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4人で遊び始めたものの体調を崩すことが多いらしいマーガレット嬢に合わせた遊びに疲れてしまった私は、かくれんぼが始まったと同時に「温室には入らない」ルールを破って、温室に来ていた。
「つまんない。早く帰りたいなぁ……足も痛くなちゃった」
とぼとぼと、歩いていると温室の中央に噴水が見える。
噴水の縁に腰をかけて靴を脱ぐ。
せっかくプレゼントでもらった靴なのに泥だらけになっていて、悲しくなった。
噴水の水でなら汚れも落ちると思い、靴を持って覗き込もうとした時には噴水に落ちていた。
視界は水の光でいっぱいになり、息を吸うように水を飲んでしまった。
「このままではまずい」と苦しく感じていると、腕を引っ張り上げられた。
「ゲホッ、ゴホッゴホッ……ゲホゲホ!!」
「だから、入るなと言ったんだ!!」
必死に呼吸しようとむせていると慌てた声が耳に届く。
顔を上げれば、アイオライト色の瞳が心配そうにこちらを見つめていた。
「コホッ……テオ様?」
「家族以外で、俺を名前で呼べるのはマーガレットだけだ。グランディナ嬢。なぜ大人しく兄様の隣にいないんだ!」
「ご、ごめんなさい……」
テオ様は持っているハンカチを突き出し、顔を拭くよう促してくる。
「ありがとうご……ケホッ」
「……先程から顔が赤いが大丈夫か?」
「え?」と、思った瞬間には目の前に長いまつ毛が見えた。
コツンと、おでこの音もする。
「少し熱っぽい」と、言われかけたところで、先程怖く感じた瞳としっかりと視線が絡む。
「テ、テオ様……?」
テオ様の瞳が大きく揺れたと、同時に、思い切り顔をそらされて少し距離をとられる。
「……悪かった。つい癖でやってしまった。」
バツが悪そうに告げるテオ様の表情はあまりよく分からないが、私はドキドキしているのを必死に隠しながら借りたハンカチで顔を拭いた。
「テオ様……」
「……サイラスだ。グランディナ嬢。」
「あ、えっと、サイラス様。ハンカチは後できちんとお返しします。」
「……返す必要はない。とりあえず、靴を……靴擦れか?」
サイラス様は靴擦れに気づくと深いため息をつき、私の目の前に屈む。
訳が分からず、立ちすくんでいると「痛いまま歩くのは大変だ。今回だけ手を貸してやる。」と言って、おんぶを提案された。
「し、しかし……淑女たるものそのような申し出を受ける訳には……」
母から習った淑女教育を思い出して、背中に乗るのを躊躇する。
ましてや、あまり良い印象をもたれていない相手に借りを作るのは気が引けた。
悩んでいると、サイラス様が笑った。
「ハハハ……グランディナ嬢は、約束を破って、噴水で溺れて怪我もしている。それなのに、今さら淑女について気にするとは、面白いね。でも、君が、いなくなったせいで屋敷中の者が探しているんだ。……いいから乗れ。」
ひとしきり笑い終えたサイラス様が、ぶっきらぼうに背中に乗るよう促す。
恥ずかしさでいっぱいだったが「お願いします」と言って、サイラス様の背中を借りた。
少しよたつきながらおんぶをしてくれたサイラス様の背中の温かさに心地良さを感じれば、ドキドキと……まるで自分が心臓にでもなったかのような錯覚に陥った。
屋敷に戻ると、お礼を言う間もなく、父に怒られ、公爵夫妻に謝られ、そうこうするうちに熱を出した私は、すぐに王都の屋敷へ戻されてしまった。




