第10話 奴隷にだって色々ある
マギア王国の王都は主に3つの区分、大きな城壁と堀に別けられ成立している。
王城を中心としたこの国の主要施設や貴族らが生活している区画、貴族区。
基本的に王国貴族の生活の中心であり、身分を証明できなければ立ち入ることすら許されない特区とも言える。
その外周を取り囲むようにあるのが平民区と呼ばれる一般階級の平民たちが暮らす、この国の経済の中心的な区画。
そしてその外周に貧民区呼ばれるスラム街が存在する。
国自体はその存在を公式には認めていないが、平民区が日雇い労働力として使っている貧民たちが数多く暮らす区画となっている。
だがそこは城壁の外であり、有事の際には護りがない上に犯罪率もかなり高い。王都の犯罪発生の6割はこの区画で起きている。
そんな王都の中心。貴族区画には平民でも入れる唯一の施設が存在する。
それこそ、マギア王立魔術学園と呼ばれるこの国の将来を支える将来有望の魔術師を育成する機関。
王国民であれば身分、年齢、種族さえも問わず受け入れるこの学園は国内からの熱い支持を得ているが、実態は王国の次世代貴族たちの熾烈な権力争いの場となっている。
「見て、マリン様だわ」
「相変わらず美しく凛々しい……まさに王国貴族の鑑……」
学園内を歩く1人の少女。その姿を見る他の貴族令嬢たちは尊敬を込めた眼差しで彼女の歩く姿を眺めている。
この学園内での評価は地位よりも魔術の資質。これはたとえ王族相手であろうとも変わることなく、この学園内で魔術を制した者は王国内での貴族から圧倒的な支持を得ることができる。
魔術で国を大国へと押し上げた国だからこその評価基準であり、絶対的な物差しとも言える。
帝国からの防衛の要であるスペルドア辺境伯の1人娘、マリン・フォン・スペルドアはこの学園内で圧倒的な支持を得ている。
事実、彼女はこの学園内でトップクラスの成績を誇り、その支持をもとに学生会長と呼ばれる生徒のまとめ役まで担っているこの学園のアイドル的存在。
そんなマリンの前に1人の女子生徒が大勢の取り巻きを従えながら立ち塞がる。
「マリンさん、ごきげんよう」
「……ごきげんよう、プルアさん」
明らかな敵視、そしてわざと道を塞ぐように立つその姿は明らかな挑発のように見える。
彼女の名前はプルア・フォン・マクスウェル。この王国で絶大な権力を持つ貴族派閥筆頭のマクスウェル公爵家令嬢。
王家の分家である彼女の実家は王家に並ぶ絶大な権力を保有している。
そして国王派閥筆頭であるスペルドア家とは長い間、対立関係である政敵なのだ。
「私を押しのけて行った帝国へのバカンスは楽しかったかしら?……楽しいことがあったみたいだけど?」
「学ぶことは沢山ありました。帝国の文化はとても素晴らしく、交流はとても有意義でした」
「あら、帝国なんていう野蛮な民族から学べることがあるのね。……盗賊から襲われる方法なんて私は必要ないと思うけど?」
プルアは少し醜悪な笑みを浮かべ、マリンは眉がピクッと動き、反応する。
脳裏に浮かぶのは帝国からの帰りに起きた盗賊による襲撃。
どこから話が漏れたのか、この話は父であるハウルが箝口令を敷き、当事者と国王以外が知る由も無いはずだった。
だがしかし、目の前にいるプルアはこの国で1、2を争う権力者の娘。
どこからか情報が漏れたか。彼女の情報収集能力はあまり舐めない方がいいかもしれない、とマリンの中での警戒度が上がる。
「……何のことかよくわかりません。プルアさん、そろそろ失礼します。授業に遅れてはならないので」
「あらそう?……まぁ気をつけることね。私より優秀でその席は誰もが狙ってるのだから」
