神境での戦い(5)
「……わたしは逃げない。相手が神様だろうが何だろうが、自分勝手に大切な人を傷つけたりする人には負けたくない!」
背中を強打していた神代は痛みに気を取られていたが、ロキとフィアの様子を目にし、ハッとする。そして、大きな決断を迫られる。神界での親友、そして人界でできた、かけがえのない少女。自分は一体どちらを選ぶのか――。
ロキが最大限の神力を込めた一撃をフィアに向けて放とうとする。
「人間の女、僕の目の前から消え失せろ!」
そして、この空間を覆いつくさんばかりの紅蓮の炎がフィアに向かっていった。そのエネルギーは一つの国を焦土にするほどのものだ。
「フィア殿、この場から疾く下がれ!」
傍らの神代の言葉が耳に届いているはずだが、フィアは泡沫の神器村雨を構えたまま動こうとしない。その姿を目にし、神代は再確認する。この人間の少女は一見おとなしそうだが、その実芯が強く、一度決めたことは決して曲げない。たとえ業火に身を焼かれようとも、最期までロキに立ち向かおうとするのだろう。
そうしている間にも、ロキの放った紅蓮の炎はフィアを蹂躙しようと彼女に迫る。このとき、神代は悟った。自身が一体今、何を一番に守りたいのかを。そして次の瞬間、神代はフィアが構える泡沫の神器村雨に自らの両手を添える。
泡沫の神器――それは人間の手によって創られたまがい物の神器。だが、神である神代が手を触れれば、まがい物であろうと絶大な威力を発揮する。それは人界に存在してはならないほどの力だ。
だからこそ、神代は今の今まで泡沫の神器を自ら用いることはなかった。歯痒い思いを抱きながらも、人間である御子守やフィアに神器の扱いを任せていたのだ。だが、今は――。
「……ロキ。お前は先程、人間は正しき存在かどうか問いかけてきた。確かに人間のすることすべてが正しいとは言わない。だが、自分はこの十年、人間とともに過ごし理解したのだ。彼らには、我ら神々が決して持ち得ないすばらしい一面があることを」
しかし、神代の言葉は我を忘れたロキの耳には届かない。このまま放置しておけば、ロキは自身の我欲のために一人の少女を、そしていずれは人界を蹂躙してしまうのだろう。神代は奥歯を強く噛みしめる。させない、それだけは――。
「神代さん……」
傍らの神代から何かを感じ取ったのか、フィアが目を瞬かせる。そんな彼女に神代は大きくうなずいてみせた。
「どうか力を貸してくれ、フィア殿。自分はもう迷わない」
泡沫の神器、村雨を握るフィアの手に神代は自らの手を重ねる。
「……はい!」
フィアもうなずき返した。
そして、神代とフィアは眼前に迫る膨大な神力に抗うべく、呼吸を、意識を合わせる。すると、村雨が眩い光を放ち始めた。その刀身から放たれる光はどこまでも透明で清廉だ。
村雨の刀身が放つ光は迫り来るロキの紅蓮の炎を溶かし、消滅させていく。
「バ、馬鹿な……! そんなまがい物の武器で、レーヴァテインの炎が消されるなんて!」
ようやく眼前の変化に気付いたロキは、これ以上ないほど焦慮する素振りを見せた。そんな彼に神代が告げる。
「ロキ、我ら神の力は万能などではない。永遠にも近い存在の我らは、同時に泡沫のごとき存在でもある。有限の時を精一杯生きる人間の前では、無限の力など何の意味も持たないやもしれぬ。そのことを人界に降りて自分は痛感した。だからこそ人間に焦がれ、守りたいと強く思うようになったのだ」
ロキが呆然とした表情を浮かべた。
「……トール、君は僕を見捨てるの?」
「そうではない。ただ、お前にも気付いてほしかっただけだ。人間は神にも劣らぬ尊い存在だということに。そして、我ら神々はそんな人間を軽視し過ぎていたのだ」
人間であるフィア、そして神である神代。二人の力が泡沫の神器である村雨に膨大な力を与える。村雨の刀身が放つ眩い光がついにロキの身体を捕らえた。ロキ自身が放った紅蓮の炎同様、彼の身体はゆっくりと溶けてゆく。
「あ、あ……」
自身の身体が淡雪のように解けてゆく様を、ロキは呆けたような声を上げて眺める。
「う、嘘だ! 僕が人間の創ったまがい物の武器なんかに……」
初めの内こそ人間の存在、力を否定していたロキ。だが、村雨の放つ光に包まれていくうち、何かを悟ったようにハッとする。
「何だろう、この力は? 僕ら神々が持つものとは、全然違う。どこまでも優しくて、あたたかい……」
自身を包む眩い光をロキはそっと両手で抱きしめる。彼の表情はどこか憑き物が落ちたようだった。
本日分の更新になります。この作品は明日で完結になります。どうぞよろしくお願いします!




