20.逃げる薬師様(4)
カーテンの隙間から朝の光が漏れ込み、カイリの瞳がぱちりと開く。むくりと起き上がり、ベッドから滑り降りると、カーテンをしゃっと勢いよく開ける。
「かーさま、あさよー。おはようござーます!おはなつみにいくのよー。」
朝の光の中で、きらきらの笑顔を向けるカイリを見つめ、『今日も今日とてカイリが可愛い。』と胸が暖かくなるのを感じながら、起き上がる。カイリの側まで行くと、頭を軽く撫ぜながら、『朝から元気ね、カイリ。おはよう。』と声をかける。すると、カイリはパジャマの裾を手でいじりながら、もじもじし、ちらちらとターニャを見る。どうしたの?の意味を含めて、ターニャが首をかしげる。
「あのね、かーさま。ぼく、おはないっぱいつむからね、だから、きょうもあげたじゃがいもたべたいの。」
ターニャは軽く瞠目する。
カイリは、買い物で買ってきた揚げじゃがいもをお昼にぺろりと二つたべた。食べ終わった後も、名残惜しそうにお皿を見つめていたので、ターニャ用に買ってきた揚げじゃがいもをとっておき、夕ご飯に出してあげた。テーブルに、揚げじゃがいもがあるのを見つけたカイリは、ぴょんこ、ぴょんこと飛び跳ねて喜んだのだ。
ターニャはまじまじとカイリを見つめてしまった。
「カイリは変わってんなー。じゃがいもなんかより、ウィンナーの方が美味いのに。あぁ、ターニャ、オレ様も食事はウィンナーでいいからな。じゃがいもはいらねーからな。」
寝起きらしく、前足をぴーんと伸ばして背中をのばした後、今度は後ろ足を伸ばしながらルーが会話に参加する。ターニャは、ルーとカイリを代わるがわる見ながら、呆れたような息を吐いた。
「なんで二人ともそんな偏っちゃってるの。なんでも食べないと、元気になれないわよ。」
はぁ、やれやれ、とターニャが大袈裟に、両手を上に向け広げる。ルーが、『あぁん?』と言いながら、吠え始めた。
「ターニャだって、ほっとんど野菜スープじゃねーか。それも、味がうっすーいやつ。あとは蒸し野菜か?はぁ、ウィンナーは素晴らしいからな、蒸したって旨いが、だがな!ウィンナーは、焼くっていうのが一番美味いんだぞ。焼いたところがカリッと香ばしくてだなー。ターニャもそろそろ、焼くくらい覚えたほーがいいぞ。ついでに、揚げも覚えろ!カイリの舌が馬鹿になっちまってもしらねーからな。」
「うっ、うるさいわね。野菜は体にいいのよ。ちゃんと季節の野菜にして、中身を変えてるから同じじゃないもの。それに、薬師の家には、鍋しかないのよ。焼く、ましてや揚げるなんてできないのよ。」
『フライパンくらい買えよぉ。完全にリラ仕様の調理器具かよぉ。』と嘆くルーを無視して、ターニャは不安げにカイリをちらりと見る。ルーの最後の言葉、カイリの舌が馬鹿になるが、かなり心に引っ掛かっているのだ。屈んで、カイリと視線を合わせると、恐る恐る聞いた。
「カイリ。野菜スープは美味しくない?」
「かーさまのやさいスープ、おいしいよぉ。もしゃもしゃかめる、おみずみたいだもん。」
カイリのほわりとした笑顔の横で、ターニャは打ちひしがれたのだった。その横で、ルーが前足でパンパンと床を叩いて、笑い転げていたのは言うまでもない。
昨日で何とか家の片づけを終えたため、今日は、薬の材料と薬草採取に行く約束をしていた。そのため、朝のやりとりとなったわけだ。
天気が良いので、洗濯だけ済ませてから、丘の向こうの山に行くこととした。ターニャはタライにシーツや服などの洗濯をいれ、裏口の近くにある水場へと出ていった。その後を追いかけてきたカイリが、丘の方へと走り出す。洗濯に取り掛かったターニャの目の届く範囲でカイリはルーと遊びだした。きれいな蝶がふわりと近くを飛ぶと、カイリの視線は蝶に釘付けとなり、追いかけるように、更に遠くへと走っていってしまう。ルーは、その横を離れないように走ってついていく。カイリに遠くに行きすぎないように声をかけると、ターニャは洗濯を続けた。
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男が扉に手を駆けようとしたとき、家の裏の方から柔らかな女の声が途切れ途切れ聞こえてきた。『・・・、遠くへ・・・・。』聞き覚えのあるその声の主を確認すべく、足音を立てないように、家に沿ってそっと進む。家の影からそっと覗き見ると、見覚えのある茶色い髪の女が水場でしゃがみ込む後ろ姿があった。その女の頭が手元だけではなく丘の方へも動いているのを感じ、男も同じ方角へ視線を向ける。まだ幼い子供が白い犬と共に走っているのが見えた。太陽の光を浴びた髪がきらりと光る。後ろ姿であるため、顔は見えないが、その髪色は薄金色。そして、子供がくるりと振り返り、美しい菫色の瞳を輝かせ、満面の笑顔で『かーさまぁ。』と呼ぶ。女に向かって手を振ると、子供は『ちょうちょさんといっしょにあっちまでいくねー。』と大きな声で叫び、白い犬と共にさらに遠くへと走っていった。




