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エピローグ(1)

 その日、加々倉三鶴は神災対策本部で雑務に追われていた。


 神災対策本部長である塔屋時子が自衛隊員を率い、東京のはずれにある神境に赴いてから三週間あまりが経とうとしている。


 神境で出た被害は決して軽微なものではなかった。陸上自衛隊の精鋭数十人がロキの眷属であるフェンリルにより無残に殺害された。この結果を重く鑑み、塔屋時子は神災対策本部長を退くことになったのだ。


 次の神災対策本部長の人事は難航している。何せ神災という人智を超えた現象を相手にしなければならないのだ。神境での被害を知り、すすんで手を挙げる者などいなかった。


 加々倉三鶴は、ふう、と嘆息すると隣のデスクに視線を送る。今このデスクには誰も座っていなかった。


「……三鶴ちゃん、どしたの?」


 三鶴の前のデスクにいる柊夜宵が声をかけてくる。彼女の隣席にも人はいない。


 神災対策本部にはデスクが四つあるのだが、現在は三鶴と夜宵の二人しか所定の位置についていなかった。


 三鶴は小さく笑った後、夜宵に応じる。


「いえ、あんな大きな出来事があったのに、私たちの仕事は以前とちっとも変わらないな、と思って」

「……あー、確かに」

「でも頑張るしかないわよね。私たちは、私たちにできることで」

「……おー、頑張るぞー」


 それから二人は各々の仕事を再開する。パソコンのキーボードを叩く前に、三鶴はもう一度空いているデスクに視線を送った。


「……今頃どうしてるのかしら、神代くんとフィアさん」


 ほぼ同時刻、千代田区の国会議事堂前――。


 十年前の第二級神災により、この場所は国政の場として機能しなくなった。現在、国会に準ずる機能を持つ場は港区に移転しており、今この場所に人の気配はない。


 かつて白亜の殿堂と呼ばれた国会議事堂は、重要伝統的建造物群保存地区として手厚く保護されている。それには十年前の悲劇を忘れるな、という自戒の意味も込められていた。


 悲劇を忘れてはならないという意味では今、国会議事堂を見渡している男も同様である。


 神代通――雷神トールでもある彼は、十年前の悲劇を防ぐことができなかった。ロキによる最悪のゲームを止めることができなかった。そして、ロキ自身を救うことも。


 ロキが黄金の林檎を使い人界に災禍をまき散らしたのは、ただ神代の心が自分にあるかどうか確かめたかっただけなのだろう。ロキにとって重要だったのはゲームの結果ではなく、神代が自分のためにどう動くか、その一点だったのだ。


 ロキを親友だと認識しておきながら、その実、彼のことを何もわかっていなかったのだと神代は痛感する。


 ――自分は人の心はおろか、ただ一人の友の心もわからない愚か者だ……。


 神代は苦い思いを抱きつつ、白亜の建物を見つめる。それでも、心のうちにはただ一つの願いがあった。いつになるかなどわからないが、ロキと再会するという願い。


 人と同じように神に輪廻転生があるかどうかわからない。だが、それでも信じてみようと思えたのは、きっと「彼女」がいてくれたから――。


「神代さん!」


 背後から少女に声をかけられ、神代は振り返った。すると、献花用の花束を抱えたフィアローズ・シーアが駆け寄ってくる姿が視界に入る。


「すみません、この辺なかなかお花屋さんがなくて」

「いや……、ご足労かけた」


 フィアは首を小さく横に振ると、国会議事堂前に設置された献花台に花束を供えた。


「この場所、現在は訪れる人も減っているそうです」


 たった今、自身が供えた花束以外に何もない献花台をフィアが複雑そうに見つめる。


「それでも十年前に神災が発生した当時は、大勢の人が悲劇を悼んでここを訪れたそうです。それってつまり、十年前の出来事が風化しつつあるってことですよね? どれほど大きな事件でも、人々の記憶は薄れちゃうんでしょうか……」

「……自分は忘れない」


 神代の呟きを聞き、フィアが献花台から彼に視線を移した。


「ロキにより悲劇に巻き込まれた人々の記憶を、ロキが引き起こしてしまった事実を、これからずっと抱えて生きていく」


 神代は固く両拳を握りしめる。すると、フィアが握った拳にそっと触れてきた。反射的に彼女を見ると気遣わしげな表情を浮かべている。


「神代さん一人で全部抱え込まないでください」


 神代は苦笑する。


「そのようなつもりはないのだがな」

「わたしにはそう見えます。これでも、神代さんのこと少しはわかってきたつもりなんですから!」


 フィアが口を尖らせた。


「神様なのに、親友のためにわざわざ人界に降りてきて、自分で全部何とかしちゃおうとする人。神様だけど、全然偉ぶったりしない人。それで、ちょっと人の心が読めないところがある人」


 ここでフィアが一拍置く。


「……でも、人間を守るために平気で命をかけてくれる人」


 フィアにまっすぐ見つめられ、神代はどこか決まり悪い思いになった。なぜ彼女はこうもまっすぐで純粋なのだろう。初めて出会ったときからフィアはずっとこうだった。

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