7.薬師様の薬師様(3)
本日2話目の更新です。
本日初めて読まれる方は、前の話から読んでくださいませ。
痛そうな場面があります。
あまり詳細には記載していないですが、お嫌いな方はご注意ください。
薬師の店の近くの山の開けた丘一面に白い花が咲き乱れる季節となった。華の国に移動して、4度目の春を迎えた。ターニャは16歳となった。
聖獣であるルーとの契約を行ってから、ターニャの魔力は扱いやすくなり、治癒の力が強くなってきていた。ルーの性格はおいておくとして、ターニャは、聖獣との契約の力を実感していた。この4年間、リラにはさらに薬草や調合を叩きこまれた。また、魔法医師のような治癒の力での治療も教えられた。今まで、リラがそのような治療をしていることを見たことがなかったターニャは驚きを隠せなかった。
「リラさんは魔法医師なの?」
「そうねぇ、そういうことをしている時もあったわね。・・・この力は他人には絶対に使わないことを約束してちょうだい。大体の病や怪我は調合した薬で何とかなるから、それで治療しなさいよ。これだけは、必ず守ってね、お願いよ。」
移動を前にした時と同じようにリラの表情が消え、そして最後の方は、寂し気に睫毛が震えるほどだった。ターニャは、必ず約束は守らなければならないという気持ちになり、こくりと頷いた。
ターニャの調合の腕が上がるにつれ、リラが家を空ける時間が増えていった。最初は1,2時間だったものが、半日、1日と延びた。
「調合はターニャに全てお任せできるようになったでしょう。だ・か・ら、私もそろそろこの美貌をつかってねぇ、うふふぅ。」
と嬉しそうに言って出かけていくので、リラにもやっと幸せがきたのだと、ターニャは疑っていなかった。
リラが家を空けて1週間が過ぎた頃、ターニャが薬棚の整理をしていると、ばたんと勢いよく扉が開かれた。音に驚きターニャが振り返ると、右腕から血を滴らせたリラが家へと入ってきた。脇腹からにもにじむ血があり、ズボンは大きく切り裂かれていて、隙間から色の変わった肌も見える。そして、歩くたびに血が床へと広がった。
「リラさん、一体何があったの?」
ターニャの質問には答えず、痛みに顔を顰めながら、リラはターニャの側まで来ると無事な左手をぐっとターニャの肩においた。リラ―の上を飛んでいたミリアは、すいっと向きを変えるとルーの頭にとまった。
「ターニャ、よく聞きなさい。これからターニャは前の前に住んでいた薬師の家にルーと二人で行くのよ。場所はミリアの記憶をルーに渡してもらっているから、ルーについていけばいいわ。」
「リラさん、それじゃわからないわ。何があったの、その怪我だっって・・・。今薬を持ってくるから、それと治癒の力を・・・。」
「ターニャ!!力を使ってはダメだって言ったでしょ。」
「た‥他人にはダメって言ったけど、リラさんは家族でしょ。他人じゃないもの。だって・・・血が。血が止まらないじゃない!!それに、こんなリラさんをおいてなんていけるわけないじゃない。たった一人の家族なのよ、お願い。治療させて。」
リラは、泣きじゃくるターニャを無事な左手できゅっと抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だから、ターニャ。途中で浄化して痕跡は消してきたけど、ここに留まり続けたら、見つかるのは時間の問題なの。・・・ターニャ、貴女を見つけさせるわけにはいかないの。貴女を守ること、これが、貴女の母親の最初で最後のお願いだから。それだけは私に守らせてちょうだい。」
強い意志をもった瞳でターニャを見つめていたリラの瞳がふっと和らいだ。
「・・・そう、そうね。2年。2年はここに近づいてはダメよ。でも、2年経ったら、ここに戻っていらっしゃい。すぐ・・・ではないかもしれないけど、絶対に私も戻ってくるから。これが、ターニャと私の約束よ。」
ターニャは足が震え、その場から動くことができなかった。体も震え、その震えで歯ががちがちと音を鳴らす。震える声で『せめて怪我だけでも・・・。』と言いかけると、ミリアがターニャの肩にとまった。
「ターニャ、大丈夫。リラにはミリアがついているもの。ミリアが守るのよ、大丈夫よ。だから、ミリアからもお願い。リラの言うとおりにして。ルー様がいれば、ターニャはちゃんと辿りつけるはずだから。」
『でも!』と言い募ろうとするターニャのスカートをルーがぐいっとひっぱった。
リラの手がターニャから離れると、リラは足を引きずるようにして別の薬棚へといき、必要なものを取り出し始めた。ミリアもターニャの肩から離れ、リラから指示を受けたようで2階へと飛んで行った。リラはもう、ターニャを振り返らなかった。
「ターニャもすべき事をしろ!」
ルーの叱責の声ではっと我に返ったターニャはもつれる足を何とか動かし、必要なものをカバンへと詰め始めた。
(リラさんは大丈夫。ミリアも大丈夫だって言ってるし、それに2年後に会う約束もした。大丈夫、大丈夫。)
おまじないの様に、同じことを繰り返すことで、ターニャは何とか自身を保つことができた。ターニャが荷物を摘めたかばんを持ちだした頃には、リラの姿は既になかった。浄化した後なのか、先ほど床に広がった血もどこにも見当たらない。この家からリラの気配が消えていた。
目尻に浮かんだ涙をぐいっと手で拭うと、ターニャは扉を開け外に出た。そして、まっすぐ前を見つめた。
「ルー。お願い、連れて行って。」
「おうよ!」
ルーの体がぐぅっと大きくなり、立ち上がればターニャよりも背が高いほどになった。真っ白だったルーの体に金色の模様が浮き上がる。
「ルー!?」
「これがオレ様の本来の姿だ。これなら乗れるだろ。ターニャ早く背に。ターニャはオレ様の契約者だから、振り落とされることはないから安心しな。」
短い時間に衝撃的なことが続いて頭がついていってないターニャは、のろのろとルーの背へとのぼった。ルーの柔らかい毛の感触でほんの少し心が休まった。ターニャを乗せたルーは軽やかに走り出す。後ろを振り返ると、程なくして、薬師の家が見えなくなった。