6.薬師様の薬師様(2)
「我、契約を求める者也。我の魔力に呼応する者よ、その姿を現し、我と契約せしめん。」
契約の陣の前で、ターニャは声が震えないように詠唱した。
いつもの通り街の外れにある薬師の家に移動して半年が経っていた。今回の移動で、ターニャは初めて、華の国へときている。国境近傍とはいえ、ターニャは初めて光の国を出たのだ。ただ、光の国に比べ、華の国は魔力へのなじみがなく、光の国以上に魔力の取り扱いには注意しなければならない。光の国と同じくではあるが、リラの薬師の店も薬は全て薬草から調合しているということになっている。そんなこんなで、生活、薬師の店も安定し、ここでの生活も落ち着きはじめた。
そして、とうとう、というか、やっと、ターニャが聖獣との契約を行う日がやってきた。
聖獣は、時間軸が異なる世界に住まうと言われている。魔力をもつ者が契約の陣に自身の魔力を捧げることで、その魔力と惹かれ合う聖獣が顕現し、契約をすることができる。聖獣は魔力をもつ者と契約をすることで、この世界に定着する。そのため、魔力の色、その魔力の強さが非常に重要となる。
契約の陣がターニャの魔力の色に淡く光り、その中に次第に雫を落とすように姿が形作られていった。白い白い・・・
「犬?」
ターニャの口からぽつりと漏れたその声を拾った聖獣は、くわっと大きく口を開けた。
「犬じゃねーし。オレ様はとっても、とーっても偉大な聖獣様だぞ!」
リラは、ターニャと聖獣のやりとりに一瞬あっけにとられ反応が遅れた。そしてはっと意識を戻し、ぽつりと、『このような姿の聖獣はあまり聞いたことがないな・・・・。』と漏らしたのだった。その声は聖獣には聞こえていなかったようだが、ターニャにはばっちりと届いていた。
(え!?もしかして、変なの呼び出しちゃったの・・・・。)
ターニャは不安げにリラを見上げた。リラは、こほん、と一度咳払いをすると、ターニャの背をそっと聖獣の方へと押し出した。
「ターニャの魔力に惹きつけられてきた聖獣だ。必ずターニャの助けになるはずよ。さぁ、触れて、名前を付けておあげ。そうしたら、契約ができる。」
おずおずと近付くターニャを、白い犬のような聖獣はちらりと見遣り、ふふんと胸を反らした。
「オレ様と契約できるとはお前は幸せだぞ。ものすごーく、本当に、ものすごーく偉大なのだからな。」
この聖獣の話しぶりを聞いているうちに、緊張が和らぎ(代わりに不安は膨らむが)、ターニャはそっと聖獣の頭に触れた。ミリアにするように優しくなでると、聖獣は気持ちよさそうに目を細めた。
「あなたの名前は、ルー。これからよろしくね。」
「え?短過ぎね?・・・なんか偉大さが伝わらんような・・・。」
にこりと笑ったターニャに対し、ルーと名付けられた聖獣は不満げな顔をした。むっとしたターニャが言い返そうとすると、ミリアがふわりとルーの側へと飛んできた。
「ルー様。とっても素敵なお名前ですね。こちらに顕現しているルー様にお会いできるなんて、ミリア嬉しいわぁ。」
「ま、まぁ、短くとも、素敵であればよいな。うん。ミリア、よろしく頼むぞ!」
「はーい。」
ルーへの挨拶を一通り終え、ミリアは嬉しそうに飛んで、リラの元へと戻っていった。机の上にとまっても、体を軽くゆすり、嬉しそうだ。リラはまじまじとミリアをみた。
「ミリア。あの聖獣のことを知っているの?」
「そうよぉ。みんな、みーんな知っているわよ。」
「みんな知ってる?」
「だって、ルー様は、・・・・・だもん。」
肝心なところが聞き取れなかったが、ミリアはもう答える気がないようで、更に体を揺すって楽しそうにしている。
リラは気を取り直すと、ぽんっと手を打った。
「ま、まぁ、これでターニャも聖獣と契約できたことだし。これから、できることが増えていくわ。うん、よかった、よかった。」
ターニャがちらりとルーを見ると、ルーはにかっと笑った。
「おうよ。オレ様がいればターニャは何でもできるぞ。安心するがいい。」
「・・・犬って笑えるんだ・・・。」
「だから、犬じゃねーし。」
そう、ここからターニャとルーの生活が始まったのだった