その一 よく覚えているけど名前が思い出せないあの子の巻
少なくとも二十一世紀の始まりと共に、核兵器や生物兵器さえも通用しない恐るべき侵略者たちと人類の攻防戦は始まった。最初の戦いから五年ほど膠着状態となっていたが、再び侵略者ドゥームズから地球を守るための戦争が始まろうとしていた。ヨーロッパとユーラシア大陸の一部を統括しているエクスカリバーをはじめ、世界各地でドゥームズの超兵器と残忍な軍隊による被害が出始め、緊張が走っていた。
しかし、クラーク・ロジャース少年は、そんなことが起こっている世界にいる実感がわかなかった。
幼き日のクラークは、いつも通り今日も漁師の祖父を手伝っていた。母はいない。父は軍人で、戦争がはじまると躍起になって、なかなか帰って来なかった。正直、帰って来てほしくなかった。
ふとよそ見をすると、崖から海に飛び込んでいく人影が見えた。それは、海の打ち付けられると、流されていった。また崖を見ると同じ人影がいて、また飛び込んでいった。
クラークは恐怖のあまり、そのループする非情な光景を凝視してしまった。
「クラーク! 見たくないものは見るな」
ハッとして、目を閉じて顔を手で覆う。少しした後、ゆっくり手の指の間から外の世界を見てみると、何人もの亡霊が這いずり回りながらこちらに向かってくる様子が見えた。
気がつくと、クラークは絶叫していた。そんなクラークを心配する祖父に、彼は抱きかかえられていた。
いつのまにか夕方になり、祖父と共に帰路についていた。
「ねぇ、おじいちゃん?」
「どうした」
「なんで戦争なんかするの?」
「……お互いを、思いやれないからだ」
「優しくできないからってこと?」
「そうだ」
それを聞いて、クラークはどんな人にも優しくいようと、幼いながら思った。
「……この世界に成り立ちについて、話したことはあったか?」
「ううん」
「……では、教訓として話しておくことにしよう」と、祖父は穏やかで淡々とした声で話してくれた。「むかし、人間たちは大きな争いをいくつも引き起こしてきて、地球を苦しめていた。それに神々は怒り、世界を終わらせて、新たにこの世界を作った。そして、生き残った人間たちを、その世界に住まわせた。もう争いをしないようにと説教をし、情けをかけたのだ。その人間たちの子孫が、今地球に住んでいる我々だ。だが、また人間は戦争を始めようとしている。相手が人間ではない、得体の知れない者たちとは言え、もしかしたら分かり合えるかもしれないのにな」
幼いクラークにはよく理解できなかったが、戦争はいけないことだとはわかった。
その夜、父の怒鳴り声で起きてしまったが、寝たふりをした。
「あいつは俺の息子だ。俺の好きなように育てさせろ」
「なら、せめて、あの子を殴るのはよしてくれ。もし……」
「またか。お前みたいな老害のせいで、世界は、こうなったんだよ!」
ガンッと、鈍い音が聞こえた。その次に、乱暴に玄関のドアを閉める音。
思わず居間に行ってみると、祖父が頭から血を流し、タオルを赤く染めながら止血していた。その様子を見ると、クラークは息を止めてしまった。
「大丈夫だ。寝なさい」
クラークはロボットのように、また寝床についていた。
外から声が聞こえてくる。窓の外を見てみると、血だらけの誰かが頭を打ち付けていた。クローゼットの隙間からは、何かがのぞき込んでくる。
その視線と声に耐えながら、クラークは何とか眠りについていた。
翌朝。ハワイ島の青い海は穏やかに波打ち、淡い日光が島を照らしていた。
目が覚めて居間に行くと、腹から血を流した幽霊を見た。怖くて顔を見られない。
彼がいるということは、父がいるということだ。