これ以上口を開いても碌なことがない。余計なことを口走る前に立ち去ることを選択したマリン。
そしてプルアから暗殺を示唆するような台詞。
「……これだから」
教室の中に入って軽くため息をつきながらプルアに対する悪態を見られないようにする。
プルアはかなり選民思想が強く、自身が常にトップでなくては気が済まない貴族派閥の中でももっとも危険な人物。
魔術適性と才能がその選民思想にさらに磨きをかけ、気に食わない相手は自らの手を汚さずに何かしらの嫌がらせをしてくる。
盗賊の件も魔道具の件がなければ真っ先に彼女の手先だと疑ってしまうレベル。
もちろん、その素行の悪さはハウルや国王の耳に届いているからこそ、留学の白羽の矢が立ったのがマリンだったと彼女は理解している。
「はぁ……リアさんは元気かしら?」
こんな政治の思惑や思想、権力争いに惑わされず、縛られずにひたすらに剣を振る彼女の生き方にマリンは少し憧れを感じていた。
席に座って窓から見える空を見上げる。
命の恩人である彼女は今何をしているのか、思いを馳せながら。
◇
「……ここかぁ」
少し憂鬱な雰囲気を拭いきれないまま、私はルーアに教えてもらった奴隷商の店へとやってきた。
その店は最初に想像した小汚い奴隷商人の店ではなく、普通に石造りのしっかりとした作りをした小綺麗な建物。しかも付近の建物とは違って意外とデカく3階建てで装飾もかなり立派だ。
デカデカと飾られた看板には『ハップル奴隷商』と刻まれており、宇宙望遠鏡みたいな名前だなぁと意味もなく呆けてしまった。
「いらっしゃいませ。当店に御用ですか?」
ボケーっと眺めていると店内から綺麗な格好をした男性店員が出てきて挨拶をしてくる。
怪しかったかな?
「あ、どもども。奴隷を買いたいんだけど良いかな?」
「はい、もちろんでございます。ただ、身分を証明できる物を提示していただいてもよろしいですか?」
私はポーチの中からハウルさんから貰った紋証を取り出してそれを見せる。
「少し確認してもよろしいですか?」
「ん、どぞ」
店員は丁寧に紋証を受け取り、それをまじまじと見つめる。ルーアの言っていたことを信じるならばこれで問題はないはず。
「はい、確認が取れました。お返しします」
ここの領主であるスペルドアの紋証だ。ルーアですらあれほど動揺していたのに、彼は一切動揺せずに淡々と確認をした。
なんだかプロ根性を垣間見た気がする。
そのまま店内に入るように促され、彼について行く。
「今回はどういった御用でしょうか?」
「奴隷が欲しい感じかな」
「わかりました。……ちなみにお客様、この国の奴隷制度に関してはどこまでご存じですか?」
「全く知らない」
「わかりました。ご説明いたします」
そう言って店員は丁寧に説明をしてくれた。
この国、マギア王国には3種類の奴隷が存在するとのこと。
契約奴隷。
これに該当する人物は何かしらの理由で自分を奴隷として売ったということだ。
ほとんどの理由は家計の困窮や借金などが理由になるらしい。
この契約奴隷は販売者が設定した金額を日数で表示。それを満たすまで働くことが基本になるらしい。だが働いている間の基本的な人権は保障されるとのこと。
衣食住を整え、不当な扱いや雇用主が理不尽を働けば訴えることも法的処置を取らせることも可能だとか。
もちろん、契約奴隷側から仕事を辞めて別の雇用主を探すことも許可されてる。ただ働く場所が減るので推奨はあまりされていないらしい。
まぁ簡単に言えば派遣社員というやつだ。
低賃金重労働が多いが衣食住が保障されるので家族の食い扶持を増やすために自らを売りにくる村娘なんかもいるらしい。
