15.追われる薬師様(2)
「このような辺鄙なところまで見舞いとは痛み入ります。」
侍従によって背中にクッションが入れられ、その年配の男はベッドから起き上がる。顔色はかなり良い。かなり危険な状態だと聞いてから、1週間ほどしかたっていないとは思えない回復ぶりだ。この年配の男が虚偽の噂を流すとは到底思えないが、偽りであったと言われても納得するほどであった。
軽いノックの音のを聞いた侍従が扉へと向かい、お茶を運んできたメイドを室内へと招き入れた。その後ろから、この年配の男の妻も入ってきた。
「無理をすることはない。楽にしておれ。」
その言葉に、年配の男は、困ったような顔になり、ちらりと妻の顔を見ると、頭を掻いた。
「実のことろ、寝台にいるのが苦痛なほどなのです。体調は問題ないと言っておるのですが、あれが聞き入れず。体が鈍って仕方ないのですよ。」
「何をおっしゃっているのですか、旦那様。あわや命を失うのではないかというほどだったのですよ。しっかりと療養していただかなければ、私、心配で倒れてしまいますわ。」
辺境伯として、剣を振るう勇ましさの影はなりを潜め、妻の言葉に、『やれやれ。』と肩をすくめる男を見遣り、見舞いに来た男はぽつりと漏らす。
「聖教団の治療というのはさほどすごいものなのか。」
その言葉に妻が『まぁ!』と大仰に反応する。その後ろで、黙々と茶の準備を進めていたメイドが、かちりと微かに食器を触れ合わせる音を立てた。
「確かに、聖教団にも治療はしていただいたのですが、それよりも、街で偶然出会った薬師様のお力故、今があるのですわ。」
見舞いに来た男が怪訝そうに眉根を寄せる。それに構わず、妻は話を続けた。
「旦那様が突然、街の様子を見に行くとおっしゃっったのですよ。自身の腕に覚えがあるからって、いつものように護衛も連れずに行くんですもの。まぁ、ね、私も街は好きですから、一緒についていったのです。でも、ホント一緒に行ったからよかったものの、おひとりだったらどうなっていたこと!!」
女性の長話には常であれば、興味を示さない見舞いに来た男が、じっと静かに妻の話を聞いている。話を遮ろうと考えていた辺境伯は、怪訝な思いを頂きながらも、じっと様子を伺った。男二人が自身の話に興味を持っていることを感じた妻は、更に声高に話を続けた。
「ほら、繁華街は馬車では入れないでしょう?馬車止まりに馬車をおいて、歩いていったのですけど、・・・えぇ、最初はよかったのですよ。物流も滞りないようで、物もしっかりと販売されていましたし、何より街自体にも活気がありましたからね。私、圧倒される思いで周りを見ながらも、飲み物やちょっとしたお飾りなんかも買ったりしていたんです。そうしたら、旦那様が突然、胸をおさえたのです!!あぁ、今思い出しても、身が竦みますわ。今にも頽れそうだったんですけど、気力を振り絞られてなんとか、脇道のベンチのところまでは来れたんです。でも、急激に調子が悪くなって、ベンチからも立ち上がれず、顔色は悪くなる一方で、もう、私どうしたらよいかわからなくて。」
当時を思い出したのか、妻が、ぎゅっと自身の体を抱きしめた。お茶の準備が終えたメイドは音もなく退室し、侍従のみが部屋に残った。折角のお茶が冷めてしまうが、これほど盛り上がっている妻の話を誰も遮ることはできない。
「そうしたら!!とても親切な薬師様が声をかけて下さったのです。もう、私、藁にもすがる思いで旦那様の様子をお伝えしたら、お洋服が汚れるのも気にせず、旦那様の前に跪いて診て下さったのです。そして、ほんの少し手首を触っただけで、血の巡りに問題があるって!それに、お薬まで下さったのです。警戒心も人一倍の旦那様が疑いもせずお薬を口に含んだ時は驚きましたが、でも、お薬を飲んだら、みるみる回復して、歩けるほどになったのですよ!奇跡の薬師様でしたわ!!」
