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神境での戦い(2)

「ト、トール……?」


 その名を呼ぶと、彼はこちらを振り返る。


「大丈夫か!? 塔屋殿」


 神代通が気遣わしげな声をかけてきた。


「トール、なぜ君がここに……?」


 塔屋が疑問を投げかけると、神代はばつが悪そうに答える。


「済まぬ。どうしても自分自身の手でロキと決着をつけたかったのだ。懲罰なら、すべて終わった後甘んじて受け入れる故。フィア殿、塔屋殿を!」

「はい!」


 神代の言葉を合図に一人の少女が現れ、塔屋の手を引いた。


「本部長、こちらへ!」


 現れたのはフィアローズ・シーアだった。塔屋は彼女に手を引かれるまま、この場から後退する。そして、彼女も申し訳なさそうに塔屋に頭を下げてきた。


「すみません。神代さんを牢から出したのは、わたしです。お叱りなら、後でいくらでも受けますから……!」


 塔屋を安全な場所まで連れていった後、ペコリと頭を下げ、フィアは神代の元へ駆けていく。塔屋はその後ろ姿を呆然と見送った。


 一方、神代は巨大な狼と鋭く眼光をぶつけ合っている。先程、神代が投げたステッキを鼻柱に受けた狼は、痛みと怒りからひどく不機嫌な声を上げ続けていた。


「……お前はフェンリルか。お前も親であるロキに黄金の林檎を与えられたのだな」


 神代は何ともやりきれない思いを抱いた。そうしている間にも、巨大な狼フェンリルは神代を食い殺そうと牙を向けてくる。


「お前も自らの意志を奪われ、この場にいるのだな。ならば、せめて自分の手で神界に還してやろう」


 神代はフェンリルに語りかけるが、理性を失った巨大な狼は大きなあぎとで神代を飲み込もうとする。神代はおもむろに手にしていた木製のステッキを前方に突き出す。


 すると次の瞬間、フェンリルが神代の手をステッキごと飲み込もうとした。だが、ステッキは瞬時に長く伸び、柄が下顎に、持ち手が上顎にはまり、フェンリルのあぎとを大きく開いたまま固定する。


『グ……ガガ……』


 フェンリルは苦しげな声を上げた。そんな巨大な狼に神代が告げる。


「済まぬ、このままおとなしく神界に還っておくれ」


 フェンリルは開きっぱなしになった口から大量の涎を垂らした。そうしている間に神気を消耗したのか、フェンリルの身体が霧散していき、己の還るべき場所へと戻っていく。


 フェンリルが姿を消した後には黄金の林檎が転がっていた。神代は身を屈め、地面に落ちた黄金の林檎を拾い上げる。そして、ある方向に向き直った。


「ヘル、ヨルムンガンド、そしてフェンリル……。自らの子供まで利用するとは随分と腐ったものだな、ロキ!」


 神代のすぐ傍まで来ていたフィアが当惑の声を上げる。


「自らの子供……?」


 次に発言したのは、邪悪で悪戯好きな一面を持つ神だった。一部始終を黙って見つめていたロキは事も無げに言う。


「つまらないこと言うなあ、トールも。だって、自分の子供をどうしようが、親である僕の勝手じゃない?」

「ロキ……」


 神代がギリッと奥歯を噛みしめた。そして、思う。ロキという神は自身の欲望を満足させるためなら、自身の子供であろうと平気で利用してしまうのだ。


 代々木公園のヘル、東京湾のヨルムンガンド、そしてたった今遭遇したフェンリルは皆、ロキの子供だ。自らが生み出した子供を自身の欲望を満たすための道具にするという考えは、神代にとって看過できるものではなかった。


 ここでロキを逃がすことになれば、彼は再び人界に災禍をまき散らすだろう。


「……ロキ。お前の望みどおり、この場で決着をつけよう」


 その言葉どおり、神代はロキと決着をつけるべく彼と対峙する。その隣には、神伎官として神代の補佐を務めるフィアの姿があった。彼女の存在に気付いたロキが眉をひそめる。


「また、この女か……。こんなところまで図々しく出張ってくるとはね」


 忌々しげに呟いた後、ロキはスッと右手を前方に向けた。


「じゃあ、まずはその女から排除するとしようか」


 次の瞬間、この空間に「あるもの」が出現するのを目にしたフィアが驚きで目を見開いた。彼女の前に現れたのは、地面に這い出る腐った死体たちだ。死体たちのどれもが生者であるフィアを憎々しげに睨んでいる。


「きゃ……っ」


 フィアが怯えるように身を竦ませた。そんな彼女の身体を神代が自らの傍に引き寄せる。


「落ち着かれよ、フィア殿。あれはロキが創り出した幻の屍だ」

「で、でも……っ」


 こうしているうちにも、狼狽するフィアの足元に死体たちが迫っていた。死体の一つがフィアの細い足首を掴む。


「いやあああああっ!」


 嫌悪感と恐怖心からフィアが悲鳴を上げた。そんな様を目にし、ロキが愉快そうに笑う。


「はははっ! 人間って本当に弱くて脆いねえ。こんなまやかしにすぐ騙されるんだから」


 神代は唇を引き結ぶとフィアの身体を抱き寄せ、暗示でもかけるように彼女の耳元でそっと囁いた。


「フィア殿、自分にしかとつかまっていろ。安心せよ、すぐにあの死体どもは消え失せる故」


 そして、フィアのアメジストの瞳を深く見つめた。すると、彼女は反射的に神代の瞳を見返した後、小さくうなずき、言われたとおり彼にしがみつく。それを確認すると、まず神代はステッキでフィアの足首を掴む死体を思い切り殴り飛ばした。そして、なおもフィアに迫ろうとする死体たちを睨みつける。


「まやかしの屍どもよ、フィア殿にはこれ以上触れさせぬ!」


 威迫の声を上げた後、神代はこの空間に響き渡るようにステッキで地面を強く打った。次の瞬間、地面に這い出た死体たちの身体は灰と化し、霧散していく。その様子を神代に抱きつくフィアが呆然と見つめていた。神代は傍らの少女に告げる。


「この空間は確かに異境であろう。だが、自分とともにいれば何ら恐るることはない」


 力強いまなざしを向けられ、フィアが大きく首肯した。彼女の瞳は神代への信頼で溢れている。


「はい、怖がってるばかりですみません。わたしも神代さんの力になります!」


 先程までとは違い、毅然とした表情を浮かべるフィアを目にし、ロキが小さく舌打ちした。


「……ふん。まあ、いいや。じゃあ、その女も仲間に入れてあげるから、ゲームをしようか。トール」

「ゲームだろうが何だろうが、ロキ、これ以上お前の好きにはさせぬ」

本日分の更新になります。あと2回の更新で完結になります。どうぞよろしく

お願いします!


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