16.追われる薬師様(3)
カツ、カツ、カツと高い靴音が鳴り響く。いつも通り、乱れのない規則的な間隔の靴音ではあるが、その間隔がいつもより短い。急ぎこちらに向かっていることが伺い知れる。主君が辺境伯を見舞っている間、控えの間で待機していた2人の護衛は、その足音でピリッとした張り詰めた空気を感じた。筆頭護衛である背の高い男は扉へと向かい、もう一人の若い、見目のよい護衛は、扉脇へと動いた。以前、聖教団について報告していた背の低い、華奢な男は、くつろいで座っていたソファから立ち上がりその後ろへと回った。背の高い男が扉を開けると、すぐに主君が扉をくぐり、そのまま部屋を真っ直ぐに突っ切ると、一人掛けのソファにどかりと座る。右手を宙に上げ、指を動かすと、背の低い、華奢な男が慌てて、紙とペンをカバンから取り出し、主君の前の机の上に置く。
主君は一言も言葉を発せず、紙に地図を書き出した。後ろで見ていた男は、主君の手元をじっと見つめながら、ぽつりと漏らす。
「辺境伯領と山脈、この地図は光と華の国の国境近傍ですよね?・・・この印は・・・?」
主君は、地図を描き終えると、その上をトントンと軽く叩いて思考していた。この状態の主君は、目も耳も見えて聞こえているが、反応しないことを良く知っているため、ソファの後ろの男だけではなく、護衛の男達も黙して待つ。主君の指が、最後に、山脈の向こう、国境付近の華の国の街、エルドラを強く叩いた。それと同時に、すくりと立ち上がり、筆頭護衛の男に向かって指示を出す。
「アルフ。これから、エルドラに向かう。馬を駆ければ明晩には辿り着ける。」
筆頭護衛の男-アルフは、驚愕に目を見張る。現在いる辺境伯領とエルドラとの距離を考えると、この指示は、かなりの速度で夜通し走りきるということを意味する。言葉に詰まるアルフの代わりに、ソファの後ろの男が、喚いた。
「なー!主!!!説明なしにそれは無茶苦茶やー!?説明!わかるように説明してください。じゃなきゃ、動きませんよ!!」
喚いたほうをちらりと見た主君は、軽く嘆息して、話し出す。
「いちいちうるさいエドは、置いていってもよいのだが・・・、我々のみでは街になじめまい。エドは連れて行かざるをえないな。」
主君と護衛の男たちは、光の国においても、背が高く体格がよい方であり、旅人の服装を纏ったとしても、鍛え上げた身体を隠し切れない。特に、華の国は、光の国の者に比べ、小柄な者が多いので、余計に目立つことが考えられる。国境近傍であるため、エルドラに光の国の者も流れてきてはいるが、エドを除き、違和感なく街に溶け込むことは難しいであろう。
「リーディアで姿を消したのが、今から1カ月前。そして、1週間前、この街でそれらしき女性に辺境伯夫妻が出会っている。つまり、3週間で、リーディアからこの辺境伯まで移動したということは、街を繋ぐ辻馬車を使い、それぞれの街で、数日宿をとるという行動をとっていることが分かる。また、この期間をかけて、リーディアから、この街に辿り着いたということは、道筋はこれだ。つまり、この山脈を迂回しようとする者のとる道だ。それでは、この後の目的地はと考えると、この辺境伯領から辻馬車で行ける場所は光の国であればここ、華の国であればエルドラだ。光の国の方は、国境近傍ではあるが、交易が盛んな土地であり、かなり大きな街だ。今までの住処を考えると、こちらは考えにくい。日数から考えると、今は、エルドラにいる。エルドラが最終地でない場合、1、2日のうちに移動するであろう。そうなると、次の目的の予測が立てにくい。リーディアは国境近傍の街ではなかったから、国境近傍を狙っているわけではなさそうだからな。つまり、移動されると捜索に骨が折れる。」
主君の説明に、エドの肩ががくりと落ちる。護衛の男達も黙したままだ。
「えーっと・・・・もしかしなくても、これって、主が探している女性を追っかけるってことでしょうか?」
「それ以外に何がある。このようなことをしている間にも、別のところへと移動する危険性があるのだ。つべこべ言わずに、さっさと用意を進めろ、出立するぞ。」
何でもないことの様に、最後の言葉を告げると、主君は部屋を出て行った。恐らく、辺境伯へ辞去の挨拶をしに行ったのであろう。主君が部屋に戻ってきたときに、出立の用意ができていなければ、無能扱いをされることは目に見えている。はぁっとため息をつきながらも、素早い手の動きで、エドは書類を片付け始めた。アルフは、扉脇に立っていた若い護衛、ケインの肩をぽんぽんと叩き、出立の準備を即座に始めた。準備をしながら、ケインへと声をかける。
「2度と同じ過ちを犯さぬよう、我々は主君と共に、だ。」
急ぎ厩へと向かっていたケインはほんの少し肩をすくめて、ぽろりと呟いた。
「落としにかかっている女性と今夜、約束があったんで、惜しいですが、僕もあんな思いは2度としたくないですから。・・・主君と共に。」
アルフの『運がなかったとあきらめろ。』の声を聞きながら、ケインは扉を出て行った。そんなケインの後姿を見送りながら、エドは首を捻る。
「それにしてもその薬師の女性って、一体何をしたんですか?主自ら、血眼で探しているではないですか・・・・。アルフは知ってる?」
「そのようなこと怖くて聞けぬわ。魔法医師の茶色の髪の女性を探せと仰せになっただけで、それ以上は何も聞いてはおらぬしな。これに関しては深くは考えないことだ。」
さらりと答え、そのことには興味を持たないアルフをちらりと見遣ったエドは、今だ気になるようで、『まさか、あの主に限って、色恋沙汰じゃないだろーしなぁ。』と、独り言を続けていた。
慌ただしく出立していく男らを見送った領主夫妻の後ろに控えていた侍従長が領主へと近付こうとしたとき、難しい顔をしていた領主の妻が、突然、軽く手を叩き、嬉しそうに声をあげた。
「旦那様。やっと思い出しましたわ。」
訝し気な顔をした領主のことは気にせず、妻はにこにこと話を続けた。
「いえね、お顔を拝見したときから、すごく気になっていたんですよ。なぜだかわからなくて、もやもやっとしていたのです。薬師様の近くにいた小さな男の子。その男の子がとっても似てたんです。髪の色もそうですけど、薬師様の後ろから心配そうに見上げていた菫色のきれいな瞳。珍しい色だと思っていたんですよ。」
来ましたー!そして、追い詰められます。
その後、二人の過去へと続きます・・・




