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剣姫エルフの異世界放浪記  作者: へいほー
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第3話 テンプレ人助けは後片付けの方が大変








マリン・フォン・スペルドアはハウル・フォン・スペルドア辺境伯の一人娘である。


マリンの父親であるハウルは東にあるイーワン帝国との防衛線を任されたマギア国内でも有数の権力者であり、最も尊敬する人物であると彼女は断言できる。


そんな尊敬するハウルから帝国への短期文化交流留学を勧められたのは先週のことだった。


初めは戸惑いを隠せなかった。だが、帝国は長い権力争いにより国力が削れてしまっていたのは周辺国家の周知の事実。

そんな帝国は今、マギア王国からの宣戦布告を受けてしまえば激しい損害を被ると考えていた。

そのため長年争いを続けてきた帝国側からの和解案として出してきたのが互いの領主の娘を短期文化交流するという提案だった。


きな臭い話ではあったが、マリンは国のため、なによりも尊敬する父のために留学を決意。


警戒はしていたものの帝国からは手厚い歓迎をされ、1週間の文化交流も無事に終わり、帝国側からの護衛をつけた状態で帰国となった。

数日かかる道のりを馬車で移動している最中、帝国軍の護衛は奇襲されてしまう。


灰の盗賊団だ。


違法入手した火の魔道具を使い、帝国と王国を行き来する商人たちを付け狙う悪辣非道の犯罪者集団。

火の魔道具で狙った商人たちを灰にしていくことから灰の盗賊団と恐れられるようになった集団だ。


瞬く間に帝国の護衛部隊は全滅、なんとかマリンたちの馬車だけ逃げ出すことができたが移動速度の違いによりすぐに追いつかれてしまった。


「――――お嬢様、大丈夫です。もうすぐ……もうすぐ王国に着きます。ご安心を……」


不安を隠しきれない侍女のサンは強くマリンを抱きしめながら呟いていた。


「えぇ……――――きゃっ!?」


猛スピードで畦道を駆け抜ける馬車は衝撃吸収の魔道具も効果を成さないほど激しく、揺れていた。


すると程なくして馬の悲鳴のような鳴き声と共に馬車が減速していく。


「セルタイン!どうしたのですか!」


「申し訳ありませんお嬢様……馬をやられてしまいました。……ここで私が殿を務めます。サンは早くお嬢様を領地に!!」


小窓からそう叫び長年付き添ったセルタインは何かを叫びながら小窓を強く閉めた。


「セルタイン!!嫌よ!セルタイン!!」


「ダメですお嬢様!!もう外に賊が!」


扉に手をかけようとしたマリンを扉から引き剥がし、馬車の奥へと隠すように押し込む。

同時に扉は乱暴にこじ開けられ、そこには灰の盗賊団の盗賊が下卑た笑みを浮かべながらサンの服を破れんばかりの力で引っ張り引き摺り出す。


「サン!!」


涙が零れ落ち恐怖で脚がすくむ。

サンを外に出した盗賊は続け様にマリンを馬車の中から引き摺り出す。


恐怖で身体が強張り、うまく言葉を紡げない。

外に出た瞬間、目に入ったのは首に矢が突き刺さったセルタインの骸だった。


「やめて!セルタイン!返事をして!セルタイン!!」


「あんまり暴れるんじゃねぇぞゴラァ。へっ、意外と楽な仕事だったな」


自分を守る執事はいない。侍女は抵抗したせいか、顔を殴られ頬を腫らして鼻から血を垂らしながら気絶している。


「ひっ、はっ……」


動悸が激しくなり息が詰まる。

