24.回想する薬師様(2)
丘を走り回ったり、突然の来訪者があったりと体力を消耗したようで、カイリは、眠そうに目をしぱしぱさせた。足取りも次第にゆっくりとなってきたため、ターニャはカイリを抱き上げる。カイリの頬に軽く口づけ、背中をゆるくとんとんと叩くと、カイリの瞼がゆるゆると下がり、くたりと手足から力が抜けた。後ろに反りそうな頭を優しく手でおさえ、自身の肩口へともたれかからせながら、寝室へと向かった。
先に家に入っていたルーは、カイリが眠くなることを予想していたのか、既に寝室のカーテンを閉めたりと準備万端だ。ルーの子守り能力の高さが月日の経過を感じさせる。
そっとカイリをベッドに寝かせると、ターニャは薄金色の髪をひと撫でし、その顔をじっと見つめるのだった。
「久しぶりに見たが、あいつの魔力の色、やっぱり同じ色だな。それに質も同系。くぅ、オレ様のかわいいカイリがあんなになっちまったらどーすんだ。可愛くねーぞ、あいつ、態度が!」
床にだらりと足を半分伸ばして座り込んでいたルーがぶつぶつと文句を言い始めた。カイリを起こさないように声を落としているあたりはさすが子守り犬というところだ。
「どうしたらいいのかな、ルー。・・・父親のこと知ることができないのってやっぱり寂しいよね。私も同じだったし。私ね、カイリに『とーさまは?』って聞かれたとき、リラさんと同じ顔してたと思うの。本能的にこれ以上話しちゃダメだなって感じさせる顔。カイリもきっと同じ思いをしたんじゃないかな。」
カイリの手をベッドの中へと入れ、上掛をきれいに整えると、ターニャはベッドから少し離れたところに設えてあるソファへと体を沈める。わずかな軋み音が、今のターニャの気持ちと重なる。
「オレ様がいたんだから、カイリに寂しさなんて感じさせてなんてないに決まってるだろうが。それに、はっきり言って、お前、話せなかったというより話すことがなかったんだろうが。名前も知らねー、生まれも知らねー、どこで何してたやつかも知らねー、とないないづくしだったじゃねーかよ。ターニャが知ってたのって、それこそ、顔と身体くらいなんじゃねーか?」
「な、んー!!何ゆっちゃってるのよ、ルー。」
カイリが寝ているにもかかわらず、大声が出そうになり、慌てて口を抑えながら、もごもごと小声で話す。顔だけでなく耳まで赤いターニャを見遣ったルーが、後ろ足でかしかしっと頭を掻いてふわぁと欠伸をする。
「だってあいつのこと治したんだろ?気持ちよく散歩してたら、突然思いっきり聖力奪われたオレ様の身にもなってみろよ。思わず、足カックンしたんだぞ。」
「あぁ・・・それ・・・ね。」
なんだ、なんだと小声でつぶやきながら、パタパタと手で顔を仰ぐターニャをルーは訝し気な目で見つめてから、『今日って暑いか?』と呟いて、首を傾げた。
ルーの『あいつのことを治した』の言葉で、ターニャの思考は、4年前のあの日へと流れていくのだった。
リラと別れて、光の国の国境近傍の街外れに住みだして1年が経った。初めて一人で薬師の店を切り盛りすることとなり、わからないことだらけではあったが、なんとか常の薬師としてくれる街の人も増えてきて、生活も落ち着いてきた。
ターニャの生活が落ち着いてきたのとは逆に、国境近傍の小競り合いは次第に激しさを増してきていた。そろそろ、小競り合いではなく戦といわざるを得ない状態だ。光の国の王族間でごたごたがあったらしく、その隙をつくように、華の国が国境を侵し始めたらしい。最初は華の国の兵士も大した数ではなく、国境近傍の警備隊で抑えられ、小競り合いであった。だが、教義を持ち出した聖教団が光の国の内政に干渉しようと横やりを入れ始め、それに乗じて、華の国が追加出兵をし、とうとう光の国の兵団が国境へと向かったのだ。ターニャの住む街は少し離れていることから、直接争いを見ることはないが、傷薬や痛み止めを求められることは増えてきてはいた。現地調達をし始めてきたということは、負傷者もかなりの数出てきはじめているということだ。
お昼前最後のお客を見送り、薬棚を確認すると、痛み止めの薬がかなり少なくなっていた。追加で調合をしようと、薬草壺をガサゴソとしていたターニャは、一つの壺の中を見て、萎れて、さらに葉が黒く変色し始めている薬草を摘まみ上げた。
「これじゃ、つかいものにならないよねぇ。」
ターニャが摘まみ上げた薬草は、痛み止めの薬の主となる薬草の独特なにおいを軽減するために使用している。黒く変色してしまうと、その効果がほとんどない。丘を越えた山で採取はできるので、お昼の間に行ってくることはできる。ただ、ルーがお出かけ中なのが気掛かりだ。というのも、ターニャは非常に強い白の魔力もちであるため、治癒の力はあるが、攻防に関しては全くもって役に立たない。そのため、ルーからは、一人で採取に行くことを止められているのだ。
(ん・・・でも、近場だし、あのあたりは薬師の家から出ないと、道が複雑で障害も多すぎて入り込めないところだから、大丈夫かな?ルーの散歩帰りを待ってると、午後のお客さんが来ちゃいそうだし。)
『よし。』と気合を入れると、バタバタと店へと向かい、扉の外側に、『ただいま休憩中』の札をかけ、内側から鍵をかけたのだった。




