13.奔走する薬師様(3)
「かーさまぁ、これおいしーねぇ。」
リーディアの薬師の家から、大きくなったルーに乗り山間部を越えたターニャたちは、隣街へと入り、そこからは、街で宿をとりながら、辻馬車などを乗り継ぎ、エルドラへと向かうこととした。山脈を迂回しながら進むことになるため、おそらく、1カ月ほどはかかるだろう。リラと別れたときは、ルーに乗って、山間部を通り光の国へと移動している。最低限の休憩のみで、もちろん野宿と、かなり過酷であった。それに比べると、今回の移動は非常に楽だ。リーディアを離れるにつれ、ターニャの不安な思いも薄らいできていた。カイリが楽しそうにしてくれていることもそれを後押ししている。
リーディアを出てから既に5つ目の街へと辿り着いたターニャたちは、ちょうどお昼時ということで、お昼ごはんと称して繁華街へとくり出していた。街の繁華街では、たっぷりたれがかかった串焼きの肉、揚げじゃがいも、パンドミで挟んだ野菜やハムなど、食欲をそそる屋台が連なっている。リーディアを離れてから、一番活気があり、大きな街である。
ますは、とターニャは串焼きの肉を3本買うと、カイリと手をつなぎ、座れる場所を探した。繁華街を少し脇へと避けたところには、緑の葉がわしゃっと茂った木が所々に植えられており、その下には、ベンチが設置されていた。そのうちの一つに近づくと、ターニャとカイリは横並びに座ることにした。ルーはベンチの横にびしっと座った。完璧な『おすわり』だ。
ターニャは、カイリに1本渡し、手持ちの皿に串から外した肉を入れると、ルーの前に置く。カイリは、一口食べるごとにほわぁと顔を綻ばせて、『おいしーねぇ。』とご機嫌だ。隣に座ったターニャもパクリと串焼きを食べ、そのお肉の柔らかさと甘辛い味に感嘆の声が漏れる。
「わっふーん。」
ベンチの横では、しっぽをぶんぶんと振った、ご機嫌のルーが肉にかぶりついていた。
カイリもぺろりと串焼きの肉を食べ切った。そして、くんくんと鼻を鳴らす。
「あげたじゃがいも、おいしそーよねぇ。」
今まで蒸しじゃがいも、煮じゃがいもしか食べたことのなかったカイリは、この移動で揚げたものに魅了されている。きらきらした目で見つめられると、ターニャは強くは断れず、『二人で半ぶっこね。』とくすくす笑いながら立ち上がる。
その隣でルーは『オレ様はもう1本、肉だ!』と言わんがばかりの顔でターニャを見つめ、しっぽを更にぶんぶんと振るのだった。
『聖獣なのに、肉ばっかり食べてていいのかしら・・・。』という疑念は浮かぶが、再度繁華街へと戻るのであった。
脇道から繁華街へと戻ろうとしたところで、苦し気に眉根を寄せた年配の男性とそのそばでおろおろしている男性と同じ年代と思われる女性を見かけた。そのまま前を通り過ぎようとしたのだが、やはり、放っておけないターニャは声をかけてしまった。
「あの、大丈夫ですか?えっと、私、薬師なので、もしかしたら、何かお手伝いできるかな、と思いまして。」
「薬師様?お声かけていただきありがとうございます。夫が先ほど、少し胸が痛いと言いまして。落ち着くまでここに座っていようかと思ったのですけど、急にさらに痛みが強くなって動けなくなってしまって・・・・。」
年配の女性は、一人で不安だったのであろう、ターニャが話しかけたことで、少し落ち着いたようだ。ターニャは男性の前に跪き、男性を診てみると、血の気が失せ、その額には脂汗が浮かんでいた。かなりの痛みのようだ。
「少し手首を触ってもよろしいですか?」
痛みに眉根を寄せながらも、男性がゆっくりと頷いた。ターニャの指がそっと男性の手首に触れる。脈とともに男性の体を診ると、胸のあたりの血の巡りに問題があることが分かった。ターニャはカバンをごそごそとすると、血の巡りを改善する薬と痛みを抑える薬をとりだした。