恐怖から身体は動かなくなり、自身の股が生暖かい液体で濡れていく感覚すらもわからなかった。


「この小娘漏らしやがった。ッチ、汚ねぇ」


「誰か……助けて……」


涙が頬を伝い流れ出る。

絶望の淵に立ったマリンだが、1人の盗賊の声により少しだけ正気が戻る。


「お頭!この旅人、エルフの女ですぜ!」


「本当か?……へっへ。良い拾い物もしたなぁ」


エルフ。盗賊の目線の先にはエルフがいた。


高度な魔術を使い、森を拠点とする遠距離魔術や治癒術、弓術のスペシャリスト……と呼ばれていたのは一昔前までだ。


たしかにエルフは高度な魔術理論を持ち合わせてはいたが、その技術に人族は追いついてしまった。

エルフは長寿のため技術発展に意力を注げず、自堕落に生きることも珍しくない種族。

男性のエルフは弓術に長けてはいるが女性のエルフは治癒術や薬草学に精通しているのが人族のなかでは一般的だった。


そんな女性エルフが盗賊に目をつけられてしまった。


エルフは王国の民ではないものの、王国によく訪問しては王国の魔術の発展に貢献してくれた友好的な種族。

マリンはその有効的な種族をマリンたち人族のいざこざに巻き込んでしまったことを深く絶望してしまった。


エルフの女性は老いることのないその美しさから非合法奴隷として捕まってしまうことも珍しくない。


このままでは彼女は盗賊たちに弄ばれ、非合法に奴隷として売られてしまうのが関の山なのだ。


悔しさに唇を噛み締めるマリン。


せめて、せめて逃げて生き残ってほしい。そう願いながら盗賊がエルフへと近づいていくのを見ることしかできなかった。


しかしエルフは逃げることはせずマリンに聞こえるように、マリンに対してこう問いかけた。


「ねぇそこのお嬢ちゃん。コイツら殺しても罪にはならない?」


質問の意図は読めなかった。

何をするつもりなのだろうかと一瞬考えてしまったが、とにかく必死に頷くことで返事をした。……その瞬間。


マリンは信じられないものを見た。


エルフの女性に近づいた盗賊の1人の首が吹き飛んだのだ。


「……え?」


見えなかった。

剣を振るうエルフがいるとは思わなかった。

それよりも、いつ剣を抜いたのか、いつ盗賊の首を斬り飛ばしたのか、マリンの動体視力では認識することができなかったのだ。


刹那、動揺していたもう1人の盗賊の首が飛んだ。


エルフはまた認識できない速度で盗賊の首を刎ねたのだ。

エルフは不敵に笑みを浮かべる。


「ほら、かかってきなさい。……私を楽しませて」


そこからは彼女の独壇場と変わった。

灰の盗賊団は違法入手した魔道具を使い、火の魔術をできる限り展開していく。

エルフは魔術が発動する前に2人を素早く始末し、飛んでくる魔術に呆れた表情を浮かべていた。


「え……」


ありえない光景にマリンは口から声を漏らす。

ただの鉄剣でエルフは高度な魔術式で作られているはずの火球を容易く斬り裂いたのだ。


「……あり、えない」


そう、この世界の人間の常識では発動した魔術を斬り裂くなどということは不可能に近いのだ。


貴族として魔術の勉強を怠らなかったマリンはその光景に驚き隠すことができなかった。


放たれる魔術は高度な発動術式により力が分散しないように構築されている。

特に灰の盗賊団が使う魔道具から放たれる魔術は王国の宮廷魔術師に匹敵するほどの高度な術式だ。

それを魔力を纏っているとはいえ剣で斬るということは一目でその魔術の脆弱性を見抜いた上で針の穴に糸を通すような寸分狂わない完璧な軌道での振り方をしなければならない。


