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馬車に乗ってから重い沈黙が続いていた。
恐る恐る視線を向ければ、こちらに興味がない様子のサイラス様は外を眺めている。
「あ、あの、今回は、エスコートをお引き受けいただき……」
「いえ、特に礼には及びません。父から言われただけですし、グランディナ嬢も初めて会った男とデビュタントに参加しなければならないなんて、大変ですね。」
サイラス様は、脚を組み直しながら、手袋を付け直す。
その動作に少し色気のようなものを感じ、見惚れかけるがふと引っかかった言葉に疑問をもつ。
「初めて…会った……?」
「えぇ。グランディナ領は国境沿いで王都から遠いですし、今回のようなことがないと王都へはなかなか訪れないのではないですか?」
笑顔ではあるが、両親の前での態度とは打って変わったサイラス様の温度のない声と瞳に、私は声が出せなくなる。
「余計なことに巻き込むな」と言われているようで、馬車の中で俯くことしかできない。
「はぁー…エスコートはしますが、デビュタントダンスは適当に探してください。」
冷たくはっきりと言われ、返事をすることもできない。
フォトリーン王国のデビュタントダンスは、基本的にエスコートしてくれた人と行う。
そうしなければ、他の人からのダンスの誘いは訪れない。
サイラス様に踊ってもらわなければ、この先の社交界でなんと言われ続けるか想像しただけで恐ろしくなる。
「話すことは以上で」と終わりにされ、反論することも叶わない私は、揺れる馬車の中で、父と母が嬉しそうに選んでくれたドレスを強く握りしめることしかできなかったー…。
そして、サイラス様は今でもマーガレット嬢に想いを寄せているからこそデビュタントダンスを拒否したのだろうと、答えが出てくる。
それは、「君以外とは踊らない」という遠回しなマーガレット嬢へ向けた告白になるのだから。
社交界の噂は、誰にも止められない程早く広がる。
シャーロット・グランディナは、デビュタントに失敗した。
グランディナ領のお嬢様は、誰も近寄ることの許されない『美しき華』と、言われるようになってしまった。
辺境伯領地の田舎娘が着飾っただけでは誰からも相手にされることはなく、壁の華となるだけという嫌味を込めたあだ名だ。
また、デビュタントダンスができなかったため、以後の夜会などに参加したところでダンスに誘われることはない。要するに、社交界への参加は許されないということだ。
それを知った父が「前代未聞だ!」と怒りに任せて、サイラス公爵邸に押しかけた。
父の話を聞いた公爵夫妻は顔色を変えながら婚約を提案するのだった。
だから、この婚約は、急遽決まったお粗末なもので、危うい立場になってしまった私にとっては素直に喜べるものではなかったー…




