14.『夢』
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無事に迷宮を脱出した後、三日ぶりに見た空はすでに夜に迎えていた。
さすがに疲労の溜まった体で戻るのも億劫だったため、安全地帯まで歩き、見晴らしの良い場所で野宿することになった。
今回の成果は大籠二つ分。ユウリはそれを山分けでラリアたちに半分ほど譲渡した。少し多い気もするが、ユウリは「いいからいいから」と最終的に諦めてありがたく頂いた。
ユウリの手料理をご馳走してもらい、食後は焚火を囲ってゆっくりしていた。
「わはぁ~。《魔鉄鉱石》がいっぱい……」
鉱石が大籠に抱き着くユウリは幸せそうだった。
少しはお礼になったかな、とラリアは思いながら微笑んだ。
彼との冒険はかなり実りあるものだった。消去法で組んだパーティとは大違いだ。なにより楽しかった。この冒険者とならきっと今後も楽しいだろう、とラリアは思った。
だから聞いてみたかった。ユウリの根底にあるものを。べつにそうでなくてもいい。彼のことを少しでも知ることができれば十分だ。
「ユウリはいつから冒険者になろうと思ったのですか?」
「え? えぇっと、なぜかな?」
自分の世界から戻ってきたユウリは驚き、半笑いを浮かべながら訊き返した。
「私も聞きたい。すごく気になる」
疲れて寄りかかっていたセシリアが、見事に興味につられて前のめりになる。
「気になりましてね。多様な知識と技術を研鑽する理由と、その根底にあるものに。普通そこまでする冒険者なんていませんから」
本心から尋ねる。
首に手を当てながらユウリは少し唸って口を開く。
「小さい頃に、すごい冒険者になりたい、と言ってからかな?」
「すごい、冒険者にですか?」
ラリアは聞き返すと、ユウリは頷いた。
「うん。俺にはたった一人の家族がいてな。祖父、爺さんが冒険者として名声を立てたすごい人なんだ。どこでどんなことをしたのかは知らないけど、冒険譚は良く聞かせてもらって、それから冒険に憧れて目指そうと思ったんだ」
「技術はどこで?」
「うちの爺さんの英才教育だ。俺が冒険者を目指したいという前からたくさんの知識を教えてもらった。今持ってるスキルのほとんどは全部爺さんから教わったものだ。魔術や剣術、動植物の生態、製作技術、そして裏レシピも」
「今さらっととんでもないことを言いましたけど、聞かなかったことにしておきますね」
裏レシピ。一般化されていない魔道具などのヤバ目のレシピだ。表に出ると市場が荒れたり、宗教的にアウトなものまで。違法ではないが販売は全面的に禁止になっている。
「偉大な人なんだね。優しくて家族思いの。そのお爺さん挨拶したいかも」
冷や汗をかいているラリアに変わってセシリアが話を進めた。
「偉大? とんでもない。変わり者さ。たまに意味不明な単語を口にする偏屈ジジイさ」
そう言うユウリだが、その反応にセシリアは微笑んだ。
「ユウリはお爺さんが大好きなのね。口ではそう言ってるけど話す時はとても楽しそう」
セシリアに指摘され、ははっ、とユウリは薄ら笑いを浮かべる。
そんな反応に思わずラリアはくすっと笑った。
「とてもお爺さん思いなのはわかりました。というか、ユウリもよくわからない単語を発してますよ。美女魔女ファソラちゃん、とか」
「記憶力いいね」
ユウリは目を逸らしながら咳払いした。
「まあ、今にしちゃ、すごく曖昧な夢なんだけどな」
気を取り直して話の続きをするユウリはそう言った。
「ユウリは十分すごい冒険者だと私は思いますけどね」
「そう言ってくれると非常にありがたいが、まだまださ」
ユウリは頬を掻いて言葉を続ける。
「なあ。〝箱庭〟って単語を聞いたことはあるか?」
振り向き様にそう言った。
「〝箱庭〟ですか?」
「盆栽? それとも、どこかにある地名?」
セシリアの言葉を聞いたユウリは首を横に振った。
「さあな。それがなんなんだか俺もわからない」
そう言いながらユウリは大岩に座った。そして、言葉を続けた。