「目が見えないのか? 俺はここだ」
すると、父は自分の背後霊を通り抜けて、クラークを殴ってきた。
「……。と、父さん、おはようございます……」
「早く身支度をしろ。お前はこれから本土に行くんだ」
「え?」
「戦争が始まる。お前にも働いてもらはないとな、将来。そのためには、まず、お前の能天気な頭を、本土にあるいい学校で柔らかくしないといかん」
「……引っ越すの? おじいちゃん、身支度しないと……」
「すまん。ワシはいけない」
「こんな老いぼれ、連れて行っても迷惑だ」
「え? そ、そんな」
「あ? まだナヨナヨしてるのか? 準備をしろ」
クラークはまた殴られた。
素直に身支度をした。重いトランクを、一人で持たなければならなかった。
「おじいちゃん……」
「ワシなら大丈夫だ」
「おじいちゃんはすごいから大丈夫だよ! だけど、僕は……」
「お前はワシの孫だ。……いいか、自分を信じろ。そして、人に優しくしろ。そうすれば、みんなもお前に優しくしてくれる。お前を愛してくれる」
「……大好きだよ、おじいちゃん」
「……ワシもだ」
その後、長い距離を歩かされた。
そして、軍港に止まっている戦艦に乗せられ、そこにある父の自室に閉じ込められた。
「そこで待ってろ、いいな」
クラークは彼がいなくなると、泣きそうになった。
視線を感じる。幽霊たちの悪意の視線ではない。これは、祖父の視線だ。
祖父がいつも乗せてくれた漁船から、息子と孫が乗っている軍艦を見送ってくれているのを感じ取った。
「おじいちゃん……」
祖父は頭を押さえて座り込む。彼は何かを察したかのように、甲板に横になった。彼の鼓動が小さくなるのを感じる。このままでは、彼が遠くに行ってしまう感覚がした。
大きな波が、優しく船に覆いかぶさる。波がなくなった甲板の上には、祖父の姿はなかった。
自分を育ててくれた海に、彼は帰ったのだった。
それを感じ取ったクラークは、今までで一番大声をあげて泣いた。
(こんな理不尽なことがあるか⁉ 優しくしてくれた、いろいろなことを教えてくれた。だけど、僕はおじいちゃんに何もしていない。僕にあんなに優しくしてくれたおじいちゃんの最後が、息子が頭を殴ったことが死因だなんて……何を考えている?)
クラークは、悲しみの上に訳が分からなくなり、さらに声を上げて涙を流した。
その声を聞き、軍人たちは可哀そうだと思ったが、関わったらあの子の父親に何をされるかわからないので、何もしなかった。
クラークはいつの間にか眠っていた。
窓の外は嵐で、海は泣きわめくように荒れ、怒鳴り声のような雷が鳴っていた。
遠くから、何かがやってくる。恐ろしい存在が、自分たちを殺しに来る。
そんな恐怖を感じ取った瞬間、大砲の轟が聞こえてきた。その次は対空砲が何発もの弾丸を発射する音、爆撃機から爆弾が落ちてくるヒューンという不気味な音、どこからか発射された魚雷が、知らず知らずのうちに海に潜り、外を航行していた一つの駆逐艦を爆発させた。
戦争が起こっていた。凄まじい炸裂音が聞こえてくる。窓の外には、海から上がっていく戦死した軍人たちの幽霊が見えた。
このままでは、みんなが死んでしまう。誰か、助けを呼ばなければ。
部屋を出ると、軍人たちが慌ただしく軍艦の中を走り回り、それぞれの持ち場について仕事をしていた。彼らの顔は怒っているか、蒼白した不安な表情をしていた。
(僕も、何かしないと)
甲板に出ると、嵐と戦場の真っただ中で、雨と爆弾と砲弾がそこかしこで降っており、倒された軍艦を大波が飲み込んでいった。
遠くを見ると、恐ろしい巨大な影が見えた。
ドゥームズ。異世界からの侵略者。
