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あの1件以来、サイラス公爵邸に顔を出さなかった俺は、久しぶりに帰ってきた。
相変わらず、喧嘩をしたままの父と落ち込んでいる母に少し胸を痛めつつも、「俺は悪くない」と言い聞かせることにした。
少しするとグランディナ辺境伯夫妻とその娘が到着し、重い空気の中、顔合わせが始まる。
「グランディナ辺境伯ファレルの娘、シャーロットと申します。」
先日のデビュタントでは一瞥しただけの姿しか覚えておらず、グランディナ嬢の姿きちんと目にしたのは、初めてに思う。
綺麗にウェーブのかかった長い髪は動きに合わせて揺れ、光に当てられて輝いて見える。
タンザナイト色の瞳は美しく魅了するだけの力を持っているようだ。
ドレスから見える肌は白く、優雅に行われた挨拶に「社交界で噂されるだけあるな」と頭の片隅で考える。
ここまで美しくなければ大きな噂をされずに、領地に戻ってゆっくり暮らしていられたのではないだろうかと思う。
きっと大事にならなければ、俺との婚約話も持ち上がらずに終わっただろうに……と、ただそれを思っただけで、特に見惚れていたわけではない。断じて違う。
「ごほんっ…!」
父の咳払いで我に戻り、謝罪も兼ねた挨拶をする。
「あー…これは、大変失礼いたしました。改めまして、サイラス公爵家次男テオと、申します。先日のデビュタントダンスでは、俺の気分が悪くなってしまったために踊ることが叶わず、申し訳ありませんでした。会場では華のような美しさだったとお聞きしておりますが、本日もお美しいですね」
周りの大人達が呆気にとられていることを空気で感じる。
元々、グランディナ嬢は、国境沿いの領地にて暮らしているため、王都にあまり訪れないことで有名だが、先日のデビュタントダンスを俺にすっぽかされたのを要因として、近寄り難い美しさのせいで踊ってもらえなかったと、揶揄されてつけられたあだ名が『美しき華』。
デビュタントに参加していたらしい数人の学院の男子生徒達が騒いで、そんな話をしていたの思い出す。
父は不名誉なあだ名だと嘆いていたが、噂を聞くに悪いものだけでもないように感じる。
グランディナ辺境伯様が、父に向かって説明を求めようとした時、それを柔らかい声が遮った。
「……『公爵家の王子様』にそのように仰っていただき、光栄です。先日は、ご気分が優れなかったとのことですが、今はお元気にお過ごしのようで安心いたしました」
グランディナ嬢は、優しく微笑みながら、出されたお菓子を手に取って「美味しいですね」と話を逸らすのであった。