それは、人族……どころかこの世界でできる存在などいるわけがないのだから。


「何かの、魔道具……?でも、それだけじゃ説明が……」


魔道具は固定の魔術式を展開するだけの道具でしかない。

リアが元いた世界の地球で言うならパソコンで作ったプログラムのようなものなのだ。

電力を使ってプログラムされた結果を生み出す。

魔力を使って決められた魔術を発動する。

つまり、その魔道具に魔道具で対抗するならば専用の魔道具が必要ということになる。


「偶然……?」


そう思ったがマリンだが、その考えは一瞬で覆される。

エルフの女性は再びマリンの前で火球を斬り伏せた。


「なんなんだよっ!?テメェはなんなんだ!!?」


灰の盗賊団の副団長……ガースは次々と魔道具による攻撃を行う。だが、エルフは魔術を発動する前に2人殺し、発動した後に魔術と仲間を斬り伏せていく。

ボスであるラマーは既に首と胴体が切断され絶命は確実だった。


「さて。最後に生き残ったおじさん……いや?少年?まぁ年下なのは確定だし……うーん、まぁいいや。おじさんは運が良いよ」


「クソ!!クソ!!クソォォォォ!!話が違うじゃねぇかカルガンタの野郎ぉ!!」


「人はいずれ死ぬものだよ。盗賊に襲われたり、鉄骨に頭潰されたり、たまたま出会した剣士に返り討ちにされたり……って、もう聞いてないか」


「がっ……」


エルフが話していると思ったらいつのまにか、エルフはガースの後ろへと回り込んでいた。

鉄剣を鞘にしまうと同時にガースの首はそのまま地面へと落ちていった。


また見えなかった。

移動したのも、剣を振るった瞬間すら見ることができなかった。


呆然とエルフ……リアの姿を見ていた。


これが後にこの世界に永く語り継がれる、物語の始まり。


剣姫リアと呼ばれる、最も美しく、最も強い剣士の物語。














さて、この後どうしようか。


盗賊らしき野蛮人に襲われていた自称スペルドア辺境伯の関係者を助けた。いや、自分に降りかかりそうな火の粉を払ったとも言えるし、ただ自分の剣がどこまで通じるかと確認したかったのもある。


なんというか、拍子抜けだった。

私が強くなりすぎたのか、彼らが弱すぎたのかは全くもって不明だ。


その辺りの考えは後でしっかりまとめておこう。

とりあえず、今はこの惨状をどうするかだ。


ふと周りを見渡してみる。


美しかった草原は所々、野蛮人どもの魔術によって燃やされ、焦げついている。

炭や灰を野蛮人どもの血液が湿らせ、心地よいはずの風からは生臭い鉄の臭いが漂ってくる。


「はぁ……」


後片付けはしなきゃならないだろう。流石にこのままにしておくと衛生的にも魔物的な意味でも問題しかない。


私は襲撃を受けてボロボロになっている馬車の方へと歩み、呆然と座り込んでいる身なりのいいお嬢様へ着ていたローブをかぶせる。


「あっ……」


「とりあえず着替えておいで。あ、着替えないならこれ使って。私の予備。水の魔術は使える?少し身体を洗って……怪我はしてない?」


「……えっ……は、はい、大丈夫です」


「そう、よかった」


「―――あっ、サン!サンが怪我を!」


突然立ち上がり、あたりを見渡すお嬢様。肩を掴んで馬車の方へ押し込めておく。


「大丈夫よ。見ておくから貴女は馬車で早く着替えておいで」


「あ、ありがとうございます……」


野蛮人の死骸はできるだけ視界に入れず、私はあたりを見渡す。

馬車の近くに倒れ込んでいる最初に声をかけてきた執事の首にはしっかりと矢が突き刺さっており、綺麗に頸動脈を切り裂いている。

息はしていない。矢が突き刺さった直後に治癒魔術をかけていれば助かったかもしれないが……悔やんでも仕方ない。


もう1人の場所を探すために再びキョロキョロ。

少し馬車から離れた場所に投げ捨てられたメイド服姿の女性を見つけた。

近づいて早速確認。息はあるし脈も問題ない。

顔を強く殴られているようで、鼻血を垂らしている。

おそらく脳震盪を起こしてしまったのだろう。

治癒魔術を軽くかけたら問題ないだろう。


とりあえず頭や顔を中心に治癒魔術を展開して癒しておく。

安静に寝かせていればそのうち目を覚ますだろう。


「あ、あの……服ありがとうございます」


振り返ると私の予備の服に身を包んだお嬢様が馬車から降りてきた。

むむ……少し丈が短いか?私小さいからなぁ。


「気にしないで。……執事さんはもう無理だけど、あっちのメイドさんは気絶してるだけみたいね」


「サンは、大丈夫でしたか?」


ようやく事態が飲み込め始めたのか、先ほどよりも落ち着きが見える。

流石にまだ貴族らしい振る舞いはできず年相応の反応にはなってきた。


「大丈夫だよ。今は少し寝てるだけ。私はこれからこの野蛮人どもの死骸を焼いておくから……いや、どうなの?首とか持って行った方がいい?」


そういえば殺しても大丈夫というお墨付きはもらったが死体をどうすれば良いかなんて全く知らない。


「えっ、いや、焼いて大丈夫かと。このままでは魔物が寄ってきたりアンデッドになるかもしれません」


アンデッドになるのかよ。

どういう原理なのだろうか。動物に魔素が定着して魔物になる、というのは理解できるが生きていない死体に魔素が定着したところで何もならない気がするが……いや、まぁいいか。気にするだけ無駄だ。だってここは異世界なのだから。


「あの、盗賊団が使っていた魔道具だけは回収して頂いてもよろしいですか……?討伐証明になると思いますので……」


「魔道具?……ちなみにどんな形?」


「指輪の形状だと思います。火の魔石が埋め込められているかと」


なるほど、彼らは魔道具を使って魔術を使っていたのか。

おかしいとは思ったのだ。全く同じ魔術式で何度も攻撃してくるのだから。魔道具ならば納得だ。

それにしても最近の盗賊は魔道具を持つのが主流なのだろうか。後で聞いてみよう。


「わかった。貴女はとりあえずメイドさんの側に居てあげて」


「は、はい」


野蛮人たちの死骸をとりあえず一箇所に集めていく。

あれ、この人の頭どこに飛んでいったんだろ?