「あと2つは?」
「一つは犯罪者奴隷ですね」
「犯罪者を奴隷にするってこと?」
「はい」
長い廊下を歩きながら店員の男は軽く説明してくれた。
簡単に言えば犯罪を犯し、裁判による結果として奴隷落ちというのがあるらしい。
この犯罪者奴隷、現代日本……というか前世の世界では人権団体が即刻抗議するレベルの法律だった。
「犯罪者奴隷は基本的な権利は保障されません。所有者は奴隷に対して衣食住の保障はしなくても構わないですし、暴行や殺害をしても罪には問われません」
基本的人権は反映されないってことか。
前世と似た部分は多々あるけど、こういう倫理観は中世の時代そのままだ。本当、歪な世界だ。
蛇足だが、奴隷の反感を買いすぎると反乱されて衛兵が駆り出されるらしい。そして衛兵による駆除が始まるのでそこを調節するのも雇い主の手腕にかかっているとか。
「やばい人も買い取りそうね」
「そうですね。少なからずそういうご趣味の方はいらっしゃいます。……ですが、大抵の犯罪者奴隷は盗賊や山賊。まぁ屈強でむさ苦しい男たちなので、相当なご趣味の方に限られますね」
確かに小汚いおっさんたちを拷問しても楽しさなどはないだろう。
「中には罪を犯し没落した貴族令嬢なども稀に入荷しますが、そういった犯罪者奴隷は娼館の方に優先的に卸されますので」
「男の方は?」
「大抵は危険な鉱山の炭坑夫奴隷、大商人の荷物運びなどの力仕事ですね。……あぁ、お客様のような冒険者の方も買われることがあります」
私の身なりを見て冒険者と判断したようだった。観察眼が優れてらっしゃる。……いや、誰でもわかるか。帯刀してるし。
「冒険者が?」
「そうですね。荷物持ちや剥ぎ取り……囮などですね」
「うわ」
荷物持ちや剥ぎ取りはまだわかる。
遠方の魔物を狩ったりするのなら荷物は多くなるだろうし、剥ぎ取りは汚れたり臭いがついたりして追ってる魔物に気がつかれやすくなる。実際ここを訪れた理由はそれの解決のためだし。
だが、囮に使うなんて……いや、前の世界の倫理観は捨てた方がいいだろう。そんなことを考えてもメリットはない。
「でも、1匹の魔物を狩るためにわざわざ奴隷を囮にって費用対効果が悪そう」
「お客様の仰る通りです。大きな魔物を狩るのでは1人では囮としての効果は薄いですし、大勢の奴隷を買ったとしてもそれだけの出費がある……お客様は博識ですね」
「博識って……少し考えればわかるでしょ」
「それがわからないお客様もいらっしゃるのです。説明するのが大変なんですよ。犯罪者奴隷と言っても数に限りがありますので」
と、店員は困った様子でため息を吐いた。
奴隷商としても無闇矢鱈に商品を浪費されるのが嫌なのだろう。
「それで?もう一つの奴隷って?」
「おっと、失礼しました。私情が出てしまいましたね。……最後の区分は非合法奴隷です」
「非合法?」
どこかで聞いたことがあるような、無いような。
「はい。相手の同意なしに……つまり、誘拐や拉致をしてきて無理矢理奴隷にした存在ですね」
彼の話によると非合法奴隷はかなり厄介な代物らしい。
非合法奴隷はそのままの意味で法を無視した奴隷のこと。
事態が発覚しにくい辺境の村などから人を誘拐、拉致して奴隷紋を刻む極悪非道なことだとか。
「奴隷紋自体には大した効果はありません。ただの焼印ですからね。ただ、消すには治療魔術が必要です。治療院でもそれなりの値段がかかるので拉致をされ、金銭を取られた非合法な奴隷は実質的に消すことができないんです」
「ふーん。でもさ、消そうと躍起になる人はいるんじゃないの?」
「もちろん、居ますが……奴隷紋を押されると精神的に縛られてしまうのです」
