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神境での戦い(3)

 ロキと神代が火花でも散りそうなほど鋭い眼光をぶつけ合う。その均衡を破るべく、ロキが前方に手を伸ばす。次の瞬間、都民広場でも顕現させた炎を纏う剣が出現した。


「神境なら、僕のレーヴァテインも思う存分振るうことができるね。トール、君も君のとっておきを使いなよ?」


 ロキが炎を纏う剣レーヴァテインを一振りする。すると、炎の弾が神代とフィアに向けて射出された。


「フィア殿!」


 神代が傍らのフィアに呼びかける。


「はいっ!」


 フィアは自ら手にしていたものを構えた。彼女が手にしているのは泡沫の神器、村雨。ひとたび抜けば露を発生させる、水気を帯びた刀である。東京湾で発掘されたオリハルコンを使用し、鍛えられたものだ。


「ええええええいっ!」


 フィアが向かって来る炎の弾に向け、水気を帯びた村雨を振るった。村雨に分断された炎の弾は蒸発し、跡形もなく消えていく。一部始終を見ていたロキが忌々しげに自身の親指を噛んだ。


「……ちっ。たかが、人間が創り出したオモチャのくせに」


 それに神代が応じる。


「これはオモチャなどではない。お前に抗うための武器だ、ロキ!」


 威迫を込めた表情を向けられ、ロキが鼻白んだ。


「じゃあ、その女が倒れるまで炎をぶつけてやるよ。そうしたら、さすがの君も本気を出すだろう?」


 ロキがレーヴァテインの切っ先をフィアに向ける。フィアは攻撃に備えるべく村雨を構え直した。だが、神代は彼女に警鐘の声をかける。


「フィア殿、一旦下がれ! ロキが本気を出せば……」

「え?」


 神代を守るように彼の前方に立っていたフィアが、反射的に神代を振り向こうとする。次の瞬間、彼女にロキが放った無数の炎の弾が襲いかかった。フィアはすんでのところで前方を向き、手にしていた村雨で炎の弾を捌こうとするが、何分数が多過ぎた。村雨で弾き、直撃は何とか免れるが、分断した炎の弾の熱気がフィアに襲いかかる。


「きゃあああああっ!」


 身体中を取り巻こうとする熱気にフィアが苦鳴の声を上げた。


「フィア殿!」


 神代は彼女を熱気から守るため、身に付けていたスーツの上着をフィアの頭から被せた。すると、彼女を取り巻く熱気は消えていく。


「か、神代さん……」


 フィアが荒い息を吐きながら、神代に顔を向けた。


「火傷などしていないか?」

「はい、ありがとうございます!」


 二人のやりとりを見ていたロキが小馬鹿にしたように言う。


「トール。君は大層その女を大事にしてるようだけど、だったらなおさら君が本気で僕の相手しないといけないんじゃないの?」

「…………」

「今、僕を叩かないとその女、ひいては君が必死に守ってきたトーキョーも、このレーヴァテインでぜーんぶ燃やし尽くしちゃうよ。いいの? それでも」


 ロキの発言を聞いたフィアが気遣わしげな視線を神代に向けてきた。確かにロキの言うとおり、このままでは埒が明かない。それに自身はロキと決着をつけるため、牢獄から抜け出てまで神境に赴いたのだ。


 神代は決意したように唇を引き結ぶと、すぐ後ろにいたフィアに顔を向ける。


「フィア殿はここで待っていてくれぬか? これから自分がロキと決着をつけて参る」

「だ、だったら、わたしも……」


 神代は小さく首を横に振ってみせた。


「フィア殿には十分過ぎるほど助けてもらった。それに自分自身の手でけじめをつけたい」


 フィアを納得させるため、神代は努めて真摯な視線を彼女に投げかける。すると、フィアは少しの間考える素振りを見せた後、大きく首肯した。


「……わたし、神代さんが無事帰ってくるのを待ってます。どうかお気をつけて」


 フィアが微笑を浮かべる。そんな顔を目にすると、神代は不思議と心の内に炎が灯るような気がした。


「……行って参る」


 微笑をフィアに返すと、神代はゆっくりと彼女に背を向ける。そして、対峙すべき相手の元へと向かった。


「ようやくやる気になった? トール」


 ロキは待ちくたびれたと言わんばかりに、手にしているレーヴァテインの切っ先を指先で弄んでいる。一方、神代は手にしていたステッキをロキに向けた。次の瞬間、ステッキは雷を帯びた武器へと変化する。そして、深く息を吸うと、都民広場のときのように髪と目が燃えるような赤へと変化した。その姿を目にし、ロキが愉悦の笑みを浮かべる。


「へえ、そのステッキが君の武器ミョルニルだったのか。それにその姿! 今度こそ本気の君と遊べるんだね」


 ロキの感嘆の言葉を神代は一蹴する。


「これは遊びなどではない。人間の命、神界の神々、そして肉親すらも軽んじるお前に鉄槌を下すためだ」

「鉄槌……ねえ。そんなに僕って悪いことしたのかな? 僕はただ、退屈な毎日に一つ石を投げただけなのに」

「その投げた石が大勢の者を巻き込み、大きな波紋を広げたことがお前にはわからぬのか?」


 すると、ロキはやれやれとばかりに大仰に肩を竦めた。


「君は馬鹿がつくほど真面目だねえ。神界にいたときもそうだったよね。掟と秩序を重んじ、潔癖に生きてた。僕は君のそんなところが好きで好きでたまらなくて……」


 ここでロキが憎悪にも近い視線で神代を睨め付ける。


「同時に憎らしくて憎らしくて、仕方ないんだよ!」


 ロキが手にしていたレーヴァテインを一振りする。次の瞬間、先程フィアにも向けた無数の炎の弾が射出される。膨大な熱量を持つ炎の弾は今にも神代を取り巻き、彼の身体に襲いかかろうとした。


「はっ!」


 神代が「粉砕するもの」の別名を持つミョルニルで、自ら目がけ飛んでくる炎の弾を打ち払う。ミョルニルの帯びた雷と炎の弾が激しくぶつかり合うと、互いの力が相殺され、火花を残しつつ消失した。


「ははっ、さすが『粉砕するもの』の力はすごいね。まがい物の人間の道具なんかとは別次元だ!」


 ロキは歓喜に震えつつも、間断なくレーヴァテインから炎の弾を射出し続ける。


 相対する神代も、ロキの攻撃をミョルニルを使い一分の隙なく回避し続けた。彼らの武器が持つ炎と雷の神性の激突がこの空間に幾度となく火花を放つ。

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