「爺さんからの遺言なんだ。ざっくりと言うと『お前の夢は漠然としてるから指標をやろう。〝箱庭〟を探せ』ってな。その単語だけ残して逝っちまった」
「世界の深淵まで探さなきゃ答えが出なそうですね」
それぐらい宛てのない目標だった。だがそれ以上に、ラリアは胸が高鳴った。
「まあ、そんな感じだ。今じゃ一番の目的になってるな」
おどけて言うユウリは微笑んで、
「これで俺は合格かい?」
そう言った。先に本題に入られてしまい、思わず出かけた言葉を飲み込んでしまった。
「気づいてたんですか?」
「いや? でも、なにか物ありげな感じだったからそう言っただけだ」
「そうですか」
彼が話したのなら私も話すのが筋だ。そう思い、ラリアは口を開く。
「私には昔の記憶がありません。聞いて驚くと思いますが、私は最近まで遺跡の中で封印されていました。なぜ自分がそうなったのかはわかりません。なので自分に関する軌跡を探してます。これが私の夢、というより目標です」
身内以外には話したことのない身の上話だ。おとぎ話のようで話したら馬鹿にされてしまうような内容だ。だが、目の前のユウリは笑わずに、真面目に聞いていた。
「実はセシリアと仲が良いのはこれが理由だったりします」
「えっ、そうなの?」
ユウリは驚いてセシリアに視線を移すと、彼女は肯定するように頷いた。
「セシリアは千年前にいたとされる〝ある種族〟の末裔を探しています。お互い話してるうちに結構盛り上がっちゃいまして、そのまま仲良くなって今に至ります」
「もしかしたらどこかで繋がってるんじゃないか、って話にもなったよね」
「あれは酒が入って盛り上がり過ぎただけですよ」
実際、古き時代の種族であれば、封印に関してなにか知っているかもしれない。
手がかりすらない今の状態で、自分を知るためにわずかな可能でも欲しい。
「まあ、こんなざっとこんな感じで私たちには夢があります」
ラリアは焚火を見据え、一呼吸おいて口を開いた。
「折り入ってユウリに頼みがあります」
「頼み?」
「はい。私たちと冒険をしてくれませんか? ほかでもないあなたに」
これは賭けだ。ユウリが話してくれた夢は嘘ではないのだろう。だが、半ば諦めているような夢ならばこの提案は蹴られて終わりだ。
ユウリは考える素振りを見せ、少しの間を置いて、
「その話乗った。むしろ、こんな面白い話、あっしめにも一枚噛ませてくれでやんす」
笑ってふざけた口調でそう言った。
「良いのですか?」
「いいもなにも冒険はそうでなくちゃ。夢でも挑戦することはきっと楽しいだろ? もしかしたらみんなの追いかけてる夢が繋がってるかもしれない」
「セシリアと同じこと言うんですね」
「世間って意外と狭いですからねぇ」
「一千年も離れてるのにですか?」
ラリアは口を元を押さえて微笑する。
「これで一緒に冒険ができるね」
「ホントに、今日は良い機会に恵まれました」
似た者同士と言ってしまえば終わりだが、ユウリとの出会いはきっと大きな転機だ。動かなかった歯車が動き出したかのように、すべて変化していくだろうとラリアは思う。
「なんか、ぽっと出の俺が二人の中に入ってよかったのかな?」
「こちらとしては、むしろ首根っこ掴んででも逃したくありませんよ」
「あらやだ求婚?」
「今すぐ出ていきますか?」
「ごめんなさい」
出会ってからたった半日の出来事。ともに夢を追いかけたいと、そう思えるような冒険者を見つけた。ユウリとならこれからの冒険もきっと楽しいだろう。
「それでは、よろしくお願いします」
「よろしく。帰ったら色々手続きとかしないとな」
「そうですね」
ラリアとユウリは握手を交わす。それを隣で見ていたセシリアも「私も私も!」とユウリの空席の手を借りて笑顔で握手した。
上手く勧誘できてよかった、とラリアは思う。きっとこれから、なにもかもが大きく変わっていく。ラリアはそう思えて仕方がないのだ。
願わくば、ユウリの祖父に引けを取らない、冒険譚が紡がれる冒険であることを。
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