お前は奴隷だ、と決めつけられ押しつけられる。
そしてそれは消せない楔となり、その人の身体も心も支配する。一種の洗脳みたいなものか。
「非合法奴隷は商品として扱うことはできません。ですが契約奴隷や犯罪者奴隷と見分けがつかなくて……」
犯罪者奴隷として売られ、奴隷紋が後から発覚するなんてことは良くあるらしい。
「最初から見分けはつけれないの?」
「魔術で奴隷紋を隠したりするのですよ。賊は癖に変なところで頭が回るのもで……」
とのこと。
売られる前の商品に隠蔽解除魔術など使えるわけもなく、売られてから魔術を施してから発覚するとか。
「中には見て見ぬ振りをする奴隷商もいるらしいですが、私たちの商会は全奴隷に一度解除魔術を施しております」
信用を損ねないためか、少し慌てた様子で補足説明を行う店員。
「知らなかったとは言え買ってしまえば売りには出せないですからね。衛兵へと報告して引き取ってもらいますが商売あがったりです」
少し落ち込む様子を見せる店員。
売れると思って買ったものが売れないとなると確かに落ち込むのも仕方ないか。
「私の長話にお付き合い頂きありがとうございます。こちらの方へどうぞ」
「いえいえ、知らないこと多いから助かったよ」
軽く会釈をして少し広めの対談室のような場所に案内される。
言われるがままソファーに座り、店員も向かい側のソファーへと腰を下ろす。
「さて、お客様。どういった奴隷がご所望でしょうか?」
ここからが本題だ。
「まず、ギルドの依頼補助をこなせる人。戦闘はできなくても良いけど自分で安全を確保できる人材。剥ぎ取りや荷物持ち、場合によっては家事も頼みたい」
「なるほど」
店員は懐から出したメモ用紙に私の話した条件を走り書きしていく。
「他にはありますか?」
「うーん……なら、同性。女性がいい。……男性だと遠慮しちゃう」
私とて乙女だ。洗濯を見知らぬ異性に任せるのはできれば避けたい。
寝るところも別にしなければならないし、無駄な出費が増えてしまう。
「なるほど……そうですね。まず、一つ。申し訳ないのですが該当する奴隷がかなり少ないです」
「まぁ……そうだろうね」
店員は扱っている奴隷を全て把握しているのか、ハキハキと言葉を並べていく。
「冒険者のお客さまと共に依頼についていき、自衛もできるとなればそれなりの経験がなければなりません。その辺りは元冒険者の契約奴隷や犯罪者奴隷であれば問題はありませんが……」
「同性ってところよね……まぁその通りだわ」
「はい。若い女性であれば娼館の方に卸されます。こちらの方にくるのは若すぎるか、歳をとったの2択になってしまいます。もちろん、そうなれば自衛手段はありません」
その通りだ。
まぁ無理な注文なのは理解してる。
どうするべきか。少しは妥協して男性奴隷で我慢していずれはもう一部屋借りるって考えるか……。
唸りながら考えていると店員は少し小声で私に声をかける。
「……ですが、1人だけ該当する奴隷がいます」
「……出し渋るってことは訳あり?」
「そうです……当商会としても扱いに困っております」
「とりあえず訳を教えて」
「わかりました。まず2つ、問題点があります。とりあえずその奴隷を呼びましょう。おい」
奥の扉の後ろに待機してたのか、扉の向こうから返事が聞こえる。
数分ほど待つと扉から2人の人物が出てくる。
首輪と鎖で繋がれた少女。
歳はマリンと同じくらいだろう。しかし少し違和感を感じる。
その違和感を探りながら少女を見つめ、奴隷が部屋の中央に立たされたところで答えに辿り着く。
「……黒髪?」
さらに言えば日本人のような顔だ。まさか異世界人なのか?
