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17.逃げる薬師様(1)

 「げほぉ。ごほ、ごほ。いったーい。っなー!」


 倉庫を片付けるため、意気揚々と中に突撃したターニャは、ターニャの動きで舞った綿埃で咳き込み、咳き込みながらよろめいた先で、棚の角に体をぶつけ、その衝撃で落ちてきた大量の綿埃に塗れて叫んだ。


 薬師の家の現した昨日、1か月間の移動で疲れ切っていたターニャは、とりあえずの食事をする場所と寝る場所の片づけで力尽きた。始終興奮しっぱなしで、『ねむくないもーん!』と言っていたカイリも、布団に入ったとたん、とろんと瞼がおりて、あっという間にすよすよと規則正しい寝息を立てていた。カイリの体力を考えて、辻馬車を使ったり、宿屋に何泊か泊まって、休憩しながら移動してはいるが、なんといってもまだ3歳。相当疲れがたまっていたに違いない。

 しかし、さすが3歳というべきか、朝の日の光が窓からほんの少し差し込んだ刺激でぱちりと目を覚まし、隣で寝ているターニャにきゅぅっと抱きついた。


 「かーさま、あさよぉ。ぼくねー、おなかすいたの。」


 いつものようににっこりと笑うと、カイリはもそもそっと動き、ベッドから滑るように降りた。窓際に走り寄ると、カーテンをさぁっと開けるのだった。カイリのふわふわの薄金色の髪が日の光できらきらと煌く。眩し気に目を眇めたターニャはそのカイリの姿に、ある男の姿を重ねていた。日の光に煌く髪、そして、あの時、眩しそうに目を眇めたのは彼の方だった。美しい菫色の瞳に、睫毛の影ができ、その姿にターニャは目を奪われてしまったのだ。

 ターニャが思いにふけっている間に、ベッドへと戻ってきたカイリが、小首をかしげ、『かーさま?』とターニャを呼ぶ。目の前のカイリに焦点があった瞬間、カイリが満面の笑みを向けた。ターニャは自身の手でそっとカイリの頭を撫ぜる。柔らかいカイリの髪の感触に、ほっと人心地ついた。ターニャの口から、『おはよう』の声が漏れる瞬間、ガシガシと前足で頭を掻いた後、ふわぁっと欠伸をしていたルーが声を重ねたのだった。


 「オレ様も腹減った。」


 『あぁん、なんか文句あるか?』と言いながら、今度は後ろ足でお腹周りを掻きだすルーに、ターニャはがくりとしながらも、笑みがこぼれた。住処に辿り着いた安心感と、いつもと変わらぬ日常が、心地よかった。

 昨日街で買っておいたパンや野菜で朝ご飯をすませると、本格的に、薬師の家の片づけを始めたのだった。そして、今に至り、埃だらけのターニャが出来上がることとなったのだ。


 「ターニャ、埃かぶってもいつもと変わんないって、どんだけだよ。」


 「そーだねー。かーさまは、もわもわしてても、おひめさまみたいに、かわいーね。」


 呆れ顔のルーとにこにこ、きらきら笑顔のカイリが対照的だ。ルーの発言を真逆の好意的に受け取ったカイリに、ルーが大袈裟なほど驚くと、鼻先でカイリをつんつんっと押す。


 「カイリ・・・、あれがお姫様に見えるって、どんな目をしてんだ。それにしても、きらきら顔で褒め倒すって、一体お前はどこに進んでくつもりなんだ。誰でも彼でも、そんなこと言うんじゃねーぞ。顔がいいだけに、あぶねーからな。」


 言われたことの意味が理解できなかったようで、カイリは首をかしげた。褒められたかもしれないと感じたようで、悩みながらも、『ん・・・?ありあとー、ルー?』とお礼を言った。そんなカイリに『ほめてねーし!』とルーが吠える。そんな二人のやりとりには構わず、ターニャは埃を払いながらぶつぶつと文句をつけた。


 「もー、ここどうなってるの?なんでこんな、埃だらけなのよ。薬師の家って、消えている間も埃が溜まるの?うーん、でも、他の部屋はそんなことなかったような・・・」


 「んなわけねーだろ。リラ・・・掃除嫌いだったからな。使わない場所は開けない、触らない、知らないふりをするだったろ?リラが住んでた頃に積もり積もったものが、そのまま残っているんじゃねーか。」


 ルーの答えに、いたく納得したターニャは、パンパンっと手を払いながら、うんうんと頷いた。そんなターニャの側に近づいてきたカイリも、ターニャの服を払っていた。小さな手で一生懸命払う姿がなんとも言えず可愛い。


 「リラさんならそうだろうなぁ。調合にかかわらない掃除とか片付け全然しなかったもんね。まぁ、調合室はきれいだから、薬草さえそろえば、薬は作れそうだしね。」


 ターニャの服をぱたぱたと払っていたカイリが、ツンツンと服を引っ張った。ターニャがカイリを見遣ると、もじもじしながら、カイリが上目遣いで見つめた。


 「あのね、かーさま。ぼくね、あげたじゃがいもたべたいな。あげたの、とってもおいしーの。」


 カイリは、この移動の間に揚げ物、特に揚げじゃがいもがお気に入りとなっている。その横では、ルーが『オレ様は、じゃがいもじゃなくてウィンナーがいいけどな。』と言っているが、それは無視する。ルーのことは無視するとしても、揚げ物ということで、うっと言葉に詰まる。ターニャの料理の師匠はリラである。ターニャがリラから教えられた料理は、蒸す、煮る、以上だ。つまり、揚げるは教えられていないのだ。露店で揚げているところを見たことはあるが、すぐに自分でもできるとは思えない。うーんっと悩んだターニャは、ぽんっと手を打つと、カイリににこりと笑いかけた。


 「埃だらけになっちゃったから、一回着替えて、街に買い物に行こうか。揚げじゃがいもも買ってこようね。」




 「ウィンナーも忘れるんじゃねーぞ!」


 という声を聞きながら、ターニャとカイリは街へと向かったのだった。


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