あー……探すの面倒だ。


冒険者?とやらになった時に盗賊退治みたいな依頼があるなら積極的に避けていこう。毎回毎回首を探し回るのは面倒だ。


あの子の言った通り、野蛮人どもは1人ひとつずつ火の魔石が埋め込められた指輪をつけていた。

それをとって死体は一箇所に集めて……えーっと、掘削系の魔術はあまり使わないから術式構築がうまくいかない。

悪戦苦闘しながら10人が丸々入る大きな穴を死体が積み上がった地面の下に作る。

そのまま火付け魔術で点火。飛び火しないように周囲に気を配る。


数分経てば火は安定し、私より少し高い火柱が舞い上がる。死体が焼け、鼻腔にタンパク質が焼ける嫌な匂いがこびりつく。燃えた脂肪が唇に張り付きベトベトと湿らせる。全くもって嫌な気分だ。


それを眺めながら瞼を閉じて手を合わせる。


「……安らかに」


この野蛮人たちは確かに悪党であったのだろう。

だが、私の糧になったことは間違いない。


日本とは違う、人を殺しても咎められることがない場面。

生きるか死ぬかのこの世界で彼らは私に対人戦……命の奪い合いについて、命を奪う重みについてしっかり教えてくれた。


人を殺すための剣術である『神鳴流(しんめいりゅう)』が如何に人に効果的か、如何に恐ろしいか、彼らの命によって理解することができた。


実感がなかったわけではない。

戸惑いや恐怖がなかったわけではない。


確かに剣術を使える楽しさを感じてはしまった。

それに後悔も反省もない。

だからこそ、『神鳴流』は使う場面を見極めなければならないと学ぶことができた。


「……よし」


少し感傷に浸ってしまった。

この世界に生まれ、もしかしたら、と予測はできていた。

この剣術は人を殺めるものであり,何百年も生きるエルフに生まれたのだから、いつかその時が来ると……何十年も前に覚悟はしていた筈だった。

自分の覚悟の甘さに嫌気を感じてしまう。

燃え尽きかけたところで掘り返した土を魔術を駆使してしっかりと埋めていく。

土を押し固め、魔術で作った少し大きめの岩を上に置き、その場を立ち去る。


「……優しい、ですのね」


馬車の方へ近づくとメイドさんに膝枕をしながら私の方を見ていたお嬢様がそう言ってきた。


「見てた?……あはは、まぁ……覚悟の再確認と贖罪みたいなもの。貴方の大切な人を奪った奴らというのは理解してる……私なりの考えだから否定してくれても構わないよ」


馬車の横には私が使っていたローブが被されているあの執事の遺体がある。

彼女の表情を見るに、とても信頼し、親しい間柄だったのだろう。


「いえ……彼らも1人の人間、というのは理解しています。犯した罪は許せないですが……」


お嬢様は少し割り切れてはいない様子だった。

私と同じくらいの身体つきだ。年齢で言えば15歳から16歳だろう。そんな若さで飲み込めというのも無理がある。


私は俯く彼女の隣に座り、赤く染まる空を見上げる。


「今は無理に飲み込まなくてもいい。……憎いもんは憎いし、許せないもんは許せない。私だって当事者なら割り切りたくない。でも、もう死んでる奴らを恨んだって仕方ない。まぁ、時間が解決するよ」


