷に従えだ。マナーは悪いかもしれないがマリンの所作をチラチラ確認しながら真似させてもらおう。
結論から言えばめちゃくちゃ美味しかった。
異世界の料理、とあれば少し味への不安はあったが杞憂だったようだ。
口に入れれば溶けてしまうようなお肉や舌触りが良く、しっかりと出汁が効いたスープ。
柔らかくふんわりとしたパン。どれも美味しかった。
ちなみに食事中は一切言葉を交わすことはなかった。
貴族のマナーなのかはわからないが食事中は黙って静かに、というのが基本のようだ。
私の家の様に育ちの良い貴族が食事中にペチャクチャとは行かないのだろう。
デザートにアイス……というかシャーベットが出てきたのは驚いた。
まぁ魔術でいつでもどこでも氷が出せたり冷やせたりする世界ならこういうデザートもあっておかしくないだろう。
食事が終わり、食後の紅茶を飲んで癒されているとマリンが話し出した。
「リアさん、急にはなるんですが明日には主都スペルへと出立いたします。ご迷惑をおかけします」
「気にしないで。私もいろんな街を見て回ろうとは思ってるから好都合だよ。それよりお風呂とかご飯とかお風呂とかありがとう」
「いえ!こちらも助けていただいた身です。この程度のもてなししかできなくて申し訳ございません」
かなり高待遇だった気がするが……まぁ深く聞いたところで一般庶民の私には理解できない世界だろう。何も言わまい。
「それと……メルタイン」
マリンが名前を呼ぶと執事が少し前に出て頭を深く下げた。
どうしたのだ?……メルタイン、どこかで聞いたことのある名前だな。
「リア様、この度は私の従兄弟……セルタインを持ち帰っていただき、心より感謝申し上げます」
「セルタイン……ってマリンの執事さんの?」
「はい。セルタインは私の従兄弟でして……共に執事としての修行をした親しき家族でした」
「……そう、でも私が助けれなかった人よ。お礼を言われるようなことはしてないわ。むしろ、謝るのは私の方だと……」
「そんなことはありません。セルタインは、従者としての勤めを全うしました。これは一族の誇りでございます。……ただ、遺体を持って帰っていただいた、それだけで我々は感謝の念でいっぱいでございます」
「……そう。なら、感謝は受け取ります。でも、それだけでいい。助けれなかったのは事実だから」
「……ありがとうございます」
もっと早く盗賊どもを始末して入れば助けれたかもしれない。
でも、私からしたらあの会合は異世界で初の人族と出会した瞬間だった。
信じるべき指標がないあの場面で彼を見殺しにしたのは私だ。
罪はなくとも罪悪感はある。
彼の一言で少し報われた気はする。
「あのままだとセルタインはアンデットになってたかもしれません。あそこに埋めても……実感が湧きませんから、リアさんは謝ることも負い目を感じることはないんですよ」
優しくマリンは言ってくれた。
たしかに、遺体がないというのは残された親族にとって辛いものだ。
見たくなくても、遺体を確認することでその人が故人になったとようやく自覚できる。
災害などで近親者が行方不明になった親族はずっと探し続けると聞いたことがある。
もしかしたら、生きているかもしれない、ともしかしたらという幻想に捕まり前に進めない……そんなことを聞いたことがある。
私も、お師匠が火葬場で焼かれて骨になるまで、お師匠の死を受け入れることはできなかった。
「……さて、リアさん。明日の予定ですが良いですか?」
「うん」
少し暗くなった空気を変えるためにマリンは話題を明日の話へ変えた。
「日の出と共にスルゲンを出立します。馬車での移動となるので、リアさんは私と同じ馬車に乗ってください」
「私は走っても良いけど……わかったよ」
「……並走されると護衛騎士達も困惑しますので……ご了承ありがとうございます」
今の魔力纏の身体強化具合なら数時間走り続けれるとは思うが……まぁたしかに困惑はするか。やめておこう。
「主都に到着次第、お父様への面会をお願いします。早馬で今回の件は概ね伝えているので細かい話を聞かれるとは思います」
「わかった。……あー、盗賊どもから奪った魔道具はその時渡せば良い?」
「はい。おそらくお父様が謝礼として色々言ってくるとは思いますが……その、要らないものはいらないと言っていただいても大丈夫です」
「いらないもの……?」
「す、スペルドア家の名誉騎士だったり……土地だったり、陛下への爵位推薦だったりですね」
「うっわ、それはいらない」
「そう仰ると思いましたので先に言わせていただきました」
旅の目的は旦那探しであり、爵位や土地、地位なんてものは剣を振るのにも、旦那探しにも必要ない。
正直言って要らない。私は領主になったり人を従えたりする知恵も能力もない。
「お父様も理解はしてくれると思いますが……様式美のようなものです」
「まぁ貴族社会にはそういうのもあるよね。仕方ないよ。……その後は自由にして大丈夫?」
「はい。それ以上、リアさんの旅の邪魔をするわけには行きませんので。ちなみにリアさんはその後はどうされるつもりなのですか?」
