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俺は、何が悲しくて好きでもない相手と婚約をすることになってしまったのだろう。
この時の俺は、ずっと違う誰かのことを想っている気になって、少しも君と関わりたいと思っていなかった。
これからの俺にとって君との出会いがどれほど大切なものなのか想像もしなかったし、まして、君がどんな思いで俺の前に立っているのかなんて考えもしなかった。
君をたくさん傷つけて、たくさん泣かせていた俺自身を今は憎らしく思うー…
父から頼まれた友人の娘とのデビュタントダンスを投げ出してから数日後、寮まで馬車で迎えに来られた俺はサイラス公爵邸に連れ戻されていた。
帰宅早々、重々しい空気で待つ家族の部屋に入ると、父が珍しく怒鳴り声をあげた。
「大馬鹿者!!なぜ、デビュタントダンスをすっぽかした!!?」
呼び出しの理由に「あぁ……なんとなくです」と適当に返せば、カンカンに怒った父に胸ぐらを掴まれた。
父の隣にいる母は、青い顔をしながら仲裁に入ろうと声を荒げる。
「あなた!!一旦落ち着いて!!テオ、謝りなさい!!」
両親の感情が大きくなる程、俺は冷静になっていくのを感じる。
「……父上のご友人のご令嬢には申し訳なく思いますが、俺の願いを聞き届けてくれなかった父上からの願いを聞く義理はありません」
「このっ!!」
「父上!!!お辞めください。テオに例の件を伝えるために呼び出したのでしょう!?」
フォトリーン王国立学院の専修科を最短で卒業し、公爵家を継ぐために父を手伝う兄のエイデンは、この場の誰よりも威厳のある声で両親を諫めた。
父は、ゆるゆると俺の胸ぐらから手を離すとそのまま腰掛ける。
「シャーロット・グランディナ嬢とお前の婚約が決まった」
「……お断りします!」
キッパリと断れば、父の瞳に先程のような鋭い光がさす。
「テオ!!いい加減にしろ!!マーガレット嬢は、カイル・クロフォードと婚約をしたんだ。覆せない!それに、お前だって気づいているはずだ!サイラス公爵家の一員であるお前が、一時の感情を理由に、あの令嬢と婚姻することは許されないと!!!」
「俺は!!俺は、昔から父上にお願い申し上げていたはずです。そのために努力してきたのに、マーガレットと結婚できないという答えは求めておりません!」
「では!!シャーロット嬢の今後はどうするのだ!お前が、大事なデビュタントダンスをすっぽかしてしまったがために、最も不名誉なあだ名までつけられ、これから誰と踊ることも許されないのだぞ!?」
内心、そんなの知ったことかという気持ちだ。
最初は、適当にデビュタントに付き合えば良いと思っていたが、一瞥した時に家族から大切に愛されて育ったであろうことに気づいた。
だから、この行き場のない自分の感情を優先して余計に父へ反抗してしまいたくなった。
デビュタントダンスの大切さは、マーガレットに嫌というほど聞かされていたのでよく知っている。
だが、家のことしか考えていない父と仲の良いらしいあの幸せそうな家族を見てあの時は心底どうでもよく思った。
ただ、デビュタント前に青ざめながらドレスを握りしめていた何も知らない令嬢を思い出せば申し訳ない気持ちも湧き起こる。
「……分かりました。会って謝罪はします……が、婚約はしません!!では、寮の門限がありますので、失礼します!」
「テオ!!!!!話はまだ終わっとらん!!!!!」
俺は、父の怒っている声を最後に屋敷を後にするのだった。
後日、エイデンから「顔合わせの日が決まった」という内容の手紙が寮に届いた。