「……ありがとうございます」


グズッと鼻水を啜る音が聞こえる。

茜色に染まった空は全てを飲み込みそうで、私には少し眩しかった。











「……さて、今日はもう暗くなってきたしここで野営してから王国に向かおうか。それで良い?」


野蛮人たちを火葬したりしていたらもう火は暮れ始めている。私も彼女も馬車を運転はできないし、御者ができるメイドさんが目覚めてからでないと動けないらしい。


「はい。……何から何までありがとうございます」


「気にしないで。ご飯は私の非常食で勘弁してね」


「あっ、き、気にしないでください!助けていただいたのにさらに貴重な食糧を頂くわけには……」


と、お嬢様が必死に断ろうとするがお嬢様のお腹からはくぅ〜と可愛らしい腹の虫が鳴り響いた。


「あっ……えっと」


顔を真っ赤に染めてお腹を抑える彼女に私は非常食の干し肉の一つを渡す。


「もらえる時は貰っときなさい。年長者からのアドバイスよ」


「……ありがとぅ、ございます」


非常食を齧っていると、辺りはすっかり闇に包まれてしまった。

執事のご遺体は魔術で作った氷で囲い、虫避けと腐敗防止の二重対策を行った。

メイドさんはまだ目覚めそうにはなかったので、馬車の中で休ませて、私は焚き火の前で暇つぶしに炭を突いていた。


「あの……今日は本当にありがとうございました」


お嬢様は改めてお礼をしに私の正面で深く頭を下げた。


「自分に降りかかりそうだった火の粉を払っただけだよ。気にしないで」


「いえ、助けて頂いたのは事実です。領地に帰ったらお礼をさせていただきます」


「おぉ、それは期待しとくよ」


「そういえば……自己紹介がまだでした」


少し慌てた様子でお嬢様は立ち上がった。

スペルドア家のご令嬢、というのは断片的な情報で推理はできていたが確かに名前を教えても教えてもらってもいない。


お嬢様は少し腰を落とし、スカートの端をつまむような所作をしながら頭を下げた。

現在私が貸している予備の服なのでスカートではないが所作の一環としてしているのだろう。


(わたくし)はマギア王国、ハウル・フォン・スペルドア辺境伯の娘、マリン・フォン・スペルドアでございます。この度は命の危機を救っていただき最大限の感謝を申し上げます」


おお、ご令嬢の挨拶だ。本物の挨拶だ。

少し感動してしまった。


推理通り、スペルドア家が関係していたようだ。

ここまで推理通りだと逆に怖いな。いや、推理もクソもへったくれもないが。


「ご丁寧にどうも。私はリア。見ての通りのエルフ。少し前に成人して村から婚約者見つけてくるまで帰ってくるなって追い出されたの」


「お、追い出されたのですか?」


「そう。エルフの伝統なんだって」


「あぁ……それで領地には時折エルフ族の方がいらっしゃるのですね」


どうやら貴族とは言え、エルフ族の伝統までは知らなかったようだ。

まぁエルフは長生きだから私みたいに他の集落から追い出された成人したて組が流れ着くのだろう。

他の集落がどこにあるかなんて知らないが。


「成人した……ということは、私と同じ歳ということですか?」


少し考えながらマリンはそう聞いてきた。

あぁ、確か人族の成人年齢は15歳だったはず。


「あはは。流石に違うよ。エルフの成人年齢は150歳よ。こう見えて貴方の10倍生きてるの」


「ひゃくご―――っご、ごほん!し、失礼しました」


「まぁエルフの感覚なら同じ歳みたいなものよ」


「ぜ、全然同じではない気がします……」


15歳の少女に150年も15年も大して変わらないと言っても理解はできないのは仕方ない。でも生きてみればわかるのだ。10年も100年も変わらないって。


「エルフは長寿だと聞いたことはありましたが、そこまで長生きだとは思いもしませんでした」


「でも結構退屈よ?150年村で生活しても風景も人も変わらないからね。30年周期くらいで帝国の方が騒がしくなるくらいで」


「30年周期……?あ、あぁ、皇帝即位の権力争いですか」


「そそ。最初は攻めてくるかなぁとかヒヤヒヤしてたけど、毎回森周辺で騒ぐだけなのよね」


「この辺りのエルフの里となれば……トライデントの森ですよね?それは近づけるわけがないです」


「おぉ、博識だね。……え?あの森って危険なの?」


「ま、まぁ……魔物が多い上に木々で視界が悪いですから。稀にくる同じ歳くらいのエルフの方は大抵護衛らしき大人の方と共に来られますよ」


「……え?私カバン一つ渡されて追い出されたんだけど」


「え、えぇ……」


何故だ?何故私だけそんな過酷なことをされたのだ?

