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12.奔走する薬師様(2)

 「なんかさー、オレ様、視線を感じるのだが。」


 調合室の扉を器用にしっぽで開けて、とことことルーが入ってきた。ターニャと視線を合わせるため、ふわりと体を浮かせると、薬草が広げられていない調合台の上に乗った。ターニャは調合の手を止め、ルーを見遣った。

 カイリは2階でお昼寝中であるが、最近はぐっすりと寝付いてくれ、終始そばに居なくてもいいようになったのだ。魔力開花後、少しずつ、魔力の取り扱いを練習するようになり、魔力が安定してきたから、心も落ち着いてきたのではないかというのが、ルーの見解だ。そて、魔力の取り扱いは疲れるようで、ぐっすり寝られる。いい事尽くめだ。

 そんな折のルーのこの発言。最近の穏やかな日々に、陰りが生じた気がして、ターニャは目を眇めた。


 「・・・視線?」


 腕を組んだような態勢をとり、うん、うんとルーは頷いた。カイリに言葉が話せることが知られてから、店の中のプライベートスペースでは勝手気ままな態度となっている。


 「殺意みたいな危険なもんじゃねーけど、ねちっこい感じというかさー。探っている?っていうようなヤツ。」


 ターニャは、じっと手元の薬草を見つめたまま、考え込んだ。手元には、今年最後となる菫の花や葉、根がある。裏の丘の菫は終わりを迎えていた。


 (探るような視線?リラさんが不安げにしていたのはこれなの?)


 ターニャの中に不安な気持ちが広がる。結局、ターニャはリラから何から身を隠しているのかを聞かされていないので、何から自分、そしてカイリを守ればよいのか確固たるものがない。そのため、不安があれば、それを避けるということが最善策と言わざるを得ない状況なのだ。


 「他へ移動したほうがいいってことよね?・・でも、ここを離れたら、リラさんとの連絡が途絶えちゃうわよね。それに、移動できる場所も分かんないし。・・・今はまだ、前の家には戻りたくないんだもの。」


 ルーは、犬らしからぬ様子で、前足で耳元を掻きながら答えた。


 「まぁ、移動が無難なんじゃねーか。リラのことは、この場所に聖獣の痕跡を残しておけば、ミリアが読み取ってくれるさ。住処はオレ様がミリアから聞いているから問題ねーぞ。」


 ルーは、『さぁ、オレ様に感謝しろ。』と言わんがばかりに、胸を反らした。そして、空中に光の地図を示す。薬師の家がある場所が赤く光りだす。ターニャはその地図をじっくりと見た。現在いる場所、そして、前居た場所。これらとあまり交流がない方が、隠れるにはよいだろう。そうすると・・・・


 「ここ、かな?」


 ターニャの指が空を滑る。その指は、現在いる場所、前居た場所を指し、次の住処でぴたりと止まる。


 「リラさんとの約束もあるから、華の国には留まりたいの。そう考えると、ここ。東の国との国境近くの街が一番いいと思う。リーディアとエルドラの間には山脈があるでしょ。だから、直接の物の流れがないの。王都へと入ってから、それぞれの街へとなるから、情報も直接伝わることはないわ。」


 ターニャの不安に揺れていた瞳に次第に決意の色が灯る。ルーは満足そうに頷くと、ふわりと浮き上がり、床に降り立った。


 「んじゃ、オレ様は、カイリを見てくるよ。カイリのことはオレ様がばっちり守っておくから、ターニャはターニャがすべき事をしろよな。」


 (すべき事をしろ・・・っか。ルーのこの言葉を聞くと、頭がすっとさえる感じがするな)


 ターニャの瞳にはもう迷いはなかった。調合台に広げていた薬草の処理を手早く澄ませると、棚から様々な薬草を取り出す。


 (肉屋のおかみさんは、もうあと少し、お薬を渡したほうがいいよね。それに、あのおばあさんはちょっとお薬多めに作らないと。それに・・・・)


 リラがやっていたように、今通っているお客さんに必要な薬を作り置きしなければならない。魔力を練り上げ、薬草を足し、できた薬を袋に詰めて。ターニャは黙々と調合を続けるのだった。




 「出発準備はいいか?」


 ルーがきりっとした顔でカイリに声をかける。カイリは、右腕を握りしめて、上へと持ち上げながら、『おー。』と声を上げた。


 「おやつのういなーもちゃんといれたよ、ルー。」


 「うむ。カイリ、ばっちりだ。」


 「どこがよ!」


 カイリとルーのおかげで、ターニャの張りつめていた心がふっと緩む。5年前、ここを去る時は、ルーと二人で心細かった。カイリがいることで、ターニャは自身が強くなれることを改めて感じた。

 作り置きした薬も配り終え、やるべき事はやり切った。ターニャはカイリの手を握り、扉から外へと向かう。その横を歩くルーは、既に、周囲を調査済みであり、周辺に危険はない。

 ターニャは薬師の家の扉に手をおくと、意識を集中し、魔力を流した。ルーもミリアに向けた痕跡を残したのだった。




 ターニャが次の住処へと移動してから2日後。

 肉屋のおかみさんが話しかけた男が呆然として、薬師の家があった場所に立ちつくしていた。


 「・・・何が起きたのだ。」


 男の前には、広大な緑の丘が果てしなく続いていたのだ。・・・そう、薬師の家が忽然と消えていた。


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