話しきったことで満足気になった妻を辺境伯は困ったように見遣り、その視線を見舞いに来た男へと移した。妻の方を見ているようで、その視線はそのさらに奥へと向かっているようであった。しばしの間の後、辺境伯が言を紡ぐ。
「なんとも不思議な薬師でした。あの短い時間で病の元を見抜き、あれほど効きのよい薬を持ち歩いておることにも驚きです。それに、なんとも、警戒心を解かせる、不思議な魅力のある者でしたな。」
「そうであろうな。緊急事態とはいえ、そなたが疑いもせず薬を飲んだということからもそれは知れるというものだ。して、聖教団は何をしていったのだ?」
聖教団の話になると妻は憮然とした顔になり、言葉を発しない。辺境伯が続きを話すことなった。
「件の薬師から頂いた薬は、血の巡りを良くして、痛みを和らげるとのことでした。薬師の言った通り、薬を飲んで僅かの時間で痛みもなくなり、動けるようになりました。ただ、医者にかかれとの助言をいただいたので、妻が腕の良い魔法医師をと聖教団に要請したのです。」
『ほぉ。』と軽くいなすと、見舞いに来た男は続きを促した。
「聖教団でも高位の司教が来られました。かなりの時間をかけて診て頂いた結果、私は『運のいい男』との診断結果でした。」
嘲笑する含みのある言葉に、見舞いに来た男の眉が微かに上がる。
「胸の、それも心の臓にほど近いところに血の巡りを止める塊の痕跡があったようです。司教の言葉をそのまま言いますと、『いやぁ、そなたは何とも運のよい男だ。この塊が血の流れを止め、あわや心の臓が止まる寸前までいっておった。だが、何らかの拍子にぽろりと取れて流れたのであろう。聖教団の威光は、この辺境の地までも遍く照らされておるからな。残りは害を及ぼさない程度ではあるが、なに、私の治癒の力と薬で問題なかろう。・・・・さて、奥方、わかっておるな?』と。大した治療もせず、寄進の無心だけはして帰っていきました。」
辺境伯の言葉で怒りがぶり返したのか、妻が口をはさんだ。
「ここ最近の聖教団は、お金、お金、お金で嫌になりますわ。この辺境の地で魔法医師と言ったら聖教団に頼らざるを得ない状況にもなってしまって。歯がゆいばかりです。それに、聖教団の威光で運がいい??そんなことあるわけないじゃないですか。あの薬師様の薬ですよ。あの薬が旦那様をこの地に留めてくれたのです。」
聖教団はあまりよい噂を聞かないというのは、報告通りであった。確認したいことはまだあるが、妻がいるところで話すことではない。一旦話を切る意味を込めて、見舞いに来た男が一言漏らした。
「そんな腕の良い薬師が街におるのであれば、この地も安心だな。」
「どうもこの地の薬師ではなかったようです。翌日、遣いを出したのですが、街にはそのような薬師はおらぬとのことでした。」
「そうなのです。お礼をしたかったのですが、本当に残念でしたわ。可愛らしいお嬢さんでしたから、まさか、旅をされているなんて思いもせず。」
そこで、見舞いに来た男の目がぎらりと光る。
「女の薬師?どのような風貌であったのだ?」
淡々と聞いていただけの男が反応したことで、辺境伯は驚きを隠せない。妻もびくりと体をすくめて、思い出しつつ話を続けた。
「茶色い髪をした可愛らしい女性でしたよ。年のころはどうでしょう、成人して少し経ったくらいでしょうか?」
見舞いに来た男は美しい菫色の瞳を見開き、そして、獲物を見つけた捕食者のような輝きがその瞳に宿ったのであった。
とうとう見つかっちゃいました!




