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サイラス様の後ろをついていくが、沈黙が続いている。
先程までの不機嫌な姿はないからか、廊下を歩いているとサイラス様に話しかけてくる人も多かった。
その仲の1人が、「フラメル嬢は救護室で休むそうだよ」と伝えてきてからは、サイラス様の歩幅が早くなり、私は追いかけるだけで精一杯になった。
「あ、あの、少し……ゆっくり」
息も切れ切れにお願いすれば、「忘れていた」とつぶやいて立ち止まる。
どうやら教室ではないところに向かいかけていたようで、サイラス様の眉間に皺がよる。
「……悪いが、この階段を降りた先を真っ直ぐ進めば教室があるから、1人で向かってくれ」
「あ、分かりました」
凍りそうになるくらいに続いた沈黙と声音に同意する選択肢しかなかった。
お辞儀をして回廊の角を曲がろうとするとサイラス様がうんざりした様子で口を開いた。
「グランディナ嬢、親が勝手に君を婚約者に決めたが、俺は承諾した覚えがない。カイルの従妹である君と関わりたいとも思わないから、そのつもりでいてくれ」
どこまでも冷たい声が私に向けられたものだと理解しているつもりだが、先程まで話しかけてきた人達への応対との差に困惑してしまう。
サイラス様の言葉に返答を迷っていると聞いたことのある声が耳に届く。
「テオ?ここにいたの?」
目の前にいるサイラス様でその姿は見えないけれど、アイオライト色の瞳が嬉しそうに揺れたから、マーガレット嬢であると気づく。
咄嗟に死角になる位置に身を隠してしまった。
「……マーガレット?」
サイラス様のひどく甘ったるい声が廊下に響いた気がした。
私が呼ばれたわけでもないのに、呼吸のしにくさで胸が張り裂けそうになる。
「あれ?1人?女の子と一緒にいたと思ったんだけど」
「……教室を案内したところだったんだ。マーガレットは、救護室で休んでなくていいのか?」
「えぇ、少し休んだら落ち着いたわ」
見えないけど分かる。
優しく見つめるサイラス様とそれを当然のように享受するマーガレット嬢。
マーガレット嬢には敵わない。勝てない。
その現実をもう何度目か分からないほど、目の辺りにしている。
私は、2人の足音が遠ざかるのを確認してから、教室に向かうことにした。




