23.回想する薬師様(1)
更新の間が空いてしまいましたが、これからもう少し頻度を上げます。
引き続きよろしくお願いします。
「結構経ったけど、どうなんだろ?覗いてもいーかな?」
「絶対やめたほうがいいですよ!『ここで待機。』ってめっちゃ睨みきかしてましたよ。あれは、かなり危ないヤツです。」
薬師の家の扉が開いても、目線には入らない茂みの後ろで胡坐をかき、ほわぁっと欠伸をするエドの隣で、ケインがぶるりと体を震わせた。先ほどの冷え冷え、切れ切れの主君-カイラードを思い出せば、とてもではないが、この場所から動く気にはなれない。エドはさらにだらりと体を崩し、上目遣いにアルフを見た。生真面目なアルフは、こんな場所でも、表情を崩さず、そして姿勢も崩さず、木の影で待機だ。カイラードの声を逃さないようにするためか、纏う空気もピリリとしている。
エドがいい加減飽き飽きしてきた頃合い、裏手側から歩いてくるカイラードの姿をいち早くアルフが捉える。アルフの反応を見て、裏手をぼんやりと眺めたエドが、緊迫感のない声で呟くのだった。
「あれ、主だけ?うーん、顔を見ても、さっぱりどうなったかわからんなー。」
ケインは、カイラードの一挙手一投足を見逃さないように、視線を主に集中させる。アルフは、さらに、周囲への警戒も怠らない。ピリッとした二人の雰囲気をぶち壊すのは、のんびりと立ち上がりながら、尻についた草の葉をぱたぱたと払っているエドだ。
カイラードは茂みにちらりと視線を走らせると、僅かに顔を動かす。主の合図に、アルフが物音もさせず、カイラードの背後へと控えるのだった。アルフに遅れてではあるが、ケインも動くが、足元の草を踏みしだく、かさりという音が微かに鳴ってしまう。その後を、がさ、がさ、キュッキュッと全く頓着しないエドの足音が続く。文官としての能力は高く、また、警戒心を持たれない容貌であることから、市井の情報収集は得意ではあるが、隠密の能力は低い。というよりは、人目を避けてこっそりとはする気がさらさらない。
軽く3人に視線を向けながらも、足は止めずカイラードは薬師の家から離れていく。主からの言葉を待つ二人を他所に、エドは、緊張感のない声で、話し出した。
「主~。なに?人違いだった?あ、それかもしかして、いい男に負けたとか??」
呑気に尋ねたエドは、カイラードから、眼力だけで刺し殺すことができるほど冷ややかな瞳を向けられたのだった。
「エド。お前は、3倍働け。」
咄嗟に意味を理解しきれなかったエドは一瞬だけ、きょとんとしてから、はっとして、『なー!』と声を殺して叫んだ。さすがのエドもこの場で大声を出せないことは弁えている。
「他の者は2倍働けば、よい。」
続く言葉に、ケインが顔を引きつらせる。アルフは顔色も変えず、黙してカイラードに従っているのだった。
「あのさー、主。もしかして、断られちゃったりしたとか。それで、八つ当たりとかしてるんじゃないよな?」
カイラードの歩調に合わせるため、かなり急ぎ足で歩きながら、エドは恐る恐る尋ねた。ただ顔を見る勇気はないようで、エドの視線はカイラードの足元を彷徨っていた。エドの視線が上を向いていたら、『余分なこと言うな。』と目が語るアルフや、顔色が蒼白になっているケインに気が付いたかもしれない。
「決行は2カ月後の議会終結日だ。」
きっぱりと言い切るカイラードにアルフが声を重ねる。
「当初の計画通りの収穫祭までであっても、調査や証拠の検分が終わらぬかもしれません。それを4か月も早めるというのは・・・・。」
「故に、2倍働け。それで、半分の期間に短縮できるであろう。休みなく働けば、もう1カ月短縮も可能なはずだ。さらに、エドを3倍働かせれば、確実であろう。否やは聞かぬ。」
アルフはぐっと言葉を押し殺すと、常変わらぬ表情を取り戻し、『はっ。』と短く答えるのだった。その横では、エドがバタバタと手足を動かし文句を言っている。しっかりと前には進みながら、ジタバタする器用なエドを視界の端に入れながら、ケインは遠い目をした。その脳裏には印象的な赤い髪をした女性を浮かんでおり、もう2度と彼女を落とす機会は訪れないであろうと涙をのんだのであった。アルフとケインが覚悟を決めた横で、エドはしぶとく苦情を言い続けた。
「な、そんなに働けるわけねーだろ。今だって、ほとんど休みなく働いているんだぞ。死ぬぞ。」
「大丈夫だ。それくらいじゃ死なん。」
「主は、だろ。」
その後もエドの苦情は続いたが、カイラードは完全に聞き流し、その心はターニャとカイリへと向かうのだった。
「とりあえず、まずはフライパンを調達しに行く。」
『・・・・仕事のできない男だとは言わせない。そして、二人を手元に迎え入れる。』との強い意志を込めた瞳と声とその内容のミスマッチに、アルフ、ケイン、さらにはエドまで言葉を失ったのだった。
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呆然と立ち尽くしたまま、カイラードを見送ったターニャは足元にきゅっとカイリが抱きついたところで我に返った。
「かーさま。ふらいぱん、もらえるって。うれしーね。おじさん、いいひとねぇ。」
ほわりと微笑むカイリの可愛らしさに、ターニャの顔もほころびそうになり、ぷるぷるっと頭を振った。カイラードがいる間、じっと黙っていたルーがひょこひょこと歩いて家の中へと入っていく。その時、ちらりとターニャを見ると、はぁっとため息をついたのだった。
「あいつ、逃げたわけじゃなかったんだな。」
ぽつりと漏らされた言葉に、ターニャはぐっと息を詰める。文句も含めずばずば言うルーが、カイラードについては今まで何も言及していなかったのだ。言葉に出さず心配してくれていたことは明らかだ。それに対し、ターニャは、バレバレではあったが、カイリにも伝えず、さらには、カイラードにも強がりな発言をした。自身の態度をほんの少し反省しながら、カイリと手をつなぎ、ルーの後から家へと向かったのだった。