「はい。それが一つ目の問題点です」
この世界に生まれ、黒髪という存在は初めて見たかもしれない。
前世の日本では当たり前の、見慣れた髪色だが……この世界で見たことは一度もない。
「黒髪はこの国……というよりこの国周辺では畏怖の象徴だと言われております。それが原因でこの者は娼館に買われることなく、当商会へ流れてきました」
「畏怖の象徴?」
「はい。黒髪は勇者の象徴です。勇者以外は持ち得ない色だとも言われています」
初めて聞いたかもしれない。
まぁ150年間ずっとエルフの村に引き篭っていたのだ。人族の文化に触れてこなかったのだから知らないのも当たり前か。
でも、黒髪が勇者の象徴か……。いよいよ勇者は日本人説が濃厚になってきた。
そして勇者は強すぎる故に畏怖の象徴となっている……というわけか。
「それで?もう一つの問題点って?」
「この者が犯罪者奴隷……しかも特級犯罪者という点です」
「特級?」
「はい。犯罪者奴隷には一級から三級の区分があるのですが、この者はそれに当てはまりません」
まず、この国の奴隷制度が関係しているらしい。
一級区分の犯罪者奴隷は生涯奴隷として扱われる者。基本的に死刑まではいかない……まぁ現代日本で言う無期懲役に当たる罪を犯したものにその判決が降るとか。
二級、三級区分は軽犯罪とまではいかないがそこそこの罪を犯した者。
賊の下っ端や殺しをしていない強盗をした犯罪者の区分らしい。
こちらの方には刑期……つまり、犯罪者奴隷として務める期間があるとのこと。
と言っても人生の半分は犯罪者奴隷として扱われるレベルの長さ。
とはいえ、犯罪者奴隷には基本的な人権はないようなので刑期を全うする前に死ぬことがほとんどらしいので実質こっちも死刑宣告か。厳しい法律だ。
「そして、そのどれにも当てはまらない区分が特級犯罪者です」
「というと?」
「大量殺人、外患誘致、大規模放火……とにかく、即死刑になりゆる犯罪を犯した者でございます」
簡単に言えば死刑囚というやつか。
「なんで死刑にならないの?」
元日本人として死刑制度に戸惑いはないが、何かしらの理由で延期になったとしてもここには居ないはず。
「……この者は潜在魔力量が人間のそれとはかけ離れているのです」
「魔力量が?」
いまいち話が掴めない。
魔力量が多いと死刑にできないのだろうか。
「魔力量が多いと防衛反応で魔力が干渉し、防御されてしまうことがあるそうです」
「まぁそれはわかる」
私が魔力纏と呼んでいるやつだ。私は意識して強化したりしているが、本来は意識しなくても存在しているこの世界の生物の防衛機能。
私がミノタウロスに殴り飛ばされた時も前世ならば複雑骨折で一瞬であの世行きだっただろう。だが、魔力纏のおかげで衝撃を吸収することで少しのダメージでことなきを得ている。
「ですが、この者はありとあらゆる処刑法を全て防いでしまったのです」
「わぁお……」
思わず苦笑いを浮かべてしまった。
まさにチートだ。歩く要塞だ。
てかありとあらゆる処刑法を防ぐって何だ?毒殺もできないってこと?魔力纏にそんな効果はないはずだが……規格外な魔力量と聞くし、何でもありかもしれない。
「魔力を封じる手段はないの?」
「あるにはあるらしいのですが……あまりの規格外な魔力量のため効果は発揮されず……」
「奴隷落ちにするしか無くなったと。でも、髪色のせいで娼館も受け入れてくれずここに流れてきた」
「そういうことでございます。それと特級犯罪者なので何をしでかすかもわからないので引き取り手が見つからないと言った形です」
「ちなみに彼女が犯した罪は?」
「……大量殺人です。住んでいた村の住人全てを殺した上で全員建物ごと焼き払ったと聞いております」
それを聞いて少し背筋がゾッとしてしまう。
……とはいえ、そんなことができるのだろうか。
長い前髪で顔が良く見えない少女をじっくりと観察してみる。
顔は整っている。身体は少し痩せているようにも見える。まぁ奴隷生活でいい身体にはなれないのは当たり前か。
現代日本ならばその容姿と体系でアイドルグループのトップにすら立てそうなくらいの高レベル。
しかし、前髪に隠れた瞳からは絶望と悲壮感が見え隠れしている。
観察すればするほど、彼女に大量殺人ができたとは到底思えない。
何人単位の村かは分からないが10人そこらな訳がない。
腕も細く、技術もなさそうな少女ができることなのだろうか?