「痛みがつらいと思いますけど、この薬をしっかり噛んでから飲み込んでもらえますか?あ、変な薬じゃないです。血の巡りを良くして、痛みを和らげてくれます。動けるようになると思いますので、それでお医者様にかかっていただくとよいですよ。あ、お水ってありますか?」
よほどつらいのか、ターニャの手渡した薬を受け取った男性は、疑いもせず、そのまま口へと含んだ。その隣で女性が、ベンチの横に置いてあった飲み物のカップを男性に握らせていた。
苦し気にわずかに動いていた口が、だんだんとしっかりとしたものになるに連れ、男性の顔色に血色が戻り、きつく寄せられた眉根も和らいできた。それを見ながら、ターニャはほぉっと息をついた。
(身なりのよいご夫婦だから、きっとお医者様にかかれるよね?お医者様にかかれば治るはずだし)
ターニャは地面についていたスカートを軽く払うと立ち上がった。この顔色ならもう大丈夫だ。
「・・・大層効きのよい薬をお持ちな薬師様なのだな。」
男性は話ができるまでに痛みが薄れたようでぽつりと漏らした。その横で、女性がしきりに頭を下げてお礼を繰り返していた。自身で歩いて馬車止まりまで行けるということであったので、ターニャはその場を離れたのだった。
夜の宿では、ルーが吠えた。
「お、ま、え、は~。お人よしにもほどがあるぞ。怪我人、病人を見かけるたびに薬を渡してどーすんだ!足跡残すようなもんだぞ!」
「だ、だって、手元に薬があるんだもの。困っている人を見過ごせないじゃないのよ。」
「みんな、ありあとーっていってくれたよ。うれしいねぇ。」
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「薬師?」
「はい。リーディア近傍に放った間者からの報告です。非常に効きのよい薬を扱う薬師がいたとのことです。その薬師にかかっていた女が言うには、起き上がれないほどの痛みのある病がその薬師の薬で平癒したとのことです。
そして、茶色い髪の女性で、白い犬がいるとのことです。」
書類を持っていない手で机をとんとんと叩いていた指がぴたりと止まる。そして、ばさりと書類をおくと、立ち上がる。
「宵闇に紛れて出立する。そなたもついて参れ。」
このまますぐに馬をかけていきかねない主に、報告している男は焦ったように続けた。
「主君、お待ちください。間者からは、・・・薬師がいた、と。今は行方が分からなくなっております。」
主君の男は、執務机を回ると、報告している男の前に立つ。瞳が冷たくぎらりと光る。
「今のは、無能であるという報告か?」
「も、申し訳ございません。様子をうかがっていたのですが、薬師の店の外ではなかなか情報が得られず、腕に傷をつけ、患者として訪れようとしましたら、・・・薬師の店が消えていたと。」
「店が消えた?」
「はい。確かにそれまで店があった場所であったにもかかわらず、忽然と消えたと。」
主君の男は、腕を組むと執務机に体を持たせかけた。無意識であろうがその指がかすかに動いている。何事かを考えているようだが、言葉は発しない。
「それと・・・」
報告をしている男は、主君の男の顔色を窺う。考えに耽っているのか、主君の男の視線は動かない。ただ、このような状態でも、言葉が届くことを知っているため、話し続けた。
「特徴の一つとして、女性が一人と聞いておりましたが、この薬師は一人ではなく・・・『いい男』と共に暮らしていると。ただ、外から様子を伺った時に、真偽のほどを確認することは叶わなかったとのことです。」
主君の男の指の動きが止まる。ほんの少しの間があき、主君の男は、額にかかった薄金色の髪をかき上げたのだった。




