32. 英雄の銃
大理石の塔の最上階。
登り切った先は澄み渡る青空が広がっていた。かなりの高度があるはずなのに、風は不思議なくらい強くはない。迷宮の影響だろうか、そよ風程度で収まっている。
中央にはクリスタル。そして、それを守るかのように、軽く一〇メートルはあろう岩の巨人がただの石像かのように佇んでいた。
材質は塔と同じ大理石。シンプルなデザインの人型の岩。巨体には術式のような線が入り、サイクロプスのような単眼を思わせるような円の模様が顔面に彫られていた。
それが〈塔〉の主である大理石のゴーレムである。
「思ったよりデカいですね」
ラリアはその巨体のゴーレムに圧倒されていた。初めてゴーレムを見る二人。強敵を倒してきたとしても、未知数な相手に緊張するのもおかしくはないことだ。
「いちよう言っておくが。俺たちパーティの弱点はタンクがいないこと。俺の防御系の付与魔法でも一発くらったら破壊される。俺の状態異常魔法は麻痺以外効果がない」
ユウリは、ゆっくりと動き始めたゴーレムを見ながら注意喚起した。
「ゴーレムって麻痺が効くの?」
「麻痺魔法は魔力を通して影響を与える魔法ですからね。肉体がなくてもゴーレムの身体を動かす術式に影響を与えて麻痺のような効果を与えるんです」
「へぇ、そうなんだ」
麻痺魔法の原理を説明するラリアに、セシリアは感心した。
「セシリア。ちょっと剣を貸してくれるか?」
「うん。いいよ」
まだゴーレムと戦うまでの猶予があると思ったユウリは、セシリアから剣を借りて、県の状態などを確認しながら構成を考える。
「相手は硬てぇからな。ボス戦の要となるセシリアの武器が折れたら元も子もない」
ユウリはそう言って、修繕の魔法を行使し、さらに魔力でコーティング。下準備が終わったと同時に威力、耐久、魔力伝導率などを向上させる強化付与を施した。
「そんなこともできるんですね」
「もともと〈付与術師〉は中堅冒険者くらいから重宝される武器強化の生産職だからな」
ユウリはそう言いながら強化付与した剣をセシリアに一度返した。
「感触はどうだ?」
「うん。バッチリ。これならなんでも斬れそう」
セシリアの感想を聞き、再度借りて最終調整をする。同時に、ユウリは自分を含めた全員に身体強化、攻撃強化、防御系、武器強化系の魔法を順番に付与していく。念のために肉体自体の耐久力を向上させる魔法もかけた。
「いいですか、セシリア。危なくなったらすぐに下がってください」
「うん。わかった」
セシリアはそう言ってユウリから剣を受け取り、ぴょんぴょんと軽く飛び、片足を引いて大きく体制を落として構え、そしてゴーレムに向けて地を蹴った。
気を抜くと一瞬で見失うほどの速度でセシリアはゴーレムに肉薄した。
瞬間、ゴーレムが跳躍し、後衛のユウリたちを襲う。
ドゴーン、と着地とともに爆発音にも似た音が響き、砂煙が打ち上がる。その砂煙の中から回避したユウリとラリアは遠距離攻撃をしかけた。ラリアは土魔法の〈ストーンキャノン〉を射出し、ユウリはスリングショットで火薬玉を打った。
爆発とともに振り返るゴーレムは再度跳躍してユウリたちを狙う。ユウリたちは再度回避し、距離をおきながら同じ攻撃で顔面を攻撃する。
ゴーレムが構えた瞬間、セシリアの斬撃が足を削った。ガリッ、と数センチほどの溝を作り、衝撃でゴーレムがよろける。
「まだまだいくよ!」
セシリアは踵を返し、高速連撃剣術がゴーレムを削る。
飛び散る岩石、そのたびに上がる火花。どれだけ強化してもゴーレムを切断まではいかなかったが、着実にゴーレムを追い詰めていた。
削りに削ったセシリアは魔力をさらに出力し、全身の輪郭が刹那に揺らぐ。
そして、剣を構え、振るう。
「――せァッ!」