うーん、考えてもよくわからない。


「……まぁ、100年後くらいには帰れると…思うからその時に聞いてみるか」


「規模が……」


なんだか苦笑いを浮かべているマリンだったが、エルフの時間感覚はバグってるので気にしてはダメなんだぞ。


「あ、そうだ。マリン。良いエルフが居たら教えてね。一応旅の目的は旦那探しだからさ」


「も、もちろんです。国中から情報を集めます!」


お、おぅ……そこまでしなくても良いのだが。

まぁこれも何かの縁だ。頼れる縁は使う。行き遅れてしまったら婚活は大変なんだとどこかで聞いたことがあるからね。


「ちなみに、リアさんの男性へ求める条件ってありますか?」


「ん?条件?……そりゃあもちろん。私より強い男」


「それは……えっと……」


苦笑いが引き笑いに変わった気がする。

父にも言われたが私より強い男なんて沢山いると思うんだけどなぁ……。












「ふぁ〜……」


気がつけば空が明るくなっており、大きなあくびが出てしまった。

盗賊の残党が夜間に襲ってくることを考慮して索敵魔術を展開した状態で軽く睡眠を取っていた。

一日中警戒をして索敵魔術を使ったおかげか、常に魔力纏を使えるようになった気がする。


それにしてもそろそろベットで寝たいものだ。

ここ数日ずっと地べたや木にもたれかかって寝ていたから身体がバキバキだ。


軽くストレッチをして、凝り固まった身体をゆっくりとほぐし、辺りを見渡す。


「問題なし」


結局のところ、この街道は人通りはかなり少ないみたいで私たち以外の人は通りかかることはなかった。

商人や冒険者の人と会えば少し話を聞けるかと期待はしたが杞憂だったようだ。


木に立て掛けた剣を持ち、野営地から数メートルほど距離をとる。


いつもより少し遅い時間だが、寝坊してしまったのは仕方ない。

鞘から鉄剣を抜き、日課である朝の素振りをする。


「っふ、っふ」


数は数えない。時間が許す限りの素振り。

やはり剣を振るのは楽しい。昨日の後悔や今後の生活への不安が消えていき、思考がクリーンになっていくのがわかる。


村を出た後からもこの日課をやらなかったことはない。森の中ですらやっていたのだ。

木が邪魔で誤って何本か切り倒してしまったこともあるが、刃こぼれはしなかった。魔力纏をしていて本当によかった。


1時間ほど素振りをしていたら、馬車の扉が開く音が聞こえた。

素振りをやめて、手拭いで汗を軽く拭き取りながらそちらの方へと視線を向ける。


「おはようございます、リアさん」


「おはようマリン」


朝の挨拶をするだけでも少し心が満たされる気がする。

村を出てからというもの、ずっと独りきりだったので寂しさはあった。


マリンに続いて馬車からはメイド服に身を包んだ女性が出てくる。

マリンの侍女……サンと呼ばれていたメイドさんだ。気がついたようだ。


「サンが目を覚ましまして、紹介しようと。この人はサン。私の侍女で幼い頃から付き添ってくれています」


「サンでございます。この度は危ないところを……お嬢様を助けていただきありがとうございます」


お腹に手を当て、綺麗なお辞儀をして私にお礼を言うメイドさん。

いやぁ、本物のメイドさんは所作が素晴らしい。綺麗なお辞儀だ。


「本当に……お嬢様を助けてくださりありがとうございます」


「気にしないで気にしないで。私も襲われたし。顔を上げて」


自分の命が助かったことよりも主人の命が助かったことに本当に感謝している。

マリンは良い主人なのだろう。彼女の忠誠心からマリンの人柄さえも見えてきそうだ。


「私はリア。見ての通りエルフよ。よろしく」


「はい。よろしくお願いします。私のことはサン、と呼び捨てで構いません」


「わかった。サン。早速だけどもう移動しても大丈夫?今日中にはスペルドアに着いておきたいの」


主に私の睡眠事情が理由だ。ベットで寝たい。お風呂は無理でも、しっかりと水浴びしたいのだ。


「はい。問題ございません。馬車の方は私が御者をいたします」


「助かるよ。馬を操ったことはなくてね」


彼女の目が覚めるのを待ったのは主にそれが理由だ。

私もマリンも馬の御者をしたことはない。私に至っては150年も生きてるのに乗ったことすらないのだ。

ちなみにマリンは貴族の勤めとして乗馬の心得はあるものの、馬車まではやったことはないとのこと。


馬車を牽引していた馬は足に矢を受けて動けなくなっていただけなのでサンを治療した後に怪我を治癒魔術で治しておいた。