いや、そんな意味を今考えたって仕方ないか
『ねぇ、キミはこの言葉はわかる?』
とりあえず確認。
もしかしたら本当の日本人かもしれないのでこの世界にきてからは一度も喋らなかった日本語で彼女に問いかけてみる。
「……?」
どうやらわからないようだった。
単にただの日本人顔と言うだけだろう。
もしかしたら異世界転移してきた日本人かと思ったが違うようだ。
異世界転生してきた私がいるのだから日本人くらいはいてもおかしくない。
というか、異世界から勇者を召喚するとかいう話も聞いたくらいだし、所々にこの世界に根付いている前世の文化はその勇者による影響はデカいはず。
「高い魔力量で自衛は可能です。この商会にきてから魔物の解体や洗濯掃除などの雑用も教え込ませました。お客様のご要望に該当する奴隷はこの者だけかと」
そう言って店員は頭を深く下げた。
「うーん……」
彼は私の条件に合う最大限の努力をした。
いくつかの疑問や不安点を除けば確かにこれ以上とない条件と言えるだろう。
私は基本的に独りで魔物と対峙する。その最中に他のことに意識を裂いた戦い方は生まれて一度もしたことがない。あくまで私は自分独りで全てを解決できるように動く。
そのため、私の依頼についてくるということは自衛をすることが前提であるのだ。
そして彼女はその上で解体や荷物運び……は何とかするとして、とにかく人手として確保することができる。
なによりも、同性なので深く考えず行動できる。宿屋も無駄にもう一部屋借りなくても良いし湯浴みだって平気で部屋の中でできる。ただ、人族なので私が婚約者を見つけるころには寿命で死んでしまうかもしれないが、その頃にはある程度独りで何でもできるようになっていると思いたい。
「ちなみにいくら?」
「失礼しました、先にお伝えするべきでしたね。この者の価格は金貨15枚……ですが、このままでは買い取り手が居ません。なので今回買い取っていただけるのならば金貨10枚でご提供させて頂きます」
なんとも商売上手なのだろうか。
最初に少し高い値段を出して、それより低い値段を伝えることによってなんか買いやすく感じてしまう。
「んー……もう一声ちょうだい」
だが、買い取り手が居ないと宣言したのは少し悪手だ。
つまり、まだ値段交渉の余地が残されている。彼には悪いけどもう少し安くしてほしい。
「……そうですね。ならば金貨8枚でどうでしょう。ほぼ原価でございます。こちらもこれ以上は厳しいです」
少し苦笑いを浮かべ店員は最大限の譲歩をしてくれた。
「ただし、返品返金は不可とさせてください。……また買い取り手が見つかるとは限りませんので」
サクッと条件はつけてきたが、まぁ仕方ないだろう。
「……よし、買った」
「ありがとうございます」
こうして私はこの世界にきて1番の買い物をした。
まさか人になるとは思っても居なかったが。
裏設定的な補足説明的なやつ
ハップル奴隷商にいた店員さんについて
名前はトルク。年齢は21歳。ハップル奴隷商の中で売上実績1位を誇る優秀な人物。
父親が商人をしているため経験を積むためにハップル奴隷商で働くことにしたが、最初は奴隷商とは知らず知り合いの伝を頼りしたのが仇となった。
在庫である奴隷全ての特徴を把握しており、オーナーであるハップルにかなり気に入られている。
リアに声をかけようとした時に少し見惚れてしまったのは内緒。