ユウリと組んで初めて使用するスキル。肉声認識による発動ではないものの、うまく発動した一撃は見事にゴーレムの片足を切断した。
自重に耐えられずに膝をつくゴーレム。セシリアが追撃を加えようとした瞬間、ゴーレムが風魔法を行使し、セシリアを宙へと吹き飛ばした。
「――っ! あのゴーレム。魔法も使えるんですか」
「いや、使えない。あれのご自慢は機動力と頑丈さだけのはずだ」
ラリアの言葉にユウリは冷静に答えた。低確率のレア個体を引いたか、とか呑気に考えながらユウリは頭上高く宙へ投げ出されたセシリアを見守る。その間にもゴーレムは床を砕き、彼女に向けて岩石を飛ばした。
無数の瓦礫となって襲いかかる岩石に対して、セシリアは体勢を整え、剣を構える。
そして、迫りくる岩石を斬って、いなして、と華麗な身のこなしで落下していった。
すべてを捌き切ったセシリアの刃がゴーレムに向く。
順調に事が進んでいるとこの場にいた全員が思った。危険が迫っているとは知らずに。
ユウリは不思議とセシリアと瓦礫の落下速度が違うことに気づく。彼女よりも瓦礫の落下速度が明らかに遅くなって、ぴたりと宙に止まった。
そして、ユウリの脳裏に魔法の文字が浮かんだ。
気づくのが遅れた。
「セシリア! 周囲の岩石に注意しろ!」
ユウリは慌てて叫んだ。
だが、セシリアに声が届いた時には、もう遅かった。
ごん、とセシリアの頭部に頭一つ分の大きさをした岩石が直撃した。
生々しく鈍い音が響き、セシリアの全身から光が砕けた。ダメージの上限を超え、〈プロテクション〉が破壊された瞬間だった。
そのまま力なくセシリアは床に叩きつけられて転がった。
「「セシリア!」」
ユウリとラリアは叫んだ。完全に危険な状況だ。ゴーレムの視線はセシリアに固定されている。あのままセシリアが起き上がらなければ圧殺されて終わる。
「ユウリ! セシリアに防御魔法を!」
「無理だ。完全に射程範囲外だ」
ユウリの強化系の付与魔法の射程範囲は半径一〇メートル。今の距離では届かない。セシリアの位置は塔の端。回り込んでも間に合うかどうか。
「とにかく距離を縮めましょう。幸いゴーレムの動きは鈍いです」
ユウリたちは急いでセシリアの元に近づく。ゴーレムは片足を失い、体を引きずりながら彼女の元へ近づいていく。それでも腕のリーチを考慮すると完全に間に合わない。
「止まってください!」
それを察したラリアは、焦りから土魔法の〈ストーンキャノン〉を行使した。
だが、効き目はない。ラリアの表情に焦りが滲みだす。何度も、何度も、縋るように撃ち続けた。あまりにも集中しすぎていたラリアは、足元を取られ、転んでしまった。
「いっ! ……セシリア! セシリア!」
ラリアは叫ぶも、セシリアに反応はない。
間に合わない。そう思ったユウリは大型リボルバーを取り出し、ゴーレムに発砲した。
だが、非常事態が起こる。発砲した瞬間、リボルバーの部品が破損。なけなしの魔弾はゴーレムには当たらず、床を抉った。
「マ、ジか……よりによって今かよ!」
想定していなかった銃の破損にユウリは奥歯を噛みしめて、手をかざして遠距離の相手でも届く状態異常魔法〈パラライズショット〉を行使したが、効果がなかった。
「――ッ! 元から魔法に対して耐性があったのかよッ」
ユウリの唯一攻撃の通るリボルバーは使えなくなった。もう一丁のリボルバーでは威力不足。魔導具も魔法も、セシリアと比べたらゴーレムの脅威ではない。
一つだけ、方法があった。
「――――――、」
それに手が伸びたユウリは躊躇した。それを使えば夢を追うどころではなくなる。それと同時にラリアたちと冒険もできなくなってしまう。
いつかはくることと覚悟はしていた。だが、今か、とユウリは葛藤した。
「セシリア! 起きてください!」
