18.逃げる薬師様(2)
エルドラは、先の光の国との戦の影響が大きく、まだ復興途中という様相を呈していた。戦で家を捨て、そのまま家主が帰ってきていないところなどは、建物が半壊した状態で残り、その爪痕が痛々しい。それでも、人々には活気が戻り、繁華街では、思わず唾をごくりと飲んでしまうほどの美味しい匂いがどこからともなく漂ってきている。リーディアに比べ小さな街ではあるが、小さいが故の温かみを感じる街でもあった。
ターニャと手を繋いでいるカイリは、すばやく揚げ物の匂いを察知し、ターニャを引っ張りながら、逆の手で店を指さした。
「かーさま、あそこよ。あげたじゃがいも。」
今にも駆けだしそうなカイリの手をきゅっと握ると、ターニャは少しかがんでカイリと目を合わせる。
「揚げじゃがいもは最後に買いましょうね。あっつあつを買って帰れば、おうちについても、温かくて美味しいわよ。揚げじゃがいもは、カイリが持って帰るのよ。できるかしら?」
揚げじゃがいもをハフハフしながら食べるところを想像したのか、カイリが菫色の瞳を真ん丸にして、繋いでいないほうの手を頬に当てる。夢見心地な声で『できるよぉ。』というカイリを微笑ましくターニャは見つめた。『そなたは煮る、蒸す以外の料理を知らぬのか?』不意に、優しさをはらんだ声で呆れたように美しい菫色の瞳を眇める男の顔が脳裏をよぎる。はっとして、ターニャは軽く頭をふるっと振るうのだった。
まだ、畑も何も用意ができていないため、必要となる食料はたくさんあるが、ターニャ一人ではもてる量に限りがある。一先ずと、使い道が多いニンジンなどの数種の野菜を買うと、肉屋へと向かった。肉屋の店先で、保存がきく、塩漬け肉を数種類選んでいると、カイリが『ういなーもよ。』と手をくいっと引っ張った。くすくす笑いながら、『もちろんよ。』とターニャは答えた。ターニャが頼んだ多めのウィンナーを袋に詰めながら、肉屋の店主が話しかけてきた。
「見かけない顔だね。この辺りは初めてかい?」
「あら、この辺りが初めてってわかっちゃうんですね。昨日から、街の外れに住んでいるんです。準備が整ったら薬師の店を開く予定なので、何かあれば、ご相談に来てくださいね。」
「そりゃーね。この街は小さいし、先の戦から、光の国との交流もかなり少なくなっちまって。街に住んでる者以外は、めっきり見かけなくなったからね。それにしても、薬師様かい?そりゃ助かるね。今この街じゃ、この通りをずっと行ったところに、1軒だけしか薬師様がいないんだよ。それも、もうだいぶ年でね。これからどうなっちまうかと思っとったところだったんだよ。」
店主は、よかったよかったと繰り返しながら、肉とウィンナーの包みを入れた袋をターニャへ渡した。『ちょっと待っててくれよ。』と声をかけると、店主は店内へと入っていき、すぐに手に小さな袋をもって出てきた。そして袋をカイリにと手渡す。袋からは何とも言えない香ばしい匂いがする。
「これからもご贔屓にってことで、これはサービス。揚げたてほやほやのから揚げだよ。坊やに、うちの総菜のファンになってもらわねーとな。ほっぺが落ちるほど、うまいぞー。」
カイリがほわぁっと嬉しそうに頬を緩ませ、『ありあとーごじゃーます。』とお礼を言うと、店主がわしわしっとカイリの頭を撫でた。
「うまかったら、また、かーさんに、買ってくれっておねだりするんだぞ。」
と豪快に笑う店主に、再度お礼を言いながら、ターニャはポケットの袋からお金を出して店主に渡した。
パン屋によって、日持ちのするパンとカイリの好きなふわふわパンを買い、最後に揚げじゃがいもを扱う屋台へと寄った。屋台の前でカイリが『ふたつ、たべれるのー。』と頑として譲らず、ターニャは苦笑いしながら、揚げじゃがいもをターニャの分も合わせて3つ頼んだ。カイリは揚げじゃがいもとから揚げの袋を大事そうに抱えて、スキップもどきの足取りで、ターニャと共に帰路へと着いた。
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「お、恐ろしいスピードだった・・・もう、ダメ、お尻が痛くて、うまく歩けない。」
街の外れの宿屋に馬を預けると、すぐさま繁華街へと向かう主君の男の後ろをエドがよたよたと歩く。
「着くの明晩っていったじゃん。それがなんだよ。今夕方だよ。あり得ないよ、こんな強行軍。特に、私は、軍人じゃないんだからさ。」
ぶつぶつと文句を言うエドを完全に無視して、フードを目深に被りなおし、主君の男はカツカツと規則正しい靴音を鳴らし歩いていく。フードを目深に被ったアルフ、ケインも主君の後を黙って歩いていく。騒がしいのはエド一人だ。よたよたとはしているが、後れを取らないようについていくあたり、エドも主君の男に完全に忠誠を誓っていることが分かる。
主君の男は、繁華街の手前でぴたりと立ち止まり、考え深げにあたりを見渡した。『人が少ないな。』とぽつり漏らす。
「この地は、あの影響を深く受けておりますから。」
背後に控えるアルフの言葉に、主君の男は首肯する。
「そうであったな。・・・しかし、何故、この地を蹂躙したのだ?この地が目的とは考えにくいがな。」
「聖教団の聖地と繋ぐためには、この地を支配下におきたかたんですよ、まぁ、失敗しましたがね。」
よたりながらも、しっかりと後をついてきたエドが文官らしく答えた。主君の男も、『なるほど。』と納得を示す。視線を繁華街に向けてから、エドへと視線を軽く投げ、主君の男が顎をくぃっとしゃくる。
「では、エド。行ってこい。肉屋だ。」
「なー!!こき使い過ぎじゃないですか!?それに、なにが、肉屋ですか!?」
「アルフの間者からの報告によると、肉屋でよくウィンナーを買っているとあったからな。とりあえず、肉屋だ。我らは目立ちすぎる故、ここで待つ。」
ぶつぶつと文句を言いながらも、エドは繁華街へと歩いて行ったのであった。
来ました、来ました。もうすぐそこです。