「うーん……」
言われてみれば何も考えていない。
とりあえず、父に勧められた冒険者とやらになろうとは思うが……。
「お父さんには冒険者になって日銭を稼げ〜とは言われてるんだよね。治療院に行くって選択肢もあるけど、身体を動かす方が性に合ってるかな」
「リアさんなら大成するでしょう。お父様にお願いして推薦状を書いていただきますか?」
「いや、良いよ。悪目立ちしそうだし」
「そうですか……わかりました。では、雑談もこの辺りにして休みましょう。明日は早いので、ゆっくり身体を休めてください」
「うん。色々とありがとうね」
そんな感じで、マリンとのお食事会はお開きとなった。
部屋に戻った後は歯を磨いてすぐにベットに潜り込む。
「ふぅ……」
電球の代わりに灯りを放っている魔道具を眺める。
今日一日……というか、この二日間色々あった。
貴族令嬢を助け、盗賊を殺し、お風呂にも入れた。
全てあの村に居て剣を振るだけの生活なら起こり得なかった事ばかりだ。
明日はどんなことがあるのか、少し楽しみになっている自分がいる。
世界は広い。まだまだ楽しいこともたくさんあるだろう。
明日に期待を寄せながら、魔道具の魔力を切り、灯りを消して私は迫り来る睡魔に身を任せた。
◇
翌朝、日が昇る前に私は日課の素振りをするために迎賓館の裏庭を間借りした。
メイドさんや執事さんが私より早く起きていることに驚きを隠せなかったが、そのおかげですんなりと裏庭を借りることができた。
そこまで広くはなかったが、剣を振るだけのスペースは十分にある。
日が昇り切るギリギリまで素振りをする。時間がないので満足できるまで振れないが、そこは妥協。
素振りができるだけでもありがたいと思わなくては。
型の練習まではできなかったが、素振りもそこそこに切り上げ、軽く体を拭いて着替える。
部屋には昨日着ていた服とマリンに貸していた服が置いてあり、仕事が早いメイドさんだと感心していた。
荷物もまとめ終わったところで、部屋を出ると少し眠そうな顔のマリンがサンと共に部屋から出てきた。
「おはよ。マリン」
「おはよぅ、ございます」
「すみません、リア様。お嬢様は少し朝が弱くて」
「あはは。気にしないで。年相応で安心したよ」
常に気を張り詰め、立派に貴族令嬢として振る舞っている彼女の年相応な場面はかわいらしく、ギャップがある。……これがギャップ萌えってやつか!
「ふぁ〜、っっ!ご、ごめんなさい」
小さな口であくびをしたところを見られ恥ずかしそうにマリンは口を抑える。
それで目を覚ましたのか、普段のマリンになりつつある様子を眺め、微笑んでしまった。
外に出ると、既に馬車の準備がされており、鎧に身を包んだ騎士の姿も見える。
騎士の1人が私たちに気がつくと、小走りでこちらに向かい、すぐに膝をつく。
「今回の護衛隊の隊長を務めさせていただきます、ジクシオでございます。至らない点がございましたら私を通して仰ってください」
この街に着いた時に真っ先にマリンの元へ駆けつけた騎士だった。
30代くらいだが、剣の腕は立つのか、そこそこの身のこなしを感じ取れる。
「彼はスルゲンの騎士で1、2を争うほどの実力者です。……今回の件で少し引っかかる点がございますので、彼を抜擢きました。詳しくは馬車の中でお話しします」
「……そうなのね?うん、いいと思う」
よく分からないがまぁ彼が強いのは見てわかる。
私の旦那候補……には残念ながらならないが安心はできるだろう。
「……リア殿、主都までの道中は我々にお任せください。そして、機会があればお手合わせを」
「こらジクシオ!」
「あはは、お嬢様、失礼。あまりの隙のなさでしたので、騎士としての血が騒いでしまいました。リア殿、ご無礼をお許しください」
「気にしないで。私も剣士として気になってたところだから。旦那候補……には残念ながらできないけど」
「はっはっは!それは残念です。是非ともご指導お願いしたかった。ただ、私は既婚者でしてね。よそ見をしたとバレれば妻と娘に冷たくされてしまう」
妻子持ちだったか。
まぁ人族の時点で旦那候補から外れてしまうので仕方ない。
「もうジクシオったら……。リアさん、馬車に乗りましょう。そろそろ出発です」
「うん、わかった」
「隊長、あのエルフ……そこまで強いのですか?」
「……お前、何年剣を握ってる?アレに気がつかないなら基礎からやり直したほうがいいぞ」
「す、すみません」
「いいか――――あれは、こう言っては悪いが一種の化け物だ。敵対は絶対にするな。私たちが束になっても手も足も出ない。いいか、何度でも言うぞ。何があっても敵対するな。死にたくなければな」
「――っくしゅん!うへ、汗が冷えたかな」
「大丈夫ですか?」
裏設定的な補足説明的なやつ
リアは汗を流すならシャワーで疲れを取るならお風呂。
胸がないことは前世からのコンプレックス。エルフは種族的に細身なので未来は残念ながら確定している。
ただ知ってほしい。ひんぬーは世界を救う。