「――ッ!」
ユウリは我に返る。
迷っている暇はない。
そう思ったユウリは、肩にかけていた布巻の鉄甲銃を掴む。そして。
ベルトの金具の外した。
――
「ユウリ、どうしましょう! なにをすれば――」
ばさっ、と振り返ったラリアの目に、翻る大きな布が映る。
それはユウリが常に肩にかけていた、布が巻かれた魔導銃だった。
いや、魔導銃ではない。そうラリアを思わせるほどに魔導銃の形をしていなかった。
初めて姿を現した鉄甲銃。折り畳まれた二脚。銃に巻かれていたモノを広げたユウリ。それはベルト状のもので、銃弾が綺麗に整列していた。すべて魔弾だ。
「……MG42軽機関銃。英雄の銃」
ラリアが真っ先に思い浮かんだのは、セシリアが見せてくれた銃に関して記された紙だった。最後に見た紙に描かれていた絵。ユウリの持つ銃がその系譜の銃だと理解した。
MG42軽機関銃に刹那の光と線が走り、ユウリはそれを突き出すように構えた。
引き金が引かれた。
ラリアの聞いたことのない耳を劈く発砲音が鳴り響く。銃声が繋がって聞こえるほどの連射速度。まるで自動ノコギリのようだった。
そして、魔弾はゴーレムの横っ面を撃ち抜いた。初弾から大理石の頭部を抉り、貫通し、後続する銃弾も容赦なく貫通していった。
一瞬だった。銃声が鳴りやんでもなお、耳の奥で銃声が木霊しているようだった。
念入りに頭部だけを攻撃されたゴーレムの頭部は砕けて、力なく床に倒れた。
静かになった屋上に、そよ風だけが吹いていた。
ラリアの鼻に駆ける火薬の匂い。普段、嗅いだことのある火薬とは違う匂い。
異常なほどに冷静になったラリアの脳裏には、セシリアの言葉が駆け巡った。
(セシリア……、これがあなたが言っていた火薬の匂いですか)
予想していた物とはまったく違う匂いに戸惑いが隠せなかった。
「ユウリ、まさかあなたが……」
声をかけるが、ユウリは無言のままセシリアのほうへ向かった。
――
目を覚ましたセシリアの前に、瓦礫と化したゴーレムが横たわっていた。
セシリアとゴーレムの間に割って入るようにユウリが視界に入った。その手には、見たことのある銃があった。
香る火薬、それがセシリアのではない記憶を想起させた。
過去、それも一千年も前。魔物に襲われ、同じように助けられた。その当時の記憶と現在の光景とまったく同じ光景が繰り返されていた。
こちらに振り向く偉人の映像と、ユウリの振り向く姿が重なる。
「――、」
ユウリは安堵の息をつきながらセシリアの前に近づく。
「大丈夫か?」
目線を合わせるように屈んだユウリはそう問いかけた。駆けつけたラリアも、
「セシリア、大丈夫ですか!」
寄り添うようにセシリアの無事を確認した。
だが、セシリアはその問いかけに反応せず、ユウリをずっと見ていた。
「……英雄様」
ぼそり、とセシリアは目を潤ませながら呟き、ユウリをコートを掴んだ。
「英雄様! 英雄様! ずっとお会いしとうございました! この日をどれだけ夢見たことか。どうしていなくなってしまったのですか! 私たちはずっと、ずっと!」
その姿は、別人のようだった。まるでセシリアではないような様子にラリアは戸惑いを隠せず、呆然と見つめていたが、我に返って彼女の肩を揺さぶった。
「どうしたのですか? セシリア。英雄様ってなんですか? ユウリですよ?」
ラリアの言葉にも反応を示さず、セシリアはユウリから目を離さなかった。
そんな彼女に、ユウリは残念そうに笑みを浮かべながら手を取った。
「俺は、英雄じゃないよ。セシリア」
穏やかな口調でセシリアの言葉を否定した。
「え……」
消え入るような声がセシリアから漏れ出た。
「………………ぁ、ごめん。ユウリ」
セシリアは正気に戻った。




