5.薬師様の薬師様(1)
「ぬぬぬぬ、やー。」
かけ声とともに、魔力を練り上げて薬を調合しているその人をターニャは呆れた目で見上げた。
「おばさん、そのかけ声いる?」
調合していたその人は、ターニャの声に振り返り、汗も流れていない額を拭って、満足気な顔で近づいてきた。そして、ターニャの両の頬をむにゅりとつかむ。
「こういうのは、雰囲気なのよ、雰囲気。いっぱい力が入っていて、効きそうでしょう。そ・れ・と!おばさんじゃないでしょ、リラさん。さぁ、いってみなさい。」
「ほっぺにゃははして。」
ターニャは、リラの手をバシバシと叩いていた。リラの容赦ないつかみに、ほんの少し涙目だ。リラは、『あら?』と今気が付いたように手を離す。頬をさすりながら、ターニャが答えた。
「だって、リラさんは私の伯母さんでしょ?」
リラはターニャの目の前で指を左右に振った。
「続柄は伯母ですけど、呼称につける必要は全くないわ。おばさんって、急に年老いた気分になっちゃうじゃない。ターニャももう12歳なんだから、それくらいわかるでしょう?」
『まったくわかりません。』と言いたいところをぐっと我慢した。とりあえず、リラに逆らってはいけないということだけはしっかりと身につけることができたターニャだった。
そんなリラだが、薬師としての腕は非常に良く、物心ついた頃から、ターニャはリラから薬草の知識を学んだ。リラは薬草での調合もするが、先ほどのような魔力を練り上げる調合もするため、薬草の採取、薬草での調合は専らターニャの仕事だ。
「そんなことより、リラさん。熱冷ましの薬草と痛み止めの薬草がもう残り少ないの。リラさんの味を調える薬草も少なくなっているでしょ?今日は遅いからムリだけど、明日は1つ向こうの山のところまで採取に行かないと。」
「・・・そうねぇ・・・。」
リラの顔からふと表情が消え、窓の外を見つめていた。いつもは好き放題しているリラは、たまにこんな表情をする。その顔を見ると、ターニャの心にも不安がよぎる。リラがこんな様子になるとき、それはそろそろ移動の時期ということだ。
リラはターニャを連れて、住処を転々としている。それぞれの場所にいる期間はまちまちではあるが、短いところでは半年、長いところでも2、3年ほどだ。移動した先々に今住んでいるような街から外れた山間に薬師ができる家があるのだが、ターニャには、それが不思議でたまらなかった。一度、リラに尋ねたことがあるが、『ほら、私のこの美貌。言わずもがなでしょ。ん?』とはぐらかされ、それ以降は聞いていない。今まで『不法居住だ!』と追い出されることもなかったので、きっと大丈夫と思うことにした。
リラが窓を開けると、どこからともなく青い小さな鳥が飛んできて、くるりとリラの上で一回りすると、近くの机の上に降りた。降りた途端、小さかった鳥は倍ほどの大きさになり、青い羽根の間に白が混じっていることがよくわかる。
「リラ~。薬草の山のあたりはまだ大丈夫よ。」
「そう、よかった。ありがと、ミリア。」
リラがミリアの頭をひとなでした。リラの契約聖獣のミリアはリズミカルにちょんちょんと机の上を移動すると、ターニャの側に来た。あたかもなでてと言わんがばかりの様子にターニャも自然と笑みがこぼれる。ミリアの頭を優しく何度かなでると、ミリアは気持ちよさそうに目を閉じた。ミリアの羽はほわほわとして触り心地がよく、ターニャも気持ちよさそうに微笑んだ。
「仲良し過ぎて、妬けちゃうわぁ。ミリアが大丈夫って言ってるから、明日は薬草採取に出かけましょうね!」
リラがにやにやっと笑いながら宣言した。
それから数日が経ち、リラが少しずつ家の中を片付けだした。ターニャもいつでも出られるように身の回りの片づけを始める。
(この家はいつもよりは長かったなぁ。来月までいたら3年かな?)
周りを見渡し、愛着のわいた部屋をぼんやりと眺める。
ターニャは両親の顔を知らない。平民であれば当然のことではあるが、肖像画なんてものもないので、どんな顔形であるかすら知らない。ターニャを育ててくれたのはリラであり、リラはターニャの母の姉だ。リラが言うには、リラとターニャの母は瞳の色に違いがあるが、顔立ちはそっくりなのだそうだ。リラとターニャの顔立ちも似ており、街で買い物をしていると親子と言われることが多いことからもそうだと知れる。ただ、父に関して尋ねると、リラは口を閉ざす。なんとなくそれ以上は聞けず、今に至るわけだ。
ただ、リラとミリアがいつでも側に居てくれたので、ターニャは寂しいと感じたことはなかった。また、生き抜くすべだと、リラは薬草に関する知識、調合も教えてくれた。そして、ターニャは、10歳でリラと同じく白系統の魔力を開花させた。治癒の力を使った調合も少しずつ教えてもらっているところだ。
(そういえば、魔力もそろそろ安定してきたから、聖獣との契約ができるかもってリラさん言ってたよなぁ。)
リラのミリアがとても可愛く、聖獣との契約を心待ちにしていたが、おそらく、移動した後になるだろう。
(ミリアみたいな可愛い聖獣がいいなぁ。)
ターニャは部屋をぐるりと見回し、片付け忘れがないことを確認した。