彼らの軍艦は生物をつなぎ合わせたかのような有機的な外見をしていて、特撮の怪獣を彷彿とさせる巨大な怪物のようだった。そこから、やはり怪物のような爆撃機が、巨鳥のように暴風を巻き起こしながら翼をばたつかせて飛び立ち、腹にある口から爆弾を吐き出して、人間たちの軍艦を次々と沈め、簡単に多くの人々のこれまでの人生をなかったことにしていく。
命が奪われていく。海で苦しむ幽霊の人数は、視界を覆いそうだった。
ドゥームズの戦艦に備えられた、恐竜の口のような大砲から、巨大な火の玉のようなエネルギー弾が撃ち放たれる。それは、まっすぐクラークたちが乗る軍艦を貫きつつあった。
(頼む、誰か、助けて……)
すると、サッと人影が現れ、そのエネルギーの塊を掴んで敵の軍艦に投げ返して沈める。
クラークは、自分がまだ生きていることに気づき、顔を上げる。
その嵐の中に、マントをたなびかせた人影が見えた。文字通り空を飛んで、戦場を怒れる神の如く見下ろしている。そこには、空中に浮かび、目を赤く輝かせた美少女がいた。
彼女はそこから突撃すると、ドゥームズの軍艦を貫き、爆発させた。その爆発から無傷で飛び出してくると、目から光線を放って爆撃機と戦闘機を撃墜していく。そんな彼女に大砲が何発も放たれたが、彼女は無傷で嵐の中の空に浮いていた。そして、海に潜る。少しもしないうちに、敵の戦艦が海から浮かび上がった。彼女が海の中から巨大な戦艦を持ち上げているのであった。それを駆逐艦と空母にボールのように投げつける。凄まじい爆発音。
クラークはその様子を見ると危険が去ったのを感じ、疲れ切って雨が打ち付ける甲板の上に倒れた。
彼女が、自分を見ている気がした。
クラークが目を覚ますと、自分がまだ生きていることに気づく。
彼と父をはじめとする何人もの軍人を乗せた軍艦は、ドリームスターズ本土の軍港を目指して順調に航行していた。
(あれは夢だった? ううん、ここで生きているなら、確かにドゥームズの大軍から、あの空を飛んでやってきた女の子が救ってくれたんだ。……彼女に会いたい)
彼女に自分が生きていることの感謝を伝えたかった。
着替えた後、医務室を抜け出して、あの驚異の美少女を探して歩く。
すると、甲板で彼女を発見した。コミックブックのスーパーヒロインのような恰好をした金髪碧眼の美少女は、柵に寄り掛かって綺麗な太平洋が流れていくのを、悲しそうな目で見ていた。
いざ話しかけようとすると、なんて言えばいいのかわからなくなり、それ以上に恥ずかしくなってきた。しかし、クラークは勇気を振り絞り、彼女に近づいて行く。
自分よりずっと年上の少女は、クラークの気配を感じるとこちらを向いてきた。
昨日、敵に凄まじい威力を誇る赤い光線を放ったとは思えない、綺麗で澄んだ色をした目が自分を見つめている。なぜか恐れは感じなかったが、やはり恥ずかしかった。
「僕は、クラーク・ロジャースと言います」と、勇気を振り絞って言う。「昨日は助けてくれてありがとうございます。えっと、あなたの名前をうかがっても?」
「……ヴィクトリーと呼ばれている」と、ヴィクトリーは透き通るような、きれいで悲し気な声で言った。
「ヴィクトリーさん、昨日のすごかったです。すごく強いのですね」
「……別に、褒められるようなことはしていない。殺しただけだ」と、悲しそうに言う。涙は浮かんでいないが、悲しそうなその目でまた遠くを見始めた。
「……えっと、仕方ないと思います」
「……一つの戦艦に何人乗っているか知ってるか?」
「え?」
「二千人以上だよ。わたしが昨日倒したのは目視でも五隻。一万人は殺した。恐ろしいだろ。わたしは人殺しだ」