私にかなり興味津々で何度も匂いを嗅がれ、頬擦りもしてきた。

治してくれたのは私ということを理解しているみたいで聡明な馬だった。流石貴族のウーマ。


野営地の後片付けを軽く済ませ、馬車はサンが、マリンはサンの隣に座り私は歩くことに。

馬車の中には亡くなった執事のセルタインさんのご遺体がある。

サンはセルタインさんに涙ながらお別れをして、馬車の運転をしてくれた。


「ちなみに……最近の盗賊って魔道具持つのが主流なの?」


街に着くまでまだ時間はかかるようなので昨日聞き忘れていたことについて訊いてみることにした。

魔道具は私の村にもあるくらい一般的なものだ。だが、それは日常生活を支えるための家電製品のようなもの。

魔術を使うにはある程度の知識量が必要となってくる。もちろん、この世の全ての人が魔術を使えるほど知識があれば良いのだが、そういうわけには行かない。

そこでできたのが魔道具と呼ばれる代物だ。


魔道具は魔力を注げば予め設定された魔術式が展開され、その魔術を行使することができる。魔力を注ぐだけ、子供でもできるお手軽な道具だ。


とは言え、攻撃魔術が仕込まれた魔道具なんてものは誰もが持てるわけじゃない。

それこそ、盗賊なんかしている野蛮人が手に入れれる代物ではないのだ。


「いえ……あれは灰の盗賊団が何らかのルートで手に入れた違法魔道具だと思います」


「へぇ、雑な魔術式だとは思ったけど、粗悪品でも掴まされたのかな」


「そ、そうです!リアさん!」


何かを思い出したかのようにマリンは少し身を乗り出しながら私の方を見つめた。


「お、お嬢様、身を乗り出すのはおやめください。危のうございます」


「ご、ごめんなさいサン」


はしたないと思ったのか、少し頬を紅く染めて座り直す。こうみれば年相応の可愛らしい子だ。


「それで?どうしたの?」


「……こほん。えっと、リアさん……魔術を剣で斬ってましたよね?あれってどういう理屈で……?あ、も、もちろん!秘密ならば答えなくても大丈夫です!」


そんなことか。


「簡単だよ。見て、斬る。以上」


「えぇ……」


何かおかしなことを言っただろうか。


「あの、リア様。大変失礼ですが言わせてもらいます。魔術を斬る、という行為は……普通は不可能です」


「そう?」


魔術を斬る、確かに言われてみればおかしなことかもしれない。


「でも、魔術は奇跡や神の技なんかじゃない。理屈に伴って発動するための手順が必要なの」


「それは理解してます!でも、リアさんはその、意図も容易く斬っていたので」


「魔術を斬るって簡単だよ。まず魔術式を見る。そこから魔術の欠陥、脆いところを斬れば良いだけ。そうすれば魔術式が崩壊して魔術自体が壊れる」


「そこです!そこが理解できなくて!魔術式を見るとおっしゃいましたが、魔術を発動するために一から魔術を構築している最中であれば把握できるのは私でもできます!でも、リアさんは魔道具で発動した魔術式を一瞬で見破っていたではありませんか!」


「……あー、見えてた、ってだけなんだけどなぁ」


それ以外答えようがない。

もちろん、魔術纏による身体強化の一つに動体視力や反応速度の上昇は含まれる。


「それに!高速で飛んでくる魔術に対してその魔術式だけを狙い、寸分違わず斬る、なんて人間業ではありません!」


人間ではなくエルフなのだが、まぁ藪蛇か。


「剣を振るは一番得意だからね。伊達に100年以上剣を振ってないよ」


前世では10年以上、今世に至っては120年以上剣を振り続けている。

剣を振るというのは私の中では生活の一部であり、私の生き方そのものだ。


「はぁ……リアさんの強さの根源が見えた気がします」


納得はできないが理解はしてくれたようだ。


「……普通は不可能ですからね――――っあ」


そんな会話を続けて進み、小さな丘を越えたところで大きな城壁が見えてくる。


「……おぉ、あれが」


「はい、あれがマギア王国、スペルドア領の防衛都市、スルゲンです」








裏設定的な補足説明的なやつ


リアの魔術知識について

母親の影響で魔術に関しては造詣が深い。

本人はなんてことではないと思い込んでおり、長い寿命による知識の研鑽の結果なのだが術式を組んだりするのは苦手。

そんな暇があったら斬る。斬った方が早い。脳筋。




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