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歌舞伎町人体発火事件(4)

「ふむ……」

 

 神代通は深くため息をつく。今、彼がいる場所は東京都庁の地下深くに位置する神災対策本部だ。この部屋には十分過ぎるほどの設備が整っている。まず部屋に入って真っ先に目につくのは、来客用の黒い革張りのソファセット。来客をもてなすため、最新式のコーヒーマシン、高級な茶菓子が常時用意されている。

 

 そして、部屋の中央には、本部で業務に勤しむ神伎官たちのデスクが据えられていた。もっとも、この場でじっくり腰を落ち着けて仕事をするのは数人しかいない。なぜなら、神災対策本部の要とも言える一等神伎官、その補佐をする二等神伎官の業務は外回りが中心だからだ。

 

 先程、嘆息した神代通は外回り中心の一等神伎官だった。詳しく説明すると、神伎官は役割により区分されている。現場に赴き、神災対策にあたる者が一等神伎官。その補佐をするのが二等神伎官。一等神伎官や二等神伎官を技術的、事務的な面からサポートするのが三等神伎官である。


「あら神代くん、随分大きなため息ね」

 

 そう言いつつ、三等神伎官である加々倉三鶴が神代にコーヒーの入ったカップを差し出した。


「まあ、そうしたくなる気持ちはわかるけど」

 

 神代は短く礼を言い、三鶴からコーヒーを受け取る。


「……よもや、こうも早く事態が深刻化するとは自分も想像だにしていなかった」

 

 神代が言ったとおり、昨日新宿アルタ前で謎の人体発火現象が発生してから、たった一晩で事態は急速に悪化していた。


「昨日はフィア殿のおかげで事なきを得たが、一晩のうちに五人の男女が命を落とすことになるとは……。まったく、見通しが甘かったとしか言うことができぬよ」

 

 眉間にしわを寄せる神代を慰めるように三鶴が言う。


「そんなに自分を責めちゃダメよ。何も神代くん一人に責任があるわけじゃないんだから」

 

 そうは言われても、神代は自責の念を拭い去ることはできそうになかった。いくら大事に至らなかったとはいえ、昨日の出来事が直結する要因だったかもしれないからだ。

 

 三鶴は気に病むなと言ってくれたが、現場に居合わせた自身がもっと先まで見通していれば、このような結果にはならなかったのではないか? 先程から神代の頭の中は堂々巡りを繰り返していた。

 

 そのときだ。神災対策本部の部屋のドアが開かれる。


「おはようございます!」

 

 元気な声とともに姿を現したのはフィアだ。彼女は昨日と同じく、濃紺のジャケットに白のフレアスカートという格好をしていた。どうやら彼女は、この格好を仕事着にすることに決めたらしい。


「フィアさん、おはよう。まだ始業時間よりも随分前だけど、どうしたの?」

 

 三鶴が問いかけると、フィアは少し照れくさそうに答えた。


「えっと、今日は昨日みたいに遅れたりしちゃいけないと思って、ちょっと早起きしたんです」

「あら、そうなの。昨晩はよく眠れた? 何か不便なことはない?」

「はい。ウイークリーマンション、でしたっけ? 必要なものが全部揃っててすごいです!」

 

 三鶴と会話を繰り広げていたフィアが今度は神代に顔を向ける。


「神代さんも早いんですね」

「ん? ああ、自分はここで暮らしている故」

「え?」

 

 神代の言葉の意味がわからないのか、フィアはキョトンとした顔を浮かべた。すると、三鶴が補足するように説明を始める。


「あのね、この本部には宿直室が隣接していて、神代くんはそこに常駐してるの」

 

 三鶴はある方向を指さす。彼女が指さした先には、確かに「宿直室」と札が下げられた一室があった。


「え? いつもここにいらっしゃるんですか?」

 

 フィアに不思議そうな視線を向けられ、神代は少し困ったように笑う。


「いや、自分には帰る家がない故」

「え……?」

 

 返答はますますフィアを混乱させることになってしまったようだ。だが、彼女に言ったことは事実なのだ。神代には今、帰る家、帰る場所がない。少しの間、何か考える素振りを見せていたフィアが申し訳なさそうに言う。


「すみません、余計なこと聞いたりして。人にはそれぞれ、いろいろな事情がありますものね……」

「う、うむ……?」

 

 これ以上ないほど恐縮した様子のフィアを前に、神代は思わず当惑してしまう。自身は何か彼女を困らせるようなことを言ったのだろうか? 神代とフィアの間に気まずい空気が流れ始める。そんなときだった。


「ん?」

 

 神代が怪訝な声を上げた。なぜなら、自身とフィアの間に何者かが割り込んだからだ。


「いかがされた? 夜宵殿」

「え?」

 

 フィアが驚いたように、割り込んできた何者かに視線を向ける。フィアの視線の先にいたのは一人の少女だった。歳の頃は中学生くらいだろうか。彼女は栗色の髪をツインテールにしていて、ブルーのつなぎの上に白衣を羽織っている。

 

 神代に夜宵、と呼ばれた西洋人形のような少女はフィアの顔を見上げると、一言。


「……知らないひとだ」

「あ、あの……?」

 

 フィアが助けを求めるように神代に顔を向けてきた。神代は苦笑すると、夜宵をフィアに紹介することにした。


「フィア殿は初対面であったな。こちらは柊夜宵殿。この神災対策本部でともに働いている三等神伎官であられる」

「え?」

 

 フィアが当惑の声を上げる。無理もない。夜宵は一見すると、まだ幼い少女なのだから。


「あら、これでようやく神災対策本部のメンバーが勢揃いってわけね」


 フィアの分のコーヒーを片手に持った三鶴が、神代たちの元に歩み寄ってきた。


「……はじめまして」

 

 夜宵がペコリとフィアに向かって頭を下げる。


「あ、こ、こちらこそ!」

 

 つられたようにフィアも頭を下げた。


「……アタシ、主に神災対策本部の科学部門担当」

 

 夜宵の自己紹介に三鶴も続く。


「それで私が事務担当よ。早い話が、みんなのお世話係ってところかしら?」

「あ、はい。よろしくお願いしますっ!」

 

 フィアが夜宵と三鶴に改めて頭を下げた。そして、頭を上げたところであることに気付いた様子になる。


「あ、えと……。それじゃ、神代さんは?」

 

 フィアに顔を向けられ、神代は改めて自己紹介をする。


「自分は主に神災現場に赴く一等神伎官を務めさせてもらっている。改めてよろしくお願い申す、フィア殿」

 

 それに三鶴が補足を加えた。


「それで、フィアさんには二等神伎官として神代くんの補佐をしてもらうわね」

「あ、はい……?」

 

 フィアが不思議そうに小首を傾げる。恐らく神代の補佐とはどういうことなのか、疑問に思っているのだろう。

 

 ――フィア殿は、かなりわかりやすく顔に出るな。


 神代は内心苦笑する。


「じゃあ、これ飲んだら、さっそく神代くんについて歌舞伎町に向かってくれる?」

 

 そう言いつつ、三鶴がフィアに淹れたてのコーヒーを手渡した後、神代に顔を向ける。


「フィアさんのこと、よろしくね。何せ、我が本部の期待の新人さんなんだから」

「ああ、承知した」

 

 それから神代は思い出したように夜宵に歩み寄った。


「夜宵殿、一つ頼まれてほしいことがあるのだが……」

 

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