「ですけど、誰かがやらないといけませんでした」と、クラークは励ますように言った。「あなたがそうしなかったら、ここにいるあなたの仲間みんなが死んでいて、僕も父さんもここにいなかった。敵を倒して、自分の命を懸けて仲間を守ることができる人なんてほとんどいない。そんな役割をあなたは頑張って担っている。あなたは自分の身も顧みずに、人々を守ることができる素晴らしい人だ。……そういう人、僕は大好きです」
クラークが心に思った事を全部言うと、ヴィクトリーは驚いたような表情で見てきた。不快感ではなく、嬉しいことを聞いたかのような表情であった。
彼女は少しの間クラークの目を見ていたが、恥ずかしくなったかのように顔をそむけた。クラークもそのしぐさに少女らしい可愛らしさを感じ、恥ずかしくなって俯いてしまった。
「あ、あの、すいません、変な事言って……」
「い、いや、気にするな」
彼女はそう言うと、何かが聞こえたかのようにサッと顔を上げた。
彼女はすさまじい五感を誇る。それにより、本部からの命令を聞き取ったのだ。
「行かなければ。……話せて、よかった」
「え、あ、ぼ、僕もです!」
クラークは褒められた気がして緊張し、うつむきながら顔を赤くした。
彼女を見送ろうと頭を上げると、彼女は次の戦場に飛び立とうと浮遊していて、女神みたいにクラークを見下ろしていた。
「……ありがとうな。そんなに優しくされたこと、生まれて初めてだったよ」
「え……?」
彼女は、まるでいなかったかのように飛び立っていった。
また、自分のような人々を悪者から救いに行ったのだと思うと、彼女は世界一カッコいい存在だと思った。また、会いたい。どうすればいいかわからないが。
「クラーク!」
父の怒鳴り声が聞こえてビクッとすると、やはり鬼のような形相をして彼がやって来てすぐに殴ってきた。
相変わらず、彼の傍らには傷だらけの牧師の幽霊がついてきている。そして今日も父ではなく、血が噴き出している幽霊の腹を凝視してしまう。
「おい、俺の顔を見ろ何か言うことがあるんじゃないか?」
「ご、ごめんなさい、勝手に部屋を出て……」
言い終わらないうちにまた彼は殴ってきて、すぐに立ち去ろうとした。
「父さん、聞きたいことが……」
「……後にしろ」
「あの人は、何者なのですか? 友達に、なりたくて……」
すると、さらに父は強く殴ってきて、息子は柵に叩きつけられた。クラークは気絶しそうだった所だったが、海に落ちそうになった恐怖で意識を取り戻した。
「兵器と仲良くなりたい? ……ああ、殴り過ぎたみたいだ。ちゃんと治しとけよ」
父はそう言うだけで、持ち場に戻ってしまった。
それから数時間後、戦艦はドリームスターズ本土の鎮守府に到着した。
ドリームスターズ。かつてアメリカ合衆国と呼ばれた国は、ドゥームズとの戦争の影響で、北アメリカ大陸から南アメリカ大陸全土を統括し、人類史上まれにみるほどの超巨大な国土を誇っていた。
クラークはそんな巨大すぎる大国である母国の本土に、生まれて初めて足を踏み入れた。視界にも、頭のなかにも情報が流れ込んでくる。田舎のハワイ島では会った事がない人種の人々の思考や言葉、図鑑ではなく現実で運搬作業をしている人型搭乗マシン、ジャンボット、せわしなく動く工場、眠ることを知らない巨大都市。思わず感覚を抑え込んだ。
自分の荷物をまとめ、父の荷物も持ってあげようとすると、父がまた殴ってきた。
「先に家に行ってろ、いいな」
「はい、父さん」
彼は息子を置いて基地の方へ行ってしまう。
彼がいなくなると、我慢する必要がなくなったと思って泣きそうになる。
「大丈夫か?」
上を向くと、眼帯をした恐ろしい形相の、父と同業の男がいた。
普通の人が見たら不安を覚えるような外見であったが、父や昨日のドゥームズたちに比べたら、全く怖くなかった。
「手を貸そう」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
クラークは小さな体で重い荷物を持って、遠くにある家に向かって行った。
その様子を、眼帯の軍人は見守っていた。
「司令官」と、眼帯男の部下がやって来て報告をする。「その、また、犠牲者が……」
「ヴィクトリーは?」
「すでにこちらが事態に気づいて彼女に連絡した時には、その、もう壊滅状態で……間に合いませんでした。ですが、敵はヴィクトリーによって殲滅されました」
「……そうか。人員補充の要請をしろ」
「了解……あの少年は、お知合いですか?」
「……いや」
父はバス代を渡してくれなかった。なので、長い道を歩いて行った。
道路を見ると、轢死体があった。よく見ると透けている。やはり幽霊であった。裏路地の暗闇を見ると、何度も殴られて顔が歪んだ幽霊が、壁にもたれかかっていた。
足早に歩いて行く。彼らが可哀そうだと思ったが、怖くてたまらなかった。
彼らに集中しすぎて、後ろから悪童たちが声をかけているのに気づかなかった。彼らは走るクラークを逃げていると勘違いして、彼に追いつき、転ばせた。
「おい、お前基地から出てきたろ。脱走兵か?」
「ち、ちが……」
「てめぇの親が逃げたり、怠けたりしたせいで、おれのじいちゃんが死んじまったんだよ!」
「こいつのじいちゃんやみんなの仇だ! 死ね!」
悪童たちはクラークに八つ当たりをした。
日ごろの鬱憤、国民総動員の影響で帰らせてもらえない両親、そして、家族や遠くの人々を戦争で失った悲しみ、何よりこれからの不安。
クラークは彼らの気持ちを、生まれながらの才能ですべて感じ取ってしまった。子供の攻撃など、父の拳や足に比べたら痛くない。体の痛みではなく、彼らの気持ちに耐えられなくなって泣いてしまった。
そのうち、悪童たちは無抵抗の彼に八つ当たりしてしまった罪悪感が今更芽生えてきて、逃げるように去っていった。
「おじいちゃん……」
こんな所で死んでしまった祖父を思い出してしまったら泣いてしまう。
故郷の島に置いてきて、そのまま死んでしまった優しかった祖父。
自分たちを船の上から見送り、そのまま寿命を迎えて海に帰っていった。それを感じ取って知っているのは自分だけ。いずれ、彼が行方不明になっている知らせが新居に届くが、父は見向きもしないだろう。
クラークは体の痛みとそこらから睨んでくる幽霊の視線に耐えながら、家に向かった。
父はその夜、帰って来なかった。それから帰ってくるたびに、寝たふりをした。
数日後、クラークは学校に通うこととなった。よほど優秀な子しか入れないような進学校だった。
幼い頃からクラークは勉強を強要されていた。そして素直にも、父の期待に応えようとして頑張り、入学を果たしたのだった。
「うぬぼれるな。俺のおかげだ。あんないい学校に行けるのはな。感謝することだ」
そう言われてグサッとした感覚がしたが、嘘だった。彼は学費を払っていない。クラークは知らなかったが、優秀なために学費を免除されていたのだった。
これから、父から離れた所で友達を作って、好きなことについて勉強ができると思った。
そう思っていた。クラークが優秀な生徒だとは、他の子たちは信じられなかったのである。なんたって、国のために働いていると抜かしている軍人様の一人息子なのだから。
クラークは積極的にみんなに話しかけて行ったが、邪険にされた。しかし、彼はあきらめなかった。
ある日、女子トイレに入って行く女の子の後ろに、危害を加えようとする悪霊が見えた。
「危ない! 入るな!」
彼女を守るために、少女に覆いかぶさり、何度も怒鳴ってその悪霊を追い払おうとした。
「あっち行け! 他のところにしろ! 何でよりによってこの子なんだ!」
悪霊は悔しそうに去っていった。
「おい、何してんだ!」
ハッとした。周りを見ると、先生たちと生徒たちが悪党を見る目で自分を見ていた。自分が覆いかぶさる女の子は泣いていた。
「ごめん、そんなつもりじゃ……」
誤解した先生が、クラークを引きはがすように抱え上げ、少女は女性の先生に泣きついた。
自分は悪い事をしてしまった。悪霊から女の子を守ったのに、罪悪感があった。
その日、クラークは居残りをさせられた。校長室に呼び出されて説教をされた。父に連絡されたが、父は忙しかったのか来なかった。
その次の日、みんなに冷たい視線を向けられながら登校すると、助けを呼ぶ声が頭の中に響いてきた。
その声が強くなる方向に向かう。校舎の裏の暗い場所。そこで、悪童たちが一人の男の子をいじめていた。
気がつくと、クラークは彼らから男の子を救おうと、立ち向かっていた。
「先生を呼ぶぞ!」
そのクラークの怒声を聞くと、悪童たちは逃げていった。すぐさまボロボロになってしまった少年の元に駆け寄る。
「大丈夫? 先生を呼んでくるよ。待っていて……」
すると、少年はクラークを殴ってきた。しかし、それくらいでは殴られなれたクラークはびくともしなかった。
しかし、ショックは受けていた。心臓がキュッと縮む感覚がする。鳥肌が立ち、寒気がした。全身の血が抜けていくような感覚。
「優等生ぶってんじゃないぞ!」
そう叫ぶと、少年は足を引きずりながら行ってしまった。
クラークは、魂が抜けたような気分で午前の授業を過ごした。
(おい、クラーク! 犯し損ねたようだな!)
(聞いたぜ! おれらが協力してやろうか⁉)
外から窓を覆うほどの悪霊たちが罵倒してくる。
「あっち行け! いい加減にしろ」
突然大声を上げたクラークを見て、「なんなんだ、あいつ」と、教室は騒然とする。
「すいません……」
「クラーク・ロジャース、廊下に行け」
クラークは素直に廊下で立たされた。そしてそのまま、昼休みになった。
バックの中の今朝作ってきた弁当を取りに行くと、なくなっていた。
暇になったので図書館に行った。何を読みたい、調べたいわけでもなかった。
本棚を見て歩いていると、『ウェポンドーターズ』という新刊の本を見つけた。表紙には、自分を救ってくれたヴィクトリーの姿があった。
クラークはその本を読んで、ヴィクトリーたち、彼女たちの活躍を知った。
数十年前、南極に異世界からの侵略者、ドゥームズが現れ、地球の侵略を開始。地球人類に宣戦布告した。それ以降、侵略行為を続けるドゥームズに対抗するのが、ヴィクトリーをはじめとする特殊能力を持った少女たち。
ウェポンドーターズ。通称WD。
彼女たちは人間を越えた能力を持ち、その力で世界を侵略しようとするドゥームズの脅威から世界を守っている。彼女たちは各国の軍事基地に設置された専用基地、アーセナルから出撃し、侵略行為にやってきたドゥームズから人々を守っている。
(そ、そうだったのか、ヴィクトリーさんは軍隊に……なら、父さんのような軍人になれば再び会える?)
そう思い調べてみると、彼女たちがいるアーセナルを指揮している、アーセナル司令官と呼ばれる役職を知った。
(……この、司令官っていうのになれば、あの人に会える。あの人を、世界を、助けられる。みんなを、ドゥームズから守る力になれる……)
その日、初恋の人の正体と活躍、世界の危機を知ったクラークは、WDたちを率いる司令官を目指して、努力を重ね始めたのだった。